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12.断罪の決闘と記憶喪失

 タイパン属のイザムとキングコブラ属のダナンの文字通り死闘が始まった。

 互いに剣以外に武器は無い。イザムの得意な暗器である毒針やナイフは使えない。今まで相手をこれらで弱らしてから止めを刺すという攻撃スタイルは出来ず少々勝手が違うものの、イザムも騎士として標準の力量以上はある為躊躇う事なくダナンに大見得を切った。

 下半身が蛇の姿の彼らだが前に進むだけで無く後退も出来る為回避する術も持っている。尾は強靭な筋肉の塊だ。勿論ジャンプも出来る。蛇とは他者が思うよりもアグレッシブな動きをする生き物なのだ。


 しばらく剣による打ち合いの攻防が繰り広げられていたが技術の差と手数の多さによりだんだんとイザムが追い込まれていった。切り傷が増え致命傷までは至らずとも右の手首を飛ばされ一瞬ひるんだところを左肩に斬り込まれた。悲鳴を上げグリンッと身体を反転させ傷口を庇いながらザザッと後退し間合いを空ける。


「がぁ!ぐっ…っ俺の…右手を!くそぉっ!!」

「どうした?姑息な真似をせねばやはり勝てぬか…まあ、初めから分かっていたがな。貴様が剣の研磨はおざなりだと蛇騎士仲間に聞いていたんだ。同じ第三島サーシュナ出身の者も残念がっていた。…お前が故郷に帰る事はもう無いのだと、な」

「ああぁ?もう勝った気でいんのか?それはちっと早過ぎじゃねーかダナン!」

「いや?間違いではない。貴様如き制する事など難しくは無いからな」

「はっ!なら──やってみろよ!!」


 イザムはそう叫ぶととうとう頭部を変化させた。口が裂け牙は長く鋭くなり逆立つ赤い鱗に顔が覆われる。だがその頭部は身体よりも大きく蛇と言うより大山椒魚の様にアンバランスな様相だ。


「……醜いな。だがそれで良い」


 イザムの変化した姿を見てダナンはボソリと呟いてから剣を鞘に納め騎士服を脱ぎ放り投げる。


「貴様が変化なら俺は先祖の姿で相手をしよう」


 原獣化。ダナンの人型の上半身がみるみるうちに艶やかな光る黄緑とも金に見える鱗に覆われた巨大な一匹の大蛇に変わる。一部のみを変える変化ではなく腕も消え失せ神々しい姿だった。


「へっ原獣化したからってなんだ!お得意の剣は要らないのかよ?それじゃあ俺の方が有利だな!」

「利き手を切り落とされ剣も握れぬ貴様が吐く台詞ではないな。それにな、王太子近衛である俺を甘く見過ぎではないか?」


 舌をチロチロと出しながら睨み合う異形の姿の二人を周りは静かに見守っている。静寂の中先に動いたのはイザムであった。ガバッと口を大きく開け放ち素早くダナンに咬み付こうと飛び出した。それを待ち構える様にスッと直立に身体を伸ばし構えるダナン。だが何故か彼はイザムの攻撃を避ける事無くその身に牙を受けたのだ。深々と腹に刺さる毒牙からダナンの身体にタイパンの神経毒出血毒の混合毒が注入される。それを見下ろすキングコブラの頭がようやく口を開きそのまま無防備なイザムの後頭部目掛けて噛み付いた。互いが互いを噛み合い毒を注入する構図に周りの騎士達も騒然となり固唾を飲む。

 毒の強さで言えばタイパンにキングコブラは敵わない。それは誰もが知る事実だ。


「…ダナン…どうしてっ」


 わざと噛み付かせたかの様に見えたのは空目では無いと誰もが思った。

 暫しの時を経て二匹の蛇は互いにその牙を離す。ゆらゆらと上半身を揺らし後退しながら次第に小刻みに震え出した。「グェェ…──ッ」と嘔吐と吐血。巡る血とそして細胞から痛みが全身を覆い、痙攣しながらバタバタとのたうち回る。修練場の石畳みは八の字を描いた跡の様に真っ赤に汚く染まって行く。


「ガ…グゥッ…な、な…ぜ…だ!俺の方が…っ」

「ああ、そうだな。確かに毒の強さは貴様には敵わないだろうがな…だがそれだけだ」


 荒い息を上げ、血を吐き、筋肉麻痺を起こし倒れていたのはイザムの方であった。


 原獣化する事によりダナンの身体はキングコブラの性質により近くなる。つまり強靭な生命力と適応能力。一度の咬合で大量に毒を注入出来、毒を無効化する『抵抗成分』を持つ。それらは過酷な鍛錬の末に取得したもので威力も生命力も格段に上がるのだ。

 更にキングコブラはもう一つ、他蛇には無い毒『細胞毒性』を持っている。文字通り細胞を破壊し、DNAをも溶解する。それを一番早く効果を出す後頭部を狙い、大量に注入したのだ。


「貴様の頼みの綱は最強の毒であっただろうが…相手が悪かった。この決闘で貴様が生き残る確率は始まる前から決まっている」


 原獣化を解いたダナンは腰にあるソードベルトから自身の剣を鞘から引き抜き、変化を保てず獣人の姿に戻った、全身から体液を吹き出し、赤い髪を振り乱し、激しく痙攣を起こし始めた罪人に向かって突き出した。


「バムダの騎士とは魔獣や侵略者を打ち倒す強さ。主君への忠誠そしてなにより弱者、特に女性を守ることが最上の道徳である。貴様のやった事は戦う術を持たぬバムダ王国の賓客コリーン様の命を狙い、侍女を毒針で弱らせ瀕死に追い込み、抵抗する者には牙を向けた。バムダの騎士としても男としても最も恥ずべき行為だ。故に同じコブラを祖先に持つ騎士である俺が愚かな貴様に引導を渡す」


 ヒュッと高く振り上げられたダナンの手が容赦無く振り下ろされる。


「俺の一生を捧げると誓った愛する女性に危害を加えた男をどんな事があろうとどんな理由があろうと許す事は無い」

「ガッアァ…ァ…ぁ」

「言っただろ?生き残る確率は」


 無残に二つに別れた身体から最後の呻きが漏れ冷たい石畳にボタボタと温かい体液が溢れ落ちる。


「元から(ゼロ)だ」


 ビシャッと湿った音と共に崩れ落ち赤い蛇の目の光が消え失せそれを確認したウィンダムがスッと立ち上がり片手を挙げ審判者として宣言した。


「決闘の勝者は騎士ダナン・クライサーベルとする」


 そしてその日からダナンとララの関係が意外な方向へ変化して行く事になる。


 ***


「ん…」


 目を覚ますと私はいつもの自室ではない豪華なそして広いベッドの上に居た。


 …へ?何が…あ、このシーツ凄い気持ち良い…サラサラだぁ…良い匂いがするし。でも何だろ…知ってる匂いもどこからか…


 スリスリと頬でその感触を堪能していると何故か頭の上から「ふふっ」と小さな笑い声が聞こえた。


「…え?」


 パッと顔を上げ声のした方を見上げる。そこには足を組み座る人。硬質そうなオレンジの髪を下ろし透き通る緑の瞳が優しげに少し眉を下げて見守る様に見つめていた。えぇ!何でウィンダム王子が…!


「…どうだ、気分は悪くないか?」

「き、気分…?」


 起き抜けでまだぼやんとした頭。全然前の記憶がない…私何かしたのだろうか?


「ああ、君はずっと目を覚まさず…すまないコリーン。嫌な思いをさせてしまった。いや、危険な目に遭わせてしまった…これは俺が全て悪い。どう謝っていいかも分からない…君はどうしたい?」

「え?え…と……危険?」

「ああ、すまない。目覚めてすぐこんな事…俺も、相当動揺してるな」


 そう言って掻き上げた髪からポタポタと水滴が溢れる。というかシャツの肩部分がびしょ濡れだ。


「…また湖で遊んでたんですか?懲りないですね王子は」

「いやいや違うよ。湯浴みをしてすぐに来たから…乾かすのを忘れてただけで…」

「そう……意外と長いんですね、髪。いつも括ってるから…胸辺りまでありそう」

「欲しい?」

「…っふっ!ふふっ、流石に要りませんよ~」

「この髪色はこの国には俺一人しか居ないんだ。珍しいんだぞ?」

「え~!凄い!じゃあカツラ用に貰おうかな?ふふっ」

「……ああ…俺ごと貰ってくれるならあげても良いぞ?」

「ん?」

「ははっ!どうやら元気はありそうだ。侍女を呼ぼう。腹も減っただろう」


 そう言えば確かにお腹が空いたかもしれない。あの大修練場で食べたサンドイッチのローストビーフしっとりしてて美味しかったなぁ…ん?あ、そうだ!


「あの…調査隊選抜の模擬戦をの後…確か私…化粧室に行って……あれ?ウィンダム王子とウィンニャム王子の模擬戦をやるからって…急いでた…のに…」


 その後の記憶が無い?


「あれ?あれ?結局見そびれた?」

「──…! コリーン…君…もしかして」

「?」

「…いや、何でもない。……少し待っててくれ。侍女を呼んで来るから」


 そう言ってウィンダム王子は考え込む様にゆっくりと立ち上がり豪華な装飾の扉から出て行った。

 その後、犬侍女とバク侍女がなぜか目を涙に潤ませながらパンがゆを運んで来てくれた。どうやら私はあの選抜戦の日から三日も寝たままだったと聞いて驚いた。


「? 私どうしたんだろ?何があったか知ってる?」

「……えっと、私達は…」


 そう言いながらチラッと壁を背に立ち腕を組むウィンダム王子に目配せをする侍女達。だがなぜかニッコリ笑ったまま何も言わない。ビクッと肩を振るわせサッと顔を背ける彼女達になんだか申し訳ない気持ちになる。

 すごい酷い失敗を私がしてしまったのだろうか?


「…君は石につまずいて転けてしまったようだよコリーン。打ち所が悪くて気を失ってしまったんだ。傷は治したんだけどそれから起きなくてみんな心配していたんだよ。…誰が悪いわけではない」

「そうなんですか?なんだ!じゃあ彼女達が悪いわけではないですよね?良かった~…あれ?じゃあさっき危険な目に遭わせたってどういう意味ですか?」

「それは…君の歩いていた所に石を転がせておいた俺が悪いって意味さ。ちゃんと掃除する様に言っておくから…何せ三日も意識が戻らなかったんだ。ものすごく反省してる」

「ああ、そう言う事ですか?こちらこそご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。私が勝手に転んだのに心配掛けてしまって」

「本当にすまない。これからは全力で君を護るから…」

「寝ていた私が言うのも何ですが大げさですよ」

「………大げさじゃないさ」


 そう言ってまた少し思い詰めた顔をするウィンダム王子。随分心配を掛けてしまった様だ。


「えっと、そうだ!ウィンニャム王子との模擬戦はどうなりました?やっぱりウィンダム王子が勝ったんですか?」


 なんだか居たたまれなくて話を違う方向へ持って行こうとしたが、なぜだか更に気まずい雰囲気が一瞬漂った。これは…


「あ、もしかして負けちゃいましたか?」

「俺が負ける訳が無いだろ?」

「勝ったんですね?」

「勝った、か。少し違うかな。試合はしてないが正しいかな」

「しなかったんですか模擬戦」

「ああ…それどころじゃなくなって…まあ取りあえず君が心穏やかで無事目覚めてくれて良かった。それだけが救いだ」

「? また大袈裟ですって」


 結局その後私はまだ安静にする様にと二日間部屋から出してもらえなかった。本は運んで来てくれた物を読めたのでまあ、良しとした。

 因みにこの部屋はウィンダム王子の隣の部屋だったらしく…つまり未来の王太子の妻になる方の部屋らしい。与えられた自室も割と豪華だと思っていたが、流石王太子妃様の部屋は客間の四倍はあり、備え付けのバスルーム、マッサージルーム、ドレスルームや大きな執務デスクに応接セット。勿論寝室は別でちょっとした邸宅並みの広さだ。


「すまないがしばらくここを使ってくれ。何かあれば直ぐ俺に連絡出来る場所にいて欲しい。君が使っている客間は距離があるからな」

「でも…この部屋って…」

「なんだ気を使ってるのか?どうせ今は部屋の主人は居ないんだ。君が使っても問題無いし誰にも文句は言わせないよ」

「分かりました…でも何かあったんですか?直ぐに連絡なんてしないといけない事って…」

「少しね。俺が安全だと確認出来るまでここに居てくれ。いや、ずっと使い続けても良いぞ?そうだ、そうしよう!」

「は?それは流石にちょっと…」


 この部屋はウィンダム王子の未来の奥様、つまり王太子妃の部屋だ。彼がいつか結婚したら…いつか誰かと…そうしたら…


「こんな豪華なお部屋に慣れちゃうといずれこの国を旅立った後困りますから。問題無くなったらちゃんと元の客間に戻して下さいね」

「そうか?まあその時が来たらな」


 全くウィンダム王子に困ったものだ。この部屋の重要性は無知な私でも理解している。おいそれと気軽に使用して良い筈がない。

 でも不思議だ。これは私の身体である筈なのに私の脳と口は別物の様。何だがチグハグだ。シクッと冷たく痛む胸は一体何処が何故痛いのか理由が分からない。それと同時にこの感覚が何なのか今はまだ知ってはいけない気がするのだ。


 私は間違ってはいけない。

 勘違いしてはいけない。


 私は全てを捨て逃げ出し何も持たない価値の無い唯の人間で彼は獣人の国の気の良い王太子。


 もうあの頃の盲目で愛されているなんて自意識過剰で愚かな私に戻ってはいけないのだから。


 ***


 真夜中の王太子妃の部屋に降り立つウィンダム。勿論コリーンの同意は無い。彼女は既に就寝しているのだから。


「コリーンの記憶、やっぱり戻らないみたいだな」


 彼女が目覚めてから二日経った。あの日はまさか三日も目覚め無いとは思ってもいなかった。そして目覚めた彼女にはあの時の記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだ。始めは驚いたがこれで良かったのだと思う事にした。勿論記憶がいつ戻るかなんて分からないがその時が今でなかった事に安堵したのは嘘では無い。信頼関係がまだあやふやな時期だ。まだまだ彼女が男に裏切られた事による精神的不安も回復していないし立場も確立出来ていない。


「きっとかなりの精神的ショックを受けた事が原因だろうな」


 巨大な口を開いた蛇に呑み込まれる寸前だったのだ。コリーンは唯の人間で対抗する術も持っていない。そんな彼女に突然命の危機と獣人の醜い部分を突き付けてしまった事に目覚めた後どうすれば良いのかウィンダムは悩みに悩んでいたのだ。彼にとってこの様に誰かの為に思い悩む事態が初めての経験だった。

 結局答えも出せず唯々彼女から片時も側を離れられない自分に気付き、自分にとってコリーンの存在が余りにも大きい事を再確認した。

 眠るコリーンの銀の髪を一掬い指に絡ませる。彼女の髪はスルッと艶があり柔らかい。自分の髪質とは全く異なる。唯それだけで擽ったくて愛おしさが募っていくのだ。


「コリーン…俺は君を手放せない所まで来ているみたいだ…だからちゃんと向かい合うよこの気持ちに。指から未来が零れ落ちない様に」


 ウィンダムはそう小さく呟いて指に絡む髪に愛おしげに口付けた。





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