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第5話「初陣」

 異世界に来てから一週間たったある昼下がり、俺は師匠の下でーーーーーーーー死にかけていた。

なーんでこんな事になっているのか、それは一週間前の俺が師匠に「魔王を倒す」なんて馬鹿げた戯言を口からポロリしちまったからだ。


 どうやら何の変哲もない男子学生が倒せるほど魔王は弱い訳ではないらしく、魔王を倒せる可能性のある数少ない人物である師匠が稽古をつけてくれることになった。


 稽古の内容と言えば、俺専用に作られた武器での素振り、木刀を使った師匠との戦闘、その二つが終わった後に武器を持ったまま山の中へ入り、ひたすら走りながら師匠と戦う、といったものだった。


 これがまぁキツイ。

最初は山の中を走るだけ、とタカをくくっていたが武器を持ったまま走った事なんて無いしランニング中に誰かと戦った事も無い。もちろん、前の二つも辛いけどなんだかんだこれが一番嫌いだ。


「お疲れさんアキ」

そういいながらこちらに手を伸ばしてひっくり返っていた俺を引き上げてくれた師匠の顔には、汗一つ浮かんでいなかった。


「...格が違ぇなぁ。」

前を歩く師匠の背中に届かぬよう、小さく呟いた時だった。


 不意に師匠がこちらを振り向いた、とてつもない程満面の笑みで。

 あ、まずい。この稽古内容を伝えてきた時と同じ顔してやがる。


「アキ、明日から実戦も織り交ぜていくぞ。」


 ほーら見ろ。とんでもねーことぬかしやがったよこの戦闘狂。


「今何か失礼なこと考えたな?」

「いやいや全然、これっぽちも考えて無いっすよ。」

いやに勘の鋭い師匠を口八丁で誤魔化して、ついでに愛想笑いを振りまいておいた。

もしも心中がばれたら今からもう1セット追加なんて地獄も考えられる。明日から実戦も入るのにそんなことされたら今度こそ本当に死んじまう。


 それにしても実戦か...まだ少ししか経ってないのにいきなり過ぎないか?俺死んだりしないよな?

師匠に聞いてみたかったが師匠はもうルンルン気分だ。あの様子じゃ何を聞いてもまともな返答はしてもらえない、


 この期間で一番強くなったのは観察眼に違いない、そう確信した俺は沈みかけた太陽に背を向け帰路を急いだ。




ーーー翌朝、日が昇るのとほぼ同時に目を覚ました。

早起きの習慣はこっちに来てから師匠に付けられたが、今日はそれとは無関係に起きた。多分、今日の実戦に緊張しているからだと思う。


「いよいよか...」

誰に告げる訳でもなく呟いたその言葉は、朝の静寂に飲み込まれた。


 初めて感じる類の不安、高校受験の時に感じたものとは比べ物にもならない。

あんまりにも重すぎる不安に潰されそうになるけど、ここまで来たらもうやるしかない。

生き返る為に必要なステップだし、そして魔物に苦しめられてる人達の為にも。


 昨夜の夕食時に、師匠から魔物の悪行を聞かされた。勿論あれは人間サイドの意見だからそのまま鵜呑みにする訳にはいかない。真相を見た訳でもないのに妄信する訳にもいかないし。

 でも、もし師匠の言葉に嘘偽りがなかったら...


 誰かが止めなきゃならない。

そう気合を入れ、隣で寝ている師匠を起こさないように服と装備に手を伸ばした。

こっちに来た際に着ていたジャージも中々動きやすかったけど半袖短パンなのが少し...いや大分痛い。

結局、買って貰ったTHE冒険者みたいな服を身に纏い、自分の武器である山刀の確認を済ませる。


 よし、刃こぼれもガタツキも全くない、これだったら魔物の討伐に支障は出ないだろう。

そして最後に薬草や包帯等の医薬品、これら一つの内でも蔑ろにすれば地獄を見る、口酸っぱく注意してきた師匠の言いつけを守り、一つ一つ丁寧に点検する。......うん、これなら大丈夫。医薬品のどれにも異常は見られなかった。

あとは師匠を起こすだけ、そう思って振りかえった時にはもう師匠は自分の準備を始めていた。


「おはようございます師匠。」

「おう、いよいよ今日だな。ま、気張らずに行けよ?」

俺がついてる、そう笑う師匠はどこまでも頼りがいがあった。


「自分が強くなる為のステップですから、師匠に頼り切るつもりはないっすよ。」

全力を出し切るだけっす。そうつけ足して家の扉を開ける。東の空に輝く太陽は、いつも通りに眩しかった。


「行くぞアキ、しっかりついてこいよ?」

そう言いながら師匠はまだ静かな獣道を猛スピードで駆けだす。

振り切られない様に、俺も全速力で駈け出した。



家を出てから30分程経っただろうか、俺と師匠は目的地で悲惨な光景を目にした。

半壊した家々に体に傷を負った多くの男性、辺りには一人で泣く子供の声がこだましていた。


「一足遅かったな...」

その声は現状への嘆きか、それとも自身への失望か、怒気をはらんだ声で師匠は呟いた。


 あまりにも酷い現状に俺は息をするのも忘れた。話には聞いていたけどここまで酷いなんて...


「とりあえず救助をしよう、それと同時進行で被害の確認だ、急げ。」

その一言で半放心状態だった俺の体は動きだした。ショルダーポーチから傷薬と包帯を取り出し、怪我人の元へと走り寄る。


 怪我人への処置をしていたその時に、ある一つの事に気がついた。


「すいません、ここに女性の方って...」

そう聞いた時だった、処置を受けていた30代位の男性が泣きだしたのは。

「あいつらが、オークが皆連れて行ったんだ。俺の、俺の妻まで...」

そこまで言うと彼は俯きながら激しく泣いた。

 時折、「畜生」と声にならない声で呟きながら。


 なんて言って慰めればいいか、なんて声をかけたらいいのか、決めあぐねていたその時だった。


「落ち着いてくれ旦那」

他の怪我人の処置を終えたであろう師匠が声を発したのは。


「現状を見るに、奴等が去ってから時間は経っていないだろう?それにあっちは人を運んでいる、すぐに追いつけるさ。」

「...本当ですか?」

「冗談は好きだが嘘は嫌いなたちでね。」

 それに、と付け加えて師匠はこちらを向いた。

「こっちには頼りになる愛弟子もいる。大丈夫、奴等に今日の昼飯は食わせんよ。」

 その言葉を聞いて、彼は俺の顔を見て来た。藁にもすがるような目をしながら。

こんな目を向けられちゃあもう迷う事は出来ない。


「この村の女性、全員引き取ってくるっす。だから安心して待ってて下さい。」

この人たちを見て、悲惨すぎる状況を聞いて、覚悟は決まった。


「行きましょう師匠。」

そう短く呟いて、北に続く道を睨んだ。車輪の跡と多くの足跡、この道を通ったのは間違いなさそうだ。


 一回だけ息を大きく吸い、全速力で駈け出す。

急げ、一秒でも早くあの村に住む人たちを全員笑顔にする為に。




 出処の分からない使命感は俺の足をさらに早くした。



村を出て10分も経たない内に、師匠が突然叫んだ。

「近いな...気をつけろアキ!」

その言葉に一瞬武者震いをしたが気を持ち直して走り続けーーーー



 いた、猪の様な頭をした小柄な男が30人程、その前方には女の人を乗せた荷車が見える。


「あいつらだ...!」

並走していた師匠が怒気の孕んだ声を出した。

師匠が腰の刀を抜くのとほぼ同時に、俺も自分の山刀を抜いた。

奴等はまだこっちに気付いていないだろう。叩くなら、今しかない。


 師匠がスピードを上げ、奴等の前に回り込んだ。当然、後ろの退路は俺が断っている。


「何者だお前ら!」

こちらを威圧するような、汚い声が鼓膜を叩いた。いつもなら少しはビビるだろうが、今は少しも気にならなかった。


「お前らこそ何様だ?誰も傷つけず穏やかに暮らしてた村人攫いやがって。」

ふざけるのは顔面だけにしろよ。短く吐き捨てる師匠の声には怒気と憎しみが混在していた。


「こんな山辺に住んでるんだ、このくらいは覚悟しとけよ。」

そう吐き捨てたオークを擁護する様に、奴等は下卑た笑い声をあげた。


「...申し訳ないとか思わないのかよ?お前らになんも悪い事してない人達傷つけて、罪悪感とか湧かねーのかよ?」今度は俺が奴等に聞く番だった。分かり切っていたけど、それでももしかしたらって思ったから。


 でも、俺の淡い願い...いや、甘い願いはたった一言で打ち消された。


「思う訳ねーだろ」

奴等の内の誰が吐いた言葉かは分からなかったけど、下卑た笑い声が止まなかったから、それに反対する奴がいないってことは理解した。


「アキ、もういいな?」

師匠が今日イチ怒気をはらんだ声で聞いてきた。

「はい師匠。いつでも行けます。」

「良い返事だ、今朝も言ったが」

しっかりついてこいよ。そう言い終える前に師匠はオークを5.6体吹っ飛ばした。


 その光景を見て奴等は目を剥いていた、まさかこんな奴がいるなんてと言わんばかりに。

慌てて戦闘威勢に入る者、硬直したままの者、中には笛を吹いていた者もいた。多分だけど増援か何かを呼んでいたんだろう、トラックのエンジン音みたいな音色だった。


 さて、次は俺の番だ。

まずは荷車の周りにいる4体のオーク達。奴等を倒せば女の人の救出もしやすくなる。師匠に気を取られている奴等には大きすぎる隙があった。


 まずは、一番近くにいたオークに一撃を叩きこんで、それで奴等はようやく俺に気ついた。


 6つの血走った目玉が俺を捉えて離さない。けど、それはこっちも同じだ。

あんな事をする奴等を許してはおけない。一秒でも早くあの人たちを助けろ、自分に言い聞かせながら刀を握る力を強めた。





 誰が合図をした訳でもないが俺と奴等は同時に動き出した。

前から1対、左右から1体ずつ真っ直ぐに突っ込んできた。


「吹っ飛びやがれお前ら!!」

力の限り叫びながら向かって右のオークの懐に潜り込み、刀を思いっ切り右に振る。だが、オークは反応し、すんでの所でそれを防いだ。


 金属同士がぶつかる音が鼓膜に響く。

続いて2撃目、3撃目を繰り出したかったが他の2体が近いので一旦仕切りなおす。


(今ので決めたかったんだけどなぁ)

だけど、悔んだとしても意味なんて無い。新しく戦法を考えるだけだ。

 さてどうするか、なんて考えていた時に、オーク同士が短く目配せをするのが見えた。


 何か来る、そう身構えた時にはさっき斬り合ったオークが突っ込んできた。

剣を叩きつけるような攻撃を防ぎ、2.3回打ち合って気付いた。


 いつの間にか他の2体が俺の背後に回っている事に。


「やられたな」

おそらくさっきのは様子見で本命はこっちだったんだろう。

...いや、さっきのも一応は本命で急に作戦を変更したのかもしれない。

 だったら付け入る隙はある...らしい、師匠曰く。


(...その隙をつけるかは分からんけどやってみる価値はあるよな)

半分神頼みに近い感覚で俺はまた正面のオークに突っ込んだ。奴は今度は上から振り下すのではなく、剣を大きく左に振り払った。

 すんでの所でそれを避け、奴の左に回って振りかえり様に胴体に攻撃を入れて吹き飛ばす。


これであと2体、そう思い刀を握りなおした時だった。


「逃げろー!アキ!!」

師匠の叫び声を聞いたのは。


一体何が、状況を確認する為に後ろを振り向いた時だった。









  目が6つある化け物が、拳を振り上げていたのは。



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