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11.間一髪と温情

 顔を押さえながらバタバタと暴れるイゼル。倒れ込んだ私は直ぐ様近くの石の壁に手を付いて身体を起こし立ち上がった。


「み、皆…無事?」


 勢いよく倒れた事で少し頭が揺れたが私は擦り傷程度。だがバク侍女は毒の影響で起き上がる事が出来ないのかうずくまったままだ。ララさんも腕から血が滴り落ちている。黒い侍女頭の服が濡れているのが分かる程出血が酷いようだ。


「…コリーン様、手助け感謝致します。さあ行って下さい」

「ララさん…うん、助けを呼んで来るから!」


 きっと動けるのは私だけ。フラつきながらだが歩けるし、少ししたら走れる様になるだろう。石の壁に手を擦りつけながら再び物見席のある通路へ向かった。


「今度こそ、今度こそ…こ─」


 だがその思いも不意に背後から感じた熱で途切れる。覆いかぶさるかの様な得体の知れない黒い塊。まるで岩の様な影から荒いハーッと漏れる息遣い。後ろからグッと掴まれた両腕。振り向き様に見えたのは赤黒い大きな口。テラテラと粘っこい液が微かな光を反射して複雑な肉の形状を露わにしている。


「しまっ─っ!コリーン様ぁ!!」


 ララさんの叫び声が近くで遠くに聞こえる。


 あ、これ…口だ…



 喰われる



 そう思った瞬間、閉じられて行く大きな肉で私の視界は黒に染まった。



「──れるな」


 バチンッ



 その刹那。何かを弾く音と共に強く鋭い風がビュッと両耳の下を通り抜け、覆っていた黒く重たい影がドバァッという音と共にフッと消えた。私を掴んでいた手の感覚も同時に無くなった。どうして?あんなに強く掴まれて痛かったのに…


「…ぁ」

「コリーンっ!」


 あ…あぁ…

 視界が──明るい…


「コリーン無事か?怪我はないか?どこも痛くないか?」


 後方から聞こえる声は聞き覚えのある…紛れもなく彼の…


「こんな事になってるなんて…君の侍女が修練場まで這って来て知らせてくれたんだ。すまなかった、気付くのが遅くなって。大丈夫かコリーン?」


 犬侍女が…生きてた?しかも知らせてくれたんだ…よ、かった…


「コリーン?」


 彼が私を呼んでいる。でも何故か目の前が暗くなり足の力が抜けて身体を支えられなくなってしまった。ガクンッと崩れ落ちる私の頭がグランと揺れるが床には着かなかった。痛く無い…温かい。温かい胸が…ああ…この腕。


 わたし…助かったんだ…


「コリーン!」


 味わった事の無い食われる寸前の究極の恐怖。その緊張と回避した安堵が一気に押し寄せ私の意識はそこで途絶えてしまった。


 ***


「ララ─ッララ──ッ!」


「…ダナン五月蠅い」

「何がどうなってるんだ…」

「とにかく急ごう」

「もうウィンダム様はお着きだろうか」

「一度お怒りになられてるんだ…何が何でもコリーンってあの銀髪の人間を危ない目に遭わせてはならん!」

「でも、なんでこんな事に…そう言えば蛇って言ってたよな…」


 走りながら近衛達はサッと先を走る…蛇行するダナンの後ろ姿を見つめる。

 騎士隊には蛇獣人は数人居るものの決して数は多くは無い。その中でも近衛に選ばれたのはダナンが優秀であるが故だ。蛇の特性だけに頼らず剣の技を磨き、機転も身体の動きも体力も一級品であるからだ。そして何より一途で他者に悪意が無い。悪を悪と思い込む事は無く、善を絶対だと信じる事も無い。単純な様でどこか冷静な目と思考を持って物事を捉える事が出来るのも彼の長所だった。


「…でもダナンはララ嬢の事となると可笑しくなるからな…無事なら良いんだけど」


 そう言いながら目的地に走り付いた彼らは凍り付いた。


 血痕が飛び散り壁の石は崩れ落ちている。明らかに戦闘が行われたその場に倒れていたのは侍女服を着たバクの獣人。そして傍で血で濡れてはいるが凛と立つ蛇獣人のララだった。


「ラ、ララ──────ッッ!」


 ダナンがララに走り…擦りよりワタワタと手を振りながら安否を気遣う。


「あ!ララァ…ッララ!ララ!ああ…ち、血が!怪我をしたのか?何処をやられた!だ、誰に!無事…な訳ない!俺のララにっ傷付けたっ誰がこんな事を~っ殺してやる!!」

「はぁ……煩いし近いですしわたくしは貴方のものではありません」


 抱き締め様と詰め寄るダナンの顔を押さえグイッと遠ざけるララ。しかし疲労の為か力無さげだ。


「落ち着いて下さい。傷はウィンダム王太子に治療して頂きました。ご心配には及びません」


 見ると肩や腕、腹の衣服が破れ血に濡れているが傷はない様で痛む仕草もしていない。寝かされているバクの侍女の方も気を失ってはいるが顔色も悪くない。


「そうか…ウィンダム様は間に合ったのだな。良かった……は!?いやいや!良くない!一体何があったんだ」


 少し落ち着いてきたダナンはララの破れた服を隠す為自らの近衛の騎士服を脱いでララの肩に被せながら悲壮な顔で周りを見渡した。飛び散る血塗れの石畳と石壁。だがララの服の破け方からはそこまでの出血量とは考えられない。つまり…


「王太子ウィンダム様からの伝言です。こちらの場を事後処理して侍女を医務室へ運ぶ様にと。容疑者である騎士イゼルは被疑者である賓客コリーン様に対する殺人容疑で地下牢獄へ捕縛・投獄済み。王宮に戻り警戒体制のまま待機、後程伝書鳥を送る。との事です」


 続々と駆け付けた近衛達は皆その内容に驚愕した。


「え?イゼルが…!」

「…面識があったのか?」

「コリーン様を狙って?」

「理由は何だ?ミミルキーの調査を妨害する為とか?」

「いや、このタイミングでか?調査隊は今日選出されたんだ。もっと前で何かしらアクションがあっても良かっただろ?」


 次々に憶測が話されるが、結局正解は誰にも分からない。だが皆心にモヤッとした疑問を感じていた。

 近衛の中での周知の事実として、騎士イザムは過去同じコブラ科であるララにしつこく、しかも下世話な言葉でちょっかいを出していたのが知られている。なぜ知っているかというと、それを目撃しキレたダナンがイザムと小競り合いを起こしたからだ。何とか騎士達が止めに入り上に報告した結果、イザムに一週間の謹慎と厳重注意、ララに対する半年間の接近禁止命令が下されたのだ。

 因みに近衛の不始末に関して王太子から直々に地獄の指南稽古を付けられ二ヶ月の間毎日ズダボロ牛乳雑巾にされたダナンも同罪だ。

 そのイザムが人間の娘を狙い、求婚していたララと闘ったというのだ。いくらなんでも可笑しいのではないか。

 それに彼はずる賢い男且つ慎重な事で有名だった。そんな彼がわざわざ姿を現してまでこんな大事にするだろうか?

 動機が不明瞭過ぎるのだ。


「これは…想像以上に大事にならなければ良いが…」


 *


 転移動で降り立った先には今にも誰かを丸呑みにしようとした蛇が口を大きく開け広げているところだった。


 そこには両手を伸ばす悲壮な顔のララと、その先に柔らかそうな光る銀の髪が揺れていた。


 ウィンダムがその誰かを彼女だと認識した瞬間、見開いた瞳に炎が燃え上がる。


「彼女に触れるな」


 指先を力強く弾き、圧縮した尖る風で口を閉じる寸前の蛇の上顎を吹き飛ばす。パパァンと肉片が弾け飛び、続けて彼女の腕を握るイザムの手をバラッと灰にする。風魔法で空間を膨らませ、中を破裂させ彼の腹に数カ所衝撃を与えた。

 瞬時に次々展開される複数の魔法でイザムの身体は散り散りに破壊され宙を飛び石の壁に叩き付けられたのだった。


「…あの赤い蛇はタイパンか…それに騎士服、ならヴェノム部隊の……あ、コリーンおいっ!」


 グラッとコリーンの身体が力なげに揺れ崩れ落ちそうになったのを慌てて駆け寄りその軽い身体を抱き止めるウィンダム。


「コリーン無事か?怪我は無いか?どこも痛く無いか?」


 そう問い掛けるが反応が無い。


「こんな事になってるなんて…君の侍女が修練場まで這って来て知らせてくれたんだ。すまなかった気付くのが遅くなって。…大丈夫かコリーン?」


 だがコリーンと名前を呼んでも彼女はこちらを見ない。その内ゆっくりと目を閉じウィンダムの腕の中でコテッと眠る様に気を失ってしまった。その儚さにキュンとしつつも後悔の念が押し寄せる。


「すまない。ここまでするとは…」


 直ぐ様治療魔法を施し状態を確かめる。傷は擦り傷程度、毒は受けてはいない様で顔色も血の気は薄いが酷くは無い。ウィンダムはホッと息を吐いた。

 そうこうしてる間にズルズルと身体を引きずり近付いて来たのは肩や腹を血に染めたララだ。


「ウィンダム様…力足らずでお守り出来ず申し訳ございません」

「ララか…いや、よくやってくれた。俺もまさかと油断していたしこちらこそ悪かったな。報告は後で良い…まずは治療だ。そこの侍女はタイパンの毒を受けているな、急ごう」


 ウィンダムはそう言うとララとバク侍女に治療を施し、石壁に叩き付けられ変化が解けかすかに息のあるイザムに対しても欠損修復及び傷の治療まで行いそのまま地下牢獄へと転移動させる。

 気を失ったコリーンを胸に抱いたまま淡々と作業をこなし、ララに近衛宛に伝言を残してからウィンダムは最後に腕の中で静かに眠る彼女に目を落とし自分に言い聞かせる様に呟いた。


「……ああ、残念だ。俺達はウィンロードだ。力がある者は思慮深くなければならないと常々教えてきた筈なんだが…全く、()()無いな」


 少し寂しげな陰が降りたグリーンの瞳で柱の隙間から見える空色に向け、彼は静かにその場をあとにしたのだった。


 *


 数日後、そこには鎖で手足と猿轡で拘束されたイザム、そしてダナンが立っていた。

 ここはいつかの大修練場である。

 あの後殺人未遂を起こしたイザムに対して下されたのは意外にもダナンとの決闘であった。

 審判者はウィンダムで観覧は騎士隊らと近衛達、そしてララだった。

 彼はズボンのポケットに手を突っ込みながら石段に座りじっとりとした顔をイザムに向けていた。


「本来であれば、即極刑を言い渡すところだが…ヴェノム部隊の元騎士イザムよ。お前は十分実力があったにも関わらず姑息な真似をした事で今回の事件を起こさざるを得なかった。自業自得だとも言えるが…断る事など出来なかったのも理解出来る。故に…足掻くチャンスを与えてやろう」


 そう言って今度はダナンの方に目をやった。


「…ダナン。決闘の宣誓を」

「はい、ウィンダム様。私王太子付き近衛騎士ダナン・クライサーベルは元騎士イザムに決闘を申し込む。理由は王太子ウィンダム様の賓客及び侍女三名の殺人未遂。よってこの決闘は制裁を含む為不可避である」

「そう言う事だ。だがもしお前がダナンに勝利した場合、温情として刑罰は騎士の称号の剥奪と除隊及び故郷への帰還命令のみに(とど)めると俺の名のもとに約束しよう」


 ウィンダムがパチンと指を弾く。するとイザムを拘束していた鎖がバラッと崩れ消えてなくなり同時に二人が立つ間に一本の剣が現れ地面にカランッと転がった。


「使え。変化も出来るなら原獣化も許可する。己の力は全て使え。但し、逃げる事だけは許さない。お前に与えられるのは勝利か死どちらかのみだ」


 イザムの喉がゴクリと音を立てる。逃げる、など出来る筈が無い。ウィンロードから逃れる術など獣人にはない。あの日一瞬で死に際まで粉々にされた記憶は未だ脳裏に焼き付いている。そして気付けば牢獄の中で目を覚ました。痛みも欠損も無い元の姿のままで…こんな芸当神でなくば何が出来ると言うのか。

 そう、神の如くその存在は畏怖の対象…それは傍若無人なイザムであっても変わらない。決して超える事の出来ない獣人であるが異質な別の生き物。それがウィンロードだ。


 再びウィンダムがパチンと指を鳴らした。すると二人の頭上に黄色く光る炎が煌々と光を放って現れる。


「この炎が弾けて消える時が後戻りの出来ぬ始まりの合図だ」


 剣を拾い上げイザムが構える。ダナンは静かに腰の鞘に眠る自身の剣の柄に手を掛けた。ジジッ…と音を鳴らし揺らめく炎。それが徐々にグニグニと生き物の様に動き出し、白いスパークを放ちながらパッと四方に弾け飛んだ。決闘の幕開けである。するとダナンがイザムを睨みながら静かに問うて来た。


「イザム貴様に一つ聞きたい事がある」

「…何だよ」

「何故懸想していた筈のララに牙を立てた」

「あ?ああ、そりゃ決まってんだろ?躾だよ。別に毒を入れた訳じゃねぇし。あいつ俺に短剣振り回して来やがったんだ。それにちょいと邪魔だったからな。未来の夫に対して反抗的だったから大人しくさせてやろうってな」

「愚か者め…っ!ララの、ララの柔肌に…白く光る美しい肢体に…貴様の様な身勝手で勘違い野郎の塵以下の男が牙を入れるなど…血に濡れたララを見た時からもう貴様だけは生かしておく事は出来ぬと決めていた。この場で…必ず葬り去る!」

「けっ!それは俺の台詞だ。相手がウィンロードじゃなきゃ誰にも負けはしねーよ。俺の毒の強さはお前の五十倍だ。一瞬で決めてやるよ!最後に泡吹いて死ぬのはお前だ!!」



 













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