第1話「目覚めたら、地下アイドルでした」
――目が覚めたら、視界が眩しかった。
硬いマットの感触。汗の匂い。目の前には鏡張りの壁。そして、映った自分の姿に俺は驚愕した。
「……だ、誰だこのイケメンは」
ツンと立った銀髪、あどけない顔立ち、細くも鍛えられた体。しかも、短パンにノースリーブという、なかなかに攻めた服装をしている。いや、これが今の若者の“ファッション”というやつか?
だが、そんなことはどうでもいい。問題は中身だ。
俺の名前は柿本権造、75歳。元高校体育教師。剣道部の顧問として30年、筋を通し、汗を流し、声を張って生徒と向き合ってきた。そんな俺が、なぜこんな若い姿で、踊りの練習をしていた場所にいるのか。
「やばい、レイ君記憶飛んでる?倒れたとき、頭ぶつけたんじゃ……?」
心配そうにのぞきこんでくる、赤髪の若者。ジャージ姿で、背中には『BLACK SUGAR』の文字。
ふと脳内に、記憶が流れ込んできた。
桐生レイ、17歳。メンズ地下アイドルグループ『BLACK SUGAR』の新メンバー。最近ファンとの“釣り営業”がうまくできず、グループ内では「やる気がない」と扱われていた。
つまり――
「俺、アイドルに……転生したってことか……?」
現実感はなかった。だが、あの交通事故の瞬間を思い出す。横断歩道で女子高生をかばって跳ねられた、あの記憶――。
「……ふざけるな……!」
思わず、腹の底から声が出た。
「お、おい!何キレてんだよレイ君!?ごめんってば!」
赤髪が慌てて両手を上げる。
だが俺の怒りの矛先は彼ではなかった。
「ファンを騙して金を取るようなアイドルなんて、俺は絶対に認めん!真っ直ぐやれ!嘘をつくな!夢を売るなら本気でやれ!」
スタジオが静まり返った。
鏡越しに、俺――桐生レイが、まっすぐに立っている。
体は若い。だが心は75年分、生きてきた。
「ふざけた営業なんかで人気を取ろうなんざ、甘ったれるな……!俺は“本物のアイドル”ってやつをやってやる。地下?上等だ。筋を通して、武道館まで登りつめてやる!」
赤髪がポカンと口を開けたまま、俺を見ていた。
その日の練習は、なぜか俺が音頭を取り、「腹式呼吸」と「発声練習」が中心となった。まるで応援団のようなメニューに全員が困惑したが、声は確かに出るようになっていた。
桐生レイ、17歳(中身75歳)。アイドル、はじめました。