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10.イゼルと捨て身

 大修練場では騎士隊の殆どの隊員達が今か今かとその模擬戦を心待ちに待機していた。ウィンロードの対決を観られるとあって皆浮き足立っているのだ。

 ウィンニャムは襟元から黒地に金の刺繍が入る騎士服を身に纏い、キッチリした様相で肩から白いショートマントを靡かせた王子然とした姿。それに対してウィンダムは刺繍の入った白いシャツに黒のゆったりした八分丈パンツをタッセルの着いた紺の腰帯で緩く止め、装飾の無いかかとの付いた皮のサンダルを履いている。気候が暖かいバムダではお馴染みのかなりラフな姿だ。傍から見ればどちらが王太子なのか判断に困るだろう。

 二人は向かい合い互いに木剣の先を合わせる。試合開始の号令と共にその剣先が離れウィンニャムが一旦距離を置く。

 ウィンロードなのだから攻撃魔法を使わないのか、と思われるだろうが魔法は《《あまり》》意味は無いのだ。なので剣技に魔力をどう使うかがみそとなる。


「兄様、胸をお借りします!では、参ります!」

「ああ…おいで」


 剣先を真っ直ぐ顔の前に構え、ジリッと間合いを詰めるウィンニャム。剣に己の魔力を通す付与を施しながらその一撃の威力を高める事に集中していた。だが一方でほんの少し別の事象を気にしている。


(ウィンニャム…先程からおかしいな。何かあったのか?)


 ウィンダムは末の弟の行動に違和感を感じていた。この男、その類稀なる戦う為の才能更により「強くある事」に魅入られ追求研磨してきた。魔法を訓練する際も攻撃魔法に特に重点を置き、最早ウィンロードの中でも最短で数十と行使出来る様にまでなっている。

 更に彼は自然系つまり雨風雷に地震など自然災害に近い魔法を得意としており、自他共に認める「先鋒」である。


 そんな彼は四人兄弟の中でも一番ウィンダムに懐いており、たまに武器稽古に付き合ってやっていたのだが…


(注意が削がれている…か。何かあったのか?)


 ウィンニャムから繰り出される剣技は一撃一撃必殺に匹敵する勢いを含んではいるが、どうもいつもと違う。集中力が無い。カンカンと攻撃を巧みに受け流しながら末の弟の顔をじっと観察するウィンダム。


(…先程のコリーンへの無礼も関係している?)


 ハッとそう思い立った彼の目がグルンと一点に注がれた。だがそこに居る筈の彼女が見当たらない。それどころか彼の近衛は全員修練場に移動していたのだ。


(──っ!コリーンが…居ない!?)


 その瞬間ウィンダムからブワッと魔力が吹き出し一瞬で場を閉じ込める。周りで観戦していた騎士達も含めがちんとその動きを止めた。ウィンニャムも剣を振りかぶった姿で身体の自由を奪われるが勢いは殺せず固まったまま盛大に地面にドサッと倒れ込んだ。


「グッ…ッゥ…」

「ウィンニャムお前…何を知っている?」


 動けず声も出せず。だだっ広い修練場に誰も居ないかの様にシン…と異様な静寂が突如訪れる。その中で極々微かにクルルゥーと喉を鳴らす苦しげな鳴き声を聞き漏らさずウィンダムは一瞬で声の主の前へ転移動をする。そこには膝から出血している犬の獣人侍女が石畳を這いながらヨロヨロと擦り足で歩いていた。


「お前は…っ!何があった、コリーンはどこだ!」

「ク、ルル…ゥ…」

「少し待て」


 真っ青な顔で喋る事も出来ず疲弊し口から泡を吐きながら痙攣する犬侍女に状態異常と回復魔法を同時に掛けるウィンダム。何かの毒の類の中毒症状だと察したからだ。毒に抗いながら何とかここまで移動して来た犬侍女は酷く体力が消耗している様だった。


「ぅっ…ごほっ…ごっ…はぁはぁ、コリーン様危ない…化粧室…でて…襲われ…蛇…の男…ど、く…」

「蛇だと?…分かった。良く知らせてくれた。おい、誰かこの子を医務室まで運んでやれ。他の者は物見席から一番近くの化粧室付近を捜索。侍女ら及び賓客コリーン嬢が襲撃されている可能性有り。獣化を許可する。俺は先に行く」


 そう金縛りから解け駆け付けた近衛に声早に言葉を残しウィンダムはその場から再び転移動を使い消えたのだった。


 *


 あれからどれ程の時間が経っただろう。三分か五分か、それとももっとか…私はバク侍女に庇われ唯、身体を竦めて二人の戦いを震えながら見ていた。

 ララさんの両腕にはそれぞれ短剣が握られていた。あんな武器を隠していたなんて…確かに侍女頭の仕立ては腕の部分がふんわりとしたパフスリーブになっていたけれど。

 踊る様に舞いながら尻尾を叩き付けたりと死角の無い速度で攻防を繰り返している。だがそれに対応出来ているあのイゼルと名乗る蛇獣人。確かララさんが騎士だと言っていた。身体は大きいわけではないがきっとたくさん訓練も受けているだろうしララさんより体力もあるはずだ。湾曲したナイフの様な刃物や細長い針を武器にしている。

 タイパンはこの陸上で最強の毒を有している毒蛇だと図鑑で読んだ事がある。先程犬侍女がもし彼の毒を受けたのなら今頃…いや、それどころかバク侍女も私を庇って飛んで来た針が腕に一本刺さってしまっている。

 走って逃げようにも敵が彼一人とは限らない。この先は渡り廊下で隠れる場所も無い。動かない方が良いとバク侍女に諫められた。


「必ず助けが、来ますバオ…それまで…例え私の亡骸を盾にしてでもコリーン様は、生きなければ…なりません。はぁ…貴女は…王太子の…」


 バク侍女の息が段々と荒くなり身体もグラグラと揺れ始めた。たった一本の針が刺さっただけでこんな症状は出ないはず…やはりこれには毒が塗られていたのだ。


 私はなんて無力なんだろう…

 素早くも無く力強くも無く、全く役に立たない唯々護られるだけの存在。何の為に彼女達の命を犠牲にして生きているのか…


 そんな価値は───私には無い。


 時折血飛沫が飛ぶのはララさんがナイフで斬られているからかも知れない。

 ダメ、駄目、だめ…もう駄目だ…このままではいずれ二人も命を落としてしまう。でも私さえ消えれば…皆助かるかも知れない。

 先ほど犬侍女が落ちてしまった柱と柱の間。ここは建物の二階だからおそらく下は木か土か石畳みか。運が良ければ骨折程度で済むかも知れない。それに蛇に呑まれる死に方よりも百倍マシだろう…どうせ一度は自分で捨てようとしたのだ…


(ウィンダム王子ごめんなさい。ミミルキーの事もっと知りたかったけど…私調査に参加出来そうにありません)


 そう心の中でつぶやくと震えながら青くなった顔に脂汗をかいているバク侍女の私を抱く腕をゆっくりと解き、彼女の手をギュッと握った。


「ごめんね…貴女を犠牲にしてまで生きたいと思う事は出来ない。私はただの人間でここでは何の力もないの…なら…」


 チラリと目線を流し、あの柱の間から下へ飛ぶのでその隙に逃げて欲しいと言いかける。だがそれを口に出す前にバク侍女が私の手をギッと強く握り返し数秒の沈黙の後にこう言ってきた。


「…私…体当たりが…得意なんです…」

「え?体当たり?」

「抜けましょう…渡り廊下の方ではなく…物見席の方へ…」

「!!」

「今なら走れる…無謀な賭けバオ…!でもこのまま何もせず…飛び降りるくらいなら…コリーン様…やってみませんか?」


 *


 獣化したオオカミ獣人の近衛が犬侍女を背に乗せ医務室へ走る事になった。

 その他の近衛達は直ぐ様獣化する者や獣人の姿のままで観覧席二階にある物見席に近い化粧室へと全速力で走った。

 獣化とは獣の姿に変化する事だ。これはウィンダム指導の元、厳しい訓練する事で得られる魔力変換術で、元の起源になる動物の特徴を活かした活動が出来る様になる。高い木に登り軽やかに移動出来、空を飛ぶ事も水中に長く留まる事も、何倍も地を早く走れる事も可能になるのだ。


「侍女やコリーン様が何者かに襲撃?一体何が起きて…はっ!ララ!ララは無事か!!」


 相変わらずララの事しか考えていないダナン。誰よりも先に走り…滑り出した。コブラ科の特徴として頭をもたげたまま段差や障害物のある雑林、湿地状になった泥沼でもフルスピードで流れる様に移動出来る事が知られている。


「物見席に一番近い化粧室…っなら渡り廊下手前のあそこしか無い!」


 ダナンは不安で叫び出しそうになるのを堪え、現場を目指して風を切り最速で走り…蛇行し続けた。


 一方ウィンダムの魔力の圧により金縛り状態だった習練場の騎士隊員達も身体の自由が利くようになり騒然となっていた。そんな中ウィンニャムは地面に膝を立てたまま空を見上げる。


「…ああ…兄様流石です。上手く隠せると思ったのに…見破られてしまった…ハハ」


 だがきっと間に合わない。イゼルの毒は強力な上即効性がある。接触したと思われる時間からして手遅れである可能性は大だ。事切れていればいくらウィンダムでも蘇生は不可能。


「…運命はどちらに転ぶのか、見ものですね兄様。ですが私は間違ってはいない。あれは…悪辣な魔女なのだから」


 自分が正しい行動を取っていると疑わないウィンニャム。だがその短慮な思考がこの後人生最大の仇となる事を彼は想像もしていなかった。


 *


「行きますよコリーン様!」

「うん!」


 私達はエプロンやシミーズを細長く切った先に石を集めて包み縛ったものを数個作り、重さを持たせた簡易の「鎖分銅モドキ」だ。本来は遠心力を利用して振り回し、打撃を与えるものらしいが、今の私達には攻撃は必要無い。因みに先日読んだ『マドラス~船の上の冒険譚・俺のレディに何か用かい?~』と言う本に詳しい武器の記述があった為思い出して作ってみた。これを回して針などの攻撃を防ぎつつイゼルの横をすり抜けようという訳だ。役に立つかなんて分からないが武器も防具も無い私達にはこれが精一杯だったのだ。騎士相手に躱せるものでは無いだろう事は分かっている。気休めだ。

 だけど簡単に死を受け入れようとした私を彼女は引き戻してくれた。巻き込んだ私に諦めるなと前を向かせてくれた。ララさんも私を護る為に戦ってくれている。なんて強い人達なんだろう…


 泣き言は彼女達に失礼だ。


 私は両頬をパチンと叩き気合いを入れた。助けを呼びに行かなくちゃ!犬侍女ももしかしたら助かるかもしれない。毒を受けたバク侍女も治療してもらわなければ。ララさんの傷も見て…そして、そして何故私が狙われたのか知らなければ。


 そうだ…私もアリスカーラ女史みたいに知りたがりなんだ!やっぱり分からないままで死ねない!


 私とバク侍女は徐々に物見席へつながる通路を目指す。どうやったってイゼルの目には入るのだ、怪我を負うのは覚悟の上!

 ララさんが私達に気付き一瞬驚いた顔をこちらに向けるがすぐに口をキュッと結びイゼルに向かって攻撃を仕掛けた。


「おい、ララ嬢~もう止めようぜ。俺は未来の嫁をこれ以上傷付けたくないんだよ。綺麗な顔に傷が付いたら萎えるだろ?俺が」

「なら押さえ込むなり剣を奪うなりしたらどうです。そんな技量も力量もない癖に口だけは達者ですね」

「……気が強い女は嫌いじゃねーが、流石に未来の旦那様に失礼じゃねーか?」

「貴方の穢れた卵など死しても産みません、ご心配なく」

「この…っ!」


 その煽りを受け勢いを付けてララさんに飛び掛かるイゼルを素早く避け、反動で身体を捻り背中に向かって短剣を振り下ろすララさん。だがイゼルも同じくクネッと反転しナイフでそれを受けた。ガキン、キンッと金属音が激しく鳴る中、私達はジリジリと柱に隠れながらイゼルの後方まで移動した。走り抜けられると思われる距離まで来たところで自作の鎖分銅モドキをヒュンヒュンと回しながら後ろ向きに様子を見ながら物見席への道へ向かって走り出そうとしたそのとき…


「チッ姑息な奴らだ。今さら逃げられちゃ困るんだよお嬢さん!」


 そう叫んで私達に向かって左手で何かを投げ付けて来るイゼル。やっぱり気づかれていた。だが放つ先に正確性は無い。一本は私達の行手の石の壁に当たって跳ね返り、もう一本は回していた私の鎖分銅モドキの先に当たった。カラランッと音を立て弾かれた長い針が足元の石畳みを滑り暫くして止まる。


「…っひぇ…で、でも役にたったわ鎖分銅モドキ!」

「あ!チキショウッ何だそれ!お前をやらなきゃ俺が不味いんだよ!とっととくたばれ!!」

「貴方の相手はこちらです屑男」

「…ララ嬢。これ以上邪魔するなら未来の嫁にお仕置きしなきゃならなくなる」

「気持ちが悪い。そんな未来は有り得ません」


 再びイゼルとララさんの攻防が始まりかけた時バク侍女が叫ぶ。


「コリーン様!走って!」

「! はい!」


 私はクルリとその場から背を向け物見席のある方へ走り出した。だが後方から聞こえたのはバク侍女の悲鳴。ハッとして思わず後ろを振り向くとそこには、頭だけが巨大な蛇の姿と化したイゼルがララさんの肩から腹にかけて噛み付いていたのだ。


「ラ、ララさん!!」

「───っぐ…ぅ…っ」


 これは…獣人の戦い方…変化だ!イゼルは、いや蛇獣人が戦うなら牙を武器に使うしか無い。

 何で?ララさんの事好きなんじゃなかったの?好きな人を傷付けて平気なの?心の何処でイゼルはララさんに対して本気で攻撃しないと思ってた。だけど甘かった!


「やめてぇ──っ!」


 踵を返しララさんの元へ向かって走る。すると我に返ったバク侍女が直ぐ様並走しこう叫んだ。


「同時に奴に体当たりです!!」

「! 分かった!」


 やっぱり私ララさんを放って逃げるなんて無理!逃げるなら…皆んなで一緒に!


「─────やぁぁぁ!」


 走り込んだ渾身の体当たりを二人分イゼルにぶつける。下半身が蛇のイゼルは踏ん張りが効かずそのまま私達と共にドドォッと倒れ込んむ。すかさずララさんはイゼルの緩んだ顎を掴み、牙をググッと引き剥がし別の方の腕に持っていた短剣でイゼルの口の中を真横にズバッと振り切った。


 宙に舞うそれは血に濡れた二本の…牙!


「アガァァア───ッッ!」



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