なんか知らん間に勝手に彼氏にされた話
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俺、塩田優造という人間は、一つの思想を元にして生きている。
それは――――物事、事象、関係。
全ての事柄において興味が『ある』か『ない』の二点に分けて考える事。
そこに少しだとか、ちょっとだとかいう曖昧な装飾はなく。
ある・ない。
必ずどちらかに分類し、この二点で全てを決めている。
興味が『ない』ものは微塵も記憶に留める気はなく、すぐに忘れ、また以降も積極的に思い出す事はない。
だが逆に興味があるものに関してはネット、書籍、赤の他人に聞き込む事まで。
俺がとれるありとあらゆる手段を用いて、自分が満足するまで徹底的に調べ上げ、底の底まで洗い流す。
それが俺の人生のスタンスであり、標準の思想だ。
……だが、こんな極端な思想をしていれば当然障害も生まれてくる。
『否定』『拒否』『拒絶』
他人を理解しようとしない人間に、俺は幾度となく苦しめられてきた。
お節介なフリをして、その実否定的な方法で、何度となくそんな生き方は損だと説かれたこともある。
変だと、気持ち悪いと心無い言葉をかけられ、なにも知らないくせに理由なく後ろ指を刺されることもあった。
が、そのどれ一つとて、ついぞ俺の思想を変えるには至らなかった。
なぜなら俺自身がこの思想に、この生き方に満足し、迷いを覚えていなかったから。
想いや覚悟が揺らぐのは、自分自身の中でそれに対して迷いがあるからだと偉い人も言っている。
まさしくその通りだと、俺も偉人が遺した言葉を推そう。
この思想を否定するようならば、俺も相手の欠点という欠点を指摘してあげよう。
俺に生き方を説くのなら、逆にこちらから説く準備もしておこう。
それで人が離れるなら、それは理想という名の曖昧なものに浸かり切った、くだらない思想しか持ち得なかったということだ。
人はこれを酷いとでも言うのかもしれないが、意見に意見で返す事すらできない他人の評価なぞどうでもいい。
確固たる気概や自分自身を持たない者に、俺が興味を抱くことなどない。
別に、言っている事が間違いじゃない奴もいた。
俺のことを心の底から心配して、馬鹿正直にぶつかってくる奴もいた。
周りはそれを見て、そいつらを『優しい』と形容する。
しかし、俺からすれば否だ。
否定することでしかその人間を見ることができないなら、それは本当の優しさとは呼べない。
拒絶することだけでしか共存することができないなら………それは理解ではなく、ただの冷遇となる事を、彼ら彼女らは理解していないんじゃなかろうか。
……そんな事ないって、なにを持って言うんだ?
その人の心を殺し、抑制し、押さえつけるやり方、これを否定や拒絶と言わずしてなんと言う。
……だから俺は、そんな奴らに向かい決まってこう言うのだ。
「何様のつもりだよ」
と。
それを聞いた周りの奴らは何度も俺を糾弾してきたが、覚悟も、それこそ自分自身の意志すら明確に持たない奴らの言葉など、俺にとっては子守歌に等しい。
きっとこの思想は、この先も理解され難いだろう。
大多数の大人にも理解されず、色んな人に忌避されることだろう。
そんな事、誰よりもそれを実践してきた俺がよくわかっている。
この生き方を貫くと決めた時から、その程度の覚悟はとうにできていた。
――――――――だから、驚いた。
俺と同年代で、俺と似て非なる思想を持ち、俺とはまったく違う生き方で周囲の有象無象に紛れている少女がいた事に。
俺は純粋に――――嫌悪を抱いた。
少女の生き方、精神、思考、思想、環境、文字通り少女の全てに。
ここで一つ、故事ことわざ辞典に載っている言葉をご紹介しよう。
『類は友を呼ぶ』
なぜこの言葉をここで取り上げたのか。
それはこの言葉に倣うなら、あの日、あの場所で、俺達は出会うべくして出会ったのかもしれないからだ。
あれはそう、喉も焼けてしまうような猛暑の日だった。
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季節は春。
桜も終わり、まだ5月だというのに歴史的猛暑だとかなんとか世間が騒ぐ中、俺は今日も今日とて校舎裏のベンチで購買の惣菜パンを食べている。
ちなみに口にしているのはお気に入りのタラコマヨネーズたこ焼きパンだ。
頭の弱い人が考えたみたいなえげつい名前のパンだが、意外にこれが不思議と癖になる美味しさを秘めている。
「暑いな」
ギリギリ陰になっているベンチの上、持ってきた水筒で喉を潤しながらそんな事を呟く。
猛暑だと言うのだから、当然、外はアホみたいに暑い。
ならなんでそんな猛暑の中、外で食べているのかって話だが、理由は簡単、教室よりも圧倒的に外の方が静かで俺が落ち着けるからだ。
多少グラウンドやテニスコートから声が聞こえてくるが、校舎裏のここに届く喧騒なんてたかが知れている。
「んっ、ぷはぁ」
入学したてでみんな気持ちが浮ついてるのかはしらないが、教室は騒がしくてたまらない。
俺は元々、待ち合わせの広場や音楽がうるさい服屋、人混みの多いスーパーなどの騒がしい場所が嫌いなんだ。
考えている事は騒音で吹き飛ばされるし、なんらかの外的要因でぶつかられたりなどの被害に遭うことも可能性としてある。
だからここにいるのは純粋に俺の意思、俺の都合でいるわけで……別にクラスの連中にイジメられているだとか、そういう事は一切ない。
もっとも、俺にとっては未だに興味深い行動心理なので、今からでも両手をあげて大歓迎なんだがな………結局、イジメに関しては頭の中に知識だけが累積してしまっている状態に落ち着いてしまっている。
理由はわかりきっている……俺は入学当初から目立ち過ぎた。
自らイジメを体験しようと、色々と自分の悪い噂を流したり、時にはクズじみた真似までしてみせたのだが、どうもそれが良くなかったようなのだ。
噂には尾ひれがつき、それのせいでたった一ヶ月しか経っていないにもかかわらず俺に近付く生徒はいない。
挙句の果てに真似た時の言動や態度のせいで教師すら早々に声をかけてこなくなった。
結果として、俺はイジメという体験だけはどうやっても得られないという望まない結果を得てしまったのだ。
ハブられてる、という意味ではイジメなのかもしれないが……俺が求めていたものとは違う。
なんとも馬鹿らしい始末だが、こうなってしまっては俺に出来ることはないに等しい。
それこそ、この黒歴史をどうにかして消しながら今後を送るくらいしか。
だがここで明確にしておきたいのは、俺は体験することを諦めたわけではない事だ。
イジメというのは、なにも学校だけが全てではない、社会に出てからもソレは存在する。
なんなら学校よりも社会に出た時の方が新人イビリなどで多いくらいだ。
男性の平均寿命を考えても、俺にはまだ65年という長い時があるのだから、きっと生きていればいつか体験できる日がくる。
所謂、あとのお楽しみというやつだ。
どうかその時まで、早死に気を付けながら切に願い、期待しておくとしよう。
「ん?」
パンを頬張りながらそんな思考の渦を築いていると、それなりに近いところで声が聞こえたような気がして声がした方へと顔を向ける。
「――――、――――っ! ―――――――――――!」
少し離れていて声は聞こえないが、どうやら告白現場というやつらしい。
前後のやり取りを見ていたわけではないし、表情などが見えるような距離でもないが、こんなところで男子生徒が女子生徒に見事な90度を披露し、ピシッと手を差し出す理由なぞそんなもんだろう。
「青春だねぇ」
少年少女らのいる場所は陽が照らしつけ、俺がいる場所は日陰の中。
まるで日陰ものが眩しい存在を眺めているようだな……なんて考えは穿ちすぎか。
ま、俺には関係も、それこそ興味もないことだ。
「――、――――」
「―、――!」
そう思って視線を切ろうとしたが、どこか少年少女らの雲行きが怪しくなったのを肌で感じ取り、目が離せなくなった。
そしてなぜかは知らないが、女子生徒と男子生徒が一緒になりこちらに向かって来た。
あれは通り過ぎるのが目的だとか、そういう感じじゃない。
自意識過剰とかじゃあなく、あの二人は間違いなくまっすぐに俺の方へと歩いてきてる。
「嫌な予感がする」
普段なら、こういうシチュエーションではすぐに現場を離脱するのがベターだが……猛暑で頭がおかしくなってしまったのか、俺はこれから起こる事に興味を持ってしまった。
しばらくして、少年少女の姿がはっきりと見えてきた時、俺はようやくその女子生徒が誰なのか気付く。
「三船、結花」
俺がよく知る彼女は、この学校で唯一と言っていい二人のうちの一人で、興味と同時に、嫌悪を抱いた人物だった。
…………スポーツマンっぽい角刈りの男子生徒くんの名前は知らん。
にしても……やはりこういう時の嫌な予感とやらは当たるようだ。
「待たせてごめんなさい。少し彼に呼ばれてて」
彼女、三船結花は視線で男子生徒くんを指したあと、慎ましやかに両手で持ったお弁当を少し掲げる。
男子生徒くんは……めんどくさいから角刈りでいいか。
角刈りは当然、そんな彼女の様子を見て絶望するような表情を浮かべて、次に憎たらしいものでも見るかのような視線を俺に注いだ。
「ひっ!」
そこでようやく俺が誰なのか気付いたようで、さっきまで真っ赤にしていた顔を今度は青褪めて小さく悲鳴を漏らす。
人の顔を見てそんな顔になられても困るもんだが、そういう風に仕向けてしまったのも俺だからなんとも言えない。
というか、誰かも知らないで睨んできたのか。
恋は盲目とはよく言ったものだな。
で、三船結花はどう反応するのかと見てみると……彼女はまるでそれを狙っていたかのように妖しく微笑み、わざとらしく距離を詰めて俺の横に座る。
そうして角刈りに見せつけるように俺の腕に両腕を絡めると、頬を染めて彼に告げた。
「ごめんなさい。私、この人と付き合ってるの」
陽に当たった彼女の笑顔は、先程までとは違い、どこか無感情な人形を思わせた。
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あれから少しして、放課後。
結局、角刈りが帰ったあと、俺もすぐさま教室に戻ったんだが……どういうわけか目の前でベンチに座る彼女、三船結花に呼ばれ再び校舎裏のベンチへと来ていた。
今のこの状況は、さながらあの角刈りと三船結花の焼き直しのようだが……俺と彼女の間に流れる雰囲気は、あれほど甘いものではない。
「………」
「…………」
むしろ無言の中にバチバチと火花が弾けそうな、不穏な気配を漂わせていた。
それは目の前で笑顔を浮かべている彼女も同じで………しかし、このままお互いになにも言い出さないようでは話が先に進むこともない。
気は進まないが、時間の無駄は俺が嫌う事の一つなんだ。
手始めにさっきの事から聞くとしよう。
「単刀直入に言う」
一息置いて、ニコニコとしている三船結花を睨みつける。
「なぜあんな嘘を吐いた」
「嘘、というのは?」
答えながら、彼女は笑顔を崩さない。
その笑顔があまりにも不自然で、思わず面倒くさい気配を感じ取ってしまう。
「とぼけるようなら帰らせてもらうぞ」
ほとんど反射的に、左足を後退させる。
三船結花はそんな俺の面倒くさそうにしている気配を感じ取ってか、そこまでしてやっと、彼女の顔から表情が消えた。
腹芸はやめて、いよいよ話す気になったらしい。
「嘘じゃないわ。あなたには本当に私の彼氏になってもらいます」
「……は?」
だが彼女から告げられた言葉は、とても理解しがたいものだった。
俺と、付き合う? 三船結花が?
「おいおい、冗談もほどほどにし……」
「………………」
俺はそう言ってから、彼女の顔が真剣そのものな事に気付いた。
「………マジかよ」
理由は知らないが、彼女にとっては本気も本気のよう。
思わず天を仰ぎたくなる気持ちを抑えて、それでも額に手を当てながら彼女を見やる。
「事実にしてしまえば、嘘にはならないと」
「そういう事になるわね」
そう告げた彼女の顔に冗談や狂言の類はなく、本気で彼氏にまでのし上げようとしているのが伺えた。
それでもだ、不可解なことが多すぎる。
「俺とあんたには接点がなかった。この時点で好意を抱いている線は消えるな」
「一目惚れしたのかもしれないわよ?」
「ない」
三船結花の考えを即座に否定する。
否定した理由は、彼女の『思想』にあった。
その思想とは――。
「――お前は人を使えるか使えないかで判断している。そんな奴が、今日その日に出会った人間に恋慕の情なぞ覚えんだろ」
「………へぇ」
彼女は感心したように声をあげて、耳にかかった髪をかきあげながら足を組み替えた。
その所作の一つ一つが妙に艶かしく、また作り物のように映り俺の頭を痛める。
「その人形みたいな動きを止めろ、虫唾が走る」
「アッハハ、あなたって、私が知っているよりも面白いのね」
知っているよりも。
彼女は含みを持たせるように、その部分を強調した。
どこまでかは知らないが、俺が彼女の事を知っているように、彼女も俺の事を知っているようだな。
だからだろう、彼女はなんの前置きもなく話題を変えた。
「私って、結構モテるのよ」
長い黒髪をパッと広げながら、自信満々にそう言ってのける。
入学してからまだひと月しか経っていないのに、すでに両手の指では足りないくらい告白されていると学校中で評判の彼女の事だ、今更改めて聞かされるような事でもない。
それでも、彼女としては重要な話のようなので遮らずに聞く。
「ほら、胸も大きいし、スカートで絞ってるから腰も細いじゃない?」
自分の胸を押し上げるように下から支え、脇を締めて腰元をキュッと絞ってみせる。
無表情でそんな事をやられてもちっともドキッとしないが……彼女の言う通り、三船結花の外見は悪くない。
美的センスが人より歪んでいる俺とて、目で追い掛けるくらいには容姿端麗と言える。
願わくばその腰元よりも長い黒髪を、ポニーテールやらおだんごにしてくれてたらありがたい。
「可愛い、というよりは綺麗な方だが……化粧はそれほどしていないように見える。ナチュラルな美人という表現が適正か」
厭らしい意味ではなく、上から下まで彼女を眺めてそう告げる。
「む?」
返答がないので三船結花の顔を見ると、彼女はあからさまに呆れた顔を浮かべていた。
「……あなた、そんなセリフをよくもまあ恥ずかしげもなく真顔で言えるわね」
「事実は事実だろう」
否定したところで、その事実が変わるわけでもない。
無駄に考え過ぎるから、人は劣等感や嫉妬を覚えるのだ。
そういう負の感情は自分が感じているよりもエネルギーを使う、それだけで人生においてエネルギー的な損失となる。
ならば最初から認めてしまい、興味を失せてしまった方がいい。
「はぁ…いいわ、話を続けましょう」
不遜気味な俺の態度にさらに呆れてか、彼女はため息をついた。
続けて、彼女の表情はまた真面目なものに変わる。
「私が告白された回数は知ってるかしら?」
「今日含め15回」
「……即答するのね」
「みんな知ってる事だろう」
どこの誰が集計しているのかは知らないが、この学校では彼女への告白回数は公に知られているものだ。
さすがに今日の告白はまだカウントされていないようだったが……ていうか、あそこで集計されてたら昼休みのあの発言も聞かれて、俺への視線が再び凄い事になりそうだな。
主に悪い方向で。
っと、話がズレたが、4月の1日から高校生活が始まり現在5月8日、土日を覗けば学校にいた時間は28日間。
1日に何度も告白された事もあるだろうが、普通に考えるとだいたい2日に1度のペースで告白されている事になる。
結構どころか、どう考えてもモテ過ぎだ。
俺もいつかは体験してみたいことの一つだったんだがなぁ……こうも毎日声をかけられていては気が参ってしまいそうだ。
やはり本当にモテているケースを目の当たりにしていると、モテ過ぎるのも大変なんだという事が改めてうかがい知れるというもの。
そんな事を長ったらしく考えていたからだろう。
「なんのつもりだ」
俺はいつの間にかベンチから立ち上がり、傍に近づいてきていた彼女が――――抱き着いてくるのを避ける事ができなかった。
「いい加減、容姿だけに囚われた告白にはうんざりしているの。だから――――あなたには私の彼氏になって欲しいのよ」
昼休みの時に見せた、あの妖しい微笑みで、アメジストのような美しい瞳で、彼女は静かに俺を見上げてくる。
そんな事をされても俺の心が揺れる事はないのだが……俺が彼女の事を知っているように、彼女は俺の事を知っている。
何らかの形でお互いに利点があるからこそ、この話を持ち掛けてきているのだ。
利点についても、おおよその見当はついている。
俺とて現状に満足しているわけではないので、受けるのもやぶさかではない。
けど、それを聞く前に一つだけ、聞いておく必要があった。
「どうして俺に頼む。お前なら俺よりも都合良く動いてくれる、断然良い男に頼めると思うが?」
「ふふっ、そうね。確かに都合の良いように動かすのは得意よ?」
楽しそうに笑いながら、でも、と彼女は続ける。
「本気になられたら困るでしょう? だからあなたがイイの」
首にグッと負荷がかかる。
三船結花が両腕で俺の首にもたれかかり、顔を近付けたからだった。
それだけ近付いても、やはり俺の心に波は立たない。
彼女はそれに気付いているからか、笑みを深めてさらに顔を近付けてきた。
その距離は、もはや鼻先が触れ合うほどの距離だ。
……俺も何も思わないわけではない。
目の前にこんな美人がいたら意識はするし、呼吸もし辛くなる。
身体に当たってる部分は気になるし、良い匂いだなんて感想も生まれる。
ただそれでも、俺の心臓は平常運転を止めないようで……だからか、と三船結花の言っている事を理解した。
この世に絶対というモノはないが、これなら本気になることもないのかもしれない。
「これは告白か?」
「そう思いたいなら、思ってもらっても結構よ。ただし答えはイエスかはい、もしくは喜んで、のどれかになるけれど」
「端的に言って、拒否権はないと」
「そうなるわね……でも利点があるのもわかるでしょう?」
「俺の教師陣からの評価を正せると?」
「正解」
実に愉快そうにくつくつと笑いながら、まるで「逃がさない」とでも言うかのように彼女は首に回した腕に力を込める。
ここに来て俺は、自分自身が今どういう状況に陥っているのかようやく理解した。
一言で『詰み』
気分はまるで蛇に睨まれた蛙の如しだな。
一応、抵抗するだけはしてみるとしよう。
「従わなかった場合は?」
「あなたに襲われたとでも噂を流そうかしら」
ふむ、今の俺には実に有効的な一手だ。
もし彼女が必死になって訴えかければ、噂だけが先行している今、俺の立場はないだろう。
そういった行動を取らないにしろ、また噂に尾ひれがついてついぞ警察のお世話になる可能性は考慮する必要がある
さすがの俺も、刑務所にまで興味はない。
いくらなんでも、ここまでやっておいて俺はやってません。
なんて、馬鹿げた言い訳も通じるわけもないだろう。
なにより元は俺自身が撒いた種という事もある。
つまりこれは自業自得。
現状、俺は自分でやったことに足元をすくわれそうな状態というわけだ。
「………」
本当に、良い反省になった。
以後気を付けるとしよう。
反省を胸に刻みながら、俺は彼女の拘束から逃れ手を差し出す。
小さな声で「残念、抱き返してくれてもよかったのに」と呟いたのは聞こえなかったフリをした。
「交渉成立、ということでいいのかしら?」
「ああ、よろしく頼むよ」
互いに緩く握手を交わして離す。
利害関係の一致による付き合い。
恋愛話の好きなアイツからすれば、青春時代とも呼べる高校生活初期からなにをしてるんだと言われそうなもんだが、中にはこういう浪費の仕方もありだろう。
なにより、俺は教師陣に貼られたヤバイ人のレッテルだけはなんとしても回収しないといけない。
あんな黒歴史を残して社会に出るのだけはゴメンだ。
「ちょっと、聞いてるかしら」
またも考え込んでいると、三船結花に体を揺らされて現実に引き戻される。
「悪い、考え込んでた。なんだ」
「連絡先を交換しておきましょう、緊急の要件が出来たりしたら連絡手段が必要になるわ」
三船結花はそう言って、黒いカバーのスマホを差し出してくる。
手の内から頭だけが覗いている状態だが、チッパとデーリーのスマホカバーか。
今時あのキャラクターのスマホカバーを選ぶとは……珍しいがわかってる。
「そうだな、あって害にはならないか」
「どういう意味よ」
同年代に同志がいる事にちょっとした感動を覚えながら、俺もスマホを出して連絡先を交換する。
交換して気付いたが、俺のスマホには未だに5件しか連絡先が登録されていない。
改めて、高校生活一ヶ月に随分な黒歴史を積み重ねてしまったもんだと感じるな。
「それじゃあ行きましょうか。公園でもレストランでも、適当な場所で打ち合わせしましょう」
作り物の人形の表情に戻った彼女は、ベンチから鞄を手に取り空いた腕を俺の腕に絡ませてくる。
「………これはなんだ」
「知らないの? 恋人同士なら腕を組んで歩くのよ」
「……なるほど、至極当然の恋人像だな。だが付き合いたての彼氏彼女がする行動としてはどうなんだ?」
「あら、もう忘れたの? 昼休みのこと」
三船結花は俺の意見を笑い飛ばし、離れたと思ったら目の前でクルリと綺麗にターンを決めて前屈みに俺を見上げてきた。
「今日付き合い始めたって思ってるのはあなただけよ」
ガッ、と後頭部を打ち付けられたような錯覚を感じる。
…………なるほどね。
どうやら俺は、とんだ思い違いをしていたらしい。
俺は放課後、ここに来てしまったから詰んだんじゃない。
正確にはあの時、この場所で、彼女の告白現場を見てしまった時。
言うなれば初めから詰んでいたんだ。
これはマズイ、この状況は非常にマズイ。
いい様にやられるのは、俺の性に合わない。
だからといって、今すぐに対抗できるような策も思い浮かばない。
ここにきて俺は、恋愛の実践経験があまりにも足りない事を悔やんだ。
いつか体験できるだろうという待ちの姿勢が悪かった。
初見から相手が上手過ぎると、こうも物事を上手く運ばれるのか…。
「それじゃあ失礼して……」
大人しくなった俺を見て彼女は満足したのか、再び腕を絡ませてくる。
今度は気持ち強く、周りに見せつけるように……まだ校舎裏なんだがな。
「あなたって結構鍛えてるのね。見た目だけじゃわからなかったわ」
「一応、自衛も兼ねてな……残念ながら望んだ結果は得られなかったが」
「?」
歩きながら、三船結花は俺の言葉の意味がわからなかったのか首を傾げる。
ほう、彼女は俺の事を多少知ってはいても、俺のように掘り返すほどに調べるタイプではないらしい。
これならまだ、勝機はある。
「それじゃあ、これから起こり得る危険からは守ってもらえそうね」
「………イヤな予想だな」
一人で勝ち筋を模索していると、げっそりするようなことを言われた。
そうだ、もしかしたら俺は、これから毎日にでも嫉妬と怨嗟の視線に耐え切らないといけないのか。
ついでに、実害が及ぶようならそれからも守りながら。
なんともまぁ……面倒くさい。
「ふふふっ」
「……………」
だが、嘆いていても仕方がない、既に賽は投げてしまった後だ。
受けた以上、役目は果たすとしよう。
「これからもよろしく、塩田優造さん」
「はぁ、なるべく波風立てないでくれよ、三船結花」
ベタベタに張り付けた笑顔を浮かべる彼女に、願いを掛けながら返事を返す。
こうして俺と彼女の、仮初と呼べるのかもわからない関係が始まった。