出発準備、ニアラの街を後にする
王都への手紙をギルド間通信にて送ったダンは、翌日から精力的に活動していた。
ガン、ガン、ガン!
ログハウスから距離を置いて作られた簡易鍛冶場と化した場所で、上半身裸にズボンを穿いただけの格好のダンが槌を振るって武器を打っていた。
主に槍の穂先が大量に打ち出されていく光景に一つ奇妙なものが置いてあった。それは焼き入れの水とも違うどす黒い液体が満たされた土桶があること。ちゃんとした水は別にあった。
「ダンさん、話しかけても大丈夫か?」
「ん? ファーニさん、どうかしましたか?」
そのダンの後ろで様子を見ていたファーニだが、ドワーフとしての好奇心を押さえきれずにダンへと話しかけていた。
ダンも嫌そうな顔をせずにそんなファーニへ返事をする。
「いや~、ソレってなんなのかなって。水ではないみたいだし。ちょっとドワーフの血が目を引かせたというか」
苦笑いしながらもファーニの目はその液体に興味津々といった様子だ。
「なんか鉄っぽい匂いもするし。液体みたいな金属ってあるのかい?」
ファーニの鼻が捉えたのは鉄臭さ。
ダンはあっけらかんと答えた。
「え? これ、僕の血ですけど?」
「は!?」
鍛冶をしているダンのすぐそばに置いてあったために思い至らなかったのだろう。つい最近にも大量に嗅いだことのある、血の匂いにファーニは気づかなかった。
並々と土桶に入った血は、ダンが数日掛けて貯めた自分自身の血だ。それに打ち出している穂先を浸していく。幾度かの工程の合間に、ダンの血に浸された穂先にはダンの血に含まれる闘気が浸透していた。
ファーニは血という事実に引いていたが、ダンは自身の技である『自動操り人形』の為に必要な事なので気にせず武器を作っていく。
バルバロ帝国を相手に使った『自動操り人形』であるが、実はこのアーツには1つ欠点があった。
それは闘気で作ったマーキングを越えた、全ての相手に武器が襲い掛かるという点だ。
この全てという点が厄介で、ダンから離れた闘気は条件に合った相手に問答無用で襲い掛かるのだ。それはダン自身も例外ではない。
そこでダンは自分自身の闘気を自分の武器に染み込ませて、ダンから離れてもダン自身を武器と誤認させることで、その欠点を回避していた。
兵士時代、単独行動を強いられていたダンの苦肉の策から生まれた方法であった。
ちなみに『闘気操り人形』は自分自身と闘気が離れていないので、操る武器にこういった細工をする必要はないのだが。
「まあ、僕が使う分だけしかこんなことしてませんよ? ファーニさんの剣とかも、普通に作った武器ですから僕の血が付いてたりはしませんから安心してください」
「えええ~!?」
ダンの発言にファーニが変な声を出す。ダンは『疑われてるかな?』とも思ったが、ファーニとしては『いやいや、この血の量!』と驚いていたのだが。
そんなこんなでバルバロ帝国にニアラの街が襲われてから数日が経過した。
ダン達も武器の補充や整備が終了したので、森の中から出てきてニアラの街へと来ていた。
ギルドへと至る道ではどこか陽気な雰囲気が漂ってきていた。街の危機が無くなったことによる住人達の陽気な声が聞こえてくるそれは、どこか祭りを思い出させるようだった。
「あ、ダンさん来ましたね~」
ギルドへと入ったダンを見かけてミニーが声を上げた。ギルドに居た冒険者達もダンに続く面々を見てボソボソと何かを呟いていた。
『ぶっ飛びドワーフって、どいつだ?』
『いや、それよりも破壊僧のエルフだろ?』
『いやいや、それよりもヤベー鉄塊のヤツ。俺のダチが撥ねられたって話だぜ?』
『『『それな!』』』
「……人身を撥ねた覚えはありませんが?」
「あ~、話に尾ひれとか付いたんじゃない?」
「……ウチの噂が無い気がする」
聴力の優れた入イリアが普通に耳にし、キョーコがそれにフォローを入れる。
マロンは自分の噂が無いことに落ち込んでいたが、実は陰で『ヤバイヨウジョ』と呼ばれていた。
……噂がマロンの耳に入っていたら、まさにヤバイ状態になっていたかもしれない。
「久しぶりですミニーさん」
背後で行われていた会話を気にも留めずにダンがミニーに話しかけた。
「いえいえ、この街を救ってくれた冒険者に逆に気を使ってもらっちゃって、申し訳ないです」
ややシュンとしたミニーにダンは「気にせずに」と言った。
バルバロ帝国の進軍と同時に発生した魔物行進について、ギルドが帝国の件を情報規制したことによって、ダンへの報酬が後回しになったのだ。
緊急事態とはいえ、かなりの数の冒険者へ報酬が支払われることとなり、ギルドの金庫が一時的に底をついた。その為ニアラのギルドは急いでウルスラの街へと伝令を出して、ウルスラのギルドの金庫から持ち出しを行って補填したのだ。
まあ、ダン達が高ランクの魔物素材を持ち込みすぎて、元々ニアラのギルドの金が少なくなっていたことも原因の一つであるが。
そして素材売却の売上金がニアラの街に昨日届いたのだ。これによりギルドの金庫が復活を果たした。ダンはバルザールから指定されていた今日、その報酬の受け取りに来たのだった。
「にしても今日は随分としっかりした装備ですね?」
「ええまあ」とあいまいに答えて、ダンはミニーに案内されてギルドマスター室へと移動した。
「よく来たな『英雄』さんよ」
「それは魔物行進を止めた冒険者の皆さんの事では?」
バルザールの言葉に素っ気なく返すダン。「そうかいそうかい」とバルザールも本気の言葉ではなかったのだろう、肩をすくめて話題を変える。
「とりあえずお前さんへの報酬が決まった。コイツがそうだ」
どさりと置かれる革袋。やや小さいが、『まさか?』と思い革袋へ手を伸ばすと、その口をそっと開けて中から一枚取り出した。
「あ~、白金貨ですか」
金貨よりも価値の高い白金貨。大体100金貨で1白金貨だったはず。指先に摘まみながら白金貨の表裏を見ているダン。正直、額が大きすぎる。革袋の中にもまだ何枚か入っているようだった。
「白金貨で35枚。それと金貨で数枚だな。色々と含んでその金額だ。何せウチの冒険者の命を間接的とはいえ救ってくれた恩人だしな」
「間接的に? 何のことです?」
ダンが良く分からないと首を傾げる。
「お前たちが大量に卸してくれたくれた魔物の革で作られた防具、そいつに救われたヤツラが結構居るってことだよ」
ダンは知らぬことだったが、東の森の熊だの狼だのの素材は優秀な防具となって、かつ大量に素材が出回ったので比較的初心者の冒険者でも胸の一部などが強化された鎧などが買えたらしい。それが致命傷を防いだために存命出来た冒険者がいたということだった。
「そうですか。でも結果的に、それは自分の命を守るために金を払った冒険者自身の判断では?」
「ま、俺は感謝してるんだ。素直に受け取っておけ」
「ところで」とバルザールがダンの姿を見た。いつもラフな格好のダンだが、今日は部分鎧とはいえ防具を身にまとっていたからだ。
「なんかクエスト出てたっけか?」
「いえ、ちょっと王都――ではなく、ベタルって街の先にまで行こうかと」
「は!? 街を出るってのか?」
バルザールは慌てた。ダンという優秀すぎる冒険者が居なくなるという事にそれはもう慌てた。
「いきなりどうした!? 帝国のヤツラも連チャンじゃ来ねぇだろ? 次に来たら俺だって出るぞ!」
いきなり捲し立てる様子のバルザールに「どうどう」とダンが抑えにかかる。
「俺は牛じゃねぇ!」
「何言ってるんですか? そんな理由で街を出るわけないですよ。そもそも冒険者を引き留めることは出来ないはずでしょう?」
確かに冒険者を引き留めるには理由が必要だ。ましてやダンの現在のランクはD級。中級冒険者をただギルドの戦力として引き留めるわけにはいかない。
「なら俺の推薦でA級に――」
「やめてください」
ドカリ! とダンに手刀を頭へと打ち込まれて悶絶するバルザール。
「とりあえず戻ってこないわけではないので、そういったことはやめてください」
フラフラと起き上がるバルザール。心なしか頭が凹んでいるように見える。
「――あー、今日出立するのか?」
「そうですね。道中の食料を買ってから出ようかと」
「なら昼飯時くらいまでは居るんだろ? ギルドのロビーに昼に一回顔を出せ」
「? 分かりました」
ギルドマスター室を後にしたダンは、メンバーと手分けをして食料や保存食等を街にて買い込み、昼前にはギルドへと戻ってきていた。
なにやらギルド内から視線を感じるが、まだ帰ってきていないメンバーを待つダン。そこにイリアに手を引かれたロウキが帰ってくる。
「うう、串肉が」
「すみません。屋台前で発見しました」
幼児が拗ねたような仕草のロウキ。それをしっかりと手を引いて引率してきたイリア。
どうみても外見は逆の立場にしか見えない。
「さて、ギルドに入りましょうか」
ダンが先頭でギルドへと入っていく。
瞬間、拍手で迎えられた。それも大勢の人の拍手でだ。
「は?」
「「「我らが街の勇敢な冒険者達の門出を祝って!」」」
『えんかいだぁぁぁぁ!』
ダンは一瞬『頭の中切れちゃったのかな?』と考えた。
「急遽だが食事を用意した! さあ、食っていけ!」
ロビーには多数の冒険者とギルド職員、そして一番目立つところにバルザールが居た。
「え? これから出立って――」
ダンの言葉を遮って突き出される酒。ダンは半眼になりながらも突き出された酒を受け取る。いつの間にか他のメンバーも酒を渡されていた。
「「「乾杯!」」」
有無を言わせぬ展開で乾杯させられるダン。
「――いいんですか、いただいても?」
「冒険者だったら食える時に食っとけ!」
「そうですか――」
その時のダンは目の奥が妖しく光っていたのだが、バルザールは気づかなかった。既に駆けつけ一杯ならぬフライング一杯以上を飲んでいたからだ。
「リルさん、イリア、ロウキさん。存分に食べていいらしいですよ?」
3匹の食いしん坊の目が光る。
そして荒れ狂う宴会場。
いつしか宴会場は即興の大食い大会へと変化していった。
「うあ~、頭いてぇ」
そしてバルザールが正気を取り戻したとき、その額に紙が貼られていた。
「?」と手に取り、酔った目の焦点をパチパチと調節する。
それは、かなりの額の請求書であった。
「あいつらデリバリーまで頼みやがった!」
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