俺にもくれよ、チョコレート
ちょっとツンデレ気味の少女――リンはバレンタインの浮ついた空気にあやかって告白を計画する。相手はデリカシーのない、だけどちょっと気になるあいつ。けれど、肝心なところで素直になれず怖気づいてしまって……?
著者:N高等学校「文芸とライトノベル作家の会」所属 Suzuki
クラスの空気が、いつもにも増してにぎやかなのが分かった。
「リーン! リンは誰にチョコレート挙げるか決めた?」
「うん、まあね。ミノリは決めてる?」
「モチのロンや」
抱きつかないで。ちょっと暑苦しい。暖房が効いてても教室は寒いくらいだけどさ。
私やミノリに限らず、女子の間では明日のバレンタインに誰にチョコレートを贈るとか、誰が誰を好きだとか、そんな話ばっかりだ。男子たちも必死に聞き耳をそばだててるし、恋人たちもちょっと大胆になる。
「聞いた? リカ、サトシに告白するつもりなんだって。チャレンジャーだよね」
「そだね。上手くいくといいけど……」
リカはカースト上位の女子で、サトシはそのリカと仲がいい。サッカー部に所属していて、結構競争率も高かったはずだ。
「バレンタインに告白かあ。うちにはわからへん」
「ミノリはそういうの苦手だもんね」
「お祭り騒ぎに浮ついて頭の中身まで浮いてるんとちゃう?」
「辛辣だね……。でも、そうやって浮ついてないと、告白なんてできないんじゃないかな?」
「そういうもんかな?」
「そういうものだよ……」
告白なんて、一世一代の大勝負、それなりにハイになってないとできない。普段なら恥ずかしくて、照れてしまって、そうそうできないしね。だからこそ、リカはバレンタインでサトシに告白するつもりみたいだし、たぶん同じようなこと考えてる子もいる。そして、私も。
だって、チャンスじゃない。普段は尻込みして、なかなか言い出せないけど、バレンタインの空気なら行けるかもって、思うのは間違いじゃないはず。だから、好きな人に思いを伝えたいなって。
「おーい、お前ら。ホームルーム始めるぞ、席に着け」
「あ、それじゃあ、部活で」
ミノリが自分の席へと戻っていった。担任が口を開く。まだ若い男の先生だ。
「連絡事項だが、明日はバレンタインということで、明日くらいは菓子を持ってきてもとやかく言わん。チョコの交換もありだ。ただし!」
そこで言葉を切って厳命するように言う。
「授業中に食べたりとか、帰り道でごみをポイ捨てたりとか、ちゃんと高校生として節度ある行動をとるように。簡単に言うと、問題とかは起こすなよ。あと、ついでに義理でいいから俺にもチョコくれ」
「それじゃあ、三倍返ししてくださいね」
誰かが言う。調子がいい。担任も結構慕われてる。私も義理チョコは数作るから、一つ担任にあげよう。
「ちょっ、流石に三倍はしんどいから等価にして。教師は薄給なんだよ」
「えー、仕方ないですね」
とこれはリカ。教室が笑いに包まれる。
「そういうわけだ。それから次の連絡だが……」
部活が終わったら、材料を買いに行かないとなあ。
「リンちゃん、道具係の方は今日中にどこまで行けそう?」
「七割くらいです」
カエデ先輩の指示にそう返す。今は、三年の先輩の卒業記念公演の準備で忙しい。バレンタインが終わった二週間後には公演だし。
私は演劇部に所属している。と言っても裏方の道具係担当。ミノリは役者として頑張ってるけど、私は表に立つのはあんまり得意じゃないし。
「うーん、もうちょっと進めて欲しいな。リハもやらないといけないし」
カエデ先輩が言う。この人は、三年生の彼氏と付き合っている。ちなみに、今回の監督・脚本・演出は彼女だ。
すいません、手際があんまりよくなくて。何となくで演劇部に入部したけど、人前に立つの苦手だし、手先もあんまり器用じゃないんです。そう思っていたところに助け船が。
「あ、何だったら俺手伝いますよ。音響の方はパソコンさえあれば自宅でもなんとかなりますんで」
「あ、それじゃあハルキ君お願いできる?」
「大丈夫です」
隣のクラスのハルキ。音響担当の男子だ。あまりクラスでも目立つわけじゃないけど、そこそこイケメン。笑顔がかわいい。それで、今みたいに手伝ってくれることも多い。ただ、いろいろと問題あるのか恋人はいない……、はず。
「そういや、明日バレンタインですけど、カエデ先輩は彼氏に何送るんですか?」
「えー、どうだろう」
手早く私の裁縫道具を取り出して、針に意図を通していく。ハルキは、結構無駄口も多いんだけどね。というか、今わざわざそんな話題するか?
「じゃあ、あれですね。プレゼントは私ってやつですね」
「違う!」
カエデ先輩の顔が一気に赤く染まる。ハルキははたかれていたけど、それは自業自得だと思う。というかセクハラじゃないのか。完全にジョークとして行ってるし、ハルキの性格があれだからカエデ先輩もはたく程度なんだけどさ。
「そんなこと言うんだったら、ハルキ君には義理チョコ上げないからね」
「ええっ!? それは勘弁してください! カエデ先輩のお菓子すごくおいしいから楽しみにしてたのに」
要するに、軽いのだ。ノリもフットワークも軽い。まあ、それでも優しい所はあるし、笑って済ませられるくらいなんだけど。
「ちゃんと誠心誠意誤れば許してあげます」
「セクハラまがいの発言をして申し訳ありませんでした」
「よろしい」
「流石カエデ先輩! 愛してる!」
おいこら。
カエデ先輩は彼氏がいる身なのに。そんな不用意に愛しているだなんて。そ、そりゃリップサービスなのはわかってるけど、私ですら言われたことないのに。もうちょっと、そういうところはちゃんとした方が……。
「リンちゃんも今日はあんまり遅くまでいない方がいいよね。それとも、ホワイトデーに作る派?」
「あ、いえ、今日帰ってから作ります」
「期待せずに待ってる。リン料理下手だし」
「うっさい! 流石にチョコレートくらい作れるわ!」
ハルキの奴。どうして、こうもデリカシーないかなあ。そりゃあ、家庭科の調理実習の成績が悪かったとは話をしたけど、チョコレートくらいはちゃんと作れる。レシピ守れないわけじゃないし、好きな人のチョコくらいちゃんと作る。なのに。
「ホント、君たち仲いいよね。幼馴染とかじゃないんでしょ」
「「違います!」」
カエデ先輩がくすくす笑う。とても楽しそうに。
「こいつが幼馴染だったらすごく苦労してますよ」
「ホント、ハルキはデリカシーないんだから!」
なのに、どうして。こんなデリカシーのかけらも理解してなさそうな人間を好きになっちゃったかなあ。
緊張する。
当り前だ。告白なんてしたことないし。いくら浮ついた雰囲気だと言っても、怖いものは怖い。
だけど、泣こうが喚こうが、神に祈ろうがやっぱり時計の針は止められなくて、その日は来てしまった。大丈夫だって言い聞かせるけど。
「おはよー」
「おはよーリン。これ私からね」
「ありがとう。かわいい。はいこれお返し」
教室に入った瞬間やってきたミノリと交換する。大丈夫、ハルキのクラスは隣だ。だから、やろうと思えば放課後まで時間を稼げる。大丈夫。
「あれ、リカ大丈夫? 体固いけど」
「う、うん。緊張してるだけだから……」
ちょっと気が楽になった。自分より緊張してる人を見ると、少し落ち着く。大丈夫、放課後にチョコを渡して付き合ってくださいっていうだけじゃないか。そりゃ、ちょっとはからかわれるかもしれないけど。
「ほら、深呼吸深呼吸」
リカに呼びかける。自分の呼吸も少し落ち着いた気がした。そうだ、冷静に考えれば電池を抜けば時計の針は止まるじゃん。
「リンちゃん、これ私からね」
「わー、カエデ先輩ありがとうございます。かわいいですね」
放課後、演劇部の部室でカエデ先輩からチョコレートをもらった。
まだだ。ハルキにチョコレートを渡すのはまだ。だって、流石に二人きりになった時に渡したいじゃん、ねえ。
それにしても、カエデ先輩のデコ凝ってるなあ。私じゃあ到底できないような細かさで、そしてかわいい。
「ありがとうね。せっかくだから、張り切っちゃった。彼氏に上げるのはもうちょっとすごいけど」
「いいなー、彼氏さん羨ましい。それより食べてもいいですか」
「うん、いいよ」
ちょっとチョコレートをかじる。わあ、甘くておいしい。
とかやってみるけど、実際は全然味を楽しむ余裕なんてなかった。すぐ隣でハルキがそわそわしてるし。
というか、何を話せばいいのかわかんない。だって、好きですだけじゃ伝わらないだろうし、付き合って欲しいって口の中でどもっちゃいそうだ。
そもそも都合よく二人きりになれるの? この状態で、どうやって二人きりで抜け出せばいいんだろう。だって、その時点で何かあるなっていくらデリカシーのないハルキでも気づくだろうし。それを言いふらされたら。
ど、どうやって場を作ろう。
顔からさっと血が引いていく。
やばい、ノープランだ。あるのは、ハルキ用に作ってきたちょっと形の違う大きめのチョコレートだけ。ハート形でたぶん本命チョコだってバレるやつ。だけど、それを渡してわかってもらえっていうのも問題がありそう。デリカシーないし誤解して言いふらすかもしれない。
誰か助けて。そう思っても、このことは誰にも話ししてないし。コクるなんて、誰にも相談してないからアイコンタクトで気づくわけもない。
「あれ、リンちゃんどうしたの? ぼうっとしてるけど。あ、ひょっとしてハルキ君と何かあった?」
パッと目を輝かせるカエデ先輩。何か面白そうって顔が言ってる。
「あ、いえ何でもないです。はい、カエデ先輩にもお返しです。みんなに渡してきますね」
「行ってらっしゃい」
逃げるようにその場を後にした。私の意気地なし。
人って、どうして告白なんてことができるんだろう。好きだなんて思いを自覚しても、それを伝えるなんて、出来っこなかったのに。
演劇部のみんなにチョコレートを渡した。義理チョコだ。だけど、ハルキには本命チョコも、義理チョコすらも渡せていない。照れて恥ずかしくなってしまって、言葉が出てきそうになかった。
リカはどうしたのかな。ふと思った。コクるって息巻いてたけど、どうしたんだろう。上手く言えたんだろうか。だとしたら、どうやって伝えたのか教えて欲しいかも。どうやって、勇気を出したのかなって。
振られるかもしれないし、からかわれるかもしれない。成功するかもしれないけど、やっぱり怖い。どうやったら、そんな風に勇気を持てるんだろう。
ねえ、誰か教えてくれないかな。どうすれば、告白ってできるのか。『好きです』なんてたった四文字しかないのに、その言葉はとっても遠いよ。足が動いてくれない。
時間だけが過ぎていく。渡さなきゃって思うのに。せめてハルキにチョコレートを渡さなきゃって思うのに。
何のために用意したのか。それくらい知ってる。ハルキに告白するため。チョコレートを渡して、『好きです。付き合ってください』ってそう伝えるため。そのためにちょっと大きめのハートのチョコレートを作ったのに。
義理チョコだけでも渡してしまおうか。現状、何も渡せてないし。ううん、ダメ。そんなことしたら、何のために作ったのかわからなくなっちゃう。
伝えなきゃいけない。そう思う。渡さなきゃって。意味がなくなっちゃうって。
だけど、何もできないまま、時間だけが過ぎて。
気づけば、もう下校時間がすぐそこまで迫っていた。
「それじゃあ、今日のところはこんな感じで。また明日から頑張りましょう。あ、戸締りはリンちゃんとハルキ君お願いね」
「わかりました」
「それじゃあ、後よろしくー」
カエデ先輩が消える。そうして、他のみんなも後に続いた。
やけに静かになった。
二人きりだ。部室にハルキと二人きり。鼓動が速くなる。
今しかない。それはわかってる。今が最後で最大のチャンスなんだって。
きっと、たぶん、これはカエデ先輩のおせっかい。いつまでたっても渡せない私を蹴飛ばしてくれた。そういうこと。わかってる。
気をまわしてくれたのに。一番のチャンスなのに。
「え、あ、その……」
「壊れたロボットみたいにどうした?」
口から出てくるのはそんな意味のない言葉ばっかりだ。
やらなくちゃ。そう思うのに。鞄の中から取り出して渡すだけ。なのに。
……どうして、何も言えないんだろう。
くらくらしてくる。鼓動が速くなって、倒れてしまいそうだ。
「あ、そう」
待って。行かないで。
そう言おうとしても、ハルキは後ろを向いてしまう。
伝えないといけないことがあるのに。ハルキに好きだって言わないといけないのに。
手を伸ばそうとしたけど、動いてはくれなかった。
私は、告白できなかった。
……。
「あ、そうだ」
突如としてハルキが顔を上げる。それにビクンとしてしまった。
「俺にもくれよ、チョコレート。ほら、たくさん配ってたじゃん。あるんだろ?」
「なっ、はっ、ええっ!?」
びっくりして思考が一瞬固まる。
「ほら、くれよ。俺チョコレート好きだしおなか減ったからさ」
「ちょっと、ハルキデリカシーなさすぎ! そういうのは思ったとしても言わないもんでしょう!?」
普通男子から催促するものじゃないよね!? その、恋人でもないんだし。なのに、こいつは、ハルキは私にいとも簡単にチョコレートをくれって。
ホント、デリカシーない。女子からくれるのを胸を高鳴らせて待つところでしょうそれは。なのに、自分から頂戴なんて。まるでくれること前提みたいに、さ。そういうのは、乙女的にノーだと思うよ。
「大体料理下手な私のチョコなんていらないって!」
「何言ってんだ? もらえるものはもらうのが俺の主義だ」
へらへらと笑う手が、上下に動く。そのちょっとした笑顔に、胸がどきんと高鳴った。
その鼓動で自覚する。いつの間にか、ちょっと緊張が楽になってたんだって。
ひょっとしたら。
ひょっとしたらと思う。こいつ、私の緊張をほぐすために、わざとそんなデリカシーないセリフを吐いた? いつも通りのペースじゃないと困るから? いつも通り喧嘩ばかりしてる感じじゃないと私らしくないから?
そんなことないか。あのデリカシーのないことに定評のあるハルキがそんな複雑なこと考えるわけない。ただ本当にもらえるはずだから欲しいと思っただけだろう。
もう、いいや。なんか、意地を張っているのがあほらしくなっちゃった。そう思って鞄からチョコを取り出す。
「はいはい、お望みのチョコです。あげるからホワイトデーには三倍返しね」
「サンキューリン! めっちゃ嬉しいわ」
「そりゃどうも」
鞄を持ったハルキが部室から出ていく。って、施錠は私に任せるのかよ。
というか、もうちょっと嬉しがってくれるかと思った。やっぱり、私の空回りだったのかなあ。
そう思うと、なんかちょっとムカッと来て。
ちょっと、ほんのちょっとだけ意趣返ししてやりたくなった。
「それー!」
部室から出ていこうとするハルキに叫ぶ。
「それ、義理じゃないからね!」
聞こえた。そうみたい。ハルキが、こっちを向いて笑って見せる。かわいらしい笑みで。
「知ってる!」
やっぱ、あいつデリカシーなさすぎ。
これにて、『俺にもくれよ、チョコレート』は完結です。まだ書けそうな気もしますが。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
それでは。