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新人類に支配されても  作者: ぷちくん
アデスの村編
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【第5話】『祭りと神の恵み』

「ねぇ見て、パパ、ママ、神様の贈り物を使ってね、わたしお人形さん作ったんだ!」

幼い少女は得意げな顔で、白い布の人形を見せた。

無邪気な少女の、焦げ茶色の瞳がキラキラと輝く。


自分は凄い事をしたと思った。

他の誰もやったことがない、自分で思いついてやったこと。

服を修理する道具を使い、全く新しいものを生み出した。

布でお人形を作ったのだ。


白い布で皮を作り、羊の毛を詰めて、糸で縫って閉じる。

丸い頭に、丸い体、短い手足を作って繋ぎ、頭には黒い糸を縫い付けて、目と口を作った。

初めて作ったお人形。


こんな凄い事、他の子にはできない。

きっと褒めて貰える。

期待に胸を膨らませて、頑張って作ったお人形を見せた。


しかし、父と母は眉を顰めた。


「なんてことだテレサ、変なことに裁縫道具を使ったらダメじゃないか」

「ああ、こんなに布と糸を無駄にして……神官様に怒られてしまうわ」

「え、ママ?パパ?」


「いいかい、勝手に必要のない物を生み出すのは三禁則に反するんだよ、二度とやっちゃダメだ」

「それを寄こしなさい、ママが処分してきます」

「どうして?テレサが作ったんだよ?お人形さんだよ?」


「そんなものは必要ない!遊びなら他の子とすればいいんだ!」

「今回は神官様にも言わないでおくから、もう勝手な事しちゃ駄目よ」

「なん、で?」


「どうして泣くんだ?パパやママの言うことは正しいことなんだぞ?」

「大丈夫、テレサは良い子よ、ママはちゃんとわかってるわ」

「ねえお願い、捨てないで、燃やさないで」


「子供の癖に口答えなんてするなテレサ!」

「あなた許してあげて、まだアデス様の教えがちゃんとわかっていないのよ」

「ちが、う、テレサの、話、を聞いて」


火がパチパチと音を鳴らし、白い人形が黒へと変わる。

どうして?


灰になっていく人形を眺めて、初めて心から疑問を抱いた。

思えばそれがきっかけだったのかもしれない。

周りを疑問に思うようになり、自分を偽るようになったのは。





「嫌な夢……」

藁の寝床の上で、端正な顔立ちの少女が物憂げに目覚めた。





アデスの村は一際賑わっていた。

祝いの太鼓が鳴り響き、昼間なのに火が焚かれている。

村人達は酒を飲んで肉を食べ、踊り、歌い、笑顔が絶えない。

それもその筈、今日は月に一度の「恵みの日」なのだから。


「アデス様のお恵みに感謝を!」


恵みの日というのは、偉大なるアデスの使いが数々の下賜品を贈り届けてくれる日の事である。

“恵みの使者”と呼ばれる巨大な四足獣が数十匹ほど、平らな背中に恵みの品々の詰まった袋を載せて広場にやって来るのだ。

使者の脇腹からは八本の触手が天へ向かって生えており、檻のように袋を包み込むことで支えている。


挿絵(By みてみん)


恵みの使者が来た際には、村人達は平伏して通り道を作る。

村の中央にある“裁きの広場”まで来たところで、神官と保安隊の面々が積み荷を降ろす。

そして使者達は去っていくのだ。


恵みの品には、様々なものが入っている。

糸、布、衣類、道具、薬、菓子、飲み物、酒、塩、種、油、などなど。

どれも偉大なる神からの下賜品というだけあり、非常に品質が良い。

同じものを村で作ろうとしても、酷い出来の物しか作れないだろう。

アデスの村で快適に過ごせるのは、神より賜れし恵みの品々のおかげなのだ。


「俺にも酒をくれよ」

「お前はもう十分飲んだだろ」


村の治安を守る保安隊のゴードンとラウスが顔を赤くしながら酒を仰ぐ。


「おでの肉小さい!おでの肉小さい!」

「ぎゃははは!おめえの顔デケェな!」


ガバオとホアッタが肉の話題で盛り上がる。


「フォイくん私と踊らない?」

「ねぇねぇ私とも踊ってよ~」

「あ、あの、僕、えへへ」


フォイは例の一件以来、何故か女の子に囲まれるようになっていた。


「皆さん、今日は存分に楽しんでください。ただし、アデス様への感謝と信仰は決して忘れてはいけませんよ」


神官の言葉に耳を傾けながら、宴は続いていく。

誰もが恵みの日を待ち侘び、謳歌する。

人気者は囲まれ、お調子者は踊り、人々は笑う。


とはいっても、普段とあまり変わらない者もいる。

中心から外れ、人気のない場所にいる二人の少年がそうだ。

楽しんでいるといえば楽しんでいるのだが、やっていることは普段と変わらない。

変わるとすれば、下賜品のお菓子や飲み物を持ち込んでいることくらいだろう。

それらをつまみながら、二人は自分たちなりの楽しみを謳歌していた。





「うーん……」

「早くしろよ~」


レオとヴィンは乾いた土の地面に胡坐をかき、向かい合う形で石を置いて遊んでいる。

遊んでいるのだが、他の村人には何の遊びかわからないだろう。

それどころか、険悪な雰囲気だと勘違いするかもしれない。


なぜなら、二人は他の子供達がやるように、石を高く積み上げたり、綺麗な形を集めたり、どこかに投げたりしない。

ただひたすらに真剣な顔で、殆ど喋ることも無く、長い時間をかけて悩む。

その挙句に、ほんの少し石を動かすだけだ。

それが二人の密かな遊びだ。

レオとヴィンはこの遊びを、「石合戦」と名付けていた。


「これで、僕の勝ちだ」


ヴィンが自信を持った手つきで一つの石を動かす。


「待て待て、まだ詰んだとは限らねぇ」


レオは頭を抱えて渋面を浮かべる。

対してヴィンは得意げな表情を浮かべ、下賜品である飲み物を口につける。

どうやって作るのか見当もつかない、甘くて爽やかな味が口に広がった。


「往生際が悪いのはカッコ悪いよ、レオ」

「うっせぇ!まだ何かある、何かある筈だ……」


石合戦は地面にマス目を引き、その上に様々な石を置いて対戦する遊びだ。

丸い石、四角い石、尖った石、黒い石、白い石。

それぞれに役割があり、動かせる範囲が決まっている。

交互に石を動かしながら、先に相手の頭石を取った方が勝ちだ。

何度もルールを調整し、最近はようやく安定したゲームバランスになった。

この遊びの発明は二人にとって密かな自慢の一つである。


アデスの教え的には良くない遊びなので、おいそれと広められないのが残念だが。


「これでどうだァ!」


レオが力強く石を動かす。

窮地を打開する起死回生の一手。

のつもりだったが、ヴィンは涼しい顔で肩を竦めた。


「無駄な足掻きは良くないと思うよ?」


ヴィンは軽やかな手つきで自陣の石を動かし、微笑む。

その一手を見て、いよいよレオは呻き声をあげて崩れ落ちる。


「がああああクソ!俺の負けだよ!チクショウ!」

「これで三勝一敗、またも僕の勝ちだね」

「言わなくてもわかってらぁー!」


レオが悔しそうに手を叩きつけると、地面に引かれた枠線が潰れた。

ヴィンは慈しむ目を浮かべながらも試合を思い返す。


「三十四手目が運命を分けたね、あそこで攻めなければ勝敗はわからなかったと思うよ」

「どこだそれ」

「黒石を四の七に動かしたじゃん、あれで左の守りが弱くなって僕に隙を突かれたんだよ」

「あー、よく覚えてんなぁ……でもあそこで退くなんて俺の心が許さねぇ、問題はもっと後にある!」

「意地張るから負けちゃうんだよ」

「うっせー!」


レオが顔を赤くしながら下賜品のお菓子を口に放り込む。

サクサクと耳障りの気持ちいい音を立て、塩味が口の中に広がった。


「もう一回やるぞ!次は負けねぇ!」

「それもいいけど、一回休憩しない?」


冷静なヴィンの言葉にレオの頭が冷やされた。

この遊びはかなり頭を使うので、何試合も連続してやるのは疲労が溜まるのだ。

勝ち逃げされるのは癪だが、休憩をするのも悪い手じゃないだろう。

というより、内心は休憩を求めていた。


「仕方ねぇ、テレサにでも会いに行くか」

「今頃囲まれてて大変かもね」





テレサは広場に敷かれた大きな布の上で、子供たちに囲まれて楽しそうに話をしていた。

神からの下賜品であるお菓子を食べて、甘い飲み物を飲んで、今日という日を祝っている。


挿絵(By みてみん)


「楽しそうだし、邪魔すんのもあれか?」

「どうかな、本心では抜け出したがってるかもよ?」


テレサが涙を流した日のことを思い出す。

彼女は周りに合わせているだけで、友達と思える人はいなかったらしい。

しかし真実を聞いた今の二人が見ても、目の前のテレサが嫌がっているようには見えない。

あれが演技だというのなら、凄いとも思うし、恐ろしいとも思える。


「あ、こっちに気づいたみたい」


テレサがこちらを一瞥し、本当に一瞬だけ微笑みを向けた。

それから動きが変わり、皆に何かを告げる。

ちょっとしたざわめきが起こり、子供たちの残念そうな表情が浮かび上がった。


そのまま申し訳なさそうに立ち上がり、彼女は宴の席を離れる。

追いたそうな目をする子もいるが、誰もテレサを追いかけない。

皆から離れるように歩き、遠くからこちらを見てウィンクを一回した。

それが二人への合図だというのは、直感で感じ取った。


「向こうで話そうってことだよな?」

「多分ね」


中心から西へ離れ、人気のない場所で三人は落ち合う。


「来てくれてありがとう、ちょっと気疲れしてたの」


どうやらヴィンの予想通り、テレサは抜け出したかったようだ。


「抜けてきて大丈夫だったのか?」

「二人にあんな眼差しで見つめられたら、抜けてくるしかないでしょ?」

「そ、そんな変な目で見てないと思うんだけど……」

「あはは、からかっただけだよ」


そのままの足で歩き、村の西へ西へと進んでいく。

貯蔵庫を通り過ぎ、水路を跨ぎ、家畜小屋を横切り、丘を登る。

見晴らしの良い景色が広がる場所で、三人は決めていたわけでもなく腰を下ろした。


息をすれば、爽やかな空気が肺を満たす。

丘の先には西の境界線が引かれ、村と外の世界を隔てていた。

結界を超えた向こうには、古代人達の造った街の廃墟がある。

北を見れば荘厳な山脈が広がり、南にはレオ達の家に程近い森が見えた。


「良い眺めだね」

「ああ」

「私もこういう静かな場所は好き」


のどかな風が流れる。

村での生活も、人間関係も、言いつけも、この穏やかな時の中では些末なことに思えてくる。

周囲には名も知らない花が咲き乱れ、他愛もない会話をしながら時は過ぎていった。


やがて話すことも無くなり、静寂が訪れる。

少し冷えた風が身体を撫で、安らぎの静けさに身を浸している時、少女は何かを見つけて声を上げた。


「あ、見て!」

指差した先は、西の空の彼方。

青が濃くなり始めた世界を、何かが横切って飛んでいく。

二人の少年も気づき、息を呑む。

それを知らない者はいない。

死の天使だ。


「久々に見たな」

「外に出たら襲われるんだよね……」


ヴィンは身震いする。

遠くの空で小さく浮かぶ姿は、実のところ人の何百倍もの大きさを持つ世界の支配者だ。

時折見かけ、自分達は狭い世界で囚われて生きているのだと知る。


「村の生活ってずっと続いていくのかな」


少女は切なく、憂いを帯びた響きで呟いた。

村の生活は不便も危険も無く平和なものだ。

しかし、それは結界の内側にいるからの話。

一歩外に出れば、待ち受けるのは死の世界。


「不安か?」

「レオは違うの?死の天使に怯えて、神官様に守られないと生きていけないんだよ?」


テレサが不安の理由を語る。

定められた世界、任せるしかない安全。

それも永遠に続くとは限らない。

不安な気持ちは確かにわかる。


「そうだね、僕たちは弱いから守ってもらうしかない」

「そう、私達は何もできない、神様の下賜品が無ければ着る服すらない、信仰心が無ければ生きることすらできない、それって惨めだと思わない?」

「かもな、だけど幸せな人は大勢いるし、不自由が不幸とは限らないと思うぜ」

「まるで飼い馴らされた家畜ね、レオはそれでいいの?」


レオは黙り込んだ。

テレサの言いたいことはわかるし、共感もする。

しかし間違っていると言い切れるほど、村での生活は困窮しているわけでもない。

間違っているのは自分の考えの方かもしれないのだ。

だから代わりの質問をする。


「村を変えたいのか?」

「そう、なのかな、私はただ……」


テレサは青い空の彼方を見つめ、考えていた。


「私はただ、ありのままでいられる世界に行きたい」


その言葉は胸に刺さった。

そんな世界であれば、誰かが追放されることも、誰かが虐められることも、誰かが自分を偽り続けることも、無いのかもしれない。


「……そうだな」

「どこかにあるのかな」


三人は未知の世界に思いを馳せる。

誰も生き方を強制せず、色んな人が色んなことをしている。

何も隠さなくていい世界、ありのままの自分でいられる世界。

そんな世界を夢想していると、空の色はすぐに変わっていった。


「はぁ、もう帰らないと」


気づけば空は朱色に染まっており、今日はこれ以上話すことはできない。

暗くなる前に帰らないと、心配した大人たちが捜索を始めてしまうのだ。

レオとヴィンは遅くまで遊んでいたせいで、物凄く怒られた記憶が蘇った。


「じゃあ帰るか」

「また話そうね、テレサ」

「うん、ばいばい二人とも」


テレサが手を振って離れていく。


「グスに気をつけろよー!」


レオが冗談めかして叫ぶと、小さくなったテレサが笑っているのがわかった。

やがて姿は見えなくなり、少年達もわが家へ向けて歩き出す。


「俺はこんな日常も嫌いじゃないけどな」

「気の合う人がいれば、それで幸せなのかもしれないね」


こんな日常が続いていくのだろうか。

それとも、変わる日が来るのだろうか。





女は走る。

黒い外套を靡かせて、ひび割れた道を踏み、朽ち果てた建物をすり抜けていく。

背後には浮遊する影が迫っていた。


「完全にはぐれたわね!早く振り切って合流しないと!」


建物の角を曲がると、挟み撃ちをするように前方からも追手が現れた。

宙に浮いている黒い影は光を受け、その姿をはっきりと現す。

人ひとり程度の大きさはある、白い触手を持つタツノオトシゴのような生き物が、生気の無い二つの目玉で女を見据えていた。


「ポリプ!しつこいのよあんたら!」


女は外套の内側から何かを取り出し、それを投げた。

パシュンと音が鳴ったかと思えば、女を取り囲んだ追っ手はブルブルと震えながら地面に転がり落ちる。

白い触手が抵抗するようにうねっていた。


「止めを刺してる暇はないわね、早いとこ地下通路に逃げ込まないと」


遠くの空からは新たに複数の影が見える。

その一番奥には巨大な影、人の何百倍もの大きさを持つ白いタコのような生き物が浮遊していた。

一帯には奇妙な音が響き、夜の廃墟を更に不気味なものに変えている。


女は走り出し、巨大な影から逃げた。

闇を掻き分け、奥へ、奥へと。

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