目の前の死を回避する為に絶望の中へ
どうして魔王がここに?
そんな疑問が浮かんでくるが、今はそれどころじゃない。
今、スノウたんが言った言葉の意味。
タイミングを見計らったかのようにミコラスの台詞に被せてきたということは、そういうことだ。
魔王軍に歯向かう者には死を。
ミコラス達生徒は、魔王軍の所属となる。
つまり、生徒に歯向かう者にも死を、ということになる。
いやいやいや、そんな無茶苦茶が有り得るのか?
「魔王様?」
「こんなところに魔王様が?」
「近所の子供じゃねぇんですかい?」
「馬鹿者、あれは正真正銘の魔王様だ、口を慎め!」
チンピラ共も混乱している。小さな声で相談中だ。
メイド服を着込んだ殺意の姿も見えないし、この隙に問い詰めてやろうか。
そう思っていたら、先にピリカが一歩前へ出た。
「ま、魔王様」
「うむ、どうした小娘よ」
「い、今のお言葉について、詳しくお教えください」
ピリカは、魔王という存在に気圧されつつも質問をした。
俺の気になってたことでもあったし、有難い。
「簡単に言えば、魔王軍に敵対行動をとったそ奴は反逆者。よって処刑が妥当だと、そういうことじゃ」
「はぁ!?」
「しょ、処刑――!?」
なんだそれという感情が、口から飛び出してしまった。何言ってんだこのロリ。
ピリカもびっくりしている。
「聞いたか、田舎者。お前は反逆者だそうだぞ」
ムカつく笑顔を向けてくるミコラスは無視だ。
この状況、どういうことだ。
確かにスノウたんは魔王としては未熟。悪い側近に騙されて人族に戦争をしかけるくらいにはアホ魔王である。
だとしても、この言い分は強引すぎる。
ミコラス辺りが勝ち誇ったように言うのは理解出来るんだけどな。
「ま、待ってください魔王様!」
「まだ何かあるのか、小娘?」
「先程のルールは、生徒であっても魔王軍としての誇りを忘れぬように、という信念で創られた筈です。決して、生徒以外の者を虐げる為では――」
「我がそうだと言ったら、そうなのじゃ」
「っ」
ピリカは頑張ってくれたが、スノウたんはどうやら意見を変えるつもりはないようだ。
無駄に固い意志を感じる……。
「さあどうするんだ、生意気な田舎者め! 魔王様が仰ったということは間違いなく大正義! つまりお前は反逆者! 処刑! 大人しく処刑されるか無駄に足掻いて処刑されるか、好きな方を選ばせてやる!」
「なんだこ奴は……。多少癪じゃが、こ奴の言う通りじゃな。どうするか、好きに選ぶが良い、ゴルヴィークよ」
ミコラスが勇者の首でも取ったかのように大騒ぎしている。
なんだそのハイテンションは鬱陶しい。スノウたんも引いてるぞ。
しかし、スノウたんは何が言いたいんだ。
なんか意味深な目線を送ってくるし。
まさか、そういうことか?
丁度いいタイミングでここにやって来たことと言い、怪しい。
そうなると、どこからどこまでがグルなんだ。
ミコラスは……うん、ただのアホだな。間違いない。
難しいことまで考えても仕方が無い。
スノウたんの目的は何となく分かった。
どういう選択肢を迫ってきてるかも、推測の域を出ないが見える。
……嫌だなぁ。出来ればどちらも選びたくない。
それって要するに、今ここで死ぬか遠くない未来で死ぬかのどっちかでしょ?
もし仮にここでどちらも選ばずに全力で逃走したらどうなるだろう。
多分その選択の先も、死だな。
スノウたんが一人でいるのは不自然だ。
そうなると、あの殺意メイドは近くで控えているに違いない。
逃げ出した瞬間、俺を仕留めようと狙っている筈だ。
反逆者確定した俺なんて、ネギを背負った鴨でしかないだろうからな。
間違いなく殺られる。
そうなれば答えは決まっている。
決まってるんだけど、嫌だなぁ……。
▼
魔王スノウコーラルは上機嫌であった。
まず、ゴルヴィークが泊まる予定の宿は簡単に把握できた。
それは、気絶している間に彼が持っていたメモを確認したからだ。
なんとか引き止めようとする側近を納得させるのに少し時間を割いたが、意気揚々とゴルヴィークの眠る宿へと向かった。
事前に千里眼によって確認した為、部屋で休んでいることまでしっかりと把握されてしまっていたのだ。
二人が宿の前まで来ると、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「待機じゃ」
「はい」
スノウコーラルは、再度千里眼で確認する。
魔王の誇る千里眼は、大体の位置さえ指定すれば壁や建物など透過することが出来る。
すぐ目の前の宿の中など、簡単に覗くことが可能だ。
更に、音声も拾えるという特別仕様である。
「なるほどのう。これは、丁度良い」
「どうかなさったのですか?」
「くくく、面白いことになっておるぞ」
ネリアへ、中で起きていることを説明する。
その表情は、近年稀に見る程のご機嫌っぷりだ。
ネリアはその感情を向けられているであろう相手に殺意を抱きながらも、偉大な主の声を全身で受け止める。
詳細を聞いてなるほど、と納得せざるを得なかった。
「魔王軍に反逆したとして処刑することわけですね」
「殺してどうするのじゃ」
「違うのですか? ではどういったことでしょうか……」
「教えてやろう!」
スノウコーラルは自分の考えを意気揚々と語った。
生徒は魔王軍の一員なのだから、一般人のゴルヴィークが手を出せば反逆となる。
しかし、魔王軍同士ならば何の問題はない。
魔王の立てた作戦とは即ち、処刑を盾にして魔王軍へと加入させることだった。
スノウコーラル自らが姿を現し処刑を宣言すれば、疑う余地はない。
そこで先程の面接結果を思い出し、辞退を取り消す。
そうすればゴルヴィークは魔王軍幹部候補となり、兵士見習いとも言える学生の遥か格上となる。
偉そうにしている貴族に仕返しすることも可能。
この状況で命までかかるとすれば、拒む理由が無い。
スノウコーラルはそう考えた。
そして、自らの発想を魔王的だと自画自賛した。
「かしこまりました。それでは、奴が魔王様の提案を蹴って逃走した場合に備えて待機しておきます」
「うむ。ないとは思うが、念の為そうしてくれ」
「魔王様の慈悲を無碍にするのですから、扱いとしては反逆者、でよろしいですね?」
「そうじゃな。処刑と言って置いて見逃すのも魔王の沽券に関わるし、それで構わぬ」
ネリアは心の中でガッツポーズをした。
「なんだこ奴は……。多少癪じゃが、こ奴の言う通りじゃな。どうするか、好きに選ぶが良い、ゴルヴィークよ」
そうして、魔王はゴルヴィークへと選択を迫った。
辞退を取り消し魔王軍幹部への道を行くか、それとも反逆者として処刑されるか。
死を選ぶ理由等、全く思いつかないこの状況。
故に、ゴルヴィークの選択も一つしかないと、スノウコーラルはそう考えていた。
しかし、その考えは裏切られることとなった。
「……分かりました。俺は、王立魔王軍養成学校に入学します」