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17.パニパリリ草と予期せぬ訪問者

「…ありがとうございますウィンダム王子…嬉しいです。ミミルキーの耳輪、頂きます」

「良かった!」


 そう言ってニカッと満面の笑みを私に向ける彼。本当に嬉しそうだ。思わずフッと釣られて笑ってしまった。


「机の中に仕舞い込まないでくれよ?いつも付けてくれると嬉しい」

「ふふ、でも調査の時ミミルキーに見られたら雄に戦いを挑まれませんか?」

「俺が持っていても何にも反応しなかったがな…今度試してみよう!」


 それ、戦いを挑まれたら私どうしたら良いのよ…

 でもまあ、ミミルキーとお揃いになるのは嬉しいかな。


「さあ、じゃあ帰るとするか。ほら抱っこするぞ」


 そう言って再び両手を広げるウィンダム王子。

 

「…仕方がありませんね~贈り物も貰ってしまいましたし抱っこさせてあげますよ~もう本当に仕方がないなぁ~」

「ああ、仕方がないんだ。折角だから飛んで帰ろう。夕日が沈み仄暗くアメジストの様な紫に変わって行く空も綺麗だからな。最後まで堪能しようか」

「ふふ、良いですね。是非」


 私を抱き上げるこの力強い腕も、シャツ越しに感じる弾力のある胸も太い首も、硬そうな太陽の髪も、透き通る美しい若葉の瞳も、優しく名を呼ぶ薄い唇と深く響く声も…

 彼を造り出す全てが愛おしく感じてしまう。


 この感情は深く考え無い様に、そう思っていた。気の所為だ勘違いだ心が弱っているからだ…だから優しくされて依存しているからだと。


 だがもうわからない。否定しているのに呑み込まれそうになる想いを抑え込んでいる事がおかしく思える程だ。


 ああ…きっと認めてしまえば楽になるのかな?いや、それは無いだろう。行き場のない想いにまた打ちのめされる。バレリオの時の様に…だって私達は種族すら同じではないのだ。賓客という肩書きがなければこの国で暮らす事すら許されないのに。


 でも彼はきっとあの力の強い王(ウィルドルド)の様に孤独にはならない。

 もし、私に安寧を望むなら友として寄り添おう。これから先全てを受け止めてくれる資格がある獣人の伴侶が見つかるかもしれない。

 だからそれまでは…その時までは私の居場所はここだから。


 貴方にはずっと心穏やかに笑っていて欲しい…


 *


 あれから一週間、マサラヤマン島にてミミルキーの調査を開始してから約一か月。

 ここまででミミルキーに関して少しずつながら新たに分かって来た事。

 彼らには群れのリーダーが存在する事。それは身体の大きい雄で、成長が遅く寿命が長いだろうミミルキーはあまり闘争本能が無い事から一時的なリーダーは必要とされないのではと推測していた。雄一匹に対して雌数頭のハーレムが作られないという点でもなかなか珍しい動物ではあるのだが、実はリーダー的存在の雄が居てその個体が一鳴きするとミミルキーが動きを止め聴き入るようにそちらの方向を向くなど何度か遭遇する事があった為そう推測したのだ。

 何の為にリーダーが存在するのか、役割、個体年齢などなど、これから調査しなければ分からないのだが、その個体の識別番号が五二三。なので愛称を『コニーさん』と呼ぶ事にした。私の名前と少し似ているので親近感が湧く。


「あ!コニーさんだ。今日は砂浜まで降りて来てるのね」


 サクサクと砂を踏みながら大きなピンク色のミミルキーがこちらに向かって歩いて来るのが見える。瞳の色が薄い紫で、ミミルキーは総じて濃紫の瞳なので本当に珍しい。


「魔素の影響でしょうか?」

「今のところ他にはいない様だが…この子の魔力…何だか白く熱いんだよな。俺もこんな感じ方するのは初めてだから良くは分からないんだが…」

「そうなんですね…私は何も感じないな」


 私に分かる事はコニーさんは推定五百キロを超える大型の雄で優しい性格だと言う事。凄く懐いてくれているのかゴリゴリと私の頭に自分の頭を擦り付けて来る。顔はウサギなので凶暴さや恐怖などは無いが相手は大型のトナカイ或いはヘラジカ程ある為たまに体格差で押し倒される事もある。そのときはすまなそうに起こそうとして来るのでそれがまたキュンッとなるのだ。


「可愛い過ぎる!コニーさんいい子いい子!」

「…コリーン、押し倒される相手間違ってない?」

「ん?」

「背中砂だらけだぞ?髪から砂がパラパラ落ちてる」

「えへへ」


 ふっと溜め息を吐きながらウィンダム王子が私を引き起こしパタパタと背中の砂を払い落としてから


「コニーさんめ…」


 とか言いつつコニーさんの首の辺りをガシガシと撫で回してた。


 何だかんだコニーさんと戯れた後、今日も調査隊のメンバーで個体識別タグの取り付け、この業務は昼までにして今度は地図を片手にミミルキーの主食である固有種のパニパリリ草の分布図と育成状況の確認を島の南側から記入していく。

 このパニパリリ草、見た目は珊瑚にそっくり。しかも地面から魔素を微量に吸い上げているのだとか。

 魔素とは魔力の元になる特異影響物質で世界中の地中から微量に滲み出ている魔力の元だ。バムダ王国は海底が隆起して島になったのだが、珊瑚が地上に適応した姿がパニパリリ草なのではないかと言われている。


「このパニパリリ草を主食にしているからミミルキーは魔力を吸い取る特性を持つようになったと思われる。即効の毒性はないがやはり獣人には扱いづらい植物なんだ。魔力量が少ないとすぐに頭痛や倦怠感を発症させてしまう。コリーンはどう?大丈夫か?」

「はい。今のところ体調に変化はありませんね。あ、この草触るとパリパリ音がしますよ!不思議~」


 手で葉先をなぞると薄い氷を破るようなパリとかパキと音が鳴る。でも手触りは普通の草だ。こんな植物見た事が無い。思わずヘラッと笑ってしまった。まるで子供に戻ったようで感情が溢れて来るのを感じる。


「だからこんな名前なんだろうな。…て、もう、コリーンってばそんなに嬉しそうにして。君の笑顔は可愛いな~周りに花が咲きそうだ」


 そう言って顔を覗き込み私の頬をスリッと撫でる指に一瞬息が止まってしまった。ちょっ!ふっ不意打ちだわ!胸が…うるさい。て、言うかこの人私を可愛いとばっかり言って来る。


「ンッゴホンッ。でも王子、こんな常緑広葉樹は森の中にたくさんありますよね?どう判別していきますか?人海戦術でもなかなか時間が掛かりそう…無理なら一平方メートル内での株数を計算して…」

「うんそうだな…あ、そうだ!パニパリリ草は魔素を吸収すると言ったろ?つまり魔力の中の魔素にも反応する。見てて」


 そう言うとウィンダム王子は両手を顔に近付けて「フッ」と息を吹く。その魔力の息吹が数株のパニパリリ草に掛かるや否やパキパキパキパキッと音を鳴らしながら根本に黄色い光がぼんやりと灯り始めた。


「え?光ってる…?」

「俺の魔力を少し吹き掛けた。強い魔素を吸収する時に根本の器官が反応するんだ。一株に一つ光があるから数え易いだろ?まあ、昼間は見にくいんだけどな…あ、じゃあ意味ないか…」

「わあ~なんて未知の植物!暗い中で見るときっと綺麗なんでしょうね。あ、えっと…計測今夜にしますか?数え易いですよね?」

「…俺は良いけど君は許されるの?」

「え?勿論大丈夫で…あ…」 


 ああ…そうか。日が落ちてから未婚の女が外に出掛けるなんて危険だし友人とは言え男性と一緒なんて余計にダメだよね…相手は王子だし。変に噂になんてなったら…


「……なあコリーン、俺と婚──」


 王子が何かを言おうと顔を上げたその時、遠くからドドッドドッと地を踏み鳴らしこちらに向かって走り来る遠音が聞こえてきた。

 …ん?四つ足の足音?ミミルキーは二足歩行だ。足や身体は羽の無いダチョウに例えると分かりやすい。大型の動物はこのマサラヤマン島にミミルキーしか居ない。つまり四つ足の足音が聞こえて来るのはあり得ないのだ。


「…コリーン俺の後ろへ」


 ウィンダム王子が私の前にサッと出て黙ったまま顔を向ける先に真っ白い動物が駆けて来るのが小さく見える。

 あれは…馬?馬だ!馬がこちらに走って来る!


「あいつ…マサラヤマン島に馬を上陸させるとは。どう言うつもりだ…っ!」


 苦々しく苛立つ様にそう呟くウィンダム王子。

 マサラヤマン島はミミルキーが唯一生息している原生樹林地を主とした隔離された島で、ミミルキー程の大型の生物は居らず原生馬の生息は確認されていない。つまり誰かが船を使い馬を持ち込んだのだ。勿論生態系上禁止事項。


 その白馬が近付くにつれそれに人が乗っている事に気が付いた。馬に対していやに…小さい?いや…違う…正座だ!馬上で正座をしている女性が乗っているんだ!……何故正座を??


 砂埃を巻き上げながら私達の十メートル程手前まで走って来た白馬、に正座にて鎮座する女性。亜麻色が煌めくふわふわウェーブのかかった長い髪。瞳は大きな漆黒。少し面長な顔ではあるが睫毛もフサフサしていて綺麗な人だ。頭からは月桂樹の葉の様な形の尖った耳がピクピクしている。


 …うん、絶対馬獣人さんだ。馬獣人の女性が馬に正座してやって来た。


「お久しぶりでございますわねウィンダム様」

「…ああ、そうだな」

「お会いしたうございました」

「……」

「サラの王子様はウィンダム様ほかございませんの。半年もお会い出来ませんでしたのよ?どんなに寂しい思いをしたか…酷いお方」

「貴方と俺は何の関係でもない。過去に婚約者候補であっただけだ。だがもうその資格さえ取り消されているだろう?…忘れた訳ではないだろうな」


 いつものウィンダム王子からとは思えない強い語句が彼の口から吐き出される。ますます苛立っている様だった。と言うか、この方が婚約者候補だった?つまりこの人は魔力耐性を保つ希少な獣人女性なんだ…


「ほほほっ、愛に障害は付きものですわ~でもわたくしは乗り越えました。どうです?サラは更に美しくなりましたでしょう?」


 そう言いながらふわふわの髪を手で払うサラと名乗る女性。


「…そうかもな。で? わざわざこの島に馬まで連れ込んで何しに来たんだ?」


 ウィンダム王子の問い掛けにニコニコとしていた綺麗な顔は瞬時に歪み、何故か私を睨み付ける様に見て来る。


 え?何?


「わたくしの親友であるデライエ第四王子妃からお話を伺いましたわ。そこの人間!貴女の所為でウィンニャム王子がぁ──あぶわっ!」


 サラさんが何か私に怒鳴り始めた途端、ウィンダム王子が足元のドングリを拾い彼女に向かって手で弾く。見事に額にヒットし、仰け反るサラさん。

 ええぇ~!と盛大に心の中で叫ぶ私。こんな乱暴な彼を初めて見たので心臓がキュッとなる。


「おい、これ以上彼女に暴言を吐くなら島から馬ごと海ん中に強制退場だ。ついでに言うなら貴方は俺に接近禁止令が出ている筈だ。貴方が半年前がやった事…忘れてないからな」


 イライラMAXの面持ちで馬上の彼女を軽く睨みつけるウィンダム王子。


「いったぁ~~い!酷いですわ~っ」

「自業自得だ。早く帰れ。…嫌な思いをさせてすまなかったなコリーン。こいつの事は忘れてくれ」

「え…いぇ…はい」


 ウィンダム王子が軽くこちらを振り向き謝るが、彼の先ほどの態度にちょっとビックリして放心していたが、私を庇ってくれている事は確かである。私…ウィンニャム王子やデライエ様に何をしてしまったんだろう?


「ウィンダム様…やはりその人間の事を…そんな事絶対に許される事ではありませんわよ!貴方はこの輝く十二の星々をいずれ束ねる王になるお方ですのよ!」

「それが何だ?ますます貴方に関係無いだろう。それに彼女は父王が認めた我が国の大切な賓客だ。彼女を害するならばそれ相応の覚悟をしてもらうぞ」


 相手が女性でも容赦が無い。一体半年前に何をしたんだろう?…それよりこの人凄く嫌われてない?


「はぁぁ~貴方の仰られる事は分かりましたわ。ですが納得いきません。この人間さえ来なければウィンニャム様もあの様な姿にされる事も無く、私達は円満に元に戻れ──うぼぉ!」

「もう喋るな。どうせまた一人で突っ走って周りを巻き込んで引っ掻き回してから責任を擦り付け高みの見物でもしようとしてるのだろう。貴方のやりそうな事だからな。だが今回は許さんぞ。コリーンに何かあれば…」


 二個目のドングリをサラさんの口内に指で弾いて的確に投げ込み、三個目を親指と人差し指で摘み…いや、待って?あれは小石?石は怪我しちゃわないですか王子!


「接近禁止の命を破ったって事はご自慢の鼻に穴を空けられても文句はないな?ブレッドよ」


 え?ん?ブレッド…??サラじゃないの?え?


「あら~分かってましたの?いやねぇ~いけずなんだから~ほほほほほっ!でもほら、見て?わたくし十メートルは離れていますのよ?だからオマケして下さいな」

「屁理屈はいらん。姿を見せるなと言っている」

「まあまあ、実は今日ウィンダム様に会いに来たのではないのです。その人間に用があって来たのですよ」


 そう言って私をまるで値踏みするような目を向けニヤッと笑いかけてくる。その時ハッと気づいた。


 この人…まさか……


 それに私に用?何の?と思うと同時に周りの空気がピリッと震えた気がした。


「そこの人間、お前に決闘を申し込むわ。二週間後にある本島で開催される始祖祭の奉納レースでわたくしと勝負しましょう?賞品は…そうねぇ、王太子妃のお部屋を利用出来る権利なんてどうかしら?♡」

「…は?はぁ?!?」

「貴女!人間の分際でウィンダム様のお部屋の隣りで寝泊まりしてるらしいじゃない!許せないわ!いつでも夜這いし放題じゃないのよ…羨ましいぃぃ!!」


『「…………」』


 もう私の頭は真っ白に染まり思考は停止していた。

 ブレッドさんの発言に呆気に取られていたが、ふと私の目の前に立つウィンダム王子を見上げる。

 背も高く手足も長く服の上からでも分かる筋肉に引き締まった体躯。『男らしい』見た目からはそんな言葉が一番似合う人だ。もちろんお顔も整っている。それはそれはモテるだろう…な。

 魔力耐性のある女性しかお相手にならないなんて制約がなければ今頃結婚もしてお子も居たはずだ。…過去の彼を私は知らない。その事に胸が鈍い痛みが走る。


「いい加減にしろ」

「まあ、これは本音ですが戯れですわ。本当の要求は違いますの。さて、正式に申し込み致しますますわね?ブレッド・ホース・ガランデとそこの人間コリーンに決闘を申し込みますわ。詳細は後日書簡にてお送りいたし……」


 サラさんじゃなくブレッドさん?が言い終わらない内に、突如ウィンダム王子の周りに砂塵が舞い上がり木々がビビビビッと音を立てて葉を激しく擦り合わせる。まるで彼を中心に竜巻が発生した様だ。何が起こっているのか分からないが、先程まで聴こえていた穏やかな鳥の鳴き声は一瞬にして消え去った。


「貴様ぁ──…」

「ぐっ───…っちょ、ちょっと…い、威圧…収めてもらえますぅウィンダム様?」

「お前という奴は!あの時温情をかけてやった恩を仇で返すとは…」







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