【第3話】『村のガキ大将』
村の外れ、南西の結界近くに木々に囲まれた広い空間がある。
人目を気にせず遊べる子供たちの遊び場の一つだ。
そこに男の子が四人集まっていた。
いや、三人が一人を囲んでいるという方が正しいだろう。
三人の子供の内一人は大柄で、子供としては異質な肉体を持っている。
それに対し、囲まれている子供は弱々しく、枝のような手足を持っていた。
大柄な子供が枝のような子供に一歩近づく。
彼はガキ大将のグス、この村で彼に逆らえる子供はいない。
グスは怒っていた。
「よぉよぉ、フォイくんよぉ、俺様がよぉ、なんで怒ってんのかわかるかぁ?」
「ひ、ひぃいぃ、許してください!」
「おいおい、質問に答えてくれよぉ、もっと怒っちまうよぉ?」
「は、はい!え、えっと、グスくんの――」
「グス“様”だろぉ!?」
グスの強烈な蹴りがフォイのわき腹にめり込む。
そのままゴロゴロと転がり、フォイはうめき声をあげて蹲った。
体には泥と草が汚らしく纏わりついている。
「おいおい大丈夫かぁ?勝手に転んだからびっくりしちまったよ、ほら、手を貸すから起きろって」
グスは蹲るフォイに手を差し出した。
グスの取り巻きはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべ、フォイは涙目でその手を見つめている。
「人の親切ってのはよぉ、無駄にしちゃいけないんだぞぉ?」
「は゛、は゛い゛」
フォイは震える手で一回り大きいグスの手を握った。
グスは邪悪な笑みを浮かべると、そのまま握り潰さんばかりに力を込める。
「痛゛い痛゛い痛゛い痛゛い痛゛い!」
「おーっと、大げさだなぁフォイくんはぁ」
力を緩め、そのままフォイを起こすように上へ引っ張り上げた。
フォイが腰を抜かし倒れそうになるのを、グスは支えて立たせる。
「友達には優しくしねぇとなぁ、ところでフォイくん~?」
「は、はい」
「なんで俺が怒ってるか、わかるかなぁ?」
「ぐ、グス、様の」
うんうんとグスは頷いて続きを促す。
「グス様の、好きな、テレサ様に、声をかけてしまいました」
「そうだよなぁ!俺様のテレサに、お前は声をかけたなぁ!」
ビキビキとグスの頭に血管が浮かぶ。
「で?それで?」
「ご、ごめんなさい!」
グスは掴んでいた手を放す。
フォイは急に支えを失って倒れそうになるが、何とか持ちこたえた。
「そうだな、謝るのは大事だな、俺も鬼じゃないから友達であるフォイくんを許してあげよう」
「あ、ありがとう……」
「だ、が、よ、オトシマエってぇのは必要だとは、思わねぇか?」
「お、落とし前、ですか?」
グスがぎょろりと目を動かして睨むと、フォイは隠しようのないほど震え上がった。
「オトシマエの意味はわかるかなぁ?ちょっとフォイ君には難しいかもしれないんだけどよぉ」
グスは地面から泥を手一杯にすくい上げると、フォイの顔と自分の手を交互に見て悪辣な笑みを浮かべた。
「オトシマエっつうのは、こういうことだよ!!」
グスの泥を持つ手がフォイの顔に直撃する。
その勢いでフォイは倒れ、グスも跨るように上に重なった。
息ができないフォイを無視し、グスは手をグリグリと動かして泥を塗りたくる。
口の中に、鼻の穴に泥が入り込もうともお構いなしだ。
気が済むまで塗りたくったら、フォイの服で泥をガシガシと拭う。
グスは不敵の笑みを浮かべて立ちあがった。
「これでお前の罪は帳消しだ、次からは気をつけろよフォイくん」
ごほ、ごほと顔を覆った泥が飛び、口と鼻の辺りに穴が開いている。
「それともし、このことを誰かにチクったりしたら……わかるよなぁ?」
「は゛、は゛い」
苦しそうなフォイの返事を聞き、グスは満足そうに笑みを浮かべた。
「よぉし、お前ら行くぞぉ」
グスは村のガキ大将。
子供達の誰よりも大きく、強い。
それは子供たちの誰よりも偉いということだ。
頭の出来は大したこと無いが、そんなことは問題にならない。
アデスの村では賢いことは褒められない。
人間は賢さという罪を背負っており、それを律する為に三禁則という戒律が存在するのだ、と教えられているからだ。
だからグスは偉い、それを止められる子供はいない。
そしてグスより強い大人も、グスに強く言わない。
なぜならグスは、取り返しのつかないほど大怪我を負わせることはしないし、自分より強い者に対しては敬意を払うからだ。
中途半端に理性があるところが、彼の性悪を加速させる要因でもあった。
彼の親に対しても、強く言える人はいなかった。
グスの母親は村の母親達のリーダー的存在であり、神官様にも一目置かれている。
グスの父親は村の治安を守っている保安隊長、子供たちを人喰らいの化け物から救い出した英雄でもある。
村内のヒエラルキーでも上位の両親に文句を言える村人なんていない。
グスにとって、そんな両親は誇らしいし敬意を抱いている。
両親もグスからの敬意を感じるからこそ、多少粗暴なところには目を瞑っている。
傲慢で、暴力的で、支配者的なガキ大将のグス。
もはや手の付けられない彼だが、彼にとってままならないことが一つだけあった。
「テレサ……」
村一番の美少女、テレサ。
暴力では手に入らない、村の華だ。
ゆるりとウェーブを描く薄茶色の髪が光を受けて眩く輝き、焦げ茶色の瞳は濁り一つ無い水面のように潤んでいた。
グスが恋心を抱きながらも、中々振り向いてくれない女。
村のどんな男の子もテレサが通れば目で追ってしまう。
もしテレサに言い寄られれば、絶対に断れないだろう。
テレサはすらりと伸びる綺麗な足を投げ出し、身長程度の高さの丸い岩の上に座って空を眺めていた。
「ああ、テレサ、今日も綺麗だなぁ」
「本当ですねぇ」「おい!馬鹿!」
グスはピキリと音が聞こえそうな形相で取り巻きの二人を睨んだ。
テレサを眺めていいのは最も強い自分だけだ。
他の男が色目を使うなど断じて容認できる行いではない。
ガシリ、だろうか、ミチリ、だろうか、どちらも含まれたような音が二人の顔面から聞こえた。
グスは二人の顔を鷲掴みにし、指先が白くなるほどの渾身の力を込めているのだ。
「す゛、す゛ぃやせん、グス様゛!」「二゛度とあ゛のような真似はぁ、い゛、致しません゛!」
ジタバタもがく二人の必死な謝罪を受け、グスの怒りは下火になる。
「わかりゃいいんだよ、とっとと失せろ」
突き出すように離すと、二人は尻餅をついて倒れる。
顔には手の跡が赤々と残っていた。
一目散に駆けていく二人の後ろ姿を蔑視し終えた後、この世で最も美しい女を見る為に視線を移す。
テレサはこちらを気にする様子はなく、ただ流れる雲の気まぐれな芸術を眺めているようだった。
グスは自分の頬が緩むのを感じた。
なんと可憐で美しいのだろう、ため息がこぼれてしまう。
今日出会ったのも運命の導きか。
であれば、声をかけるのが導いてくれた運命への礼儀というものだ。
グスは両手で頬を叩き、気を引き締める。
漢らしい堂々とした足取りでテレサの元まで歩く。
そして自分でも惚れてしまいそうな渋い声で話しかける。
「よお、テレサ、今日はどんな調子だい?」
「あらグスくん、元気よ」
花のように柔らかい声だ、ずっと聴いていたい。
「今度皆で腕相撲大会をしようと思うんだ、良かったら見に来ないか?」
腕相撲大会をする予定なんてない。
テレサと話すためにでっちあげた口実だ。
しかし無いなら作ればいいだけのこと。
ガキ大将であるグスであれば、大会の一つや二つ声をかければできる。
「うーん……腕相撲大会?」
テレサが決まりの悪い表情を浮かべる。
しまった。
腕相撲大会はダサかっただろうか。
絵面も地味だし、女の子であるテレサには面白くないかもしれない。
「あっ!競争大会でもいいぞ、木登り大会でも!何か見たいのあるか?」
「えーどうしようかな」
テレサが首を傾げる。そんな姿も可愛らしい。
春の草原にぽつりと咲き、風にそよぐ小さな花のようだ。
親父が言っていたが、女は強い男に惚れるらしい。
だからとにかく、テレサに強くてカッコいいところを見せて、何としても自分のものにしてやる。
村一番の美少女は、村一番に逞しいグス様にこそお似合いなのだ。
ガキ大将は心の中で舌なめずりした。
「グスくん、怖い顔してるよ」
テレサが引きつった笑みを浮かべる。
しまった。
ただでさえ俺は厳ついんだ。
気をつけないと男らしさを越して怖さを与えてしまう。
特にテレサは繊細な女の子だ。
表情には気をつけないといけない。
そう考え、グスは己の軽率さを反省した。
言うまでもなく、グスの反省は物凄く貴重である。
「ゴホン、じゃあどうかな?明日とか、いや、テレサが厳しければ明後日でもいいけど」
「うーん、その大会には誰が来るの?」
誰が?
考えてもいなかったが、そんなに大事な事だろうか。
だが確かに、自分一人で大会は開けない。
誰が来ようが全員叩きのめして圧倒的な差をつけるまでだが、それなら人数は多い方が良い。
その方が勝った時の見栄えも良いというものだ。
村中の子供を打ち負かし、その上に君臨する己の雄姿を幻視したグスは勝手に機嫌が良くなる。
「そうだな、村中の奴らに声をかけるよ、なるべく大勢でやるつもりだ」
「そっか、じゃあレオくんとヴィンくんも来るの?」
「へ、レオとヴィン?」
グスはぽかんと口を開ける。
考えてもいない名前が突然出てきたからだ。
何でレオとヴィン?
あいつら無口で友達もいないし、ずっと引きこもってる奴らだろ?
テレサがなんであんなやつらのことを気にするんだ?
自分ではなく関係の無い男の名前を聞き、グスの機嫌が悪くなる。
「……声はかけるが、あいつらがどうかしたのか?」
「ううん、ちょっと気になっただけ」
なるほどそうか、テレサは優しい女の子なんだ。
誰も気に留めない、影の薄いあの二人にも気を配っているのだろう。
せっかくのグス様主催の大会なのに、仲間外れは確かに可哀想だ。
引き立て役になる権利ぐらいは与えてやるべきだろう。
グスは非の打ち所のない自分の解釈に納得し、妄想上のテレサの優しさに惚れ惚れする。
最強の男と最優の女、そんな二人が結婚して子供を産めば、無敵の子供が生まれるに違いない。
もちろん子供を生むには神官様の許可が必要だが、村のヒエラルキーで上位であるグスとテレサの一家であれば何も問題は無いだろう。
理想の未来を思い描き、グスの機嫌が急上昇する。
「任せとけ、レオもヴィンも、ちゃんと全員呼んでやるよ、明日でいいか?」
「本当?じゃあ楽しみにしてるね」
「よっしゃ!明日は見ててくれよな!」
バイセップスを決め、右腕の上腕二頭筋が盛り上がる様子を見せると、テレサがニコリと笑う。
彼女が明日、俺の雄姿を見るのを楽しみにしてくれているのだ。
村一番の美少女にそんな風に思われて張り切らない男などいない。
今度こそ惚れさせてやるぞ、このグス様に手に入らないものはないのだ!
グスはフンと牛のような鼻息を出し、明日へ向けて気合を入れた。
こうしてはいられない、大会を間に合わせるためには早速声をかけて回らなきゃいけない。
グス様主催、最強の野郎決定戦を急遽開催だ!
走り去るグスの背中を見て、村一番の美少女はボソリと呟いた。
「もう嫌だ……」
*
毎朝の祈りが終わり、人々がそれぞれの仕事の為に散っていく。
そんな中、教会のすぐ隣にある、「裁きの広場」には五十人ほどの子供達が集まっていた。
今日はガキ大将のグスが主催する、大会の開催日なのだから。
「ようよう!集まってくれたなぁ!これから俺様が主催の大会を開催するぜぇ!」
「「い、いぇーい!」」
「内容はこうだ!最初に競走!次に木登り!最後は格闘試合だ!優勝者にはテレサと結婚する権利!」
「「おおおおお」」
湧いたように男子達が盛り上がる。
「ちょっと、勝手に決めないでくれる?」
テレサの冷たい声が飛ぶ。
「うーむ、確かに万が一というのがあるもんな。ではテレサと一日デートする権利だ!どうだあああ!」
「「おおおおお」」
「いや、そういう意味じゃなく、はぁ……」
テレサが心底呆れた表情で顔を覆った。
周りにいた女子達もテレサを擁護する。
「勝手に決めるなんてテレサちゃんが可哀想だよー!」
「そうよグスくん、いくらテレサちゃんが好きだからって強引すぎ」
「んだよ!文句あんのかブス共!」
グスが睨みを聞かせるが、女子に暴力を振るうことは殆どないと知っているので女子達も強気だ。
「なによガキ大将!」「暴力男!」「そんなんじゃモテないわよ!」
「ああん!ぶっ殺されてぇのか!」
グスが腕をまくりドシドシと近づくと、女の子達はキャーキャー言いながら逃げる。
そんな様子を少し離れた場所から眺める二人の少年がいた。
「どうしてあんなことで喧嘩するんだろうね」
「威張りたいだけだろ」
十一歳の少年、レオとヴィンはつまらなそうに話している。
それもこれも、ヴィンの両親が追放され、周りの態度が変わったのがきっかけなのかもしれない。
二人に子供社会での居場所は無くなり、孤独の時間を考え事で潰すようになった。
他の子が走り回っている間、二人は色んなことを話し、考え、暇を潰した。
そうした積み重ねの結果なのか、いつしか村の子供たちとは全く話が合わなくなった。
だから二人は、家族以外には無口でいるようにしている。
ぼーっと子供たちを眺めていると、一人の女の子に目が留まった。
子供では一番整った顔をしている、テレサだ。
「テレサって綺麗だしかわいいよな」
「やめときなよ、グスにボコられるよ」
「褒めただけでボコられるとか理不尽にも程があるだろ」
「実際そうなんだからしょうがないじゃん」
他愛もなく会話していると、テレサがこちらを見た。
そして微笑んだ。
「な、なぁ今の俺たちに対してかな」
「か、考えすぎだよ、僕ら日陰者だし」
可愛い女の子から笑顔を向けられて、胸の高鳴らない男なんていない。
二人の少年は美少女の笑顔を受け、心の中にむず痒いものを感じた。
そんなときめきは、鼻水を垂らした村の子供に台無しにされる。
「よぉ!レオ、ヴィン、おまぇら久々に見たなぁ!」
「ああ、ガバオ君久しぶり」
「なぁなぁ大会に勝ったらよ、あのよ、テレサちゃんと、でへへ、で、デートできるってマジかなぁ」
「さあ、主催者が言ってるんだからマジなんじゃないの?」
「おおほ!じゃあおで、がんばろっかなぁ、でもグス様にゃ敵わんかぁ、くそうくそう」
ガバオはバカ面を浮かべながら悔しそうに地団駄を踏んでいる。
「おお、珍しい面子じゃあん、何の話してんだ?」
「あ!ホアッタくぅん!やっぱさ、デートのあれ、優勝のやつ、あれ本当かなぁ?」
「バッカだなぁおめぇ、そりゃあれだよ、あー、あ?なんつったさっき?」
「いや、だからさぁ、デートの、テレサちゃんと、ぐへへ、本当かなぁ?って」
「ぎゃははははは、おめぇ鼻水きたねぇよ馬鹿じゃねぇの、うははははは」
駄目だ、馬鹿すぎる。
日に日に会話が出来なくなっていく気がする。
どうして彼らはこうなんだろう。
二人は彼らをこうしてしまった原因に思いを馳せる。
「やっぱ親の影響が大きいのかなぁ」
「神官様の教えもあるんじゃない?賢くても褒められないどころか説教されちゃうからね」
「賢さは人間の背負う罪!ってやつだろ、それならガバオとホアッタは天国行きなんだろうなぁ」
「そう考えると馬鹿って才能だよね、一度でも賢くなっちゃったら頭でも打たないと馬鹿に戻れないだろうし」
パンパンと手を叩く音が聞こえる。
どうやら大会主催者のグスが何かを言うようだった。
「おーし、それじゃぼちぼち始めるぞ!まずは競争するから西の原っぱへ向かう!ついてこい!」
西の原っぱには一本だけ大きな木が生えており、競争や木登りをする時は訪れる遊び場だ。
男子と女子、総勢五十人以上の子供たちがぞろぞろと動き出す。
長い列の最終尾で、レオとヴィンはやる気なく歩いていた。
「グスって酷い奴だけど、皆を纏める力があるのは凄いよね」
「ただの恐怖政治だろ」
「そうなんだけど、それでも才能だと思うんだよね、僕にはできないし」
ヴィンが変なところでグスに感心する。
「グスの父ちゃんが保安隊長っていうのもあるんじゃねぇの?」
「親の威光?でもカッコいいよね、人喰らいの化け物を一人で撃退したって僕でも憧れちゃうよ」
「ねぇ二人とも何の話してるのー?」
割り込んできたのは村一番の美少女、テレサだ。
日陰者の自分達の所に、なぜ村の花である彼女が来たのかはわからない。
多分、物珍しくて見に来たとかそんなところだと思うが、美少女が近くにいるのは何だか落ち着かない。
華やかな女の子の香りまで漂ってくるし、二人はどぎまぎする。
しかし、グスに知られたら面倒だなという気持ちが湧いてきて、あまり長居して欲しくは無くなった。
「あ、ああ、保安隊長ってかっこいいよねって話してたんだ」
「ゴードンさん?みんな憧れてるよね!」
テレサの優しく無邪気な笑みが輝く。
「じゃあ二人はさ、グスくんのことはどう思ってるの?」
何と困る質問なのだろうか。
グスを心から好きな男子なんているわけがない、そんなのは子供社会では常識だ。
それでも圧倒的な力の前に、皆は従っているのだ。
そんなグスをどう思ってるか?クズ野郎以外に何があるというのだろう。
しかし、レオ達は迷うことなく告げる。
「尊敬してるよ、乱暴なところはあるけど」
「僕も、強いし凄いと思う」
ふぅんと、テレサはまとわりつくような笑みを浮かべた。
「それって本心?」
この美少女は何を聞きたいのだろうか。
ただの美しい花だと思っていたら、棘を見つけてしまったような違和感を覚える。
「テレサさんはグスくんの事どう思ってるの?」
彼女の質問には答えず、ヴィンが質問を重ねた。
「私?私は嫌いだよ、あんな奴」
あまりにもきっぱり言われ、二人は目を丸くする。
こちらは当たり障りの無い言葉をわざわざ選んだというのに。
「はっきり言うんだなぁ、理由聞いても?」
「だって馬鹿じゃん、村の子供って馬鹿ばっか」
その言葉には脊髄反射的に激しく共感した。
しかし、二人はショックでもあった。
村一番の美少女が、こんな棘のあることを言うとは思ってもみなかったからだ。
綺麗な花には棘がある、という言葉は本当なのだなぁと思いに耽る。
「賢いと神官様に怒られちゃうからね」
「そうね、神官も馬鹿よね」
流石に問題発言が過ぎて辺りを見回してしまう。
村に於いて神官の存在は絶対。
それを貶すような言葉を言えば無事では済まない。
幸い前の人とは距離が空いており、聞こえていなさそうではあった。
それでも、心臓が悪い音を立てるのを止められない。
なぜテレサは二人にあんなことを言ったのか。
いや、この二人だからこそ言ったのかもしれない。
何故ならヴィンは両親を追放された恨みがあるし、そんなヴィンと育ってきたレオにも神官を良くは思っていないからだ。
テレサはそれを見抜いた上で、わざわざ先ほどの発言をしたのだろうか?
額から変な汗が流れる。
「あは、面白い顔ありがとう!二人のことは嫌いじゃないよ」
テレサは愛らしく肩を竦め、とてとてと列の先へ戻っていく。
美しい花には棘がある。
しかし、テレサという花は猛毒も染み出しているようだった。
「れ、レオ、テレサってやばい子なのかな?」
「そ、そうだな、関わったら滅びる気がする」
二人は今日、馬鹿とは違う意味で関わりたくない子を見つけてしまった。