第4話「冷たいファンの目と、初の握手会バトル!」
ライブの翌日、会場の裏手で開催された「チェキ&握手会」。
俺は今、試されている。
前日のライブでは“熱血すぎる煽り”で、ある意味注目を集めた。けれど、今日の相手は違う。ファンだ。相手の好みに合わせて会話やポーズを変えるのが常識。つまり、営業の時間だ。
俺はそれが――大の苦手だった。
元が体育教師で、女の子に甘い言葉をかけるのは苦行中の苦行。しかも、転生前の人生で「キュンです」と言ったことなんて一度もない。
(だが逃げられん。武道館を目指すなら、ここも戦場だ!)
列の向こうから、一人の女の子が歩いてきた。
ストレートのロングヘア、真っ黒のマスク、鋭い目つき。
(……あの顔、完全に怒ってるな……!)
「……はじめまして。レイ推しの、ナナって言います」
「お、おう。来てくれてありがとう」
「昨日のライブ、変わりましたね。キャラ……急に熱血路線で、ちょっとビビったんですけど」
ド直球の意見に、喉が詰まりそうになる。だが、逃げるわけにはいかない。
「……俺は、もう媚びたアイドルはやめることにした。本気で武道館を目指す。そのために、やれることは全部やる」
ナナの目が細くなる。明らかに探る目だ。
「前までのレイくんは、“彼氏感”が良かったのに。変わりすぎてて、ちょっと“冷めた”かも」
(やっぱり……この子、“元のレイ”に惚れてたんだな)
元のレイは、典型的な“釣り営業型”アイドルだったらしい。
甘い言葉で心を掴み、LINE風のファンサで勘違いさせて……落とす。
(最低だ。そんなやり方で得たファンに、心なんて届かねぇ)
俺はナナの目をまっすぐ見据えた。
「俺は……ファンを騙して人気を取るようなやり方はしない。お前の期待には応えられないかもしれないが、それでも、“本物の俺”を見ていてほしい」
ナナはしばらく黙っていたが、ふいにため息をついた。
「……なんか、レイくん、急に“お父さん”みたいになったね」
「……おじいちゃんかもしれんな」
ナナがクスッと笑った。
「じゃあ、その“本物のレイくん”、もうちょっと見てみる」
「……ありがとう。後悔させねぇ」
次のファンが来る。戦いは、まだ続く。
その日の握手会を終えたあと、控室でメンバーたちが騒いでいた。
「レイくん、今日マジでよかったって!Twitterでめっちゃバズってるよ!」
「“熱血アイドル”って新しい!って言われてるっス!」
ミナトも、苦笑しながら俺を見た。
「……やっぱ、お前はお前のやり方でいいのかもな」
「そうだろ」
「でもな、気をつけろよ。ファンってのは、簡単に心が離れる。今は珍しがって見てくれてるだけだ。次は……“結果”を出さなきゃな」
俺はうなずいた。
この世界は甘くない。だが――逃げる理由にはならない。
俺の名は桐生レイ(75歳)。アイドルとして、魂の“授業”はまだ始まったばかりだ。