逃走を試みた……
非常にお待たせいたしております。
もうね? 職場で面白くもない文章(書類)を書いたり、
その書いた文章を「分からない」とか「意味が通じない」とか言われるとストレスが溜まる。
文章(報告書)に要求するレベルなんて人それぞれじゃないかー!
すみません。愚痴りました。
ダンが覗き見た光景。
自分と同じ顔を持つ男が椅子に縛り付けられて、その男を囲むように女性3人が責め立てている光景。
しかも女性達の顔はどこか上気しているように頬を赤らめ、その瞳は正気を失ったかのように爛々と輝いている。
そんな3人に責め立てられて、「ぎゃああああああ」と絶叫を上げている男に、しかし逃げる術はない。
「……うん。見なかったことにしよう」
ダンは目の前の光景を一人胸の内に仕舞い、その場を後にしようと窓枠から下りようとした。
「――何者だッ!」
そう、声を掛けられなければ。
部屋の中に居た女性達がこちらを振り向こうとする気配を感じたダンは、パッと窓枠から手を放すと細心の注意を払い音もなく地面に飛び降り、誰何の声を上げた不届き者の口封じを考えてその人物の方向へ顔を向ける。
そこには簡易な胸当てと剣と盾を装備したダンと同じくらいの年齢の男が立っており――
「――シン、なのか?」
「? たい、ちょう? 隊長なので――!!」
急に大声を上げようとした顔見知りの男――シンの口を瞬間移動したかと思えるほどの速度で塞ぐダン。
「んんん~!?(隊長~!?)」
「大声を出すなシン。……この建物内に、危険な精神異常を引き起こす何かが仕掛けられている可能性が非常に高い。既に中に居る人物たちはもう……」
ダンの言葉に暴れていたシンの動きが弱まる。
ダンに「落ち着いたか?」と聞かれて頷くシンを信用し、ダンはその口元にやった手を下ろしてシンを解放する。
「見て……、しまったんですね、隊長?」
「ああ。皆、常軌を逸しているようだった……」
「それはよく分かります」
シンが食い気味にダンの言葉に反応する。おそらくシンもどう対処していいのか判断がつかないのだろう。ダンですら見なかった事することに先程判断を決めたところだった。
だがその判断を下したタイミングでは、ダンが発見、もしくは誰か分からないが目撃者が居たと、中の人物たちに判断されていてもおかしくない状況であった。
「ひとまずこの場を離れよう――」
ダンの言葉の途中で、バガンッ! とダンから見てシンが先程までいた辺りの扉が蹴り破られると、中から出てきたのは先程まで部屋の中に居た女性の1人であった。それは――
「あ、アリア、か?」
ダンも良く知る女剣士。普段は肩口辺りまで伸ばした髪を頭の後ろで括り、手甲や脚甲、部分鎧を身に着けた必要最低限の防具で出来得る限りの軽装をしたその姿は、間違いなくダンの良く知る相手である。
主武装であるいつも腰に下げていた2本の剣は身に付けてはいないようだが、ダンが教えた格闘術を忘れていなければ街中の戦いで後れを取ることはまず無いだろう。
その目が狂気を宿していなければ。
ダンの声掛けにグリン! とダンの方へ顔を向けたその顔を紐で括っていない髪が半分覆う。
「――タイチョウダァ!?」
「――!」
思わず喉の奥から声が出そうになったダンは口の中の唾と一緒に言葉を飲み込むと、「走れシン!」シンに声を掛けて踵を返そうとする。
だがチラリと見たシンの顔は驚愕に染まり、その上向きの視線が動くことはなかった。
慌てて顔を上げたダンが見たものは、先程室内を覗くためにダンが掴まっていた窓から突き出ている両足だった。
その両足は器用に窓の隙間から出てくると、ズルリと地面に向かって落ちてくる。当然、上半身を伴って。
「さ、サーシャ」
猫獣人を思わせるような身軽さと柔軟性を見せて地面に降り立ったその人物の耳は人種と同じように横に付いている。差異があるとすれば、その耳は尖っていることが挙げられるだろう。
「ね、姉ちゃん」
シンが漏らした言葉通り、その人物はシンの姉。
女弓兵であるサーシャは、父親であるエルフの血が色濃く出たエルフ寄りのハーフである。逆にシンは母親の人種の血が濃く出た姉弟だ。
こちらも主武装である弓を持っていないが、先程のような小さな窓を通り抜ける際に、引っかかるとして部屋の中に置いてきた可能性が極めて高い。
「――タイ、チョウ?」
ダンの記憶にある限りでは普段から無口ではあったが、こんな闇を宿した目をしている人物ではなかったはずなのだが……。
ともかく前方――逃げる方向を塞がれて、後方も抑えられてしまった。
「~~仕方ない! 無力化するぞシン!」
身内である相手に全力を出す訳にはいかず、尚且つ今は変装した(風呂に入りに来ただけ)恰好だ。
徒手空拳で相手を制圧する構えを見せるダン。
その背中を守るようにシンも背中合わせに――!?
「すみません隊長!」
脇の下から腕を回されて両腕を封じられるダン。
「まさかシンも精神異常攻撃に晒されて――?!」
「俺は――、姉ちゃんを裏切れないっす!」
「……なんて?」
「――よくやったシン! 今のタイミングで隊長を逃したら、後で折檻するところだったぞ?」
「おい、シン?」
ダンの声に回している腕がビクリと震える。が、解けることはない。
ダンが全力を出せばシンの腕をもぎ取る事も可能ではあったが、どうにも状況が分からずに困惑していた。
だが、何となく分かったこともある。
「もしかして――、アレって正気なのか?」
ダンの問いかけに返答は無いが、背後でシンが小さく首を縦に振るのが感じられる。
そうこうしているうちに、ダンの両腕をアリアとサーシャがギュッとしがみ付く様に抑え込む。
それもダンが全力を出せば――以下同文。
下手に抵抗して怪我をさせたくはないダンの身体は、2人によってズルズルと開け放たれた扉の方向へと引きずられる。
「――隊長の尊い犠牲に敬礼!」
「シィィィィィィン!?」
扉の中には入らないシンがダンを見送る。
「――――アトデ、オボエテオケヨ?」
シンの背筋を冷やす地獄の底からの様な言葉を投げかけて、ダンと2人の女性が建物へと姿を消していった。




