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舞台装置に呑まれるな

こちらの更新を再開します

よろしくお願いします



 メモ書きを片手に、街を歩く。

 人通りも多く活気がある。

 夢にまで見た異世界が、しっかりと存在していた。


 そんな中を、時折振り返りながら歩く。

 やや強引に飛び出してきたから、ロリ魔王が追いかけて来ないとも限らない。

 俺にそんな価値は無いと思うけど、どうしてもそんなことを考えてしまう。


 自惚れなんかじゃない。

 ただの恐怖心だ。兆が一、スノウたんが追いかけてきて連れ戻されてでもしてみろ。

 そのまま魔王軍に加入させられ、きっと辞めるタイミングを失ってしまう。


 そのままベルトコンベアに乗せられた廃棄物の如く運ばれて、勇者にくしゃっと処分されてしまうんだ。

 間違いない。


 そんなのは、嫌だ。

 

 今回は、心配し過ぎで済んだようだ。

 魔王に拉致されることも、サイの引く馬車に轢かれることもなかった。


 一軒の建物の前で立ち止る。

 外観は周りと大差ないが、釣り下げられた看板が、目的の場所だと教えてくれていた。


「軽やかな柳亭……ここか」


 メモに書いてあったお勧めの宿屋。

 ここで間違い無さそうだ。


 中に入ると、普通のおばちゃんがいた。

 希望を伝えて通されたのは、二階にあるごく普通の部屋だった。

 ベッドと机が置いてあるだけの、簡単な作りだ。

 うん、このくらいの狭さが落ち着くな。

 

 今日はとりあえずここに一泊する。

 もし他に良さそうな場所があればそこへ移るし、無ければしばらくはここを拠点にする。

 おばちゃんにもそう伝えたところ、歓迎された様子だった。

 活気があるのに、この宿屋はあまり流行ってないんだろうか。


 まあいいや。

 そんなことよりも、まずは休もう。

 何か身体の節々が痛むような気がするし、精神的にも疲れた。

 時間もまだお昼にもならないくらいだ。街を散策するのは、後でもいいだろう。


 ベッドへと潜り込んで、大きな息を一つ吐いた。

 ああ、疲れた。

 おやすみなさい。






 ――ガシャパリーン!!


「きゃあ!?」

「何事!?」


 何かが割れるような激しい音。

 更に女性の悲鳴みたいなものまで聞こえてきて、突然目が覚めた。

 この世界の目ざましは暴力的過ぎだろ。

 思わず飛び起きてしまったじゃないか。


 窓の外は夕暮れ。思ったよりも寝てしまったらしい。

 そんな窓から覗いて見ても、表で誰か暴れてる様子はない。

 人はそれなりにいるが、ほとんどはこの宿の方を見ている。


「舐めてんのかおらぁ!!」


 ドガシャーン!!


 男の怒声と破壊音。

 まるで木製の椅子でも叩き付けたような音だな。

 もしかしなくても、下から聞こえてくる。

 何かあったらしい。


 正直気は進まないけど、放っておくのもなんか気が引ける。

 お金払ってるにしても、一泊お世話になる訳だし。

 今から他の宿を探すのだって、多分大変だろうからな。

 だから頑張れ俺、びびるんじゃない。


 脱ぎ散らかしていた上着を羽織って、部屋を出る。

 階段をゆっくり下りながら様子を窺う。

 

 この宿の一階は食堂兼酒場になっている。

 事件は、そこで起きていた。


 入り口近くに男が二人。

 近くには、破壊された皿や椅子。

 その目の前には、女の子らしき後姿。

 茶色くて大きなポニーテールが微かに揺れている。

 背後に蹲るおばちゃんを庇うように立ってるから、おばちゃんではない。


 さっきはいなかったと思うけど、誰だあれ。

 背はそんなに大きくなさそうだ。


「この宿は虫をツマミに出すんかおぉうん!?」

「そんなの知らないってば!」

「知らないもクソも実際入ってたんだろうがぁあん!?」

「兄貴が食っちまうとこだったんだぞ!? 舐めてんじゃねぇぞボゲがぁ!」

「っ」


 ガタイが良く筋肉モリモリのスキンヘッドと、それなりに引き締まった体型のソフトモヒカン。

 厳つい男二人に詰め寄られて、女の子が固まってしまった。

 そりゃそうだ。

 なんだあいつら。怖っ。

 ああいうのはラノベだとむしろテンプレなんだけど、滅茶苦茶怖い!!

 

 無理無理。

 あんなのどうしようもないって。

 こっそり部屋に戻って嵐が過ぎ去るのを待とう。


「こんな宿、ぶっ壊してやれ!」

「や、止め――!」

「どけオラァ!!」

「きゃあっ!?」

「ピリス!」


 女の子が突き飛ばされた。


「もう止めておくれ……!」

「やめねぇよ!」

「恨むんなら、才能も無い癖に生意気なこのガキを恨むんだな!」

「ギャハハハハ!!」

「くぅっ……」


 椅子やテーブルを蹴飛ばしながら、男達は笑っている。

 女の子は蹴られ、踏まれ、それでもおばちゃんを庇うように覆いかぶさっている。

 こんな酷いことを、見逃せるのか?


 俺だって子供の頃は酷く虐められた。

 暴力を振るわれても、誰も助けてくれなかった。それどころか、ボロボロな俺の姿を見て笑っていた。


 そんな時の気持ちを、おばちゃんやあの女の子も味わうことになる。

 いや、それよりももっと酷い、絶望に襲われるかもしれない。

 

 あんなチンピラなんか、異世界転生ものじゃお約束だ。

 ここがあのラノベの世界だって言うなら、草や気の如く世界中に配置されてる筈だ。

 実際、作中でも場所が変わる度に勇者ノブヒコは絡まれていた。


 そんな舞台装置から逃げ出して、俺はこの世界を楽しめるのか?

 否――絶対に否だ!


「待て」

「ああん?」


 声を上げ、階段を降りる。

 一歩一歩ゆっくりと。余裕で余裕で仕方がないと、そう言うかのように。


「なんだテメェは!」


 ソフトモヒカンが大声をあげてきても気にしない。

 だだだ大丈夫、大丈夫だ。怖くない、こわ、こわ――怖い!

 だってこいつらめっちゃ睨んでくる!

 スキンヘッドの方も、何も言わないだけで明らかに怒りのオーラみたいなのが出てるもん!


 だけど、そうだ。

 俺はもうしがない会社員じゃない。

 うだつの上がらない、半引きこもりがやっと就職しただけのおっさんじゃないんだ!


 やがて階段を降り切って、二本の足で真っ直ぐに……真っ直ぐに立つ!


「ふふっ」

「ああん!? んっだテメェはよぉ!!」

「……何がおかしいんだ? おぉん?」


 ――前に出てみれば、なんてことはない。

 あの鬼畜メイドの方がよっぽど怖かった。

 どうやら俺の中村孝明としての思考が、無駄に怯えすぎていたらしい。


 だけど、俺はもう中村孝明じゃない。

 この程度の見せ掛け筋肉に怯えるような、か弱いおっさんじゃない。


「我が名はゴルヴィーク・ドラゴディア。神滅魔竜の血を受け継ぐ、ドラゴディア家長男だ。これ以上彼女らやこの宿の物に手を出してみろ。切り捨てるぞ」


 これからは、ゴルヴィークとして生きていく。

 この世界を楽しむために。

 あ、でも四天王最弱として瞬殺されるのはご免です。



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