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「コクリコ荘ものがたり」(From up on Poppy-house):陽奈×智流

#記念日にショートショートをNo.66『コクリコ荘ものがたり3』(From up on Poppy-house3)

作者: しおね ゆこ
掲載日:2023/04/25

2022/12/25(日)クリスマス 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n7439ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/nf50b363adf04)

【関連作品】

「コクリコ荘ものがたり」シリーズ

 夜。坂の上の一軒家のチャイムを鳴らす。門扉の脇には早月さんにお願いしておいた僕の自転車が駐められていた。中からバタバタと足音がして、ショートカットの女の子が顔を覗かせる。

「夕飯時にすみません。陽奈さんと同じクラスの吉田です。陽奈さんを送って来たんですけど……。」

背中で眠っている遠坂を見せる。

「お姉ちゃん!」

僕の背中に目を遣った女の子が、アプローチに飛び出して来た。

「お姉ちゃん、どうなんですか。」

「今日、合唱コンクールの練習中に倒れてね。体調が悪いのを押して頑張ってくれたせいで、伴奏を弾いている時にピアノの椅子から落ちて。床で腕を打って、右腕を骨折してしまった。」

「えっ………」

「すみません。」

遠坂をおぶったままだったので深く頭を下げることも出来ず、もどかしい思いがのし掛かる。遠坂は軽いのに、僕のせいで遠坂に怪我をさせてしまったことの後悔と申し訳の無さは、とても重たい。

「陽奈さんに怪我をさせてしまって。僕の責任です。」

「あ、いえ…そんな……!あっ、お父さん、」

彼女が手を振って否定する。と、その仕種に重ねて、僕の後ろで門扉が開閉する音がした。

「お帰りなさい」

「ただいま。➖君が、吉田くんかな。」

「陽奈さんと同じクラスの吉田智流です。本当に、すみません。お嬢さんに、怪我をさせてしまって……」

「君のせいじゃないだろう。陽奈に任せきりにしてしまった我々と、自分の身体の具合を分からなかった陽奈本人のせいだ。君が気に病むことはない。」

「いえ、僕の……」

「それより立ち話もなんだろう。少し時間はもらえるかい?色々と話がしたいんだが……」

「ええ、30分くらいなら……」

「ありがとう。➖葵、吉田くんを陽奈の部屋に案内して差し上げて。」

「うん、分かった。」

妹さんに続いて家の中に上がる。階段の手前、台所から家政婦の早月さんが顔を覗かせた。

「智流さん、自転車、表に駐めておきました。」

「ありがとう、早月さん。」

「すみません。恩に着ます。」

後ろで遠坂のお父さんが早月さんに頭を下げた。

妹さんに続いて階段を上がる。階段から一番遠い、廊下の最奥に、遠坂の部屋はあった。

「ここが、お姉ちゃんの部屋です。」

部屋の入り口から内側の壁に手を遣り、部屋の電気を点けた妹さんに続いて遠坂の部屋に入る。

「ベッドに寝かせていただけますか。」

「うん」

妹さんに頷き、ベッドに遠坂を下ろす。遠坂を起こさないように、肩に手を添え、ゆっくりと寝かせる。

「…あの、お姉ちゃんのこと……」

「➖葵さん、煮込みが終わりましたよ。」

背後で妹さんが何かを言いかける。階下から聞こえた早月さんの声に、妹さんが部屋の入り口から廊下に顔を覗かせて返事を遣り、「すみません、お姉ちゃんお願いします。」と、慌ただしく廊下を戻って行った。きちんと整頓された部屋の中、ベッドに寝かせた遠坂に敷かれていた布団を掛け、少し渇いてしまっている髪を撫でる。

「…無茶しやがって、バカ」

髪を撫でながら呟く。立ち上がろうとすると、遠坂の手が僕の腕を掴んだ。

「っ…遠坂……?」

遠坂に腕を掴まれたことに、思わず動転する。寝ぼけたまま、遠坂が呟く。

「……行かないで……」

かすかに聴こえた遠坂の寝言に、心臓がトクン、と音を立てる。

「…おい、遠坂……」

遠坂はもう、すぅーすぅーと静かに寝息を立てていた。遠坂の寝顔を見つめる。バスで本を抱えたまま、眠ってしまっていた遠坂を思い出す。髪を撫でていた手が、頬に触れる。なめらかな肌に、心臓の鼓動が速くなる。ドクン、ドクン、と心臓が鳴る。

「…無防備すぎんだよ、バカ……」

掴まれた腕が、こそばゆく、熱い。遠坂の手は、まだ、離れない。

「…離せよ、遠坂」

甘い熱が、自分の頬に乗る。僕の腕を掴んだ遠坂の手に、手を重ねる。

「じゃなきゃ、僕……」

「もっと好きになっちゃうだろ……」

誰ともなしに呟く。静かに寝息を立てて眠っている遠坂の手をやさしく外し、立ち上がる。

「ごめん、怪我させて、守れなくて。」

「本当にごめん。もう絶対に怪我なんてさせないから。」

「だから……」



 ➖〝モウボクカラハナレナイデ〟➖



夢の中で、耳元でそう囁かれた気がした。


 暗闇の中で目を覚ますと、いつの間にか自宅に戻って来ていたのか、ベッドに寝かされていた。胸元まで布団が掛けられていて、そのことになぜだか愛おしさを感じた。頬にかかった髪に触る。身体を起こすと、机の上に一枚のメモが置かれているのが見えた。右腕の痛みに顔を顰めながら立ち上がり、机の上に置かれたメモを見る。メモには、電話番号とメールアドレス、「僕のせいで怪我させてごめん。何も心配しなくていいから、ゆっくり休めよ。 吉田」というメッセージが几帳面な字体で書かれていて、トクンと淡く心臓が揺れた。家まで吉田くんが送り届けてくれたことが分かり、甘い熱が、身体をあたためる。病院でのやり取りを思い出し、吉田くんにきちんとお礼を言えていない気がして、携帯電話を開く。時刻は午後11時半を少し過ぎたところだった。夜遅い時間だが、メールでなら構わないだろうと、記載されていたメールアドレスにメールを送る。

と、1分も経たないうちに返信が来、その返信の早さに、ささやかな嬉しさを覚える。

「全然良いって。むしろ気付いてあげられなくてごめん。」

優しい言葉に、何で彼はこんなにも他人に優しく出来るのか、不思議に思う。続け様にメールが届く。

「いまから電話してもいい?」

携帯電話の画面に表示された言葉に、トクンと心臓が音を立てる。「うん」というたったの2文字の入力に、緊張から指先が震えた。

すぐに携帯電話が震え、吉田くんからの着信を知らせた。画面に表示されたその番号に、心臓がドキドキと音を立てる。震える指先で、通話を解除し、電話を受け取る。

「もしもし、遠坂?」

吉田くんの声が聞こえた。

「もし…もし」

「あ、良かった。いま、大丈夫?」

「う、うん。」

「いまバイトから帰ってるところなんだけど、家に着いてからじゃ遠坂待たせちゃうから。」

その言葉の背景で、自転車の車輪がゆっくりと回転する音がした。吉田くんの姿を探しに、窓辺に歩み寄る。視線を外に遣ったまま、携帯電話越しに吉田くんに呼び掛ける。

「あ、あの、吉田くん」

「うん?」

「今日、私が合唱コンクールの練習中に倒れた時、保健室に運んでくれたんだよね?今日のアルバイトも変わってもらって、家政婦さんも来ていただいたみたいで……本当に、ごめんね。迷惑かけて。」

「いや、僕の方こそごめん。遠坂が体調悪いのには気付いていたのに、止めなかった。結局、怪我までさせちゃって……」

「そんな!吉田くんが気に掛けてくれているのは分かっていたのに、私が無理矢理、押し通したから……!」

「本当だよ。無茶しやがって。」

「ご、ごめんね……」

「だから、もう無理しないで。どんなことでもいいから、何だっていいから、いつでもいいから、…僕を頼って。」

「う…うん……」

その言葉に、身体中が甘さで熱くなる。吉田くんの声が、じんわりと心に広がった。いますぐに、吉田くんにお礼を伝えたい、と思った。

「吉田くん。」

「うん?」

「今日は、助けてくれて、やさしくしてくれて、あり……」

「ちょっと待って、遠坂。」

「えっ?」

「もう、家の前通るんだ。だから、遠坂の顔見て、直接聞きたい。謝らなきゃいけないこともあるし。」

「えっ?うん。」

「ちょっと飛ばすわ。」

画面の向こう側から、自転車を漕ぐ音と吉田くんが一定のリズムで短く呼吸を繰り返す音が聞こえて来た。そのささやかな吐息にすら、自分が吉田くんにドキドキしてしまっていることが分かった。

まもなく、木立の向こうから、自転車に乗った吉田くんが姿を現した。

吉田くんが片足を地面について自転車を止め、前籠に入れていた携帯電話を耳に当てる。慌てて窓を開ける。3m下に、吉田くんがいた。

「遠坂!」

携帯電話に呼び掛けるというよりは私に向かって、吉田くんが私の名前を呼んだ。

「行かないでって言われたのに、バイトに行ってごめん!」

「でもちゃんと、遠坂の代わりは果たして来たから、大丈夫だ!」

「吉田くん……!」

「私も、今日はいろいろ迷惑かけてごめんね。助けてくれて、ありがとう。」

「うん」

吉田くんが、ヘヘッと笑い、ピースしてみせた。3m下にいる吉田くんに、微笑む。

「右腕、大丈夫?」

「うん。」

「痛い…よな」

「…うん、ちょっとね。」

何となくごまかしたらいけない気がして、〝大丈夫〟と言い掛けた言葉を飲み込む。

「熱はどう?怠かったりする?」

「ううん、それはもう大丈夫。吉田くんの声を聞いたら、吹っ飛んじゃった。」

「そっか。良かった。」

「吉田くん。」

「うん?」

「会えて、嬉しい。」

少し照れくさかったが、いまの気持ちを、正直に伝えたかった。吉田くんが一瞬だけ目を丸くし、嬉しそうに笑った。

「うん、僕も。」

返された言葉に、恥ずかしくなってカーテンで少し顔を隠す。吉田くんが、少し心配そうに訊いた。

「遠坂、明日学校来る?」

「うん、行くよ。みんなにも…迷惑かけちゃったこと、謝らなくちゃいけないし。」

「そうか。➖僕の家、坂の中腹くらいって言っただろ?」

「うん。」

「迎えに来て、いい?」

「えっ?」

「ほら、遠坂、怪我してるし……」

「でも怪我しているの腕だけだし……それに、私のためにわざわざ遠回りさせるなんて、吉田くん、迷惑じゃ……」

「迷惑なんかじゃないよ!」

「えっ?」

「僕が、そうしたいだけだから。」

「う…うん……」

吉田くんが顔を隠すように横を向いた。カーテンを左手の指先でキュッと握りしめる。どうして彼は、吉田くんは、こんなにまで、

「ねえ、吉田くん。」

「…うん?」

「どうして、私に、こんなに、…優しくしてくれるの?」

「朝も気にかけてくれたし、倒れた時も心配してくれたし…アルバイトも、早月さんまで……」

「……」

「私、吉田くんに何もしてあげていないのに。どうして、こんなに……」

「気付けよバカ」

「えっ?」

「じゃあな!」

それだけ言うと、吉田くんは自転車に乗り、あっという間に走り去って行ってしまった。

「あっ……」

吉田くんの姿が見えなくなった外を窓から身を乗り出すようにして覗き込む。手元の携帯電話から、声が聞こえた。

「もしもし、遠坂。」

「あっ、もしもし?」

飛びつくようにして両手で握った携帯電話を耳にあてる。吉田くんがためらうようにしながら言った。

「あー、…おやすみ。」

「あ、うん。おやすみ、吉田くん。」

眠りにつく前のそのやり取りを家族以外と出来ることに、ほのかに嬉しさを覚える。携帯電話を耳元から離し、通話を終えようとボタンに手を伸ばしたその時、かすかに、携帯電話から声が聞こえた気がした。

「…もし、…好きだって言ったら、…どう思う?」

耳に聞こえた言葉に目を見開く。驚いて一瞬言葉を失ってしまってから、言葉を発しようとすると、吉田くんが私より先に早口で言った。

「ごめん何でもない、おやすみ。」

そして私の返答を待たず、言い終わり際すぐに通話が止まった。ツーツーという音をそのままに、茫然と立ち尽くす。

壁掛け時計が、静かに午前零時を告げた。

【登場人物】

○遠坂 陽奈(とおさか ひな/Hina Toosaka):高校2年生

●吉田 智流(よしだ さとる/Satoru Yoshida):高校2年生


○遠坂 葵(とおさか あおい/Aoi Toosaka):中学3年生/陽奈の妹

●お父さん:会社員

○早月さん(さつき-さん/Ms.Satsuki):吉田家の家政婦


*未登場

◎遠坂家(Toosaka-Ke)

○百合(ゆり/Yuri):中学1年生

●梅太郎(うめたろう/Umetarou):犬(キャバリア/オス/10歳)

*坂本龍馬の変名から

【バックグラウンドイメージ】

◎宮崎 吾朗 監督作品/ジブリ『コクリコ坂から』(From Up On Poppy Hill)

【補足】

〜陽奈の1日〜

5:00 起床

-5:15 身支度・ストレッチ

-6:00 勉強

-6:20 洗濯機を回す・お弁当準備おかず

-6:40 犬(梅太郎)の散歩

-7:00 朝食の準備・掃除

-7:05 洗濯物を干す・お弁当にご飯を詰める

-7:10 朝食・ニュース

-7:20 食器洗い(フライパン,釜等)

-7:35 食器洗い(皿,コップ等)・歯磨き等

7:35 登校

7:42-8:15頃 バス通学

8:30-17:00頃 高校

17:00頃 帰宅

-18:00 夕飯の支度

-18:30 夕飯

-18:45 食器洗い・洗濯物の取り込み

19:00 出勤(-19:15)

19:30-22:30 バイト

22:45 退勤(-23:00)

-23:15 洗濯物を畳む

-23:45 入浴

24:15頃 就寝

【原案誕生時期】

公開時

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