俺は未来の四天王
本日一回目の投稿です。
俺の名前は中村孝明。
もうすぐ30になるおっさんだ。
マンガやアニメ、ライトノベルを読むことだけが趣味の、しがない会社員でもある。
俺は見知らぬ街の、道の真ん中に一人立っていた。
えっ、あれ、ここはどこ!?
パリかどこかみたいな雰囲気の街並みに見覚えはない。
道行く人達の服装も当然、見慣れたものじゃない。
ファンタジーみたいな服装の人達がいっぱいいる。中には大きな剣や、鎧を装備してる人もいる。
ほんとにここどこだ!?
あっ、なんか頭に沸いてきた。
あっ、これ記憶だ! 俺の記憶だ!
俺の名前はゴルヴィーク。
由緒正しい竜魔族の生まれにして、期待の長男。
才能に溢れ、魔法も剣技も故郷では並ぶ者がいなかった。
魔王軍の幹部候補募集の求人を見て応募し、面接を受ける為に王都イルネスティへとやって来た。
期待の籠った瞳で見つめる両親と妹に見送られて。
魔王軍四天王の座へ上り詰める為に!
よし、やめよう。
窓ガラスに映った自分の姿を見る。
俺が知ってるよりも少し若いようだけど、間違いない。
俺はこの姿を、この名前を知っている。
俺が好きなラノベ、「異世界に転移した俺は嫌々勇者にさせられたけどチートなスキルをもらったし、世界を救うためにハーレム作って頑張ります」に出てくる四天王の一人だ。
四天王最弱で、しかも四天王唯一の男。
長々と出番があるわけでもなく、序盤の方でギャグのついでにさくっと倒された、哀れな存在だ。
読んでる側なら勇者つえー! で笑ってたし楽しんでた。
だけどやられる側になるなら話は別。
踏み台でしかない人生はご免だ。
今の状態は、異世界転生ってやつだろう。
無料小説投稿サイトで散々読んだジャンルだ。間違いない。
どうしてこんなことになったかなんて、今はどうでもいい。
考えても分からないことは考えないに限る。
人生の終わりを知ってるんだから、それを回避するのが一番大事な事だ。
物語と同じかどうかは分からないが、ゲームや漫画のキャラに転生する作品もいっぱいあった。
だから多分、俺も同じだろう。
魔王軍に入って四天王になったら勇者に殺される。
それが今からいつ頃なのかは分からない。
ただの踏み台キャラの人生なんて掘り下げる訳がないからな。少なくとも、作品内ではほとんど語られることはなかった。
なんか若干ナルシストっぽいキャラだったから自分でベラベラ語ってるのがうざかったけど、今は何よりも有難い。
少しでもいいから情報を思い出さないといけない。
必死に絞り出したが、思い出せた情報はあまり多くなかった。
・現在二十歳
・四天王最弱
・四天王歴代最年少
・四天王の一人で勇者ハーレムに加入するキャラが確か60歳
・魔王軍加入から四天王までの期間は歴代最速
・魔法が得意
・剣も得意
・今の見た目は高校生くらいの優男だけど、本来の姿は黒いドラゴン。
うーん、微妙。
勇者が来るまで最高で39年という計算だけど、確証はない。
四天王になるまでどのくらいかかるか分からないしな。
本人が誇らしげに自慢してたし、何十年ってことはないんだろうか。
魔族とやらの時間間隔が分からないから何とも言えない。
うん、四天王になんかならないのがいいな。
魔王軍に入るのも止めてしまえば、尚確実だ。
物語登場時点より強くなって勇者を返り討ちにするという選択肢は、ない。
ある訳がない。
有り得ない。
俺の知る主人公である勇者ノブヒコは、チートハーレムものの主人公なだけあって滅茶苦茶だ。
強いとかでなく、滅茶苦茶。
勿論強いんだけどな。
この世界には定番のスキルがある。
ノブヒコはチートとしか言いようがないスキルをいくつかと、無数のスキルを持っている。
俺、ゴルヴィークが戦った時点ではまだマシだったが、それでも勝ち目なんてあるわけがない。
ギャグのついでに四天王を瞬殺するようなやつと戦ってられるか!
俺は就職活動を止めるぞ!
とは言ってもどうするか。
記憶にあるゴルヴィークの故郷には帰りづらい。
何故かってそれは、家族がいるからだ。
魔王軍というのは、魔族にとっては憧れのエリートである。
その中でも幹部候補の募集に出掛けていった長男がやっぱり止めたなんて言って戻って来たら、殺されてもおかしくない。
最低でも号泣してしまうだろう。
俺の意識は中村孝明のもので間違いない、と思う。
むかつく上司のことや、気に入ってる小説なんかの内容もはっきり思い出せる。
しかし、今ふっと憑依したというわけでもなさそうだ。
ゴルヴィークとしての記憶もはっきりと残っている。
今までの、魔族としての人生。
両親から受けた愛情もしっかりと。
他人だと思えない。だから、悲しませられない。
しょうがない。
不安はあるけど、ここで一人暮らしするしかないな。
面接に落ちたけど次の募集をここで待つということにしておく。
やーめっぴ、よりは遙かにマシだろう。
多少は悲しませはするだろうが、流石に死にたくは無いから面接に行くのはない。
異世界転生や異世界転移に憧れてたけど、まさかこんな展開とは。
どうせなら勇者の方になりたかった。
でもせっかくのファンタジー世界だ。
勇者に目につかないようにひっそりのんびり生きて行けば、楽しめるかもしれない。
よし、こっそりと慎ましく生きて行くぞ!
「あっ」
「えっ」
何か視線を感じたと思って横を向いたら、目の前にサイみたいな生き物が迫っていた。
――ドグシャッ。
身体に襲い来る衝撃。そして浮遊感。
俺が感じることが出来たのはそこまでだった。