誤解されていたようだった。(その誤解が解けるのは大体事後)
構えた大剣を肩まで持ち上げて突っ込んでくる少年。その背に隠れるように格闘家風の青年が追従する。
まずは最初に接敵する少年の対処からだ。
剣を持ち上げて構えているということは、ほぼ確実に上段からの打ち下ろし軌道が予測される。
ダンは木刀を正眼に構えると、わずかに右足を引いてやや斜めになるように体勢を変えた。
「アーツ『スラッシュ』!」
アーツの発動と共に少年の大剣が闘気を帯び、斬撃の瞬間だけ威力と剣の硬度が増す。
まっすぐにダンの頭を狙って振り下ろされる大剣。殺意ありありのその斬撃は、しかしダンが防御の為に頭上へ上げて構えた木刀の表面を撫でる様に受け流された。
ダンは木刀の防御に使った闘気を素早く体に戻すと、斬撃の勢いにダンの横を通過していく少年の後ろに控えていた青年を迎え撃つ。
「はぁっ!」
アーツこそ発動はしていないものの、闘気で拳を覆っての攻撃がダンの胸部目掛けて放たれる。
「ほいっと」
ダンも木刀から左手を放すと、同じように闘気を込めた拳をつくってその拳打を打ち払う。そして拳を打ち払われたがそのままの勢いでダンへと突っ込んでくる青年に対して、右足に闘気を集中させて青年のどてっ腹を軽めに蹴り上げた。
山なりに飛んでいく青年を見ていると、その身体の背後から奇襲と言ってもよいタイミングで2本の矢が飛んできた。
本来なら格闘家は打撃と同時に距離を取るなどしたのだろう。信頼の証なのだろうが、もしダンが相手を飛ばすような攻撃をせず、その場に止めておくような攻撃などをしたらどうなったのだろう?
そんな思考をしつつ、飛んできた2本の矢に対して、ダンは木刀を覆っている闘気を部分的に弱めて矢の軌道上に木刀を置く。
剣の形をした武器とはいえ材質は木材。しかも闘気の調整によって刃に当たる部分が闘気で覆った範囲から外れ、木材部分が剥き出しとなったその部分で2本の矢を受け止める。
「よっと」
軽くスナップを利かせて木刀を振るうと、刺さった矢が弓使いへと返礼される。
帰っていく矢を見ていたダンの視界の端に真っすぐ進んでくる水の塊が見えた。その延長戦には最後の魔法使いの姿が見える。
その時、ダンの後方でも闘気の高まりが感じられた。闘気の質とその方向から、剣士の少年が復活したのだろう。
蹴りの余韻でまだ重心が持ち上がっている右足を地面に滑らせつつ、その身を魔法使いに対して半身へと切り替えて魔法使いを左手に、そしてダンの想像通りに剣士の姿を右手の視界の端に捉える。
少年は剣を横にして勢いよくスイングする姿勢だ。
魔法使いの放った水弾もダンへと迫る。
そして少年の剣もダンの描いた円全てを切るように振り始めた。
「アーツ『スラッシュ』!」
基本形のアーツ『スラッシュ』は『斬撃を闘気で強化する』ものなので、八つの方向の斬撃全てに対応できる。
余談ではあるが、斧や長い穂先を持つ槍などでも使える最も基本的アーツなのである。
ダンは木刀に纏わせた闘気を元の木刀全体を覆う形に戻して剣を受ける姿勢を取る。併せて向かってくる水弾に対して左手から闘気で小型の盾を作り出した。
勢いよく、全力で振るわれた剣が木刀へと当たり、「ガッ!」と硬質な音を発して剣と剣が打ち合わさる。
右手でその剣の威力を抑え込みながら、ダンは左手で作った盾を水弾へと接触させた。
パパパパパッ! と軽い音たてて、水弾がダンを通り抜けた。
「っ!?」
目の前で起こった出来事に魔法使いが思わず息を止めた。
*
「あ~、やっぱり驚くよねぇ」
「普通は見ない光景だと思いますよ? 水弾にしろ火弾にしろ、普通は接触した時点で弾けるはずですから」
修練場の端で見ていたキョーコとウェンディが驚愕といった表情の魔法使いの心情を語る。
もはや2人にとっては驚くことのない光景ではあるが、それでも自分達が使う魔法の特性からすれば些か相手が不憫すぎる。
ダン曰く
『え? ぶつかったらダメでしょうけど、逸らすのだから、イケますよ?』
「「……ダンさん、常識ってものを覚えてくれないかなぁ」」
2人の呟きは儚く消えていくのであった。
*
逸らされた水弾がダンの後方、いくつかが地面に当たって弾ける。
「うわ!」
力を込めても動かない大木が如く、全く立ち位置が変わらないダンの剣に集中していて、水弾の行方を気にしていなかったのであろう。足元で弾けた水弾に驚いて咄嗟にバックステップで距離を開ける少年。
「シャァア!」
入れ替わりにまたダンの背後から気合を込めた声が聞こえる。
首だけを回して、格闘家が右拳を引いた姿勢で突撃してくるのが見える。
「アーツ『パワーナックル』!」
宣言と同時に更なる加速をして飛ぶようにダンへと接近してくる。そしてちょうどいいタイミングでその拳がダンへと伸びてくる。
それに対してダンは、「よっ」と軽い声で体を丸める様にしゃがみ込ませると、そのダンの上を通過する拳を左手で掴んだ。
「っこいせ!」
跳ね起きる様にダンが起き上がると、格闘家の体がダンの上に乗っかるようになり、更にダンに捕まれた右手のせいで体制が不安定となる。
そして格闘家の勢いは殺されていないので――
「ほい!」
「ぐあっ!」
左手一本で投げられた格闘家が地面へと叩きつけられた。おまけに掴まれた時か投げられた時に腕を決められたようで、右腕を押さえて悶絶している。
「まず一人」
*
「うわ、手加減しててもエグっ」
「そうですか? 決められそうになったら体を回転させればよいだけじゃないかしら?」
「我ならば、すぐさま元の姿に戻って抜けられるがな!」
「リルさんの方法はともかく、ロウキ、それが出来るのはあんただけだよ」
そうは言ってもファーニは自身であの攻撃を躱せるか、そもそもその前の攻撃の突進能力が自分の場合の速度だったらどうか頭で想像していた。
リルもロウキも目の前の鍛錬をしっかりと見ている。
若干「我しか出来ぬ、か。グフフ」とか怪しい言葉も漏れてはいるが。
自分達だったらどうするか。ダンとの立会いや今後の戦闘に生かせる動きが無いか。そんな思考をしつつ、戦いの推移を見守っていた。
≪挑戦者サイド≫
「同時に攻撃するよ、ファム!」
「え、ええ?」
未だに混乱している魔法使いに弓使いが声を掛ける。いったいあの常識外れの相手にどう攻撃するのか見当もついていないのに? といった顔だった。
「ご丁寧にあそこから動かないって言うんだ! 量で攻めるんだよ!」
そう指さす弓使いの言葉に、魔法使いも視線を向けて気づいた。
あれだけ激しく回っているように見えた相手が、本当にその場で回っていたのであろう。
最初に描いた線がほぼほぼ残っているのだった。ほぼほぼと言っても、それは相手近くに踏み込んだ剣士と格闘家の足で消えた線だと分かる。
「分かった!」
素早く集中して魔力を練り上げて水弾を用意する。水弾は魔法使いの用意できる攻撃の中ではそれほど威力の高いものではない。しかしコントロールや魔力の消費を考えると、爆裂水弾や水槍のような魔法と比べて数が多く用意できる。
その数6個。
弓使いも3本の弓をつがえて闘気を高める。
「行くよ! アーツ『チェイスアロー』!」
「水弾!」
弓使いの放った矢に並行するように闘気で作った矢が浮かび上がる。その数2倍。
矢は9本。水弾は6個。
合計15個の同時攻撃がギルド教官へと殺到する。
着弾。
今度は間違いなく水弾は当たって弾けた。闘気で作られた矢もその形態を維持できずに破裂する。芯となった実体の3本の矢はその爆発の中へと消えた。
「「やった!」」
二人して喝采を上げた。
が、魔法使いだけはふと気づいてしまった。
『やったけど――。ヤッたら不味いんじゃない? 相手は魔物じゃなくて人間なんだし』
ズッと血の気が引きかけた魔法使いの耳に信じられない声が聞こえてきた。
「――はぁ、水でビッチョリになってしまいましたね」
そこには左手で3本の矢を掴んで、右手に木刀を持ったまま髪の毛をいじっている男性の姿があった。
≪挑戦者サイドアウト≫
実体のある3本の矢を叩く様に左手でキャッチしたダンは、数の多い攻撃である水弾に関しては全身の闘気を高めて相殺したのだった。
それでも全周にはじける水弾から生じる余波の水を完全に避けることは、今のダンでは難しかったので、いくらかは甘んじて受けざるを得なかったのである。
とりあえず左手の3本の矢は山なりに放り投げて、残った剣士の少年へと向き直った。
「さあ、まだイケるでしょう? 全力で打ち込んできていいですよ」
ポカンとしていた少年も、はっと気づいて剣を構えなおした。ダンは相変わらず自身の決めた場所から動かないと分かった少年はしっかりと何かの型のように構える。
右手で刃の根元に巻かれた布部分を握り、左手も鍔の近くに添えて顔の横に構える。
それは一本の剣が大地に垂直に立つような印象を与える構えだった。
ダンも『おや?』と思ったその構え。
それはダンもよく知る構えだったからだ。
思わず聞こうか迷ったダンに少年の裂ぱくの声が気勢を制する。
「黒騎士直伝! 『ダントウ』!」
技の名前と少年の闘気を見て、生半可な防御ではいけないと感じ取ったダン。すぐさま両手で木刀を握ると、素早い自己暗示で『戦乙女の加護』を解放する直前ギリギリまでの闘気を放出、ソレを木刀へと収束させると、少年の剣へと突きを放った。
少年の全身を生かした全力の振りと、剣に込められた闘気はこの戦いの中でも一番の量だ。
ガキョンッ! と聞いたこともないような音が修練場に響き渡る。
剣を振り下ろした姿勢の少年。
上方へと突きの姿勢をしたダン。
1秒よりも長い空白の後――
コーーン! と金属質の音をたてて、修練場の床に何かが落ちた。
それはキラリと光る剣の刃。
「――参りました」
そう宣言した少年の剣は半ば程から先が無くなっていた。
スッと残心の姿勢から元へと戻った少年に、
「も、申し訳なかった~!」
ダンが思いっきり謝っていた。
≪挑戦者サイド≫
「いやいや、顔を上げてくださいよ!」
「いや、剣士の剣を折ってしまったんだ。謝るのは当然じゃないですか。鍛錬の最中とは言え、別のパーティに迷惑をかけてしまった」
格闘家の青年がようやく引いてきた腕の痛みを撫でさすりながら起き上がると、そこには自分のパーティの少年に頭を下げているギルド教官の姿があった。
『剣を折った』の言葉に視線を動かすと、少年の持っている剣が半ば程から折れてなくなっているのが見て取れた。
そういえば先程、ずいぶんと澄んだ鉄の音がしたなと思い出す。
『はて、そういえば後の2人は?』と思い視線をさらに巡らせると、何故か尻もちをついた2人の姿があった。
その2人の足元に矢が刺さっているが、弓使いが取り落としたのだろうか? 3本の矢が真っすぐに地面に刺さっているのが見える。
『……ん? 待て、教官殿は今何と言った? 別のパーティ?』
「ちょっとばかし、気を緩めすぎました……。まさか手加減を失敗してしまうなんて」
「あ~、少しよろしいかな?」
あわあわと、どうしていいか分からずオロオロとしているリーダーの少年を横に、格闘家の青年が平謝りをしている教官へと声を掛ける。
「? はい、なんでしょうか? あなたへはたぶん力加減を間違えなかったと思いましたが?」
顔を上げたその教官はどう見ても人族の若者といっていい年齢に見えた。
まあ、多少の誤差はあるだろうが、そう外れてはいないだろうと思う。
「一つ、聞きたいことがあるのだが……。よろしいだろうか?」
「えっと? ああ、鍛錬の結果ですかね? 大丈夫ですよ、皆さんよい経験を積まれてますね」
「あ、いや、そうではなくて」
「――でも竜人種なのに、その特性を出さないなんて勿体ないですよ?」
ピシリと動きが、自分の全身が強張ったのが分かった。
「――いつ気づかれた?」
自然と警戒するような声で尋ねてしまった。これでは自分から答えを言っているようなものだと、後になって冷静さを取り戻したときに気づいた。それでも問わずには要られなかった。
「ん~、最初の攻撃の時ですかね? その目と蹴った時の感触が、昔やりあった竜人種と同じでしたから、割とすぐに気づきましたよ?」
「それよりも」と木刀を緩やかに持ち上げる教官。
あまりに自然すぎる動作に、脅威を感じずに見てしまった。先ほど凄まじい技量と腕力を見せられて、その手に武器が一本でも握られていることの脅威が分かっていたにもかかわらず。
スッと上げられた木刀に闘気が伝わっていくのが良く分かる。
すると、ピシッ! と木刀の内部から音がしたかと思えば、その木刀が縦に罅が入ったのが見て取れた。
「これもそれなりには硬い木で作られてたんですけどね。思わず力が入り過ぎてしまったようです」
目で見て確認し、もう使えない状態だと判断したのか、腰に付けたポーチに木刀を差し込むと――
「マジックバッグ!?」
どう見ても差し込んだ木刀よりも小さなサイズのポーチだった。明らかに拡張収納魔法が使われているマジックバックだ。
そして木刀を全て入れ終わった手が再び出てくると、その手には黒く大きな剣が握られていた。
「さて、それじゃあ総括を――」
そこまで言った教官の言葉を遮るように、リーダーの少年がその剣に目を輝かせて叫んだ。
「黒騎士のあんちゃん!?」
そう言われた教官は、どこか遠い目をしながら言った。
「僕――兵士だったんですけどね」




