第7話「魂は売らねえ。大手プロダクションからの罠」
ライブ翌日、控室に一本の電話が入った。
発信元は業界最大手の芸能事務所、《フレアプロダクション》。
「BLACK SUGARの桐生レイさんに、お話があります。当社の社長が、直接お会いしたいと」
「……大手から……俺らに?」
驚くメンバーを背に、俺は一人、指定された都内の高層ビルに向かった。
社長室に通されると、革張りの椅子に足を組んで座るスーツの男がいた。年齢は四十手前。表情にまるで隙がない。
「初めまして、桐生さん。私は《フレアプロダクション》の社長、堂島です」
「……で、話ってのは?」
「単刀直入に申し上げます。あなたを、うちのメインユニットに移籍させたい。BLACK SUGARごと、弊社で預かる用意もあります」
堂島は笑みを浮かべながら、一枚の契約書を差し出した。
「条件は最高です。ライブもメディア出演も思いのまま。……ただし、方向性は、こちらで決めさせていただきますが」
つまり、“熱血路線”は捨てろ、ということか。
「……それで、どんなキャラにさせたいんだ?」
「ギャップを売りにした、ミステリアス系です。“実は腹黒なセンター”という設定でいきましょう。ファンはそういう裏設定に弱い」
ああ、よくあるやつだ。
“キャラ”で売る。台本通りの笑顔。炎上もバズりも、計算のうち。
「……なるほどな。悪くねぇ」
俺は契約書を手に取り、黙って数秒見つめた。そして──
ビリッ……!
「なっ……!?」
「悪くねぇが、魂が入ってねぇ」
堂島の顔が歪んだ。
「俺はアイドルだ。ファンに夢を見せる仕事だ。だが、嘘の夢を見せるつもりはねぇ。本気でやってる仲間がいる。あいつらと歩くために、魂を売るわけにはいかねぇんだよ」
沈黙の中、堂島はつまらなそうにため息をついた。
「……あなた、もうすぐ二十歳の顔して、話すことが古臭いですね」
「当たり前だ。俺は、七十五歳だ」
立ち上がり、部屋を出ようとしたその時。背中に冷たい声が飛んできた。
「後悔しますよ。あなたの本気など、業界ではすぐ埋もれます」
俺は振り返らずに答えた。
「本気が埋もれるなら、俺は叫び続ける。何度でも掘り起こしてやるよ、魂ごとな!」
⸻
事務所に戻ると、メンバーが心配そうに迎えてくれた。
「どうだった?」「スカウト、やばかったろ?」
「……断った」
全員が一瞬ポカンとし、それからミナトがふっと笑った。
「だろうな」
俺たちはまだ、小さなライブハウスに立つアイドルだ。だけど――
俺たちの歌には、熱がある。ぶれない想いがある。
そして何より、“魂”がある。