第3話「冷蔵庫によく似た人体」
pixivにも投稿出来たらいなぁ。
いくらなんでも田舎すぎだろ。
異世界転生後に出て来た感想はまずそれだった。
一面に広がる木々にどこからともなく聞こえる小川のせせらぎ。目の前には絶滅危惧種に認定されている鳥が毛づくろいをしている真っ最中だ。
「まさか俺の村を超える田舎があるなんてな。」
軽い感動を覚えてそう呟いたその瞬間、後ろから、嫌な気配がした。
猿か猪かそれとも熊か、なんにせよ正体が分からない内は対処のしようがない。
後ろにいるそれを刺激しないよう、慌てずゆっくりと振り返る。
俺の背後を取っていた正体は、目が5,6個ある口が耳まで裂けている化け物だった。
OK落ち着け俺の脚、そんなに震えなくてもいじゃないか。こんな奴同級の石原に比べたら全然怖くないだろ?
それに見た目で人(?)を判断するのは宜しくない。あの石原だってめっちゃごつくて、ヤクザみたいな顔してたけどめちゃくちゃ良い奴だったし、きっとあの人(?)も悪い奴じゃ...
「グオォォォォォォ!!」
トラックのエンジン音とヤクザの雄叫びを足して2で割ったとしか思えない雄叫びをあげながらソイツは俺の方へ走ってきた。
前言撤回、どこをどう見ても悪者だ。俺の命の危険を危なくする紛れもない悪者。
そんな奴に出会ったらどうすれば良いか?答えは一つ。
「誰か―助けてーーー!!」
大きな声を出しながら脱兎の白毛が真っ青になるくらい逃げまくる、である。
君子危うきに近寄らず
昔の人は良い言葉を残してくれた。まぁ俺の名前「君子」じゃなくて「松城彰」だけどね。
なんて考えていたその時だった。
俺の目の前にあの化け物が姿を現したのは。
テレポート?それとも高速移動?
テンパる頭を制御しながら勢いよく振りかえる。
あいつは俺の3~40m後ろにいる。
なーんだ、別に特別な力を持ってる訳じゃなくてただ単に仲間が出て来ただけかぁ。いやぁ良かった良かった。
「いや、なんも良くねぇよ!」
一人ノリツッコミをかましながら進路を右にずらし、奴等と向き合う。
いつもはもっと走れるのに精神的疲労からかいつも通りの動きが出来ない。
それでも俺がこんなに冷静(当社比)でいられるのには訳がある。
それはチート能力、そう、神に許された特別な力を持っているからだ。
奴等との距離はおよそ30m、この距離だったらエグめの魔法でも、身体強化系の能力でも、その他の能力でも遺憾なくその力を発揮出来るだろう。
出来れば魔法系の能力だったら良いなぁ。なんて思いながら勢いよく右腕を突き出す。
俺の右手から出たのは、数滴の水分だった。
.....ん?
あれ?えーっと、なんかおかしくね?
俺の予想だと炎の竜巻が手の平から出たりすると思ってたけど出たのは雀の涙よりも少ない水。
...いや、もしかしたらこの水に何か特別な効能があったりするんじゃないか?
そう思ってよーく手の平を見てみる。多分だけどこれは...ただの汗だな。
ま、まぁ?魔法って言っても攻撃だけが全てじゃないし、鑑定スキルとかで無双するキャラもいるし?そう考えなおし、短く「スキル発動!」と叫ぶ。
俺の視界は綺麗なまま変わらなかった。
...魔法は美少女のみに許された特権。日本書紀にもそう書かれている。
俺はそんな当たり前の事も忘れていた。
なら、俺がすべきことは一つ。
強化されているであろう俺の身体能力を使った格闘だ。
「かかってこいよ三下野郎、格の違いってやつを教えてやる!」
著作権法のセーフラインとアウトラインで反復横とびするようなセリフを吐き捨て、奴等の懐に飛び込む。
多分、最初に襲ってきた奴が大きく振りかぶってパンチを打ってきたが、こんなもん6年間の野球と3カ月の音ゲーで鍛えた俺の動体視力の敵じゃない。
左側に頭と上半身をずらし思い切りパンチを繰り出す。
そのパンチは奴の体にクリーンヒットした。
はずだけどおかしいな、めっちゃピンピンしてる。
いや、少しは痛がってるけどこれ逆に...
「逆上させちまった...?」
俺の予想は見事的中し、さっきよりも荒々しい雄叫びをあげ、目を血走らせながら奴等は殴りかかってきた。
これはいけない、どうやら身体能力が強化されたわけでもなさそうだ。
じゃあやっぱり俺がとるべき行動はただ一つ。
「誰か―!誰でも良いから助けて下さーい!!」
奴等の攻撃を掻い潜りながら思い切り走りだす。さっきまで感じていた疲れも忘れてとにかく走る。
冗談じゃない、あんな冷蔵庫か人体か区別のつけらんない体の持ち主に勝てる訳ねーじゃん。
こちとら、そばがら枕よりも硬いものを殴った事が無い人畜無害な男子高校生なんだぞ?
ってかなんかめっちゃ手痛いし、大丈夫だよな?手首しっかりついてるよな?
確認したいけどそんなことする時間が勿体ない。
だって後ろからあの雄叫びとえげつない呼吸音が聞こえるもん。そんなことしてたら絶対パクッといかれちゃう。
死にたくない、まだハーレムを作ってもいなければチート能力で無双もしてない。
そんな状態で異世界転生しても何の意味もないじゃん?
自分の身一つで成り上がるのは凄いと思うけど「お前がやれよ」なんて言われたら丁重にお断りしたいじゃん?
「ってか本当に誰でも良いから助けてくれーーー!」
さっきから叫んでいるけど誰も来てくれない。
そりゃこんな山奥に誰かいるとは思えないけど冒険者とか兵士とか、異世界だったらいるだろ?
魔物討伐してる人達が助けてくれていいじゃん。お礼なんて何も出来ないけど。
「ウゴオオォォォォォォォォ!!」
あの雄叫びが二つ、森の中に響いた。
そうだよ思い出した。あの雄叫びでもう一匹増えたんじゃん。ってことはもう一匹追加されんのか?
「冗談じゃねぇよぉ...」
自分の口から出たと認めたくない間抜けな声だった。
ーーー思い切り、地面に伏せたのは目の前の草むらが揺れたからじゃなくって、ナニか得体のしれない恐怖を感じたからだ。
その感性は正しかったようで、俺の上を男の人が通って行った。
...ん?
俺の上?それってなんかおかしくね?
そんな疑問を感じたその時、「ドサッ」という音が二つ響いた。
具体的には人が倒れこむようなそんな音が。
「平気か?坊主。」
さっきまで聞こえていた声とはまるで違う声に驚き、体を二、三度体を上下させる。
あの人、だよな?
いざって時は逃げられるよう、震える脚を抑えながら立ちあがって、振りかえる。
俺の目の前にいたのは、足元に化け物の死体を転がしている男の人だった。
黒髪で短髪、めちゃくちゃ目つきが鋭いイケメンだ。アイドルとか俳優みたいな顔じゃなくってトップアスリートみたいな顔立ちだ。
そして極め付けはその体、身長は180cm前後のマッチョで...
「お前も日本人か?」
短く、彼が聞いてきた。
お前『も』と聞いてくるのだから彼も日本人なんだろう。どうやら俺の目に狂いは無かったみたいだ。
「はい、松城彰って言います。」
助けて下さり有難うございました。そう付け加えながら頭を下げる。
脚の震えは、いつの間にか止まっていた。
「俺は山上信之、この国で傭兵をやっている。」
ま、よろしく頼むよ新入り。
そう言いあっけらかんと笑う彼はこちらに手を伸ばしてきた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
彼の手を握り握手したことで一つ気付いた。
この人絶対リンゴ潰せる。
山上信之は「ヤマガミノブユキ」と読みます。