脅威出現の報を受ける
全身に擦り傷を作り、右腕は関節ではない箇所で曲がっている獣人女性は、体力が付きかけているのか息も絶え絶えに「助けてくれ、助けて」と繰り返し言っている。
「ウェンディ、リル。彼女を」
「エミリー」
短い言葉でダンとルフが言うと、ウェンディとリルとエミリーが素早く獣人女性に近づいて、とりあえずギルドホールの床に座らせた。
「清浄なる水よ、この身を清めよ。『アクアクリーン』!」
「骨は……出ていませんね。すみませんがダンさん、添え木になるものを貸していただけませんか?」
ウェンディが水魔法で獣人女性の身を清めて、エミリーが妙な箇所で曲がった腕を診察して内部骨折と判断。ダンへ添え木に使えそうなものを要求しつつ、出来るだけ痛みが無いように注意して腕を本来の位置に戻した。
「ああああ!」
やはり痛みがあったため獣人女性が暴れようとしたが、すでに背後からしっかりとリルに抱えられているので大して動くことは出来なかった。
この辺りでギルド職員が獣人女性に近づいてくる。
「あ、あなたは獣人3姉妹のミカさん? いったいどうしたんですか!?」
どうやら顔が知られた冒険者の様だ。先程からの一連の様子を見ているので、そのミカという獣人女性を治療している様子の3人を制止することなくミカへと質問をする。
ここに着いてから頻りに「助けて」と連呼しているのだ。何か不測の事態が起きたとギルド職員が判断しても不思議ではない。
「た、たすけ、を」
しかし震える体と焦点の合わない瞳は、あと少しの切っ掛けがあればそのまま気を失うのでは? と思わせるような状態であった。
「ふむ。クローディアさん、気付け薬持ってましたよね?」
「え。持ってるけど?……まさか、アレを齧らせるの!?」
ダンは以前、クローディアが父親から教えて貰った気付け薬の存在を教えて貰ったことがあった。それは狩人が数日に渡って獲物を追いかける時、ここぞという時に眠気覚ましとして使う強烈な味と爽快感のある香りを放つ薬草の葉の事であった。
クローディアはそれを以前からの習慣に従い、定期的にその薬草の葉を採取していたのだ。
気付けとして使うくらいに強烈なものなのだ。クローディアもさすがに他人への使用には躊躇するくらいには。
「しかし、ここで気を失ってはせっかくの彼女の頑張りが『無』になってしまう可能性がありますからね。必要な事を聞き出す間だけ頑張ってもらいましょう」
確かに。とダンの提案は合理的な気がしたクローディアは自分の腰に付けた袋から数枚の葉っぱを取り出した。それを指先で強く折り曲げて獣人女性の鼻先に近づける。
「? フハッ!?」
折り曲げられた葉っぱから漂ってきた匂いに、女性獣人がむせるような咳を吐いた。
咳き込む獣人女性にクローディアが近づいて言い聞かせる様に言う。
「きついかもしれないけど、この葉っぱを噛んで。しっかり起きて、あなたが伝えたいことを話して?」
何が起こっているか分かっていない頭で、それでもクローディアの言葉に気を取り直したのかすぐさまクローディアの手に乗っている葉っぱを口に含んで――
「ブッフォ!?」
あまりに強烈な味と匂いが獣人の鋭すぎる感覚に襲い掛かった。
しかしそのおかげで獣人女性の目の焦点は一か所に定まってきた。
「ここ、は?」
「冒険者ギルドです。あなたはギルドまで到着したんですよ」
正面から声を掛けてきたダンに言われて、獣人女性の顔がハッとしたように意識を取り戻して言った。
「そうだ! 姉ちゃん達を助けてくれよ!!」
そういってダンの服を必死になって掴む獣人女性。先ほどギルド職員が言っていた通りならば3姉妹と言っていたから、この女性は末の妹なのだろう。
「落ち着いて。その場所と状況を伝えてもらえますか?」
ダンの声と揺らがない目力を受けて、獣人女性は冷静になったのだろう。自身の記憶を思い出すようにハッキリと答え始めた。
「始めはギルドからの依頼で近くに出来たオークの集落へ調査偵察に向かったんだ。ここから2日は進む距離の森の中。あたし達はそこで目的の集落を発見したんだ。でも、そこにはオークは居たけどもっとヤバい奴が居たんだ!」
「ヤバい奴?」
「オーガだよ! 硬そうな緑の皮膚に角。おまけにその身体のデカさから言ったら、あれは間違いなくオーガだった!」
『オーガ』という単語にギルド内のざわめきが大きくなる。
オーガ。
大鬼とも呼ばれる魔物で、その巨大かつ筋肉質の体から繰り出される攻撃は生半可な鎧を軽々と叩き潰し、さらに食欲旺盛な性格はあらゆる生物を捕食する。だが――
「リーダー格だろうオーガが指示を出して、バカ頭なはずのオーク共が連携してきて、あたしたちは囲まれちまって、姉ちゃん達があたしだけ退路を確保してくれたから何とか逃げてこれたんだけど、その代わりに姉ちゃん達はオーク共に連れ去られちまったんだ」
「……オーガが居たのにその場で食われなかった、と? もしかするとその個体は――」
「あたしが嘘をついてるっていうのかッ!?」
ダンの口ぶりに疑われていると思ったのか激高する獣人女性に、ダンはそっと肩に手を置いて落ち着かせようとする。
軽く添えられたように置かれたダンの手は、しかし鉄で出来た置物かと思うほどに獣人女性の体を押さえる。どうあってもダンに近寄れないと、諦めたように相手の体から力が抜けたことを確認したダンが告げる。
「――あくまで可能性の一つですが、そのオーガはゴブリンの進化個体の可能性があります」
大鬼。
ゴブリンを小鬼と表記するように、オーガは起源をゴブリンだと提唱する魔物学者が居る。
長い年月を掛けずとも魔物は個体によって種族進化を果たすのである。それはその個体の生活によって変わるので定かではないが、魔物が進化を果たす条件として一番に挙げられるのが――
「格上の相手を倒し食らう。大物殺しを達成した個体、か?」
いつの間にやらホールに来ていたギルドマスターの初老の男性がダンの予想と同じ結論を言った。
「オーガから生まれたオーガなら『連れ去る』なんてしません。間違いなくその場で獲物を食おうとするはずです。そもそもオークを率いるオーガなんて、間違いなくゴブリンからの進化個体ですよ。なにせ純粋種のオーガなら、オークは食料として見るでしょうからね」
それほどオーガの食欲は凄まじいのだ。
腹が減れば動物や魔物を分け隔てることなく、全てを『動く食べ物』と認識するような魔物なのだ。
何代も世代を重ねて、ごく稀にストイックな生活をするオーガの集落が魔人化を果たして『鬼人』と呼ばれる種族になることもあるが、その他ほとんどのオーガの思考は『腹が減った、潰して、食う』みたいな至極単純なものが基本行動となる。
「となると、あなたのお姉さんたちの身に危険が迫ってますね」
「? どういう、事だ?」
「あー、そのですねー」
「元がゴブリンなら、あなたのお姉さん達は間違いなく、孕まされるわね」
ダンが言いにくそうにしていると、キョーコがバッサリと言った。
「は、孕まされるって!」
キョーコの言葉を聞いた獣人女性が顔を青白くさせる。
「あー、それもあるんですけどね。オーガの場合はもっとヤバイんですよキョーコさん」
キョーコがバッサリと言ったからか、ダンが重い口を開けて更なる爆弾を投下した。
「ゴブリンでもオーガでも、魔物が胎児となるには魔素がある程度の量が集まらないと出来ないのですが、オーガだと胎児が出来るまでゴブリンよりも日数は掛かるのですけどね……。ゴブリンの大きさは大体このぐらいですが」
そう言ってダンが腰から胸くらいまでを手で表す。
「オーガは――」
武器ポーチから鞘を抜き出すと頭上へと掲げる。
「最低でもこの大きさぐらいはあるんですよ」
「え?……難産になるってこと?」
いまいちダンの説明にピンとこないキョーコがそう聞いた。それにダンは首を横に振る。
「つまり胎児もそれくらいに大きくなるんです。だいたいオーガと同じくらいの体格がない母体は、全員、腹を食い破られて出てくるんですよ」
ダンの言葉に「うげぇ」という顔をしたキョーコ。だが何かに気づいたのかダンへと聞き返す。
「なにその『えいりあん』みたいなの。――ちょっと待って? 食い破るってお腹を? そんなことされたらオーガを孕んだ女性は――」
「そうなったら全員、『死』あるのみですね」
ダンが「攫われた獣人女性の身に危険が迫っている」という発言はその危険を示唆したものだ。
「猶予はどれくらいあるのだ?」
ギルドマスターに問いかけられたダンもさすがに首を横に振る。
「さすがに何時間、何日とは……。出来る限り早く助け出し、場合によっては治療をするしか方法はありませんね」
ダンもそう多くはない経験だが、それでもオーガに腹を食い破られた女性が事切れている場面に遭遇したことがある。つまり生まれたら終わりなのだ。
問題は初めから最後まで立ち会っていたわけではないので具体的な時間などは分からない事。というかそんな非人道的な実験をした人間などダンが知る限り居ない。
「しかしオーガ相手となるとAランクの冒険者パーティを派遣する必要があるが、今はこの街にそこまでの高位の冒険者は居らん」
ギルドマスターは腕を組み考え始める。近隣街や王都のギルドへ連絡をしてAランク冒険者を派遣してもらうか? しかしギルドマスターも話ではオーガに孕まされて死んだ女性が居るのは耳にしている。となれば時間的な猶予もそこまであるわけではない。
「どうするべきか……」
悩むギルドマスターに声を掛ける人物が居た。
「ギルマス! それなら#彼ら__・__#がうってつけですよ!」
先程、ダンとアレックスの模擬戦を見ていた試験官だ。
試験官はアレックスと戦闘能力の試験をしてその実力を実感していたし、その自分よりも格上と思える腕前のアレックスを更に上回るダンを推挙していた。
「ん? レッグスか。お主はそこのダンと試験をしたんだったか?」
「いえ。ですが彼の仲間達も含めて、全員が闘気の操作を習得しているようですし、なによりも自分と試験をした彼よりも実力が上なのはこの目で確認しました。間違いなく戦闘能力だけを評価したらAか更に上のSランク冒険者と同等と見ます」
そう言って試験の評価をギルドマスターへと差し出すレッグス試験官。それはアレックスの評価を書いた紙で、『最低でもBランク相当』と評価が記載されている。
ちなみに余談だが、最初にダンを評価したニアラの街ギルドマスターのバルザールは、ダンの放った闘気の量にビビり過ぎて評価をつけ忘れていたりする。まあ試験の評価はその街のギルド内での『あくまでも仮』に評価したものなので重要視されることはないのだが。
ギルドマスターは魔法が得意な代わりに自分では闘気に関してはからっきしなので、ギルド職員としてレッグスの試験官としての意見を軽視することは無かった。
「しかし、そこのダンは一応『ダンジョン踏破』の確認を先程言い渡したばかりなのだが」
「ああ。そういえばそんなことを言われてましたね」
ダンが思い出したとばかりに手を叩く。2、3日は街に居てくれと先ほどギルドマスターの部屋で言われたばかりだった。
「しかしオーガ相手に戦力を減らすのは得策ではないかと!」
「う~ん。だがなぁ……」
強い人材は派遣したいが、しかし虚偽報告の可能性もある人物をどうしたもんかと板挟みになるギルドマスターにダンは首から下げているものを渡した。
「それじゃあ僕の冒険者カードを置いていきますよ。虚偽報告でしたらそのまま除名処分なり何なりとしてください」
ポンと軽い感じでカード渡すダンに、ギルドマスターもレッグスも唖然としてしまう。何せ冒険者の身分保障を兼ねるものなのだ。普通の冒険者は最後の最後まで出し渋る物である。
それをあっさりと他人に預けるダンの行動に、どう反応してよいか分からなくなってしまったのだ。
「よ、良いのか? そんなにあっさりとカードを預けてしまって?」
「まあ、僕の身代わりとしては心許ないかもしれませんが……。あ、だからといって預けてあるお金は勝手に引き出さないで下さいね?」
そう言うとダンは仲間達に指示を出し始めた。
「さて休憩はひとまず先延ばしにして、この方のお姉さん達を救いに行くとしますか。とりあえず食料、保存食、水を確保しましょう。ルフさん達は装備を調達してきてください。僕は周辺の情報をギルドで集めておきます。それでは1時間後に集合としましょう。よろしく頼みます!」
そう言ってダンは散らばる仲間達からイリアとキョーコ、ロマリアを捕まえて待ったを掛ける。
「我々に何か用でしょうか?」
そうダンへと問いかけるイリアに、ダンは同じように散らばる前にマロンから借り受けたマジックバッグを手にして振り返る。
「ええ。おおよそは分かりましたが、やはり現地への案内をしてもらった方が早く到着出来ますからね。でもさすがに自分で歩いて向かうのは難しいでしょうから、皆さんの力をお借りしたいな。と」
にっこりと笑うダンにイリアやキョーコだけでなく、まだ付き合いの短いロマリアもその身を震わせる何かを感じ取って揃って顔を見合わせた。




