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14.観光と原獣化

 ***


 ウィンダムが王太子の執務室から姿を消し、しばらくしてまた帰って来たのを待ち構えていたのは近衛騎士兼側近のダナンだ。


「ウィンダム様どこに行ってたんですか。せめて何か一言言ってからにして下さい」


 朝から同じく近衛騎士のオオカミ獣人ペリウスと二人で通常の護衛勤務に就いていたが何の前触れもなく目の前から突然転移していったので慌てていたのだ。


「ウィンニャムの番がコリーンの部屋の前で騒いでいたから帰して来た」

「!? …それは」

「王太子妃の部屋には防御結界が張ってあるから許可が無い者は入れはしないが、魔力のない者は少し別仕様だから面倒になる前にな」

「別仕様、ですか?」

「部屋に入った時点で汽水湖に転移される様にしている」

「わあ…酷い」

「未然に防いで来たぞ?」

「それはご苦労様です。流石に王子妃様を汽水湖にダイブさせる訳にはいきませんからね」

「まあ、一度は来るだろうと予想はついていたからな」


 そう言いながらソファに座り直し、先ほどまで取り組んでいた新しい外交政策案の書類に目を通す。対面にはヘリオトロープの色の髪にアッシュブルーの瞳を持つ、すぐ下の弟である第二王子ウィンマムが手を組みながら黙って座っていた。


「すまなかったな途中で抜けて」

「兄上…」

「ん?」

「…ウィンニャムは浅慮で何に対しても暴走気味の馬鹿ですが、兄上を誰よりも慕っていました」

「大丈夫、分かっているよ。だから何かを奪う事はしなかっただろう?」

「はい…」

「だが仕置きは必要だ。今回の事は妥当あるいは軽い罰だと思っているよ。父や母にも了解を得ている。ウィンニャムの番には悪いがお咎め無しには出来ないからな。まあ、暫くはあのままだ」

「そうですか…」

「ウィンマム、これだけは言っておく。観光で島に立ち寄った何も知らないコリーンを俺が無理矢理連れて来たんだ。お前なら分かるだろうがウィンロードである俺が気まぐれで人間である彼女にそんな事をすると思うか?」

「──!? では…やはり?」


 ウィンマムがハッと顔を上げ目を輝かせる。それを見てウィンダムはフッと笑いこう続けた。


「まあ、そう言う事だから早くこの案を俺達で可決出来るまで精査して持っていこう。今日は彼女と昼から出掛けるんだ」


 ***


 昼前に扉をノックされた。ビクッとして思わず椅子から立ち上がる。


「お迎えですよコリーン様!王太子様お支度整っております」

「そうか」


 ガチャっと扉が開かれた先にオレンジ色の髪のウィンダム王子がヒョコッと顔を出した。あれから着替えたのかいつもの白いシャツから金の蔓の刺繍が綺麗なコバルトブルーのシャツに替わっている。ズボンは黒でサファイア色の石が散りばめられた銀の細工が美しい腰飾りに薄いブルーのタッセルが揺れている。それと今はサンダルではなく黒い皮のブーツを履いていた。


「あ、あの…観光へのお誘いありがとうございます。えっと、この格好で良いですか?」


 ウィンダム王子が綺麗めな格好をしていて何だか落ち着かない。このドキドキはいつも白シャツと寸短めのブカっとしたズボンに、サンダルの姿じゃないから身構えているだけだと言い訳してみる。


「わぁ…コリーン」

「はい…どう、でしょう?皆さんが頑張ってくれて…」

「凄く可愛い!めちゃくちゃ可愛い!!」

「ふぁっ」

「うん、思わず二回言ってしまった…」


 一瞬、口を塞ぎながらだらしなくニヤついているこの男がこの国の王太子だなんて大丈夫かな?と思ってしまう。けどそれ以上に私を可愛いと言ってくれた彼に嬉しくて素直に口元が緩む。


「気に入って頂けて良かったです。今日はどこに連れて行ってくれるんですか?と、言うか私バムダ王国をマサラヤマン島以外知らないんですよね」

「そうか。俺が早々に王宮に連れて来ちゃったからな。なら先ずはこの大島を回ろうか。昼飯もバザールで選んで食べよう。真っ直ぐに長く続く道の左右に店が出ていて活気があって楽しいぞ?」

「バザール?わぁ!楽しみです!」

「そうそう、今日はララも護衛に連れて行こう。良いよなダナン?」

「え!……あ、あ、いや、はい…」


 ん?何故ララさんの事ダナンさんに聞くんだろ?蛇獣人同士だから?


「実はな、数日前ダナンとララが婚約したんだ。ふふ」

「─!ええぇぇ!?!!?」

「それもなララの奴──「あ~では侍女長頭には俺が伝えて来ますので!ウィンダム様…余計な事は…」…ふむ。分かったじゃあ頼むぞ?」

「い、行ってきます!」


 流石は蛇獣人。流れる様に走り…蛇行し部屋から出て行ってしまった。


「?」

「ふふ、まあ複雑だろうな。さあコリーン、俺が運んでも良いんだが折角だから馬車にでも乗りながら本当の観光気分で出掛けようか」

「あら?ウィンロードが馬車に乗ったりするんですか?」

「ん?ああ言って無かったかな?転移動出来るのは今のところ俺だけだから。それにウィンロードだからって羽があっても皆飛べる訳じゃないし」

「えぇ!」

「何かしらの魔法は使えはするんだが魔力量は個々でかなりの差がある。だからそう言う者は馬車にも乗るし歩きもするよ」

「そ、そうなんですね?知りませんでした…」

「あ、馬車って言ったけどさ、 輓獣(ばんじゅう)は様々でな。他にも用途に合わせて縞馬やゴリラや熊なんかも──」


 ウィンダム王子だけが転移動出来る?じゃあ現国王様は出来ないの?え?実はウィンダム王子って凄いの?兄弟王子達は?など色々な疑問が湧き出てくる。彼は大した事のない様に話しているけど…ってゴリラ?熊?


「お?二人が来たな。じゃあ出発しようかコリーン」


 バムダ王国…やっぱり面白い。色々な常識吹っ飛ぶなぁ。

 そんな事を思いながら大島観光に繰り出したのだった。


 *


「どう、これがバザールだ。先が見えないだろう?休日には大広場で曲芸の催しなんかもしてるぞ?流石に動物の芸はやってないんだけどな」


 バザールと呼ばれる巨大な市場は真っ直ぐに連なった様々なタープが張られ、人々の溢れる活気に満ちていた。人とは言うが殆どは獣人で、たまに人間を見掛ける感じ。一応数日の観光は出来るが長期の居住は出来ないと聞いている。他国からの移住も許されていない。詳しくは分からないが、国としては少し閉鎖的だ。獣人と人間には能力の差がある事と、やはり人間に対して選民思想の者からの差別的な風潮がありトラブルが多いらしい。ウィンロードが人型である事と見た目が人に近い獣人もいる為、表面上いきなり突っかかって行く事は無いらしいのだが…どうにも埋まらない溝があるそうだ。


「貝の串焼きやイカ焼きが美味いぞ?肉は鶏肉も食べられているが俺達獣人は「チー」や「ピルー」の肉を好んで食べる」

「鶏は分かりますが、チー?ピルー?」


 話を聞いてみるとどうやら家畜化された我々が知る牛や羊の近種の様で、見た目はどちらも象ほどの大きさらしい。鼻は長くないけれどチーは耳は大きいそうだ。ピルーは毛がモコモコしていて毛質はミミルキーと類似しているそう。ローストビーフだと思って食べていたのは実は牛ではなかったのか。まあ、学食で一度食べただけだから味の違いには自信はあまりないけれど…


「第十島のジューナに牧場や養殖場があってな…また見学に連れて行くよ」


 そう言えばバムダ王国は用途に応じて島の役割が決められているらしい事を話していた。確か第七島のナルーナって島には研究機関があるんだっけ…?第一島は大島?で、一つはマサラヤマン島なんだよね。十二ある島の役割か…うわ~本当ワクワクする!


「王子、バムダ王国は私の知る文化と違って本当に面白いですね!」

「ふふ、そう言ってくれて嬉しいよコリーン。さあバムダを満喫しよう!」


 そう言って私の手を取り歩き出す彼に少しほわっとしてしまう。大きくてガッシリしていて温かくて…こうやって手を引かれて歩いた事など私の記憶の中には無かった。親にもバレリオにも…

 いつも私の前には何も無い道が広がっていて、暗くて怖かったけれど進まなければいけなくて…だから誰かの後を追う事がこんなに安心出来るなんて知らなかった。


「コリーン、あの串焼きどうだ?俺も腹が減ったよ」

「はい、私もです」


 それから私達はバザール内を食べ歩きし、珍しい日用品から調度品、織物、工芸品に至るまでを見て触って楽しんだ。


 …願わくはこの安心出来る場所がどんな形でも良い、いつまでも側にあります様に…


 ***


 一方その頃、コリーンのお付きにララ、そしてダナンとペリウスが少し離れた場所から護衛をしていた。勿論警戒は必要だが基本ウィンダムがコリーンの側を離れなければピッタリくっ付いて歩く事は無い。


「あの、ララ…?」

「はい、何でしょうか」

「あ~…そうだ!知ってるか?うち(近衛)のこのペリウスと君んとこの犬獣人の侍女がいい感じになってるって」

「存じております。本人が騒いでいるので。お勤めに支障が生じたので落ち着かせる為に頭に噛み付いておきました」

「そ、そうか…余計な事を…なんかすまん。えっと、俺達もようやく婚約出来たし…その、揃いの物を用意しようと思ってるんだけど一緒に…」

「またそれですか?何度も申し上げておりますがお勤めに必要の無い物は身に付けません」

「…じゃあ、仕事の時間以外の時は…」

「なぜそこまで何かを付けさせようとするのですか?」

「え?……そりゃ…その、す、す、す、好きな女性には男として自分と同じ物を付けて貰いたいと思うのが普通じゃないかな?婚約もしたんだし」

「結局自己満足ですか?でしたらわたくしには必要性が感じられませんし邪魔ですのでやはり結構です」


 婚約をしてもダナンには相変わらずのトゲトゲの塩対応をするララ。

 …だが実はあの決闘の日より一つだけララに変化が起きていたのだ。


「…このままじゃ埒が明かないな…仕方が無いか」


 そう呟くとダナンは自身の騎士服をサッと剥ぎ取り尻尾にひっ掛けると直ぐ様原獣化をする。突然道中に巨大なキングコブラが現れた事により辺りに悲鳴が上がった。傍にいたペリウスの毛が逆立ち目をまん丸にしてビックリしている中、当のダナンは静かにララに向かいこう言った。


「ララ。次の休みにお揃いの首輪を買いに行こう」

「はい!よろこんで~~っ♡」

「絶対、約束だぞ?」

「勿論です~~っ!♪」

「よし、言質は取った」


 すると原獣化を解いたダナンはいそいそと騎士服を身に付け、まるで何も無かったかの様にふぅっと息を吐きながら自身の髪を撫で付ける。その姿を見た途端ララはスンッと興味を無くし無言でスルスルとコリーン達の後を追いサッサと行ってしまった。


 ……そう、''ララの変化''とは『原獣化したダナン』《《のみ》》に心を奪われ惚れてしまった事だったのだ。

 勿論原獣化したダナンは意識も記憶もあり会話も出来るし別物でも何でもないのだが、姿形が人型の時には塩対応、原獣化した蛇の姿には超絶デレると言う謎展開になっているのである。

 決闘後たまたま発覚した当時これにはダナンも閉口してしまう程ショックを受けたが、そこはダナン。長年追い求めて来た相手が仮の姿とは言え自身を受け入れてくれたとポジティブに思い直し、蛇の姿のままで何とか婚約を取り付けたと言う訳だ。


「ダナン…お前…哀れ過ぎないか?」

「……」


 ペリウスが耳を倒し憐れむ様な顔でボソッと呟いた。だがダナンはフッと笑い美しい顔を上げ遮二無二の瞳を前に向けつつこう言い放つ。


「大丈夫だ!ララは昔からこんな感じだし今更気にしない。それより俺はララに愛される原獣化出来る事を誇りに思うよ。ウィンダム様のシゴキに耐えてきて良かった!」


 ちょっと服を脱ぐのが面倒だがな、と言ってグッとガッツポーズを見せるダナン。


「そ、そうか…お前がそう言うなら…(既に幼少期から真正Mに調教され済みか。なら良いか)」


 一々原獣化しないと婚約者とまともに結婚話が進まない同僚がまあどうあれ幸せそうで良かったと頭を切り替え、ペリウスは護衛の任務に戻ったのだった。


 ***


「これが…コロロコロン!!」

「そう。ん?なんだコリーンはコロロコロンの事を知っているのか?」

「あ、はい。以前侍女さんから少し…でも正体までは聞けなくて…これが…」

「ああ、これはバムダ国内なら何処にでも売ってるよ。甘じょっぱいけど癖になる不思議な味なんだ。食べてみる?」

「え?良いんですか?じゃあ…」

「店主、一つくれ。そうだな…この種類のコロロコロンを」


 そう言ってコインを一つ狐の風貌をした店主に渡す王子。


「へい!お一つですね?百ダムになりやす~」


 ニヤッと狐らしい細長い目を細め、例の物を沢山の中から大き目の物を一つ渡して来た。


「うん、これは中々良いな。ありがとう」


 そう言ってコロロコロンを受け取って私に「はい」と渡してくれた。


 それは丸くて艶々した深い濃い紺色をしている。


「中は四つの房に分かれていてな、二種類の色に分かれてるんだまあ、菓子みたいなもんだな」

「え、これお菓子なんですか?」

「一応果物だよ」

「え?でも 果梗(かこう)とか(がく)とか無いですよ?」

「これは魔変果物(マジックフルーツ)だからな」

「マジックフルーツ!?」

「前にバムダは魔素が強い一帯にあるのだと言った事覚えているか?実は植物にもそれに対応して変化を遂げた物が数種類あるんだ。その一つがこの『コロロコロン』だ」


 驚いた…まさか植物まで。いや、可笑しな事ではないのか…動物が人に似た姿の獣人が居るのに植物だから変化が無いとは誰も言えないのだ。このバムダは謂わば突然変異の国なのだ。我々人間が約七百から五百万年前に猿人から少しずつ進化して来たならば、バムダの民は少しずつ多種の動物から魔素の影響を受けながら進化を繰り返して来たと言う事だろう。そして植物も同じく彼らと寄り添い同じ様に進化を遂げて来た、その事実が今この私の手にある一つの実なのだ。


「……凄い…まるで生き抜いて来た宝石ですね。なんて尊いのでしょう」


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