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ぷつん

ぷつん vol.2

作者: 藍沢 明

ぷつん、とギターの弦が切れた。

「これで何度目だよ……。」

光輝はそう言って立ち上がる。

「弦が不良品なんじゃないか?」

呟きながら弦を取る。ライブでやるために部屋を借りて練習していたが弦が切れるので集中できない。高校からバンドをやっていて、大学でも軽音サークルに入った。大学ではそこそこ人気のあるバンドで、息巻いてメジャーデビューを目指し就職活動をしなかった。しかし人気だったのは大学まででそれ以降は鳴かず飛ばずだった。一緒にやってきた仲間も次第に減り、今では光輝と合わせて二人だけになってしまった。

弦を張り直していると、部屋にもう一人のメンバー、海斗が入ってきた。

「わり、ちょっと遅くなった。何してんの?」

「急に弦が切れちゃって。張り直し中。」

「また?前も切れてなかったっけ?」

海斗が聞きながらチューニングを始める。

「そうなんだよ。何回替えてもダメで。」

「そっか。とりあえず張り替えたら練習始めよう。」

五分ほどたち、弦の張り替えも終わり練習を始めた。二人ともギターを弾きながら歌うスタイルだ。

「海斗、Aメロそんなに声張らないで。二人で歌う感じを聞かせたいから。」

「わかった。Bメロの方は光輝のギターの弾き方もう少し変えてほしいんだけど。例えばもう滑らかに弾く感じとか。Aメロと差をつけたいな。」

「え、ここは滑らかな感じじゃないし、そういう弾き方好みじゃないな。もっとこう……」

そう言いながら光輝がギターを鳴らすと、さっきとは別の弦が切れた。

「くっっそまたかよ!海斗ちょっと悪い、張り直すわ。」

「いいよ、今日はもうやめにしよう。一回その楽器誰かに見てもらったら?」

海斗がギターを仕舞おうとする。

「いや、でも場所代ももったいないし、最後まで練習したほうがよくない?張り直せばちょっと時間かかるけどまだ時間あるし。」

「ごめん、もう合わせようっていう気分じゃない。」

「は?なんだよ突然。」

光輝が海斗の肩をつかむ。

「だってそのギターの弦が切れるの何回目だ?その度に弾き方変えたらとか楽器屋持っていけばとか言ってたよな?俺。それなのになにもしてないし。」

「いや、時間がなくて……。」

「最近の練習もそうだよ。俺がお前の意見聞くばっかでお前は改善しようともしない。確かにお前がリーダーかもしれないけど、だからって全部好き勝手にやっていいわけじゃないだろ。演奏を聴いてもらえる機会を増やそうと思ってSNSとか動画投稿とか提案しても『そんなことしたくない』の一点張りだし。弾き方の提案しても却下されるし。」

「それは、こっちにも考えがあるからで。」

光輝はしどろもどろになる。

「もういい。そっちに改める意思がないならしばらく練習は中止だ。」

海斗はギターを片付け出ていこうとする。

「おいちょっと待てって!」

「あと、今後の活動も考えないとな。お前がそんな感じなら、俺はもう一緒にやっていきたくない。」

そう言い残し、海斗は去っていった。

「なんなんだよ、もう……。」

光輝はしばらく呆然としていたが、部屋の貸し出し終了時間が迫っていたため慌てて部屋を後にした。

その後何のやる気もせずだらだらと歩いているといつもと違う道に出てしまった。スマホでマップを確認しようとしたが現在地がうまく表示されない。電波が悪いようだ。不安に思いながらも少し進むと楽器屋が見えた。

「こんなところに楽器屋あったんだ。」

外からでもギターがたくさんあるのが見える。個人店のようだが品ぞろえは豊富そうだ。どうせ見てもらわないといけないからな、と思い光輝はその店に入った。

「いらっしゃいませ!」

店主らしき男性が返事をする。とりあえず何か見るふりをして様子を伺った後、タイミングを見て店主に話しかけた。

「すみません。」

「はい、何かお探しですか?」

店主は愛想よく返事する。

「こちらのギターを見てもらいたくて来たんですけど。」

光輝はそう言いながらギターを取り出す。

「なるほど。なにかお困りで?」

「弦がすぐ切れるんです。張り替えても数日でダメになっちゃって。もしかしたら本体がどこかおかしいのかなと思って。」

「そうですか。では見せてもらってもいいですか?」

店主はギターを受け取りいろいろな場所を見る。

「どうですか?どこか悪かったりします?」

光輝は心配になり思わず聞いてしまった。

「いや、見たところ楽器が壊れている感じはしないですね。強いて言えば年数が経っていることですが、演奏に支障があるようなことはないですね。」

「じゃあどうして切れるんでしょう。」

「よかったら、弾き方見せてもらえますか?私もギターを弾くので何かわかるかもしれません。」

そう言われ、光輝はしぶしぶ楽器を持ち数回弾いた。

「こんな感じなんですけど……。」

「うーん。ちょっと力が強いですね。あと左手。フレット側の手が力任せに抑えすぎですね。弦が伸びやすくなっちゃう。」

「そうなんですか?今まで特に支障なかったんですけど。」

「いつ頃から弾いてますか?」

「高校生です。」

「そうすると、年齢とかそういうので力も変わりますし、ギターの年数とかもあって切れやすいのかもしれないですね。弦の抑え方を見直すのとピックの厚さを変えるだけでも違いますよ。もしよかったら検討してみてください。」

そう言うと店主はおすすめのピックや張り替え用の弦を出してきた。言われるがままにピックを店の物に持ち替え弾いてみる。

「本当だ。」

弾き心地が違うし音もよくなった。

「そうでしょう?楽器本体を変えなくても弾き方とかピックとかで変わるんですよ。弦の太さも今までと違うものに変えてみるといいかもしれないですね。よかったら試してみてください。」

光輝は店主のアドバイスを受けながらピックや弦を購入した。最寄りの駅も分からなかったので店主に尋ねると、

「あー、ここら辺電波悪いしGPSも反応しづらいですよね。あそこの大きい通りに出ると電波入りやすくなりますよ。あと、最寄り駅はその大きい通りに出て左に三百メートルくらい進むと見えて来ます。そこからはマップ見てもらえればすぐわかると思いますよ。またわからなくなったら聞いてください。」

と言って店の番号が書いてある名刺まで渡してくれた。言われた通り最寄り駅へ向かい30分ほどかけて家に着いた。

「ふう。」

一息つきながら思う。こんなにちょっとしたことを変えるだけで直ることをずっと放置していたのか。そして同じように少し変えるだけで効果があることがどれだけあるのだろう。居ても立っても居られず、海斗に電話した。

「もしもし。」

「もしもし、海斗?」

「そうだけど慌ててどうしたの?」

不思議そうに聞く。

「さっきのことがあるから出てもらえないと思った。よかった。いや、ギター直ったんだよ。弾き方もピックも弦も見直した。」

「そう、よかったね。」

「それでさっき言ってたことなんだけど……。」

光輝がいい淀む。

「うん?」

「海斗、さっきはごめん。というか今までごめん。海斗が言ってくれてたことちゃんと聞かずに自分の意見ばっかり押し通して。楽器屋に持って行った方がいいこともずっと言ってくれてたのに楽器のせいにした上、先延ばしにして。今日色々楽器屋の人に教えてもらってすぐ直ったよ。自分が何もしてないだけだった。バンドもそうだ。自分の意見しか言わずにやってきたから他の人たちも離れていったんだよな。本当にごめん、気づかなくて。おれ、まだバンドやりたいんだよ。演奏続けたいんだよ、だから、」

一呼吸おいて続ける。

「だから、また一緒に演奏してくれないか?今度は海斗の意見も聞くから。というか一緒に考えてほしい。これからどういう活動をしていくか。」

少しの沈黙の後、海斗は口を開いた。

「わかった。」

「本当に?」

光輝は驚きと歓喜の入り混じった声を上げた。

「いいよ。色々考えたみたいだし。俺も言い過ぎだった。ごめん。一緒に考えていこう。じゃあ早速、提案なんだけど。」

「うん。」

「弾き方のバリエーション増やしてくれる?ピックの種類とか変えながらさ。強い弾き方はうまいけど弱いのあんま得意じゃないよね。」

「うっ。」

光輝は言葉に詰まる。

「それは、おっしゃる通り……。」

「あと、SNSとかYouTubeに投稿しよう。オリジナル曲以外嫌がってたけど有名な曲の『弾いてみた』とかもやろう。光輝の技術ならいけるよ。」

「あんまり詳しくないからやり方とかは海斗に任せっきりになるかも、ごめん。」

「そこはいいよ。ちゃんと弾いてもらえれば。あと、」

海斗は矢継ぎ早に続ける。

「結構あるな。」

光輝は苦笑いしながら答える。

「そりゃ、今までいろいろ考えてたからね。でもこれで最後。この新人オーディション応募しない?」

海斗が送ってきた画像をスピーカーフォンにしつつ確認する。

「こんなオーディションあったんだ。」

「今年初めて開催されるやつ。前までの弾き方だと厳しいかなと思ってたんだけど今のお前と一緒ならいけると思う。どう?」

「もちろん!色々考えておいてくれたんだな、ありがとう。」

光輝はしみじみとお礼を言う。

「いや、これからもバンド続けたいのは俺も一緒だし。ただそのためには今のままじゃ無理だと思っただけで。じゃあこれからも頑張ろうな!」

「おう、よろしく!」

そういって電話を切った。光輝は新しいピックと弦を使い、今後のために練習を始めた。

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