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【短編】異世界恋愛!

とあるラブロマンス劇の友人Aとして。

作者: ぽんぽこ狸


「友人に戻りたいと思うんだ」


 ロミーは、婚約者のオリヴァーと友人のシェリーが交わす視線を見て、彼ら二人の関係性が変わっていることを改めて理解した。


 すこし前からそのことには勘付いていたし、いつかこんな時が来るのではないかという気持ちを抱えていた。


 しかしいざこの状況になるとロミーは良い言葉が見つからなくて、言葉を探して彼らをきちんとまっすぐと見ることが出来なくなっていた。


「それはあなた方が、友人以上の関係になったからという事でしょうか」

「ロミー……気が付いていたの?」


 ロミーの言葉にシェリーがそう返す。

 

 それに、こくりと頷くとオリヴァーはまた隣にいるシェリーと視線を交わして、それなら話は早いと事情を説明する。


「君と婚約して二年……いや、三年ぐらいか?」

「二年と半年」

「そ、そう二年と半年、それからは俺たちは友人から恋人になった。俺たちは恋人として色々な場所に行ったよな」


 思いで話を始めようとする彼は隣でうんうんと話を聞いているシェリーの事を見て続ける。


「たまにシェリーもついてくることがあったが、とにかく俺たちは将来結婚する仲として、男女として意識し合っていた」

「ええ、そうですね」

「手をつないだり、お互いにプレゼントをしたり。決して、それは俺にとっても特別な行為で楽しくなかったわけじゃない。君との思い出は大切なものだ」


 しっとりとそう言って思い出にひたるオリヴァーはただ、自分の言葉に酔っているように見える。


 ……これだってあなたからもらったプレゼント、私は毎日つけているのに、あなたは一度もつけてくれませんでした。


 そう考えてロミーは自分のおさげにくっついている小さなリボンを見る。


 ロミーは大切に扱い、どこでどんなふうに貰って、どう嬉しかったのか細部まで思い出せる。


 しかし、彼にとってそれらの思い出は新しい恋の為に流されるダイジェストのような思い出の一部でしかないのだろう。


「君は、俺に沢山の思いを伝えて尽くしてくれた。それを俺はいつも不器用ながらも受け取って、愛し合っているようにも考えていた」


 シェリーがうんうんと瞳をキラキラさせて彼の言葉を聞いている。


 ロミーはそれを眺めて、二人だけが主人公の劇を自分だけが観客席で見ているような気持ちになっていた。


「しかし俺は思ったんだ、それは本当に愛だったのか? ……と」


 苦し気にそう告白する彼にロミーは今まで愛だったものが急激に冷めていって、凝り固まって何か別の感情にたった今なったような心地がする。


「俺は君の事を友人以外のものとして見られていない事に気が付いたんだ」

「友人……ですか」

「そうだ! シェリーに相談に乗って貰って俺はその時はっきりわかったんだ、あれは親同士が決めた婚約を呑みこもうと恋愛をしていると錯覚しようとしていただけだと」

「オリヴァー……」


 シェリーは意味もなくオリヴァーの名前を読んで自分たちのなれそめに頬を染める。


 ……たしかに親の決めた婚約です。けれども親の許可なく婚約などできませんし、ほぼほぼそういうものでしょう。それを知っていて何をいまさら。


 ロミーは少し、攻撃的な気分になって、視線を鋭くする。しかし彼らにそれは伝わらない。


「それがわかって、シェリーの手を取った時、指の先から電撃が走ったかのようだった!」


 ……冬の静電気のせいでは……?


「心臓が酷く鳴り響き、俺は今恋をしていると酷く残酷なまでに自覚してしまう」


 ……不整脈では……?


「シェリーの熱い体温が俺に伝わる。じわじわと心と体を焦がすようで熱くてたまらないっ!」


 ……シェリーは風邪をひいていたのでは……?


「ついに俺はそれが恋だと気が付いた、それが本物の恋、そして愛、これが男女の間でしかありえない素晴らしい感情、こんなものを知って俺はもう二度と君とは元の関係に戻れない事を悟ったんだ」


 ……。


 彼の言葉にロミーはもう何も思うことはなく、これが本当に劇の一幕だったら、ああ恋とはこんなものなのかとじんと思ったのだろうと思う。


 しかし、そんな現実逃避をしていても仕方がない。


 これは現実で自分相手ではそうではないという事をまざまざと告げられているに過ぎない。


「君には悪いと思っている。……愛してやれなかった、すまない、ロミー」

「……そうですか」

 

 呟くように返す。

 

 そしてオリヴァーは言った。


「俺たちは友人に戻ろう。どうしてもシェリーと結ばれたいんだ。なに、友人にもどるだけ、簡単なことだこれからも三人で遊ぶことに変わりはない」

「そうよ、ロミー。私たち、恋人になったからと言ってあなたの事をのけ者にしたりしないわ。これからも三人いろんな場所で遊びましょう?」

「どうせ北側領地には同世代で位の同じ貴族は三人だけだ。これからも仲よくしよう」


 そういうふうに結論をつけられて、ロミーは少し納得した。


 だから婚約破棄ではなく第一声は友人に戻ろうだったのだろう。友情を壊したくない、それはとても崇高な願いのように思う。


 けれどもそれってとても傲慢な願いではないだろうか。


「わかります。わかりますけれど……」


 そんな提案を了承したくない、せめて二人の事を忘れてしまいたい。友人を失うことになったとしても、友人グループの中に男女がいるのだからこういう事情があって失うのは仕方ない事だろう。

 

 彼もそういう覚悟を持っていたのではないか。

 

 ロミーが返答を渋っているとオリヴァーとシェリーは説得するために言葉を重ねる。


「ロミーあなたとは幼いころからの唯一の友人なの。お願いもう私と友人でいたくないだなんて言わないで……」

「そうだ、俺たちはただ、恋人としての相性が悪かっただけだが友人としては最高だった」

「ロミーがいてくれると私いつも、すごく助かってた。それにあなたも楽しそうで私、あなたといるのが好き。……でもあなたがそれでも嫌だっていうなら……私は……」


 シェリーは何かを言いかける。

 

 それは、ロミーが嫌なら無理強いをしないという方向の言葉ではない事は想像できたし、シェリーはそれを示すように少しオリヴァーと距離を開けて座る。

 

「シェリー……ロミー、君もわかってるはずだ、ほんの一時の偽物の恋人ごっこなんて、長年の友人には代えられない事を」


 ……私の中では恋人ごっこではなかったのですけれど。


「君が、俺たちのこの本物の愛を祝福してくれるだけの深い友情をもてることを俺は知っている」

「ロミーお願い。私、あなたに祝福してほしいの」

「俺もだ、君はそんなに心の狭い奴じゃなかっただろう? ロミー」

 

 そう言われると、まるで許せないロミーが友情を持っていない心の狭い人間みたいだった。


 ……それでも、もう友人では居られないと言いたい。


 そう思う、しかしここまで言われると自分の狭量をむき出しにするようでそれも言いたくない。


 苦々しくも笑みを浮かべて彼らに返す。


「わかりました。友人に戻りましょう。オリヴァー、シェリー、私たちは昔からの仲ですから」


 言うと彼らはぱあっと表情を明るくして、随分と喜んでいる様子だった。


 そしてロミーは心の中で言葉を紡ぐ。


 ……友人をやめられないならそこまで言うあなた達の恋、その行く末を見届けさせてもらいます。


 それをしてロミーに得があるかと言われるとそうではないけれども、長年知っている彼らがどうなるのかということには興味がある。友情はすでに存在せず、ただ彼らのラブロマンスの観客になることを決めたのだった。






 それから関係は変わったけれど以前のような日々が続いていた。


 三人で避暑地に遊びに行った時の事、ロミーはいつも通り幹事を務めていた。


 役割を果たすべく、馬を休ませつつ御者と調整を行っていると、二人が仲にいる馬車が異様に揺れ始めた。


「…………お嬢様、もう少し出発がおくれますかな?」

「ええと……」


 御者が何かを察したようにそう言って、謎にカーテンが閉められている馬車の中を揺れるカーテンの隙間から覗き見ると、彼らは熱いキスを交わしている。

 

 席を移動していちゃついているせいでどうやら馬車が揺れているらしい。


「ええと………ええと、あ、ええ、そうですね」

「仲睦まじいですな」

「あ、はい」


 ロミーは立てた計画がガラガラと崩れていくのを感じて、真顔になった。


 真顔になってそして、眼鏡を三度ほどかけ直してレンズを拭いた。


 外は熱く、馬車の中は魔法道具を使ってあって快適温度なのに中に入れない。


 ……私の家の所有の馬車なのに……。


 汗をかきながらそう思い胸にしまってある女神さまのモチーフをぎゅうっと握りしめる。


 それから腹の奥にある彼らのラブロマンス劇の観客としての達観した自分が別の感情を持っていることを遅ればせながら自覚した。





 今度は王都へと出かけたある日、彼らは帰りの馬車の時間に帰ってくることがなく、ロミーは侍女たちとともに、城下町を走り回って彼らを探すことになった。


 幸い天気は良く、大したことではなかったが、彼らは露店に出ていた平民のお菓子をのんきに噴水の前でニコニコしながらわけっこしていて、すぐにロミーは声をかけた。


「こんなところにいたんですね。っ、はぁ、もう帰る時間が近いと言ったではありませんか馬車を待たせていますよ」


 その声は焦りから言い方が強くなってしまっていた。


 するとそれに驚いてシェリーはすぐにイラついた様子で言った。


「何よ、少しぐらい二人の時間を楽しんでもいいじゃないの、ロミーったらかっかしてモテないわよ?」

「そうだ、寂しいからってあまり怒るなよ」


 彼らのその言葉を聞いてロミーは観客に徹するつもりだったのに思わず拳を握った。


 そして婚約破棄されてから数カ月たっているのに今更湧き出すふつふつとした怒りを感じている。


 あの時に見届けようと思ったのはきっとただの興味ではない。


 彼らに対する腹立たしさがあってそれをスカッとさせたいためにこの、ラブロマンスの観客になろうと思ったのだ。


「……さ、寂しいからではなく、馬車が待っているんです。言ってあったでしょう」

「そんなもの適当に待たせておけばいいだろ、な? シェリー」

「んっ、あ、もうロミーの前よ」


 オリヴァーは彼女の頬にキスをしてシェリーはそれに頬を染める。


 接触しだした彼らにムカッとするが、ロミーはその自覚した怒りを吐きだすことはできない。


 元からこういう性分なのだ。ロミーは取り乱して怒ったことがない、そして一度決めたことは投げ出さない。


 だからこそ、その怒りを腹に据えて教会に行き、女神さまに彼らの事を逐一報告に行くようになった。


 こんなに熱心に教会に通ったのは初めてだったが、案外悪くないものである。


 女神さまは寛大なのでロミーの心の中の愚痴を聞いて、この彼らのラブロマンス劇が終わるまでロミーを持ちこたえさせてくれるだろうと思えた。


 いつ終わるのかもしれない彼らのラブロマンス、彼らの舞台から友人ロミーはいまだに降りることができていない。


 観客であり、登場人物であるロミーは与えられた役割をただいつもと変わらず淡々と進めていくのだ。




 しばらくしたある日、シェリーと出かける用事があった。


 彼女はロミーにオリヴァーへのプレゼントを選ぶのを手伝って欲しいと言って、道すがらにも彼女はオリヴァーとの惚気話を滔々としていて、ロミーは若干うんざりしていた。


「その時、オリヴァーはなんて言ったと思う?」

「え……えぇ……何でしょう。無難に君だけを見ているとかでしょうか」

「違うわ、私から一生目を離さないと言ったの、ね。ロマンティックでしょう!?」


 馬車の中、隣に座っているシェリーはロミーに笑みを向けてのぞき込む。彼女の行動にロミーは苦笑いを返すがロミーの反応など気にしていないかのようにまた続けて言う。


 こうしてカップルを別々にしてみても、その仲の良さを見せつけられているという事には変わりなく、今日も帰ったら隣のディスキン公爵領にある大教会に行こうとロミーは考える。


「それで私ドキドキしちゃって、もうやめてって言ったのよ? でもオリヴァーったら情熱的で」

「でもそういう所が好きなんでしょう?」


 ロミーは内心腹が立っていつつも、彼女の言いそうな言葉がわかって先回りして口にする。


「そうっ、そうなの、だから私もつい流されちゃって、でも二人の思い出は大切だから今日はこうして記念になるプレゼントを買いに来たってわけ」


 シェリーはロミーの答えに満足して、今日のことへと話をつなげる。


「……それにしてもシェリーが記念日を大切にするたちだと知っていたのに、彼はすっかり忘れてごまかすなんて少し酷い気もしますが」

「酷くなんてないわよ。ほらだって男性ってそういうものなんでしょう? あの人は私の事を愛してくれているし、何にも……気になんてならないわ」


 そうは言うけれどシェリーの言葉はどこか力なく、ロミーと同じように秘めたる思いがありそうだった。


 その気持ちに付け込んで、うまく誘導して二人を別れさせれば彼らに対する怒りも収まるのかとロミーは少し考えるけれど、友人にはそんなことはできない。


 観客であり登場人物たる自分が役割を超えて関与するのは、自分自身でもおかしいと思う。


 だからこそ「そうですよね」と小さく肯定して、しかしそうなると自分が何か別の役割を与えられでもしない限りはロミーはずっと彼らの友人でいなければいけない。


 それを難儀なことだなと思いつつも馬車はガタゴトと進んでいく。





 公爵家領の大教会、その礼拝堂に入って定位置に座り、女神さまのモチーフをかたどったペンダントを握りしめる。


 ぐっと強く握ってそれから、今日もまざまざと見せつけられた彼らのじゃれ合いについて報告する。


 ……女神様、女神様、今日はあの二人、お互いに食事を口に運んでやって食べさせたりしていて、なぜあんなことを他人の前でするのでしょう!?


 見ている私が恥ずかしいというのに、まるで私に見せつけているみたいにあんなことをして彼らは楽しんでいるというのですか!


 ロミーは心の中だけでは今の自分の気持ちに素直になれて、思い出しながら女神さまに語り掛けていると自然と眉間にしわが寄って難しい顔つきになってしまう。


 心の中ならぶっそうで口汚いことばで、二人への思いを吐きだしてもいいはずだった。


 しかし、こうしてストレスを発散する場所を教会にしてしまったからには仕方がない、ロミーはストレス発散に来たのに言葉を選んで彼らに腹を立てた。


 ……そんなふうに楽しむなんて、彼らは性根が腐って……ではなく、根性が悪いっ……でもなくあああもうっ、明日にでも巨大な虫に刺されて全身が痒く成ればいいのですよ!!


 言葉を選んでいるうちに面倒になって、ロミーはとにかく彼らが脈絡なく不幸であれと愚痴半分祈り半分な状態だった。


 それをしばらく続けていると、スッと気持ちが落ち着いて、ロミーはぱっと目を開いて少し休憩とばかりに背もたれに体を預ける。


 広く天井の高い綺麗な礼拝堂は、いるだけでも自分も神聖なものになったような気持ちにしてくれる。


 汚い言葉は吐けないけれども、この場所自体の存在に救われているような気がしているのは事実だ。


 眼鏡をかけ直して、少しぼうっとしてから立ち上がり、礼拝堂の中にいる人を一瞥する。


 こうして頻繁に来ていると、よくいる人は固定化されているのがわかる。


 初老の裕福そうな女性、いつも椅子に座ってぼうっとしているだけの子供。必死に祈っている青年。


 それから、ふと視線を向けると、同じぐらいの年頃の男の子と目が合ってしまう。


 ……彼はよく、ここにいますね。この領地の貴族でしょうが、このあたりの地方に私たちと同じような年頃の子はいませんから勤めに来ているのでしょう。


 それにしても最近ディスキン公爵家身内の事情でごたごたしているらいです。勤め先のディスキン公爵家から暇でも言い渡されて困っているのでしょうか。



 彼は青い瞳をしていて目が合うと、少し驚いたようで視線を逸らされる。


 その様子を見てロミーはしまったニコリとぐらいしておけばよかったと思ったのだった。





「あいつが謝ってくるまで俺は絶対許さないからな」

「でも、オリヴァーにも非があったのでしょう?」

「だとしても、見てくれよ! これ、ほら、ここだ!」


 オリヴァーはとても大事のように自分の頬を指さして向かいに座っているロミーに見せつける。


 今日は突然彼がやってきてなにかと思えばシェリーと喧嘩したらしい、そして絶対に許さないらしい。


 彼が頬を指さして、ロミーは悪い目を凝らしてじっと見た。


 するとそこにはかすかに爪跡が残されているような気がして、ロミーは「傷が出来ていますね」と事実を伝える。


「だろ? シェリーのやつ俺がお前はキィキィいつも猿みたいにうるさいんだって言ったらこれだこれ! ひどい奴だろ! こんなにすぐ手を出すなんて猿みたいなもんだろ!」

「何をされたんですか?」


 これだこれと言われてもロミーにはわかりかねる。首をかしげて聞くと彼は「叩かれたんだ!」と声を大にしていった。


「それは、シェリーが悪いと思いますが、あなたの発言も言われたら傷つく言葉です」

「だとしても、手を出したんだぞ。あいつ謝ってこないと絶対に許さないからな……」


 オリヴァーはまるで積年の恨みがこもったような声でそう言って、ぐっと拳を握る。


 その様子に、ロミーはラブロマンスは佳境に入ったらしいと勝手に解釈して言う。


「でも、二人の愛は真実なんでしょう。きっと仲直り出来ますよ、少しすれ違っているだけです」


 物語の登場人物の友人のように、適当な言葉を紡ぐ。観客としてもこのラブロマンスを見届ける側として、こういうふうに言うのが正しい。


 ここでロミーが彼を口車に乗せて奪い取るようなことをすれば、それは日常ラブロマンスではなく、ドロドロサスペンスになってしまうし、そんなところに身を置いているつもりはない。


 オリヴァーは腑に落ちてない様子だったが、ロミーに散々愚痴を言ってスッキリしたのかそれから数日のうちにすんなり仲直りしたらしい。


 そしてロミーは自分の判断とは言えその事実に、むかむかしてまた教会に足を運んだ。





 彼らの観客で居続けると決めたのはロミーだ。


 いつかは何かが起こるのか、それとも何も起こらず彼らの素晴らしいラブロマンスはゴールインまで続くのか。


 そうなってしまっては見ていた意味がないという期待のある部分と、友人として彼らの舞台に登場している自分が分離しているような気持ちでロミーは毎日を送る。


 しかし一度目の喧嘩のあの日から、彼らは徐々にお互いの悪口を言う機会が増えていった。


 この舞台に登場している唯一の友人であるロミーは、彼らの両方の愚痴を聞きロマンスを見せつけられることも減っていく。


 段々と物語の終盤が近づいているのをひしひしと感じた。



 そしてある日、何か決定的なことが起こったでもなく、別れ話をしたという事でもなく、オリヴァーはロミーに重苦しい表情で告げた。


「最近、思うんだ。本当の意味での安らぎを得られていたのは君が必ずそばにいてくれたからじゃないかって……」


 彼はアンニュイな表情をしていて、お酒でも飲むみたいに出された紅茶を苦々しい表情で飲んだ。


 ……せっかく公爵領で買ってきた美味しい紅茶を用意したのに……。


 その様子にロミーは残念になりながらも、ロミーも紅茶を飲む。そして彼の言葉の意味を考えた。


 ……で、何の話かと思えば安らぎですか、愛に、恋に、友情に、安らぎに、いろいろな感情がありますね。


 彼の頭の中は複雑だ。感じている気持ちに片っ端から名前を付けているに違いない。


 何が言いたいのかもよくわからなかった。


「シェリーとの愛情は一時の強い炎のように燃え上がってそれはそれは美しかった。しかし強く燃えるということは早く燃料が尽きてしまうという事だったんだ」


 ……うまいこと言ってるつもりですか、だから何だというのです。


「そこでやっと気が付いた。燃えるものがなくても俺を支えて、友人でいてくれたロミー……君こそが俺の安らぎだったんだ。俺の大切な人……」


 そこまで言われて、ロミーはやっと気が付いた。


 オリヴァーの気持ちはついにシェリーから離れて、自分の元へと戻ってきたと。

 

 友人として関係性を続けて、二人の話をよく聞き、常に穏やかでい続けた登場人物のロミー。


 客観視していて、平等な立場を取り続けた脇役の友人その一のロミーはやっと彼と彼女のラブロマンス、その演目の最後にスポットライトを浴びた。


「それに気が付くまで君は俺のそばにただいてくれて、ほかの女にうつつを抜かしているときも心からの優しさで接してくれた。思えば友人という立場でも、恋人という立場でも、変わらず気持ちを感じられた君こそ本当の意味での愛情を持っていると思える」


 この結末によっては、ロミーはラブロマンスの主人公にもなれるだろうし、シェリーに彼の気持ちが移った後でも支え続けて、自分の手に戻すことができたずる賢い女にもなることができる。


「それをわからせるために、君はただ、何も言わずに俺を見つめていてくれたんだな。……今更わかったよ、ロミー」


 そこでやっと観客として湧き上がるような感情を持っていたロミーが客席から立ち上がる。もう友人の役割はお役御免だ。


 舞台の中の友人その一のロミーは、やっと自由に振る舞える役割を手に入れた。


 スポットライトが当てられて、ここに来てやっと自分の存在を気持ちを、大切な感情を主張するべき時が来た。


 するとかっとなるような熱い感情が生まれて、強く思う。


 ……そうか、この時の為に、私は友人として居続けて、心の中では観測を続けていた。


 すべてはこの時の為だったかのように報われて、ロミーは、ここ一番の満面の笑みを浮かべた。


「また俺の、恋人になってくれないか、ロミー。友人関係とはおさらばしよう……愛して、いるんだ」

「わかりました、友人関係を解消しましょう」


 ロミーはやっと、心からの声が出せてその声は透き通るようによく響く。


 オリヴァーはロミーの言葉に笑みを浮かべて「じゃあ恋人に……」と言いかける。


 しかし、それにかぶせるようにしてロミーはキラキラの瞳で言った。


「もうさよならです。あなたのそういう優柔不断な部分、直した方がいいと思いますよ。それに今更何ですか。あんなふうに私に見せつけておいて、私が何も思っていないとでも?」

「え?」

「思っていましたとも、ずっとずっとこんな目に遭いたくないと。けれどもあなた達が友人に戻らなければ、私は狭量で懐の狭い人間だというようなことを言っていたから許容していたんです」

「ま、待て、今更そんな話」

「今更? 過去の事? 過去だろうと今だろうとやったことはずっとついて回ると思いませんか。自己中心的なことをあなた方がしたということは事実ですよ」

「ロミー、俺の話を」

「自己中心的なことをして私に役目を押し付けて、そのうえで今度は恋人に戻りたい? あなたの主張はコロコロ変わって本当の恋だ、友情だ、安らぎだ愛情だと言っていますが、あなたの中に本当の物など一つもないのではありませんか?」


 ロミーがいつになくペラペラと話すので彼はしどろもどろになって、言葉をはさむこともできない。


「そんな人の愛情などいりませんし、欲しくありません。望んでいませんし、ごみクズも同然です。あなたの感情など燃やして灰にした方がまだ利用価値がある」

「っ、……」

「自己満足のラブロマンスを楽しんだ後は、友人を二人とも失った現実だけが残るんですよ。すべて都合がよくいくわけがない事を、他人にもきちんと感情があることをお忘れなく、オリヴァー」


 ロミーは眼鏡を押し上げて、きっぱりと言い切る。


 彼は、しばらくの沈黙の後、か細い声で言った。


「そんな……嘘だ」

「そうしてまた現実逃避してあなたは何を失うのでしょうか。大変に気になりますけれど、私はもうこの舞台から降ります。あなたも舞台上で主人公を気取っていないで自分の現実に戻るべきですよ。それでは、さよならオリヴァー」

「ま、待ってくれ、俺を嫌いだなんてそんなはずがないっ」

「嫌いだと言っているのに否定して惨めですね。けれどもう都合のいいようになんてなりません」


 ロミーはソファーを立って、ルンルンとした気分で応接室を出る。


 彼は「俺の事を愛しているだろう?」とか「でなければあんなふうに友人を続けられないはずだ」とか何かをわめいているけれどそんな言葉に興味はない。


 今日やっと、待ちに待った結末を見ることができたと女神さまに報告に行くのだ。


 非常に楽しみである。




 礼拝堂の中で一頻り、女神さまに報告を終えると、ロミーはアレから留まることを知らない嬉しい気持ちを顔に出して、これからは何をしようかと考える。


 まずはシェリーに絶縁の手紙を出して、それから婚活の為に王都のタウンハウスに移ってもいい。夜会や舞踏会に参加して、たくさんの人と交流をして新しい人間関係を作るのもいいだろう。

 

 これからのあたらしい生活へと胸を躍らせて、目を開くと、祈るために俯いていた視界の中に自分以外の人の足が見えて、誰かいる事に気が付いてぱっと顔をあげた。


「っ、ご、ごきげんよう」


 するとそばの通路にいてロミーを窺っていた彼は、驚いた様子でロミーに挨拶をする。


「ごきげんよう。……何か用事でしょうか?」


 彼は身なりからして貴族であることが推察できる。


 ロミーは今日のいい気分を隠さないまま、はじけるような笑みで彼に問いかけた。すると彼は、少し言葉を詰まらせてそれから頬を赤く染めて言う。


「ぶ、不躾だけれどここに通っている君を少し前から見つけて、と、とても真剣に祈っている様子だったから何か……困っているのかなと思ってたんだけど」


 見ていたと言われて、ロミーの方も少し恥ずかしい気持ちになる。


 だって見ていたということは、今日のニマニマした顔で女神さまに祈っているところも見られていたという事だろう。


「今日は随分機嫌がよさそうで、つい、気になって声を……実はよそから越してきたばかりでディスキン公爵屋敷に居づらくて……友人もこのあたりにいないし」


 もじもじとしている彼はそう続けて、ロミーはなんとなく彼の言いたいことが察せられた。


 彼はどうやら引っ込み思案なようす。


 しかし二人ともこの場所に通っていたという共通点があるからこそ、勇気を出して話しかけてきたと見てもいいだろう。


 実際に彼の事をロミーも認知していたし、越してきたのかもしれないと思っていた。


「僕は、ウォルト……ウォルト・ディスキン。良ければあなたの名前を聞いても?」


 ……ディスキン?? 公爵家が養子をとったなんて話ありましたっけ?


 彼の名を謎に思ったが、彼の家名にばかり意識を向けすぎるというのはナンセンスだろう。


 勇気を出して声をかけてくれた以上、ロミーも彼に声をかけてよかったと思って欲しい。


「私は、ロミーと申します。伯爵家の出身です。よろしくお願いします、ウォルト」

「あ、ウンッ、よろしくお願いします」

「それで私が何を祈っているか気になって声をかけてくださったという話でしたか?」

 

 なんだか戸惑っている彼に、ロミーは立ち上がって彼の隣につく。礼拝堂でおしゃべりをしていたら他の人の妨げになってしまうかもしれない。


 外に出て広場ででも話をしたらいいだろう。


「教えてくれるの?」

「はい、でも大したことではありません。面白い話でもないかもしれません」

「そ、それでもゼンゼンッ、構わない。僕、話し相手がいなくて、話せるなら全然」


 顔を赤くして続けて言う彼は、あがり症なのかもしれない。もうすでに顔が真っ赤である。


 しかし、ロミーと話せることを嬉しく思ってくれるらしい。それにロミーは今日の機嫌のよさに任せて彼に言った。


「なら、友人になってくださいませんか。ウォルト、ちょうど私も神様を話し相手にするぐらい困っていたところなので」

「ゆっ、友人っ……!」


 ウォルトはそう大袈裟なほどに復唱してから、とても嬉しそうに「もちろんっ」と笑った。

 

 その笑みは、どこにも含みのない純粋なものに思えて、ロミーも嬉しくなる。


 そうしてロミーは新しい生活を踏み出したのだった。




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― 新着の感想 ―
登場人物がほぼお花畑の住人で、その中でもロミーはお人好しというより下劣で馬鹿な主人公でしたね。
あれ…ここから公爵子息とのおだやかなロマンスて復讐…になるのかな?と楽しみにしてましたのに…!
ここで終わりも短編として綺麗だけど、その後がぜひ知りたいっ!!ロニーには心機一転、友人と楽しく過ごし、そして、いずれ恋を成就させてほしい!と心から祈ります。
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