13.調査開始とデートのお誘い
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「さあとうとう来ましたよ!マサラヤマン島~再上陸ですね!」
初めてこの島に降り立ったのは約二か月前。侯爵家を飛び出してから三ヶ月近くが経とうとしていた。あの時はまさか私がミミルキーの生態調査に加わる事になるなんて露ほど思っていなかった。縁とは不思議なものだ。ウィンダム王子に出逢わなければ私は今も船を乗り継ぎ知らないどこかを彷徨っていたのだろう。
そんな風に感慨深く甲板に立った船上から先に見える森林を眺めていると、ふわふわモコモコとピンクに揺れる綿毛…いやラクダ?ダチョウ??とにかくそれらに形が似た生き物がこちらに向かってポテポテと砂を蹴り近づいて来た。
「はあぁ~久しぶりのミミルキー!歩き方もやっぱり可愛い!」
ミミルキーの姿を見つけた私は嬉しくてアリスカーラ女史並みのテンションで思わず声を上げてしまう。その横でニコニコ微笑むウィンダム王子。更にその後ろで神妙な顔をした騎士隊の選抜メンバー達。
「では工程どおり、本日より現時点のミミルキーの頭数の確認と雌雄識別に当たりタグによるナンバリングの取り付けを行っていく」
ミミルキーが産卵を終え子育てに入った今の時期が狙い目だ。早急に個体数を余す事なく確認出来れば来期の抱卵の状況から始めて大体の個体の成熟具合が計算出来る。ここから様々な未知の情報が明らかになっていくはずだ。まずは一年のサイクルを把握する事を目指しこのナンバリングタグは必須と言う訳。
まず第一工程は私達が四つの小班隊に分かれこの島の四方から徐々に真ん中子育てゾーンへとナンバリングタグを付けていく事になっている。ミミルキーは番で卵を交代で温め孵化を促す事が分かっているので、子育てゾーンは雄雌の番と子、そこ以外は今期番を持たない未成熟、あるいは番を持てなかった個体が生息しているだろうと予想を立てたのだ。色違いのタグを発注して作ったり番号を入れたりなどの準備を経てようやくこの日を迎えたのである。
「こちらも並行して調べる手はずですが、いつ子育てが終わるかも分からないし一日も無駄に出来ません。頑張りましょうね!」
船から降りた私達に近づいて撫でろと顔を押し付けて来るミミルキーを久しぶりにわしゃわしゃと撫でながら私は調査隊に振り返った。…が、私の目の中に飛び込んで来たのはつややかなオーキッド(淡い薄紫)の毛を持つウサギだった。
「…あら?ウサ、ちゃん?」
いつの間にかウィンダム王子の肩に変わった毛色のウサギがぽつんと乗っていた。素直に言うと目付きが悪かった。でも瞳は透き通る空の色。
「…ウィンダム王子、この子は?」
「お仕置き中のとっても悪い子。たまに連れて来るから仲良くしてやってくれ。そうだ、せっかくだから調査隊島上記念にナンバリングタグを耳に付けてやろうかな?バチーンッと…」
ニヤリと笑いながら王子がウサギの耳をチョイっと摘む。すると驚いたのかビクッと身体を震わせキイッと鳴きながら肩から急いで飛び退いた。それを見ていた調査隊のメンバーは見て見ぬ振り。必死に目を合わさない様にさえ見える。この子の事知ってるのかな?一体何をしたんだろう?
「ふふ、大丈夫大丈夫。コリーンは何も気にする必要はないよ。君は君のやるべき事を楽しんで。さあ始めるぞ!」
*
「マー」「マー」「マー」
そこらかしこから響くミミルキーの鳴き声に癒されながら私達の調査隊はマサラヤマンの島を東から進む。決して大きな島ではないけれど森の中を一日中ミミルキーに識別タグを付けていくのは容易ではない。ウィンダム王子が空から探して追い立ててくれるがミミルキーはダチョウの足を持つ俊足の珍獣だ。今日のお手伝いは常駐の獣人ガイド兼レンジャーのペネロペさんと騎士隊のトムさんとワーニラさんとラカンさんだ。あの選抜戦を勝ち抜いた騎士さん達で魔力量が多く力が強いらしい。植物の蔦や葉っぱを巻き付け傷付かないようにした特別製の頑丈なワイヤーの網をあらかじめ柵で囲った一本道の出口で左右二人ずつに別れてスタンバイ。追い込まれたミミルキーが網に突っ込んだところをそのまま皆で押さえ付け、私が耳に性別識別とナンバリングの付いたタグをバチンと耳に取り付けていく。可愛いお耳にごめんなさい!タグを付けたミミルキーは直ぐ様解放し、また次のミミルキーを捕縛。バチンッ。捕縛。バチンッ。これを繰り返すのだが、それでも四班合計で一日三十頭程が限界。それにミミルキーが魔力を吸うので王子と私以外の獣人は、やはりと言うか、疲労や体調不良を訴える隊員が続出、長時間は不可能だった。
だが王子は精神操作系の魔法で操れるけどあまりしたくないらしい。個体によって魔法の余波が残り弱ってしまうそうだ。魔法も万能では無い様だ。
ふふっと笑いながら私はタグが入っている箱を持ち上げた。
王子と言えば生まれから能力も立場もなんでも手に入る最上級だ。もちろん人一倍努力も必要だろうし、重圧も抱えているだろう。そんな中で相手を思いやる事が出来るのは彼の長所で素晴らしい気質だと思う。まだ出会って二月しか経っていないけれど彼の人柄に触れる日々。
そんな毎日を過ごす度に私はウィンダム王子の事を駄目だと分かりながらも…
好ましく思っていった。
*
ミミルキーの調査を始めて二週間が経ったある日の休日の朝、調査での数値や改定部分を精査しながら王太子妃の執務机で書き物をしていたところにコンコンッと扉をノックする音が響く。
「はい、どうぞ」
私はそう返事をして扉に向かって顔を上げた。まだ昼には早いし…誰だろう?
カチャッとノブが回り扉が開け放される。そこには赤茶色の髪の長い耳を持つ侍女二人と、黒い長い髪を顔の横でツインテールにした少し幼いがとても美しい女性が立っていた。
「失礼致します。先ぶれも無く訪問致しました事をお許し下さいませ。こちらはウィンニャム第四王子の番様であられる王子妃、デライエ様でございます。この度賓客コリーン様にご挨拶したいと急遽訪れた次第でございます」
「え!?わ、私に、ですか?」
するとすかさず犬侍女とバク侍女がザザッと私の前まで移動して来てこう言い放つ。
「認められません!仮令第四王子妃様であろうとも王太子ウィンダム様の許可無く不用意な発言及び行動にてコリーン様に何かなされた場合、直ぐに制裁が下る旨伝達済みと聞き及んでおります故、ここより早々にお下がり下さい」
「…え?え?せ、せいさい?」
聞き慣れない言葉にビックリして思わず自分の侍女達の後ろ姿に目を向ける。すると犬侍女の尻尾がピンッと上向きに逆立っているのが見えた。普段ふわっとした手入れの行き届いたきれいな尻尾がググッと固くなっている。バク侍女なんて指から黒い爪がニョキッと出ていた。
わっ!これは…良くない。私は訳が分からないまま、だが一旦侍女達を落ち着かせる為にもお断りをする事にした。
「えっと…すみません。今は少し状況が良くないと聞いてます。私は王太子の管理下に居る者なので…勝手な事は出来なくて。良ければ王太子同席の上の機会を打診して頂いてから…」
するとデライエ様が突然扉の前でスライディング土下座をし出したのだ。
「ふぁ!!?」
「申し訳ございません!!」
「え────っ!?」
「どうか!どうか夫をお許し下さいコリーン様!」
『「キャ──デライエ様─ッ!?」』
その姿を見た赤茶色の耳を逆立てた二人の侍女が悲鳴を上げ王太子妃の部屋の前が騒然となり、近くに居た警備担当の騎士がおろおろしていた。いや、私も何が何だか分からなくてカチーンと固まってしまい血の気が引いていた。王子妃が土下座!? なんで!??
と、そのとき「何事だ」と声が何もない宙から聞こえた。はっと思った瞬間、部屋の扉の前にウィンダム王子が…瞬間転移をしてきたのだろう突然現れたのだ。
パチンッ
「…どう言うつもりだウィンニャムの番殿。迂闊な事はするなと言い渡したはずだが?」
「あ…あぁ…」
「貴女が余計な事をすればするほど…刑期は長くなるぞ」
「ど…どうか…お慈悲を…っ」
「此処から引き下がり大人しく帰れ。それとも俺が魔法で屋敷に送ろうか?だが貴女は微力とは言え魔力耐性があるからな…何処に飛ばされるか俺にも分からんぞ?」
『「ひぃ~っ!」』
可笑しい…何故か会話がこちらに聞こえてこない?もしかして魔法?どうして…そう思って見ていたら慌てた侍女達にヒョイッと担がれ泣きながら騒ぐデライエ様は連れて行かれてしまった。
呆然とそれをただ見送る私、そして私の様子をアワアワと気遣う犬バク侍女達。
冷静に考えれば可笑しい。絶対可笑しい。犬侍女やバク侍女も何かピリついてるし。…やっぱり何かあったんだ…でもみんな私に隠してる?
するとウィンダム王子がクルリと身体を向けスタスタと頬を掻きながら近付いて来た。何を、言われるのだろう?
「コリーン、あのさ」
「…はい…」
私はこの後発せられる言葉に身構える。
「今日昼から出掛けないか?」
「……ん?」
「前言ってただろ?島を案内するって。良かったら、なんだけど…」
突然のウィンダム王子からの観光案内の申し出。何故このタイミングで?少し頭が追い付かなくて彼の顔をじっと見上げる。いやでも私も色々聞きたい事があるこれはチャンスかも知れない。きっと聞ける筈だ。あの日の後三日間眠り続けたらしい私に何が起こったのか。
「分かりました、行きます」
「そ、そうか!良し!なら昼に迎えに来るから君達支度を頼むぞ?」
『「は、はい!承知致しました!」』
侍女達が元気良く返事を返すとウィンダム王子はササッと姿を消してしまった。
「じゃあコリーン様、お支度致しますよ!まずは湯浴みです。すぐにご用意いたしますので参りましょう!さあ!さあ!楽しいデートですよ~ワンっ」
「へ?デート?」
今のが何故デートに?
「それ以外何だって言うんですかワン?」
「いやいや…ただ島を案内してくれるだけでは?」
彼にとっては私は友達だし…話があるからでは?
「王太子様がわざわざ、ですかワン?」
「でも、でも多分それは…」
友達だから…
「それに本来王太子様は特定の女性とお出掛けしません」
「え?どうして…?」
「勿論王族でいらっしゃる事もですがウィンロードは魔力耐性が無い女性とお付き合いは不可能ですから思わせ振りな事はしないのです。だって未来は無いし無駄なので。能力が釣り合わなければ番様には出来ないし」
「無駄…それなら王子って今まではどうしてたの?…婚約者の方とか居ても可笑しく無いよね?」
「私も相手の方は詳しくは無いんですが、聞いた話まだお若い時一度だけ婚約が成立し掛けたとか何とか。でも結局今はそんな方はいらっしゃいませんし…」
「……そう…なんだ」
なぜかとは言わない。私はそれを聞いて少し複雑だが心のどこかでホッとしてしまっている。
ウィンロードは結婚相手が限られてしまう。それは知ってる。その能力が釣り合うって話はよく分からないけれど相手が魔力耐性の保有者でなければいけないって話は前に聞いてるし、それが怖くて最初は逃げようとした事もある。
能力が釣り合うとかどうやって分かるのかな?私…なんだかんだ彼の事全然知らないや。
「さあさあ!浴室に移動しましょうコリーン様。今応援を呼びに行ってますから覚悟して下さいませね~」
「ハッ!そう言えばバク侍女が居ない!応援って私何をされるのっ!」
「勿論誰にも文句を言わせない程ピッカピカに磨き上げられめちゃプリプリプリティーにデート仕様に飾り付けられます!!」
「はぁ~??」
そんなこんなで私はここに来て二度目になる「おもてなし」レベルで磨きに磨かれる事になった。
良い匂いの石鹸での洗浄は勿論、香油で髪を何度も漉かれデコルテまでビッシリ美容液と果物パック。身体の隅々までマッサージされ、用意された衣装は細かな刺繍と可愛い薄黄色の美しいふわふわと揺れるシフォンがふんだんに使われた若葉色のワンピース。暖かいこの国では女性が足を見せる事は悪しとされない為膝下までの寸だ。更に踵の低い柔らかな皮のショートブーツ。爪先部分には白金の花の装飾が付いている。
いつもは髪を引っ詰め一つ括りにしている髪を揃えカットした後にメイクをされ、顔サイドから編み込みし、腰まである髪を下ろし髪飾りを付けられた私は何と言うか…
「誰?」
と思わず声が漏れる程の激変ぶりだ。激変と言うか私の顔そのものを忘れていたかの様だ。だって何だか大人の女の人の顔をしている?
いや、そう言えば最近ちゃんと鏡を見ていただろうか…最近…じゃない。そうだ、侯爵家の離れの自室には鏡すら置いておらず、手鏡は持ってはいたが数年は巾着のカバーが掛かったままだ。睡眠時間も食事もおざなりでやつれた自分の姿を見たく無くなった時から…
「は…そりゃ捨てられるよね…」
改めてじっくり見る目の前の鏡に映る私は血色も肌艶も良い。この二か月で睡眠も食事も十分に取れ、好きな本を読み可愛いミミルキーの調査まで参加出来ている。
愛していた筈の婚約者と共に過ごしていた侯爵家での日々は結局独りよがりの共依存だったのだ。自己犠牲に酔い 私さえ我慢すれば二人が幸せになれるのだと…。
「何だか理解が出来たわ」
鏡に向かい無理矢理ニッと笑ってみる。晩餐会の時より頬もコケてないし、なかなか可愛いじゃない?目はちょっと吊り気味でキツめだけど目は小さくは無いと思う。
バレリオは髪を褒めてくれた事はあるけど私自身を褒めてくれた事なんてあったかな?ああ、仕事の事はいつも褒めて喜んでいた。自由に出来るお金が増え裕福になっていくのがよっぽど嬉しかったのだろう。
あの日屋敷を飛び出してウィンダム王子に出会わなければこの鏡に写る私は居なかったのね。
「良かった…本当に逃げて良かったんだ…よね」




