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こうしてフィリップの口説き文句ノートが出来た

「私は分家の出で、武の才があったらしく、小さいころから鍛えられて育った。両親や家に来る者はみな私を褒めそやし、鼻につく子供だったと思う。そのうち、本家で鍛えられることになった。その頃はまだセドリックが産まれていなかったから、私が一番当主に近かった。実は、本家の子でなくても当主になれるんだ」

「そうなんですか。てっきり本家しか跡継ぎになれないかと」

「本家は優秀な血を取り入れてきたから、当主になることが多いが、分家から当主になることもある。当主になるには、その時最も優れた者を選ぶのがしきたりだ。フィアラークの血が流れていれば、誰でも目指すことができる」


 フィリップはお茶でくちびるをしめらせた。


「本家へ来た私は打ちのめされた。狭い家の中で勝ち誇っていた私は、その歳にしては強いだけだと思い知らされた。研鑽していた人々に追いつける気がしなかった。プライドはへし折られ粉々にされ、それでも食らいついたのは、本家の人々が素晴らしかったからだ」


 使用人ですらフィリップより強かった。ローは、鼻持ちならない子に剣と魔法を教えた。メアリーはフィリップの限界を見極めながら、甘やかすと見せかけて鍛え上げた。

 誰もが「分家の子」ではなく「フィリップ・フィアラーク」として、一人の人間として尊重し大事にしてくれた。

 本家が自分の家だと思い始めたころ、フィリップは気がついた。甘やかして褒めて、自分ができないことを子供に押し付けるのが愛ではない。見守り、教え、導き、フィリップの意思を尊重してくれるのが愛だ。


「私の両親だってフィアラークだ。鍛えればある程度は強くなるし、頭の回転も悪くない。ただ、努力をしたくなかった。自分は苦労したくないから、子供の私にすべて押し付け、意のままに操ろうとする。私は親に手紙を書いたが……何度も書いて、会って説得もしたが……聞き入れてくれなかった。両親は、努力せず甘い蜜を吸いたい人間だった」


 歪にだが、フィリップは両親に愛されていた。フィリップも愛していた。

 この事実を受け入れるには、ひどく苦悩しただろう。アンナは3才まで、両親は冷たいがまだ貴族らしい生活をしていたからよくわかった。姉のクラリーチェが無事に育つようだとわかった途端、アンナの生活は一変したから。事実を受け入れるのは、とても辛いことだと知っている。


「セドリックが産まれ……私は、暗くおぞましいことを何度も考えた。けれど、みんな私を信頼して、セドリックを抱かせてくれた。私は、セドリックが大きくなったら、堂々と当主の座を競うと決めた。セドリックにかかるプレッシャーやストレスは、私の比ではなかったろう。それでもセドリックは前へ進むことを諦めなかった。そして見事、智の才があることを示してみせた」


 フィリップは誇らしげに微笑んだ。


「フィアラーク領は広大だ。治めるのに必要なのは、突出した一人の武ではない。状況を正確に把握し、どこにどれほどの兵力を送り込むか、二手、三手先まで考えられる人間だ。それは私よりセドリックのほうが優れている。いまのフィアラークに必要なのはセドリックだ。だから私は、セドリックを当主にすると決めた。

 セドリックならば、星辰の儀に出られる年齢になって出場すれば必ず勝利する。そうなれば、いまは様子見している者もセドリックを推すはずだ」

「そうだったのですね。あのセドリック様が……」


 フィリップがフラれて爆笑していたセドリックが。


「だが、依然私を当主に推す声は多い。いくら私欲が入っているとはいえ意見に変わりはなく、当主はどれも公平に聞かなければならない」

「当主様は、よく相手を殴らないでいられますね」

「そのぶん魔獣を倒している」

「なるほど」

「私が意見を変えないと知り、両親は違うところから攻め始めた。もう28になるのに婚約者すらいないのはおかしいと主張し、反当主派から相手を選んだ」

「フィリップ様、28歳なのですか!?」


 アンナは心底驚き、


「……わたし、15歳なんですけど……。政略結婚ではありえる年の差とはいえ、初対面の15歳の少女に意見も聞かず、勝手に婚約を決めたんですか……?」


 そしてドン引きした。


「……それについては謝罪しか出来ない。本当に申し訳ない。悪いと思っている。ごめんなさい」

「これについては謝罪を受け入れましょう」


 神妙なフィリップに、アンナはどこか悪戯っ子のような表情で応えた。

 フィリップの瞳の中で、アンナがきらきらと輝く。思えば王城で保護されたあと、アンナの話し相手は、ララ以外は上の地位の者ばかりだった。グラツィアーナとは気が合ったようだがどうしても気を遣う相手だし、フィリップとアルベルトは異性だ。

 頼れるのがフィリップだけという状態で魔獣が跋扈するフィアラークに来て、当主に嫌われないかと不安だっただろう。


(みなにアンナを紹介できると浮かれていた私は、アンナの不安に気づきもしなかった……。これではアンナに振り向いてもらえないのも当然だ)


「フィアラークの婚約と結婚は当主を通さねばならないから、私の婚約は却下され続けた。そして両親から家に帰ってこいという催促も増えた。実家へ帰れば見知らぬ令嬢がいて、10ヶ月後には私の子供だと言って銀髪の子を抱いているだろう。まわりが口裏を合わせていれば、私ひとりで違うと言っても聞き入れられるはずがない。だから……アンナがいてよかった」


 白くキメの細かい肌をほんのりと染め、フィリップはアンナを見た。


「私にとってアンナは……私にとって……天使……いや、戦の女神バルゥラだ」


 フィリップの初めての口説き文句は、あっさりとはたき落とされた。


「人を口説く時くらい、あらかじめ何を言うか決めてきてください」

「……善処する」



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― 新着の感想 ―
フィリップがフラれて爆笑してたセドリックの破壊力。わりと印象薄くて覚えてなかったのにとんでもなく面白れー男だった… あと、今ちょっと良い話してたのに台無しだよ!少しは加減しろ。
[良い点] なるほど。 5話で、武勇並びないと評判のヒーロー氏に「雌伏」とか「機を伺う」とかいう発想がないのはなんで?という疑問が解けました。自ら認める脳筋くんだったのですね。
[一言] うん、アンナ様は余計なお世話かもしれなくても助けてくださったフィリップ様にキツイですわね。ちょっと礼儀知らず。それでも良いなどとマゾっけありますわね。フィリップ様は
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