キツネと話し合い(拳で)する
『2日、いえ3日後にここに来なさい!』
涙でにじむウルウルの目でダンを見ながらキツネが言う。
日時を指定されてしまった。むう、これは聞かないと更に拗れそうだと考えたダンは「じゃあ、3日後にまた来ます」と告げてその日は一旦街へと引き換えしていった。
*
『で? 何故いる?』
「え? とりあえず草刈りですかね?」
翌日キツネのいた広場の草を刈るダンの姿があった。
魔物の顔は良く分からないが、雰囲気は何故か不満そうだ。とりあえずダンは一回構えてしまった大鎌を振り回すと草を刈り、大鎌を肩にかけて手拭いで汗を拭った。
『何をしているのか問うたわけじゃないわ! なぜ3日後と言ったのに居るのかを聞いている!!』
グルルと喉を鳴らして怒った感じでキツネが聞いてきた。
「え? 2日後に用事があって、その時に居ればいいんですよね?」
『トンチを聞かせろと言っているわけでは無い!』
首を傾げつつ聞いたダンにキツネが吠える。
「でも、あれ?」
とダンはその声を無視してさらに聞いた。
「2日後に決闘する気ですよね?」
『……なんの事かな?』
「いや、自分で「武勇を示せ」って言っておいて白を切れると思ってたんですか?」
キツネは顔を背けて口を噤んだ。その視界がアッチコッチを見ている、その露骨さはいくらなんでも気づいてくれといっているようなものだ。
「まあ、とりあえずの場所を確保したら帰りますから、ね?」
その後ダンは宣言通り広くおおよそ円形に草を刈り取ると街へと戻っていった。
街に戻ったダンはギルド併設の定宿に戻ってくると、そこでリルの姿を見つけたので声をかけた。
「お戻りでしたかリルさん」
「ダンさん! はい、今日の狩りは終わりです!」
尻尾を振り振りと機嫌良さそうにリルが言う。その様子にダンは気づいて尋ねた。
「おや、なにかいいことがありましたか?」
ここ数日ダンはリルにレベルアップを兼ねて、街の東以外での狩場で魔物を狩るように指示していた。その際に他の冒険者にも出来るだけ声をかけるように言っておいたのだ。
主にダンに向いている「嫁にしてください」視線及び思考を逸らす目的で。外道と呼ぶなら呼べばいい! と内心で思いながら、ダンは涼しい顔で自らの考えを隠しつつリルを見た。
「? いえ、ダンさんと久々に話が出来たなぁって」
こちらの思惑など知らない(であろう)リルが、にぱぁと笑顔でダンに告げた。
「アー、ソウデシタネ」とダンは内心ガッカリして、それを表に出さないように返事をした。
実際のところ、リルは冒険者ギルドでレベルアップを目的だと告げた上で同行する冒険者を募っていた。
最初はリルの容姿に釣られるように幾人か同行をしていたのだが、リルの獣のような四足歩行からの(もともと獣であったため)戦闘方法にドン引きして、3日目には同行者がいなくなったという事実がある。
しかしダンは初日にリルの現在の実力を見て、問題なしの太鼓判を押してから別行動だったため知らなかったのだ。あと、ダン的にはリルの戦闘方法は特に違和感を感じなかったのも原因の一つではある。
ダンは戦い方に違和感を感じなかったら我流でも気にはしなかった。
「それでダンさんは目的の方は済んだのですか?」
「アアソウダネ――っと申し訳ない。そうですね、目的地には到着しましたよ。それで2日後にちょっと殴り合いをする段取りになりまして」
「東の森の中でですか?」
レベルダウンして襲われた経験があるリルが不思議そうな顔をする。あの森に会話の通じる知性ある魔族が居るのかな? といった顔だ。決して人類の何者かが居るとは考えていなかった。
「そうですね、東の森の中ですよ。まあ、森の中にある広場で、と正確に言えばなりますが」
「……私も一緒に行ってもいいですか?」
聞かれてダンはふむと考えた。
「じゃあ、ギルドの修練場でも借りて実力を見ましょうか」
そういってダンとリルはギルドへと歩いていった。
「まさかこうなるとは」
そしてダンたちは今、街の外に居た。街の南側に広がる草原地帯だ。
理由はギルドに修練場を借りに行ったときに遡る。
*
「ダンさんが修練場で戦闘行為を行うのは禁止になりました」
「ほへ?」
受付で言われた言葉にダンは思わず呆けた声で返事した。
「あちらの張り紙をご覧ください」と受付の女性の指し示す方向、修練場につながる通路の脇に紙が貼ってあった。
『ダン使用禁止』
これでもかと言わんばかりの単語による注意書き。たしかに使用禁止だ。
「えっと? 修練場で戦闘行為以外って何があります?」
「ギルマスから言葉による指導までなら許可が出ていますが、直接的な指導は禁止と通達が来ました」
「そういうことってあるんですか?」
「……初めてです。逆にダンさん、この間登録されたときに何かしましたか?」と逆に聞かれてもダンに心当たりがないために首を傾げるしかなかった。
とりあえず目的のリルの実力を見るとなると修練場は使えない。仕方がないとダンはリルを連れてギルドを後にした。
*
「ま、サクッと見ればいいですかね。リルさん準備はいいですか?」
「えっと、ダンさん武器は?」
距離を置いて向かい合うダンとリル。
リルはダンから渡された短剣を構えて、腰の後ろに手斧を装備している。
一方ダンはプラプラと両手を下げて棒立ちといった姿勢だ。
「まあまあ。リルさんも慣れたとはいえ、身体からして違うのですからまだまだ慣れていないでしょう? 逆に両手を開けておくのがいいんですよ」
手ぶらであった。一応籠手と脛あては付けてあったが、武器と呼べるものは一つも身に着けていなかった。
リルは手元の短剣の刃とダンを交互に見る。
「でも人種って、こういう刃って皮膚では防げないんですよね? 大丈夫なんですか?」
その言葉にダンは「おお」と声を漏らす。
「もう僕に当てられるほど、その身体に馴染んだ。ということですか?」
その嘲りを含んだようなダンの言葉に、フェンリルの娘として、そして自身に流れる血が一気にリルを戦闘状態へと変える。短剣を手に腰をグッと下ろして身構えた。
どうぞ、というようにダンは手を広げて待ち構える。
一瞬の間の後、リルが一気にダンへと詰め寄り短剣を振るった。
ダンはその短剣の軌道に小手の装甲を合わせると短剣の刃を流した。残った片手をリルへと無造作に伸ばす。それをリルは地面に片足を強く踏み込んで、その反動で後ろへと下がりながら腰の手斧を素早く抜き、その伸びてくる手を狙って振る。ダンは肘から腕を曲げて手斧の一撃を躱した。
そのままリルはダンと距離を離す。
そこに小さい影が飛んできているのにリルは気づいた。
「!」と片足を横に滑らして、さらに姿勢を低くしたリルの頭上を小石が通過した。
リルは素早くダンを見る。
ダンは先ほどの手を広げた格好をしていた。頭に血が上ったリルはまた一気に距離を詰めようとした。
横に滑らした足を後ろに回して突撃の体制が整ったとき、リルはダンの表情に気が付いた。
『表情? 違和感、何?……視線!』
ダンの上を見る眼に、とっさにリルは再度距離を開けようと、後ろに回した足を前へと出そうとした。その時、コツンと頭に何かが当たったような感覚があった。
手斧を手放し、慌てて頭の上に載った何かを探るリル。手に触れたそれを掴んで眼前に持ってくると、ソレがなんなのか分かった。
「え? 小石?」
先ほど避けた小石っぽいとリルは思った。だがあれは避けたはずだ。理解できない事象にリルは立会いということを忘れて、手の小石を眺める。
「まあ、気づけたっぽいし、普通の魔物相手ならそこまで狡猾な攻撃はしてこないから、避けることに集中すれば東の森に入っても大丈夫かな?」
ダンが声をかけてきた。リルは手の小石を見せながら「どういうことですか?」と問いかける。熱しやすく冷めやすい性格は、本当にフェンリルさんの娘だなとダンは思った。
「中には頭上から奇襲攻撃する魔物も居るからね。ヒント有りだったとしても、気づけるなら避けることだけ集中すれば森でも移動は出来るかと。まあ、必ずしもじゃないけどね」
ダンは先ほどの攻撃の最中に手に仕込んだ小石を、水平と垂直の2方向に投げていたのだ。水平方向は囮、垂直方向が本命として。
「攻撃はしっかり確認して、それからなら……う~ん、まあ大丈夫かも?」
こうしてダンのお墨付きをもらったリルは2日後、ダンのお供として森へと入ることになった。
*
「さて、約束通りやってきましたよ」
『お主早くない? まだ薄っすらとしか日が出てないんだけど?』
若干ウキウキ気分でダンは森の中の広場へと姿を現した。それに対してトリイと呼ばれる建物の上でキツネが欠伸を噛み殺しながら告げる。
そう、まだ朝日が昇ってさほど時間が経っていないのだ。ダンに付き添ったリルも「あふ」と欠伸をしている。
「まあまあ。3日も待ちぼうけ受けましたからね。若干待つのに痺れを切らして突撃しようか迷ったくらいですから、大目に見てください」
『お主そんなことを考えておったのか!』
サラリと心の内を曝け出すダン。ダンも目的があってこの地に来たわけで、それを自分の都合ではなく3日間も足止めされたという心情から、実行には移さなかった計画を言ったのだ。
実行してはいないのだから大丈夫だろう。
フンとキツネが一息吹くと、トリイから滑らかな動きで降りてきてダンの待つ草の刈られた広場に移動した。
『さて、ではお主の武勇を――』
そこまで言った次の瞬間、キツネの意識が暗転した。
*
『ちょっとソコに座れ。正座』
ダンはキツネにお叱りを受けていた。
『人が話している途中で殴るとは何事だ!』
ちょっと我慢が限界に達してしまったようだ。
「誠にすみませんでした。反省しております」と謝るダン。ダン自身「あ、やっば」と漏らしてしまうほどに、ちょっとやらかしてしまった感があったのだ。
平謝りで謝るダンの姿勢に、しばらくうなっていたキツネも溜飲を下げたのか、前足でのテシテシを止めた。
そして何かを思いついたのかニヤリと笑う。
獣顔のニヤリとした笑いに『うわ、なんかあくどいこと考えてそうな顔だな』とダン。
『お主に課す試練の難易度を上げよう。無理とは言わさんぞ?』
立てと尻尾でダンに促したキツネはしっかりとダンから距離を取って話し始めた。
『これからワシの術でお主を攻撃する。お主はそれを受けて耐えられたら試練終了じゃ。どうじゃ、簡単じゃろう?』とイイ笑顔でキツネが言った。
「まあ、構いませんが。えっと受ければいいんですか?」
『もちろんじゃ。その間、お主は攻撃するなよ?』
そういうとキツネは四つ足を力強く踏ん張るように構えると、全身に力をためる様にその身体が震え始めた。
『ぬうう~!』
尻尾もピンと立っていた。その尻尾が爆発するように広がる。
否、それは爆発ではなく分身だった。尻尾が複数に分かれていたのだ。
徐々に体に金色の光が浮き出たかと思えば、それがキツネの頭上に集まり炎の塊となっていく。それがピークに達するとキツネが吠えた。
『さあ、食らってみるがよい! これこそ我が術最大の『狐火』である!!』
人の背丈を超える炎の塊。それがダンへと向けて放たれた。
あまりの炎の大きさに見ていたリルは悲鳴を上げる。
「ダンさん!」
そのままダンは炎に身を包まれた。
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順次公開していく予定ですが、これより先の話を見たい方は
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/872180522/8274942
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