《魔法少女》に助けられたと思ったら、その子が学校一の美少女で俺も何故か《魔法少女》をやっている
綺麗な満月の夜、俺――名瀬光輝はその人に会った。
月明かりに照らされたその姿ははっきりと覚えている。
青を基調としたフリルのついた服。
特徴的なほどに長く青い髪に、青色の瞳。
いかにも魔法少女らしいステッキを持ったその少女は――魔法少女だった。
一瞬、俺と目が合ったその子は、少しの静寂の後に俺に声をかけてくれた。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ああ」
俺は頷いて答える。
この少し前――俺は変な生物に襲われていた。
それこそ、この世界では見たことがないような、言葉で言えば黒い獣のような化け物だった。
そんな化け物を倒したのは、目の前にいる少女。
少女は自身のことをこう呼んだ。
「私は魔法少女、《ブルー・リリー》。もう心配ありませんよ」
「……」
「どうしましたか?」
「いや、仁宮さんだよな?」
「……は」
髪色や瞳の色と同じように、その顔が一気に青ざめていく表情を、俺は忘れないだろう。
***
「ねえ、お願いします。昨日のことは忘れてください」
「いや忘れろって言われても……」
翌日――俺はクラスメートでもある仁宮さんに呼び出されていた。
長い黒髪を後ろで束ねているが、俺に頭を下げているのでその髪がぷるぷると震えているのが分かる。
仁宮寧子――学校の成績は常に上位で、運動神経もいいが部活には入っていない。
ただ、生徒会には書記として参加している。
今、学校一の美少女として有名な人だ。
そんな彼女に、俺は昨日助けられた。
もっとも、昨日は魔法少女、《ブルー・リリー》と名乗っていたが。
ちょっと文字を変えるとカンフーっぽく見えなくもないが、彼女の戦闘方法は魔法少女らしくステッキを使った何かよく分からない光線を使う戦い方だ。
仁宮さんが必死に俺の頼んでいるのは、昨日の出来事を忘れてほしいとのことだった。
あれだけ強烈なことがあって、忘れろという方が無理な話だ。
顔を上げた仁宮さんは、顔を赤くして涙目にしながら、
「うぅ、あんな姿を見られたなんて、もうお嫁にいけないです……」
「そんなに!? なら、どうして魔法少女なんて……」
そもそも魔法少女とは何か、というところはこの際聞かないことにする。
俺としては助けてもらったことは確かだし、そもそも仁宮さんの魔法少女姿は可愛かったのでまるで問題ないのだが、どうやら仁宮さんはあの姿を知り合いには見られたくなかったらしい。
まあ、確かに「《マジカル☆シューター》!」みたいなことを恥ずかしげもなく言い放ってたわけだけど。
「違うんです……。そもそも魔法少女は変身状態では他人には分からないはずなんですよ」
「え、そうなの?」
「そうなんです! それなのに名瀬君に判別されて……本当にもう死にたい」
「お、落ち着いてくれ。マジで死にそうな雰囲気あるから」
ここが屋上なのも相まって割と怖い。
うん、俺も分かりたくて分かったんじゃないけど、昨日の魔法少女姿を見て、俺には普通に仁宮さんだと分かってしまった。
魔法少女やら昨日の化け物やらの説明をすっ飛ばして、仁宮さんからお願いを受けているのはそのためだ。
なかなか聞くタイミングが来ない、と思っていると。
「ふむ……どうやらこの男にも素質があるようじゃな!」
「ん、何だ。今の声?」
「メ、メブルさん……!?」
仁宮さんの背後から出てきたのは、大体三十センチくらいの小さな生物だった。
まん丸いアザラシのような外見をしながら、髭は何か偉そうな雰囲気を感じる。
灰色の毛並みを持つボール――メブルが俺の前に立つ。
いや、座る……? 分からないが、とにかく仁宮さんの肩にいた。
「寧子、こやつにも素質をビンビン感じるぞ、ビンビンじゃ」
「素質って……まさか」
「いや、その素質ってのは分からないがビンビン連呼するのはやめてもらってもいいか」
冷静に突っ込みを入れる。
なんだ、この爺口調のアザラシは。
もしかすると、こいつが魔法少女特有のマスコットキャラ……?
「こほん、自己紹介が遅れたの。わしの名はメブル。わしには魔法少女の素質を持つ者を見分ける力と覚醒させる力があるのじゃ」
「いや、その前に魔法少女とかって、説明ないのか?」
「おっと、そうじゃの。せっかくじゃから話しておくか――」
ようやくここで魔法少女について聞くことができた。
曰く、メブルは《魔物》という存在を倒すために世界を回る《精霊》であり、魔物も精霊もこの世界とは違う世界からやってきたものだという。
うん、めっちゃファンタジーだ。
そんなメブルがこの世界で作り出した魔法少女は数名いて、その中でもよく活動しているのが仁宮さんらしい。
メブルの説明の中でも、そわそわとしたまま落ち着かない様子の仁宮さん。
「寧子が魔法少女になったのはもう五年も前の話じゃからのー。なかなかのベテランじゃ。なりたての頃はノリノリだったんじゃが、最近はこうして恥ずかしがるように――」
「もう、もうやめて。私の黒歴史は晒さないで」
どうやら仁宮さんは魔法少女としての自分を黒歴史として扱っているらしい。
それでも魔法少女をやめないのは、昨日みたいに悪事を働く魔物がいるからだという。
夜、コンビニに向かう途中だった俺は魔物に襲われた。
仁宮さんがいなければ、今頃どうなっていたか分からない。
「それで、メブル。名瀬君の素質っていうのは……」
「ああ、さっき言ってたな。もしかして、魔法少女になっていても本人かどうか見分けられる、的な?」
そうだとしたら俺には主人公補正的なものがあるのかもしれない、なんてことを考えてしまう。
魔法少女は他の人間には分からないというのに、俺だけが変身後の仁宮さんを把握できる。
仁宮さんの秘密を握れたような、そんな感じはするけどもちろん悪用するつもりなんてない。
そう思っていると、
「いや、お主には魔法少女になる素質がある」
「……は?」
「お主には魔法少女になる素質がある」
「いや、聞こえてたけど……おかしくない? それは?」
俺、男なのに魔法少女になる素質があるとか言われるとは思ってなかったよ。
そりゃあ朝方やってる女の子がメインの変身アニメだって見るし、深夜の魔法少女系のアニメだって大体見るけど、理解があるからといって成れるというのはおかしくないだろうか。
「おかしくなどない。素質は誰にでもあるものじゃ。もっとも、人間の男では初めてみるがの」
「……適当なこと言ってんじゃ――」
「名瀬君!」
がしりっ、と俺の言葉を遮りながら真剣な表情の仁宮さんが迫る。
俺の心臓が、少し高鳴るのを感じた。
あの美少女の仁宮さんが、こんなに近くにいるのだから当然だ。
「に、仁宮さん……!?」
「私と一緒に魔法少女をやりましょう」
「え……?」
「大丈夫です。素質があるなら、名瀬君もきっと魔法少女になれます」
「いや、だって俺、男――」
「関係ないです。私は名瀬君となら、一緒に魔法少女やれると思っています。どうですか、名瀬君。私とこの恥ずかしさを共有しませんか?」
恥ずかしさの共有というのはどうあがいてもおかしな表現だと思う――そう思うけど、仁宮さんがここまで強く勧誘してくるのなら、魔法少女になるのも悪くはない気がしてくる。
いや、実際とんでもないほど抵抗があるんだけど。
昨日仁宮さんが着ていたような服になるとしたら、大分やばい見た目しか想像できない。
「いや、やっぱり――」
「ふむ、一先ずなってみるとするかの」
「え、そんな簡単になれるものなのか?」
「そうじゃの。ほれ」
そんなメブルの簡単な言葉と共に、俺の身体が光に包まれる。
まるでゲームでレベルアップでもしたかのようだ。
気が付くと、俺の首元にアクセサリーがぶら下がっていた。
「それで変身! と叫ぶと変身できるぞ」
「変身方法は結構古いんだな……」
「いいからとにかくやってみるんじゃ」
「わ、分かったよ。変身――」
この日、俺は流れに任せて魔法少女になることを後悔するが、もう遅い話だった。
***
――数日後の夜、俺は部屋のベッドで寝ころんでいた。
スマホゲームをポチポチとしながら、時折ブラックアウトする画面に映る顔を見て、しかめっ面になってしまう。
そんな時、がらりと窓の開く音がした。
「光、《魔物》の反応じゃ!」
「光じゃねえ、光輝だ!」
「その見た目でその名前はないじゃろ」
「うっ、分かってるんだよ……!」
そう、俺は魔法少女になった。
ならざるを得なかった――確かに俺は魔法少女の素質があったらしく、何も問題なく変身できた。
そこまでは問題なく、仁宮さんと同じように魔法少女らしい服装の俺がいたわけである。
――可愛らしい女の子の姿で。
初めは「変身後は女の子になるのか、助かったぜ」と思ったが、問題は変身を解除した後だった。
元に戻った俺の服は学校の制服のままだったが、姿は元に戻らなかったのだ。
結論から言うと、俺は美少女になった。
元に戻る戻らない以前に、生活のために魔法少女として働くしかなくなってしまったのだ。
なぜなら、魔法少女は給料がもらえるから。
「いやー、元に戻らないとは思わなかったの」
「他人事だと思って……!」
「まあいいじゃろ。男のままあのフリフリの魔法少女姿になるよりは」
「言うなっての! マジで恥ずかしいんだよ!」
「寧子は喜んでたぞ。秘密を共有できてうれしい、とな。ほれ、寧子が待っておるぞ」
「ぐ、ぬぬ……」
あまりにも複雑な気持ちだったが、こうなってしは仕方ない。
こうして、学校一の美少女が魔法少女であることを知った俺は――何故か美少女になって魔法少女をやっている。
誰か助けて。
ラブコメっぽくできそうなネタだったけどTSネタも入れたくなった結果こういう感じになりました。