第8話「解散なんて、俺が許さん!」
あの日から一週間。ライブの反響は少しずつ広がっていた。
Twitterで「BLACK SUGARの歌に泣いた」「レイくんの言葉が刺さる」といった声が増え、フォロワー数もじわじわ伸びていた。だが――それと同時に、事務所の内側ではひとつの火種がくすぶっていた。
それは、ユズキの不在。
「また来てないっスね……三日連続っスよ」
ミナトがジムでの自主練を終え、汗を拭きながら言った。
「……何か、あったんか?」
俺は、嫌な予感を覚えていた。こういう“黙って離れていく”タイプの危機には、何度も向き合ってきた。
生徒も、同僚も、そうやって壊れていった奴を何人も見てきた。
「ユズキの家、知ってるか?」
「えっ、あ、はい。住所はデータに……」
事務所から情報を受け取ると、俺は迷わず自転車を走らせた。
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ボロアパートの二階。玄関の前でインターホンを押しても、返事はない。
「ユズキ! いるんだろ!」
返事はない。だが、ドアの隙間から漏れるわずかな音。
俺は少し躊躇し、それでもドアをノックではなく、拳で叩いた。
「おい、開けろ! 教師……いや、仲間として来た!」
数十秒後――やっと、扉が少しだけ開いた。
「……なんスか、今さら……」
覗いたユズキの目は腫れていた。部屋の中は散らかっていて、空のコンビニ弁当とチラシが床に散乱していた。
「どうした? 何があった」
「……別に。ただ……何もかも、無理かなって思って。オリジナル曲も好評だったのに、結局“レイさんだけ人気”って言われてる。俺、なんのために歌ってんだろうって……」
自嘲気味に笑うユズキを見て、俺は深く息を吸った。
「俺はな、お前の歌声が好きだ」
「は?」
「最初のライブん時もそうだった。高音が震えてて、緊張でピッチも狂ってた。でも“必死に伝えようとする声”が、届いた。あの声があったから、俺はステージに立てた。だから……お前が歌う意味は、俺が証明してやる」
ユズキは黙っていた。
しばらくして、ぽつりと呟いた。
「……俺、歌いたいっス。まだ、あきらめたくない」
「なら、それで十分だ。明日、稽古場で待ってる」
俺は、いつもの笑顔を浮かべて帰ろうとした。
その背中に、弱々しい声が届いた。
「……レイさん……ありがとっス」
その言葉が、何よりの答えだった。
⸻
翌日、スタジオには全員が揃っていた。
ユズキが現れた瞬間、ミナトが不器用に言う。
「……ま、いなきゃ困るんだよ。お前の声、好きなファン多いしな」
「うっわ、素直じゃないっスね……でも、ありがと」
俺は拳を握った。
「BLACK SUGARは、お前らの“夢”の名前だ。解散なんて、俺が許さん」
これからもっと辛いこともあるだろう。バッシングも、すれ違いも。
だが、“信じ合える仲間”がいる限り、乗り越えていける。
BLACK SUGAR、再起動。