暗躍する影。それをぶち壊す者達
≪・・・サイド≫
「首尾はどうかな?」
一人の男が隣に居る男へと声を掛けていた。
「我々が動いた場所は間違いなく。問題は東側ですが……。まあ、上手く行ったら儲けものといったところでしょうか。あの冒険者の男も駆け出しの発言力もないくらいでしたから」
問われた男が答える。
「とはいえ我々を裏切ることはないでしょう。なにせ裏切ったらどうなるかを自分の生まれた村で見せてやったのですから」
近くの開拓村出身の男にゴブリンを村にけしかけて壊滅させる様を見せたのだ。男は食われ、女はゴブリンに凌辱される様を見せられた男はその後従順に従ってくれた。とはいえ駆け出しの冒険者の男には、冒険者ギルドの動向や街の中の様子を調べさせることしかさせられなかったが。
「西の魔物を追い立てるのは上手くいきそうか?」
「私の可愛い蛇達がしっかりと街へと追い立ててくれていますよ。東の森は中でもより信頼のおける蛇達を送りました。街へと向かうかは賭けですが、森の中で暴れることは間違いないかと」
そう言った男の足元では1匹の蛇がチロチロと舌を出して、男に仕えるように身動き一つせずに控えていた。
「さすが『スネークマスター』と呼ばれるほどの適正の持ち主だな。ゴブリンもその調子で動かせれば、なお良かったのだが」
「それは申し訳有りません。しかしヒュプノバイパーの力で大まかには指示を出せますよ。ほぼタイミングのずれはないかと」
『スネークマスター』と呼ばれた男はテイマーだ。それも蛇にだけ特化したテイマー。『蛇神の使い』という称号の効果で、蛇系の魔物へのテイムはほぼ100%成功させる腕前だった。代わりに他の魔物へのテイムの腕はさほどは高くはなかったが。
「さて、それではそろそろ我々も行こうか」
そう言った男の背後で動き出す多数の気配。
ここはニアラの街の南。街から若干離れた森の中。そこの木々に隠れていた男達が姿を見せる。男達の姿は揃いの鎧を身に着け、剣を腰に佩き、盾を持っていた。数名は弓を持ち、中には杖を持つ者も居た。
「では行こうか。帝国の繁栄のために!」
「「「帝国の繁栄のために!」」」
そして男達はニアラの街へと進軍を始めた。
≪・・・サイドアウト≫
≪イリアサイド≫
イリアはオーラで強化された身体能力を使い東の森の拠点へと急いでいた。
途中、東門を抜ける時には一時停止したが、その後も拠点へと走っていく。
ダンは家と言うが、どう考えても練兵場か何かの施設だと思われる、ログハウスと大きな広場が広がるいつもの場所へと帰還を果たしたイリアは、そこで人の気配が少ないことに気が付いた。唯一居たその人物――これは人なのだろうか?――へと近づいて声を掛ける。
「皆様はどちらに居ますかロウキさん」
その言葉にロウキと名付けた女性がイリアに振り向く。よく見ればその足元には数匹の狼が伏せの形で居た。イリアの目の前で狼から人へと形態変化を行った不思議生物だ。イリアの中での不思議生物第3位に位置づけられる。
第1位はダン。第2位に同じく人から白狼へと変化するリルが居る。ちなみにイリアは自分自身を最下位に位置づけている。
「おうイリア殿か。ふむ、皆にはちと手伝ってもらっておる」
何をと考えたが、おそらく足元に居る狼が関わっているのだろう。
「今朝がた、ダン殿とイリア殿が出かけた後にこいつらが来ての。どうも森の中でいやらしい蛇が現れたと言うのだ。それで自分達では相手にし辛く、我へと助力を求めて訪ねてきたのだ」
そうこう言っている間に一人近づいてくる影が。いや、正確には一人と複数の低い影か。
「む、ポーラか。首尾はいかほどか?」
そういえばロウキはココに居る全員を『殿』と敬称をつけて呼ぶが、ポーラだけは気づけば敬称が外れていた。
「はい、大体の蛇さんは退治しましたよ。もうすぐ他の人達も戻ってくると思います」
そういってポーラは足元の狼達の頭を順番に撫でていく。それを「ぐぬぬ」とロウキがうめき声を出しながら見ていた。どうもロウキ的には自分よりもポーラが狼達と親し気に触れあっているのが気に食わないようだ。
ほどなくして全員が戻ってくる。その手には蛇が何匹か握られていた。
イリアは今朝街に向かう途中に出た蛇と同種の蛇のように感じた。
「ダンから皆さまに緊急の連絡があります。ニアラの街へと魔物がおよそ100匹単位で接近しているとのことで、取り急ぎ冒険者ギルドへと集まるようにと。あと武器防具は忘れずにということです」
イリアの報告を聞き、全員が急いで身支度を整えた。とはいえ森に入るために武器防具を身に着けていたので、準備は手早く済んだようだが。
それとイリアは広場の片隅のモノを見て言った。
「整備は終わっていますか?」
「ん? あ~、とりあえず動くようには出来てるよ。持ってく?」
キョーコが手にした薙刀の血を拭いながら返答してくれた。イリアが頷くとキョーコがマロンに声を掛けて、マロンの手持ちのマジッグバックにソレをしまってくれる。
ロウキが足元の狼に別れを告げて、全員の準備が整ったところでニアラの街へと移動を開始した。
≪イリアサイドアウト≫
ダンはニアラの街中を南門へと急いで向かっていた。
ドォーン! と大きな音が向かう先から聞こえてくる。ダンは進む足に更なる力を込めた。
たどり着いた南門は外壁の上も下も大変な騒ぎとなっていた。その中で門へと取り付いて内側から押さえている人の中に目当ての人物を見つける。
「マークスさん!」
「おお、ダンか。応援に来てくれたか」
「すみません。まだ事態が読めないのですが、門の向こうに何かが居るという事でしょうか?」
ダンの姿に顔を綻ばせるマークス。しかしダンは事情が読めないからここに来たのだ。まずはその確認をする。
「ああ、ただ魔物じゃない。門の向こうには軍勢が居る。旗だのは確認してないが、十中八九、帝国のヤツラだろう」
そのマークスの言葉にダンの顔が引き締まる。ダン達のいる王国の南方、そこに件の帝国が存在していた。
バルバロ帝国。
王国の領土をたびたび狙い王国へとちょっかいを掛けてくる国。全くないわけではないらしいが、半分近くが砂や岩の国土で森が少ないバルバロ帝国は、逆に緑が豊かなクロフォード王国の領土を度々狙ってきていた。
「つうか、今は俺の闘気で強化してるが、門もいつまでも持つモノじゃないぞ」
「事情は分かりました。ではここを少しの間は僕が受け持ちましょう。その間に冒険者ギルドと衛兵詰め所に連絡をしてください」
それだけ言うとダンは剣を片手にしゃがみ込んだ。そして爆発音と共にその姿が一気に消える。マークスはわずかに捉えた残像を追って視線を上へと向けた。
そこには空中を舞い、外壁を飛び越していくダンの姿があった。
「無茶苦茶だなオイ」とマークスは呆れたように言った。それよりも気になることがある。
「ギルドにも衛兵詰め所にも、どっちも向かわせた冒険者が居たはずだが?」
外壁を飛び越えたダンは門の外側へと降り立った。そこに大きな火球が迫ってくる。
右腕だけ闘気を纏わせて剣を振り、その火球を叩き切ったダンは状況を見た。
門を囲むようにグルリと円陣で包囲するように整列している兵士と思わしき軍勢。その兵士の隙間から杖を突き出している者達が数人見える。人数は100人程か。攻城兵器の類は無く破城槌なども見受けられないことから、敵は魔法兵の魔法をもって門を打ち破ろうという計画のようだ。
さすがに王都の門であれば魔法への対策もされた素材だが、ここニアラの街の門は耐久力はあれど魔法対策などされていない普通の素材だ。マークスの闘気による防御がなければ、人が通れる穴ぐらいはすでに開いていたかもしれない。
「はは、たった一人で出てきてどうするつもりかな? 降伏して開門でもしてくれるのかな?」
一人他の兵士よりも鎧の出来が違う兵士が声を掛けてくる。おそらく司令官だが、陣形から進み出てくるような阿呆ではないようだ。包囲した陣形を崩さずにダンへと声掛けが続く。
「そもそも我々のような話が出来る相手よりも、もっと難しい相手が居るんじゃないかな?」
他の門の魔物達のことも知っている口ぶりだ。
「そちらは冒険者が討伐に動いていますよ。ここにもまだ街の衛兵が集まってきます。その状況で降伏などするものでしょうか?」
そう言ったダンの言葉に指揮官の男は笑いを上げた。
「ははは! まだ衛兵が集まる? 果たしてそれはどうだろうかな? いくら衛兵といえども、食事の水が腐っていては動けまい?」
その言葉にダンの顔が険しさを帯びる。
「おっと、毒ではないよ。衛兵の詰め所の水だけ腐ってしまったのさ。我々も街自体を潰して、新たに拠点を作るのは時間がかかりすぎるからね?」
その言葉の中に『街中にも仲間が居る』と暗に告げる指揮官。とはいえ、そこまでの人員が入り込んではいないだろう。だが街の中に混乱を招くことは出来るはずだ。そして外の者達と合流して街を占拠しようというのだろう。
「……つまり、あなた方を通すわけには行かない。と」
「ふむ?……やれ。降伏の使者ではないようだ」
剣を構えたダンの姿に、指揮官は手を振り攻撃再開を告げる。弓兵と魔法兵の攻撃がダンへと目掛けて殺到した。外壁の上から弓による援護が行われたが、相手の兵士の盾に止められてしまう。
「『戦乙女の加護』解放」
ダンは右手の剣を逆手に持ち替えて地面へと振り下ろし、剣を地面へと突き刺した。
「『グランドウォール』!」
突き刺した剣から放射状に地面を広がる闘気。ある一定の距離を進んだソレが上へと炸裂すると、周りの地面も巻き込んで土の壁を作り出した。矢も火球も貫くことが出来ず勢いを失い、巻き上がった地面の土を若干爆発で吹き飛ばすだけに留まった。そして全ての攻撃を受けた後に舞い上がっていた土が落ちてくる。
「は、はは! これは凄い戦士が居たものだ。かなり上位の冒険者とみたぞ。ニアラの街には現在、そういった高位の冒険者は居なかったはずなんだがね?」
指揮官の漏らした言葉にダンは答えた。
「中級冒険者ですからね、僕は」
その言葉に相手方の兵士に動揺が広まった。
「――嘘でこちらの動揺を誘う気かな? いくら辺境の冒険者が強いと言っても、君の力は中級冒険者の戦闘力ではないだろう? ギルドの隠し玉かな?」
「……正真正銘、D級の冒険者ですが?――それはいいでしょう。それで、あなた方は引く気はないと?」
嘘つき扱いされて若干怒ったダンだが、それは置いておいて聞き返す。もちろん指揮官は首を横に振った。
「そうですか。それでは仕方ありませんね」
そういってダンは剣から手を離した。その行動に指揮官はホッと息を吐く。
「いや、驚かされたが、かなりの大技だったから闘気をだいぶ使ったのだろう? 無駄死にするよりも建設的な話を――」
「『闘気操り人形』」
腰のポーチから武器を取り出して放り投げる。
大量の剣や槍等の武器が地面すれすれで空中に浮くように止まった。
そしてダン自身が地面に突き立てた剣を掴む。それは普段掴まない剣の柄の方。左手は剣の背にあるグリップを掴んでいた。
「1つ、警告しておきましょう」
ダンが剣の柄を上に持ち上げる。すると地面に刺さった剣から細い刀身が現れ始めた。
「大人しく帝国に帰るというのであれば見逃してあげましょう。ただし、諦めないというのであれば――」
細い刀身が完全に抜き出された。
それは収まっていた剣よりもなお黒が濃い刀身だった。光も返さないような深い闇と言えるような金属で作られた刀身。
そこで相手側の兵士の数人が声を上げた。
「た、隊長、あ、アイツは!」
「――自分の命を諦めてくださいね?」
「『王国の死神』だ!」
バルバロ帝国の兵士の中で広まった一つの噂。
曰く、王国で黒い剣を持ち、背後に武器を従える兵士が居ると。
そして武力侵攻を行った際、王国軍の後方に控えたその兵士が出てきた場合、その場に居た帝国兵士はそのことごとくが惨殺されると。
唯一、逃げ出すことが出来た兵士達は口をそろえて、『あれは死神だ。出会ったら迷わず逃げろ』と言う。戦場から逃げ出した者は追ってはこないのだと。
「あれが『王国の死神』? だが作戦に敵前逃亡は許されん! 総員、攻撃態勢!」
指揮官の言葉に青い顔をしながら武器を構える兵士達。
「『死神』とはいえ相手は1人! 臆することはない! 帝国の繁栄のために!」
指揮官の言葉に兵士達の顔色が若干戻る。確かにダンは1人だ。対してこちらには隣に味方が居る。
「帝国の繁栄のために!」
「引く気はない、と」
向かってくる兵士に、ダンは静かに息を吐いた。
『王国の死神』とやらはダンには全く心当たりがなかったが、ダンはまず自分のやるべきことを見据えた。
すなわち向かってくる兵士の迎撃だ。
そしてダンと帝国兵士の戦いが始まる。




