第4話 「不安の始まり」
「ここはグロウス帝国、ここいらじゃ一番栄えている大国だ。まぁ、近隣に魔王って奴が居座っている事に目を瞑れば良い国だよ。」
山上さんは大きな背中を揺らして歩きながら、この国について大まかに説明をしてくれた。
ハルの言うとおりどおやらこの世界には魔王がいるらしい。
「山上さん、その魔王ってどんな奴なんですか?」
「恐ろしい奴だよ。俺があと2,3人いても勝てないくらい強え。そんな化物だ。」
聞かなきゃよかったこんなこと
あの化け物2対を1秒足らずで倒したこの人にここまで言わせるんだ、恐らくとんでもなく強いんだろう。
そして俺はそんなとんでもない奴に喧嘩を吹っ掛けなければいけないらしい。
(とんでもない事に首突っ込んじまったなぁ)
そう後悔している最中だった。
不意に山上さんが振り返った。
「なぁ彰、これから二人で暮らすんだ。そんな他人行儀な呼び方やめろ。鳥肌が立つだろうが。」
少し照れくさそうに頭の後ろを掻きながら呟く。
あの化け物に襲われてから、俺は色んな質問をされた。
その中で「寄る辺はあるのか」と聞かれ、咄嗟に無いと答えた俺に山上さんはノータイムで自分の家に住まないか、と持ちかけて来た。
ぶっちゃけ最初は疑った。
何で初対面の俺に優しく出来るのかが分からなかったから。
でもよくよく考えたら俺を攫っても何にもならない事は考えれば分かるだろうから裏はないんだろうな。
と、結論付けてお世話になる事にした。
それにしても他の呼び方か...
つっても年上の人間の呼び方なんて先輩か先生か監督の三択だったから、いきなり言われても思いつかない。
「師匠とかどうですか?」
大分投げやり気味に提案してみると、山上さんは思いのほか気に入ったようだった。
なんか、俺の回り呼び方を気にする奴等ばっかだな。
「ところで師匠、俺たち一体何処に向かってるんすか?」
さっきからずっと気になってた事を聞いてみる。
もうかれこれ30分近く歩いてるのに行き先が分からないのは、野球部時代の終わりを教えてもらえない走りこみを思い出すのでやめて欲しい。
長距離を移動するのは勿論辛いけど、終わりが見えないのはその何倍も辛い。
(目的地が近場だったら助かるんだけどなぁ)
そんな俺の願いが通じたのか、はたまた偶然か、師匠は不意に足を止めた。
正面に見えるのは2.3階建ての立派な建物。
ドーム状の屋根はどことなく、インドのタ―ジ・マハルを彷彿とさせる。
「ここが目的地の帝国ギルドだ。」
なるほど、ここがギルドなのか。
「じゃあ師匠はこれから依頼を受けたりするんですか?」
いや、と師匠は首を横に振りそれを否定した。
「もう依頼は終わったからその報告に来ただけだ。」
あぁ、確かに。
ゲームとかじゃ明確な描写はないけど、依頼が終わったら自動的に報酬がもらえるなんてありえないもんな。
今日は久方ぶりに贅沢が出来る。なんて舌舐めずりをしながら歩く師匠の背に続き、俺もギルドの扉をくぐった。
ギルドの中には、様々な張り紙が貼られた掲示板や、バーカウンターと10数個の机と椅子。そして中央には受付のような場所があった。
ゲームで見るのとなんら変わらない、ごくごく普通のギルドだ。
まさか本物のギルドに入れるなんてな...
オタクなら誰もが望むであろうこの状況を、目一杯享受したかったけど一つ気になる事があった。
人の視線だ。
室内に誰かが入ってきたら少しは視線を移すかもしれないが、これはどう考えても異常だ。
チラっとなんてレベルじゃない。体に穴が開くんじゃないかと思う程の目力を、前後左右360°全方位から感じる。
(こんなに睨まれるようなことしたっけ?)
10秒くらい考えても答えが出ないので、もう考えるのはやめよう。
20人程の熱烈な視線を一身に受けながら、俺は師匠の背を追った。
師匠はどうやら中央部の受付に用があったらしく、俺と背丈がさほど変わらない受付嬢に声をかけた。
「依頼コード青の17、達成したぜ。」
そう言いながら腰につけていたバックから、なにやら青い石を取りだした。
それを見た瞬間、その受付嬢だけではなく周りの群衆まで歓声を上げた。
どうやらあれはそんなに凄いものらしい。
...あぁそうか、ここでようやく合点がいった。
こんな凄い事を成し遂げる師匠の関係者って事で俺はこんなに注目されてたのか。
それならあの視線もうなづける。自分一人でそう結論づけながら歓声と狂喜の渦中にいる師匠を遠目に眺め、これからの事を考える。
俺に、あの人の弟子って務まんのかな...。