第9話「オーディション会場に、俺たちの未来がいた」
「レイさん、これ見ました?」
ユズキが差し出したのは、一枚のチラシだった。
《新星発掘!次世代アイドルオーディション開催!》
主催は中堅レーベル《DIVAプロ》。優勝者は即デビュー、全国ツアーのサポート権つき。
「うちは関係ないだろ?」
ミナトがぼやいた。
「いや、参加じゃなくて“ゲストパフォーマンス枠”で、うちに声がかかってんスよ。BLACK SUGARとして」
俺たちの名が、ちゃんと業界に届きはじめている――そう実感できる知らせだった。
「やるか」
そう俺が即答すると、二人もすぐ頷いた。
「ついでに、若い才能も見ていこうぜ」
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当日、会場は熱気に包まれていた。控え室にいた参加者は、ほとんどが10代から20代前半。みんな目がギラついていて、あちこちで即席ダンス練習やボイストレーニングが行われていた。
そんな中――ひときわ浮いた存在がいた。
中学生くらいの小柄な男の子。ジャージ姿で、ダンスレッスンにまったく混ざっていない。手に持っていたのは、スマホとイヤホン、そして折れた筆記用具。
俺は思わず声をかけた。
「おい、坊主。出るのか、オーディション」
「……え? あ、はい。出ます」
「どうしてここに?」
彼は少し口ごもり、ぽつりと答えた。
「……姉が、昔アイドルだったんです。自分には無理って思ってたけど、最後に残した日記に“あのステージにもう一度立ちたい”って……。だから、代わりに俺が夢を見てみたくて……」
その目は、震えていた。でも――逃げていなかった。
「名前は?」
「……コウタです」
「なら、コウタ。一つだけ覚えておけ。夢ってのは、立ち向かう奴だけにしか見えねぇ」
彼は不思議そうに俺を見た。
「……おじさん、誰?」
「BLACK SUGAR、センター。桐生レイ。75歳だ」
「えっ……?」
明らかに目が点になった彼を後に、俺たちはステージへと向かった。
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控えめな照明の中、俺たちは歌った。
「何度転んでも、まっすぐ立ち上がれ――」
目の前の若者たちは最初こそ戸惑っていたが、徐々に手拍子が生まれ、キンブレが光り始めた。
その奥に、ひときわ真剣な眼差しでこちらを見つめる少年がいた。コウタだ。
「……あいつ、出るかな」
そうユズキが言った瞬間、ステージ袖からスタッフが駆け寄ってきた。
「すみません、追加エントリーが一名。今から出たいって子が……」
その瞬間、俺たちは確信した。
(来るぞ)
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そして、最終オーディション。
コウタは、震える声でマイクを握り、言った。
「歌もダンスも未経験です。でも……伝えたい想いがあります」
音楽が流れ始める。
決して上手くはない。でも、真剣だった。必死だった。
そして最後、彼は言った。
「俺、BLACK SUGARみたいになりたいんです。……あの人みたいに、まっすぐ、熱く、歌いたい!」
――会場が、静まり返った。
そして次の瞬間、万雷の拍手が起きた。
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結果は、落選だった。だが俺たちは、その夜、彼に声をかけた。
「コウタ。お前、うちで研修生やる気はあるか?」
「えっ……」
「チャンスは、自分でつかむもんだろ?」
コウタの瞳が、大きく見開かれた。
「……はいっ! やります!」