【第21話】『奪取作戦』
「ヴィン!戻るぞ!」
「わかってる!」
先ほどとは真逆のペースで動き出す。
鍛え上げてきた足で地面を踏み抜き、驚くほどの速さで廃墟を駆け抜けた。
あっという間に歩行戦車の場所まで来ると、操縦席に向かってレオが叫ぶ。
「スヴェンさん!光の柱が落ちた!」
「ああ、探知機で捉えてたよ!まさか衛星砲が撃ち込まれるとは思わなかったけど」
「どうするつもりですか?!」
「そうだねぇ……ど、どうしよ!?」
指示を仰がれて困惑するスヴェンの肩を、レオは掴んだ。
「今すぐ行くぞ!誰かが襲われてるッ!」
「へ!?なに言ってんのレオくん!?」
「向こうで誰かが、俺らの父ちゃんと母ちゃんみたいになってるかもしれねぇんだぞッ!見て見ぬふりなんてできるかよッ!」
「いやいやいや!それは絶対駄目っしょ!大将の命令に反することになるし、危険が大きすぎるっす!」
「じゃあどうすんだよ!助けられるのは俺達しかいねぇんだぞ!」
「レオ、落ち着いて」
焦燥に駆られて冷静さを欠いているレオを、ヴィンは諫めた。
「気持ちはわかるけど、何の情報もなくあそこに突っ込むのは自殺行為だよ」
「あの光の柱を見て何もしないつもりかよッ!」
「僕達は正義のヒーローでも何でもないよ!ミストゾーンを背負ってここにいるんだ!命を粗末にして皆に迷惑をかけることはできない!」
「……クソッ!じゃあどうすんだよ!」
「スヴェンさん、ドローンを飛ばして偵察することはできませんか?何にせよ今は情報を集めた方が良いと思うんです」
「それは、一理あるかもっすね」
どうするべきか決めあぐねていたスヴェンだったが、ヴィンの提案を飲み込んでからの行動は早かった。
すぐにゴーグルを配り、操作盤に繋がれたコントローラーを握る。
「偵察用を一機と、中継用を一機だけ放出するっすよ。操作は俺っちがするけど、二人も何か気づいたら共有してね」
「襲われてる人がいたら、どうする気なんだ」
「助けられそうなら助けるけど、俺っち達が危うくなるような行為は一切しないっすよ。ヴィンくんが言った通り、他人より家族。これ鉄則っす」
「見殺しってことかよ……」
悔しそうにしながらも、レオは気持ちを抑えてゴーグルを着けた。
歩行戦車に搭載された格納庫が開き、二つの小型ドローンが飛び出す。
流石というべきか、スヴェンの操作は軽快で無駄がなかった。
この暗闇の中であっても、赤外線センサーを頼りにあらゆる障害物を避けて進んでいく。
そうして飛んでいる内に、光の柱が落ちた方角が僅かに光っているのが見えてきた。
「おい、あそこじゃねぇか……?!」
「なんだろう、炎の中心に変な形の岩みたいなのがあるけど」
「たぶん歩行戦車っすね。特殊装甲を使ってると暗視カメラの赤外線反射率が狂うから、ヘンテコな形に見えるっす。周囲に炎があるから、普通のカメラに切り替えれば見える筈だけど」
そう言ってスヴェンが小気味よい指さばきでコントローラーを弄ると、画面が一瞬暗転してから新しい視界が映し出された。
明度が自動で調整され、炎の光を頼りに昼間のように明るい映像へと切り替わる。
そこには予想通り、黒焦げで穴の開いた歩行戦車が一台転がっていた。
「……これが、さっきの攻撃を受けたのか?」
「みたいだね、もっと接近できますか?」
「任せとき!」
近づいていくと、現場の映像が鮮明に映し出された。
焼け落ちているのは歩行戦車だけではない。
炭と火で覆われた周囲には、焼けた塊が何個か転がっていた。
辛うじて人のものだとわかる、黒い塊が。
「うわぁ、こりゃドン引き映像っすねぇ」
「ああくそッ!やっぱり!なんでこんなことしやがんだッ!」
「これは、酷いね……」
レオは両親を失った日を思い出し、頭痛を覚えた。
アリストとマリーは、あの光の柱に焼かれて消されたのだ。
それと同じことが、今まさに行われたのだとしたら――――
爪先が食い込むほど固く握り拳を作っていると、横にいたヴィンが何かを呟き始めた。
「……おかしい、歩行戦車の機動力があってどうして衛星砲を喰らった?足止め、だとしたら周囲に散ってる焼死体も謎だ。そもそも周囲に誰もいないのは何故……?つまり、相手は……」
その姿を怪訝に思いながらも、二人は耳を傾ける。
そうして何かに思い至ったのか、ヴィンは確信を掴んだ声で言った。
「……そうか、彼らは失敗したんだ!」
ヴィンの声が一転して明るいものに変わった。
凄惨な現場に似合わない、喜びを感じさせる声だ。
だが、レオもスヴェンも、彼が何に思い至ったのか察することはできなかった。
それ故に、彼の態度には訝しく思う他ない。
「……何か気づいたのか?」
「えっと、この前に来たガーウィルって人を憶えてる?」
「緑色の髪したおっさんか?憶えてるけど」
ビッグツリーという大規模コロニーから来た男は、自分たちに衝撃的な話を伝えた。
ノーマンが人間に成りすまし、他のコロニーを次々に乗っ取っているというのだ。
自分達はその危機を打破するために、外を走り回って危険を知らせている。
「あれがどうかしたのか?」
「あの話を信じるなら、ノーマンはこの近辺にあるどこかの地上部隊を襲おうとしたんだと思う。いや、戦闘が起きたということは実際に襲った後だろうけど」
「そりゃわかるよ。だから生き残ってる人を探して助けるべきだろ。そして襲撃者がノーマンだって教える。それが現状、俺達にできる最大限のことだ」
「違うよレオ。僕達が今やるべきなのは残骸の調査と、周辺の確認だ。彼らが失敗したこの瞬間がチャンスなんだ。あわよくば襲撃された側の人間とコンタクトがとれるかもしれないし、死体であっても調べる価値は十分にある」
「失敗?チャンス?死体を調べる価値?何言ってんだヴィン?!」
訳の分からないことを言うヴィンに、レオは苛立った。
消し炭にされた人の姿を見て、襲ってくるノーマンの脅威を知っていて、それの何がチャンスだというのだ。
悲壮感どころか、高揚すらしているヴィンが薄情者に思えてならない。
そういった気持ちを感じ取ったのか、彼は少しばかり焦りながら弁明した。
「違うんだよレオ!確かに犠牲になった人もいるかもしれないけど、あそこで焼けていたのは十中八九人間じゃない!今回負けたのはノーマンの方だ!」
「は?じゃあ何か?ノーマンが自分で自分を焼いたってのか?んな馬鹿な話あるか!」
「あるんだよ!よく考えてみて。僕達が村にいたあの時、どうしてノーマンは光の柱を落としたんだと思う!?」
「んなの決まって……!」
そう尋ねられ、レオは自分が冷静じゃないことに気付いた。
確かに両親を焼き殺したのは、ノーマンが放った光の柱で間違いない。
しかし、ノーマンが狙ったのは果たして両親の命だったのだろうか?
「……いや、違う」
両親を殺すのにあんなものを使う必要はない。
大量に散らばっていた機械生物の一体を連れてきて、煮るなり焼くなりすれば済む話だ。
もっと言えば、殺す必要性すらあったとは思えない。
ではあの時、ノーマンは本当は何を狙っていたというのか。
大きく息を吐き、冷静さを取り戻したレオは考え至っていた結論を思い出した。
「教会を壊す為。いや、教会の中にあるものを奪われない為だ。あとは、神官の身体を調べられないように消す為、だと思う」
その答えを聞き、ヴィンは安堵したように表情を緩める。
「そう!それを奪われない為に光の柱を落としたんだ!前回も、恐らくは今回も!」
「なるほど、そういうことか……!」
ようやくヴィンが言っていたことに理解が及ぶ。
ノーマンは高い技術力を持つ一方、人間が高度な技術を持つことは恐れている。
それ故に、自分達の技術が流出することは阻止しようとしているのだ。
教会の地下には恐らく、『神器』と称されていた高度な物品が幾つも保管されていた。
だからノーマンは奪われない為に教会を壊した。
死んだ神官の正体は『ノーマン』だった。
例え死体であっても、その身体には調べるだけの価値があっただろう。
だからノーマンは奪われない為に消し去った。
彼らは『アメリア』のことを何も知らなかった。
実際は迷い込んで行き倒れた一人の女性に過ぎなかったが、もしかしたらノーマンの情報を奪取する為にやって来た人間の集団の一人だったかもしれない。
正体も、人数も、目的も、何一つとして確証を得るものは無かったからこそ、彼らは最悪の可能性を想定して動いていた。
その結果が、あの光の柱だ。
最も早く、最も確実な破壊手段である衛星兵器を使って、何もかもを破壊したのだ。
アリストとマリーは不運にも、その攻撃に巻き込まれてしまった。
それが、レオとヴィンの考え至った光の柱の結論だ。
「そうか、今回も同じだとしたら……」
「うん、人間の皮を被って襲撃するのがノーマンの計画であれば、衛星兵器を使う訳はない。だって衛星兵器を使った時点で、人間側は相手がノーマンであると気づいてしまうからね。それでも衛星兵器は使用され、光の柱が落ちた。
それってつまり、『襲撃に失敗して奪われる可能性が出た』ってことでしょ?」
「今調べれば、何か重要な手掛かりが残ってるかもしれないってことか!」
「それに加えて、ノーマンを返り討ちにできる実力の人達がまだ近くにいる可能性がある。それがどこのコロニーの人達なのかはわからないけど、接触できれば重要な繋がりを作れるかもしれない!」
「なるほど、チャンスだな」
「チャンスだよ」
不敵に笑う二人。
しかし操縦席の男、スヴェンだけは無理解を示していた。
「……えっ、どういうことっすか?!俺っちだけ置いてけぼりなんすけど!」
それから手早く説明を終え、スヴェンの承認を経て調査が実施される。
直接現場に行く案は却下されたが、様々なデータ観測と通話が行える二機のドローンが追加で投入された。
三人が一機づつを操作し、黒焦げの歩行戦車や倒れている人、その近辺などを徹底的に調べていく。
あらゆる記録がリアルタイムで送信され、データベースに蓄積されていった。
「レオ、そっちはどう?」
「あぁ、ビンゴだったぞ。黒焦げの歩行戦車の側面に紋章が残ってた。乗っ取られたコロニーのやつだ」
「じゃあ僕達の仮説は間違いなさそうだね。スヴェンさんの方はどうですか?」
「周囲を見てたけど、黒焦げの橋の下に興味深いのがあったんすよ。ちょっと見てみて」
「……これは、何の機械だろう?」
「わかんねぇけど、これが準備されていたって事の方が重要じゃねぇか?」
「変な機械は俺っちが調べとくっすよ。二人は橋の上をお願いね」
そうしてデータを集めていると調査に進捗が生まれた。
いや、進捗というよりは新展開と呼ぶべきか、遠くから爆発音が聞こえたのだ。
「おい!あっちでまだ何か起こってるみたいだぞ!」
*
光の柱が落とされる少し前。
レオ達からそう遠くない場所に、武装した人影が集まっていた。
彼らは身を潜めつつ、何かが来るのを待ち構えていた。
『アルファ班、準備は整っています』
『ブラボー班、準備完了です』
「はいはい、そのまま目標が来るまで待機して下さい。あなた方の仕事ぶりに期待します」
白衣を着た小柄な女は、目の大きさとまるで吊り合っていない丸眼鏡をクイと上げながら言った。
彼女の名は『クリスティ・ラックバーン』、人類基地連合に所属する研究員だ。
「しかし博士……『ノーマンを捕獲する』なんて、本当にできるのでしょうか?」
隣で頭二つ背の高い男が話しかけてきた。
彼はフレッドといい、博士であるクリスティを護衛する役割がある。
「できなきゃ困るんですよ。その為に作戦を立て、少ない予算を限界まで奮発して装備と人員を確保したのですから」
報告によれば、コロニーの連中がノーマンから被害を受けているそうだ。
人間の地上部隊に成りすましたノーマンに襲撃され、賠償行為などをきっかけに拠点を乗っ取っているとか何とか。
彼らがどうなろうと知ったことではないが、その事件がノーマンを捕獲する上でチャンスになるのは間違いない。
なぜなら神出鬼没なノーマンと、確実に遭遇することが出来るのだから。
「何も難しいことはありません。ノーマンを橋までおびき寄せて足止めし、気絶させて誘拐する。それだけですよ」
「ですが、相手はノーマンですよ」
「はぁ、この千載一遇のチャンスを理解できないとは、とんだボケナスですね」
クリスティの罵倒に、フレッドは困り眉を浮かべた。
「いいですか?彼らは『人間の地上部隊』に扮しているんです。つまり武装は貧弱です。そして他の地上部隊と接触する必要性から、プテポリプスも近くには飛ばせません。おまけに廃都市内という好立地です」
「なるほど……」
「このチャンスで及び腰になっていたら、一生掛かってもノーマンを捕まえるなんてできません。やるしかないんですよ。わかりますか?」
「……何分心配性なもので、失礼しました」
そうしていると、無線機から音声が流れる。
既に配置についている隊員の一人だ。
『こちらアルファ班、A7番の監視カメラに、オールドストリートを偽装したノーマンの地上部隊を捕捉!』
「始まりましたね。後戻りはできませんよ」
クリスティも同じ映像を確認する。
そこには一機の歩行戦車と、その周囲を取り囲むように八人の戦闘服を着たノーマンが歩いていた。
「イヒヒ、馬鹿め、予定通りのルートを進んでくれてますね」
ノーマンの進行ルートを制御する為、この近辺の通路には多数の破壊工作を行った。
狙いは嵌り、彼らは奇襲地点へ到達しようとしている。
『まもなく標的が橋に到着!最終許可をお願いします!』
この橋は周囲の建物からの見渡しが良く、狙撃をするには絶好のポイントだ。
さらに真下は死角になっており、何が隠されているかなどわかる筈もない。
「許可します、EMP爆弾を起爆してください」
『ラジャー!遮断シートを外して起爆しろ!3、2、1……オン!』
瞬間、橋の下から青白い光が迸る。
真上にいたノーマンの地上部隊は、全く気付くことなく電磁パルスを受けた。
これは人体には影響が無いが、電子装備に対しては極めて有効な攻撃だ。
過剰な電流を流し込むことで半導体や電子回路に損傷を与え、一時的な誤動作を発生させることができる。
それは思惑通りに働き、橋の上の歩行戦車が停止して、周囲にいたノーマン達の暗視装置も機能を失った。
夕暮れを過ぎた現在、視界を確保できているのはクリスティ博士の部隊だけだ。
『今だ!撃て!』
電磁パルスの影響範囲外、橋を見通せるビルの窓から銃口が突き出される。
麻酔銃の照準が匍匐状態になっているノーマンに合わせられ、引き金が引かれた。
注射針が次々に直撃し、即効性の麻酔が彼らの意識を奪って行く。
『ブラボー班、回収作業に進め!気をつけろ、相手は躊躇なく自爆してくるぞ!』
橋から数十メートル離れた地点に潜んでいた者達が動き出し、倒れているノーマンへ接近する。
直後、歩行戦車を含む一帯が眩く輝いた。
見れば天から何本もの光の柱が現れ、その場所を貫いていた。
意識の残っているノーマンが、自分達を奪われない為に行った苦肉の策だろう。
『衛星砲だ!早急に回収して退却せよ!』
『ラジャー!』
隊員たちは怖気づくことなく、光の柱へと突っ込む。
全てが焼けてしまう前に、目標を手に入れなければならない。
程なくして、担架にノーマンを乗せた隊員達が戻って来た。
『散開しろ!一体でも必ず生体を届けるんだ!』
二人一組の彼らは橋を離れると、バラバラの方角へ散っていった。
光の柱が収束し、一帯を燃え上がらせる頃にはもう手遅れだ。
「おお……やりましたね、博士」
「ヒャッホー!いいですよ!いい仕事ぶりです!」
今頃どこかのコロニーの青年たちは、光の柱を見て大騒ぎしているだろう。
そんなことクリスティは知らないし、他の誰も知らない。
知る必要のないまま、彼らの作戦は進んでいく。
『こちらアルファ班、任務完了。これより撤退します』
奇襲攻撃を担当した『アルファ班』は、別の歩行戦車に乗り込んで一足先に人類基地連合へ向かった。
監視されている場合を想定し、敵の目を逸らす役割も兼ねている。
次にノーマンの回収を行った『ブラボー班』から連絡が入ってきた。
彼らにはまだ重要な役割が残っている。
『こちらブラボー1、ポイントB1に到達!これよりノーマンの無力化を行う!』
ノーマンの意識は麻酔によって奪っているが、覚醒した場合にどう動くかはわからない。
何しろ彼らは全体の利益になるように行動している。
自爆をしたり、舌を噛んで自殺する可能性は高いだろう。
だからこそ、それらができないように無力化する必要があるのだ。
『ブラボー2だ、ポイントB2に到着した。今から裸にして猿轡を噛ませてやる』
『ブラボー3、ポイントB3で作業を開始する』
『ブラボー4です、ポイントB4に到着しました!』
「頼む頼むよ、上手くいってくれ~」
――――何事も、完璧に行くことは難しい。
博士が手を合わせて画面を見ていると、ブラボー2の画面が突然消えた。
何が起きたのかはすぐにわかった。
なぜなら、ブラボー2がいるであろう方角から小さく爆発音が聞こえたからだ。
「ッチ、麻酔が効いてなかったようですね」
わざと眠っているフリをしていたのかはわからないが、ノーマンの一体が自爆をしてしまった。
巻き込まれた二人の隊員は助からなかっただろう。
「博士、どうするつもりですか」
「想定の範囲内です。作戦に変更はありません」
不幸中の幸いか、回収班を分けていたことで全滅は免れた。
残ったブラボー班は作業を完了し、博士のいる最終地点へと動き出す。
歩行戦車の発進準備を済ませて待機すること数分、遂に彼らが到着した。
担架にいるのは、猿轡を噛まされた裸の男が三名だ。
「連れてきました!ノーマンの生体です!」
「早くここに入れて下さい!すぐに出発しますよ!」
博士が指で示した先には、棺桶のような黒い箱が四つ置かれていた。
この箱は簡単に言えば、ノーマンの思念波を遮断することができる箱だ。
ここに入れられたノーマンは、気絶から目を覚ましても他のノーマンと連絡を取ることができなくなる。
これこそが対ノーマン用の運搬ケース、通称『N-BOX』だ。
ブラボー班の六人がそれぞれのノーマンを『N-BOX』へと入れる。
もはや手に入れた三人は脅威ではない。
あとは積み込んで持ち帰るだけだ。
「イヒヒヒ!やった!上手くいった!」
「博士、危ない顔をしていますよ」
クリスティは歪んだ笑顔で狂喜する。
成功が快挙であるのは言うまでもなく、今後はノーマン研究も更に加速するだろう。
夢にも大きく近づくことができる。
喜ぶのは当然というものだ。
――――人はそれを、『油断』と呼ぶのだろうか。
成功ムードになっていた歩行戦車の横で、一人の隊員が吹き飛ばされた。
自動車事故でも起こしたように転がり、柱に頭をぶつけて絶命する。
「な、なんだっ?!」
誰かが驚きの声を上げるのも束の間、今度は二人の隊員が上へと放り投げられた。
十メートルは高さのあるであろう天井に叩きつけられ、そのまま頭から落下する。
嫌な音がなり、首があらぬ方向へと捻じ曲がってしまった。
「何が起きているんですか?!」
「博士!逃げますよ!」
護衛のフレッドがクリスティの手を引っ張り、歩行戦車の中へ引き込む。
その間に一人が貫かれ、もう一人の頭が吹き飛んだ。
生き残った者達はようやく理解する。
『見えない何か』が暴れているのだと。
「待ちなさいっ!まだ箱を回収していません!」
「作戦失敗です!離脱します!」
フレッドが操縦席に乗り込み、歩行戦車のハッチを閉じる。
駆動音が鳴り響き、一気に金属の箱が動き出した。
最後に生き残っていたブラボー班の隊員が後方で弾け飛ぶ。
ここまで準備してきたというのに。
ここまで想定通りに進んできたというのに。
全てが失敗へと傾いていく。
「何をしているんですか!戻りなさい!」
「駄目です!どう見ても対処できない敵がいます!肉眼で視認できないだけじゃなく、赤外線の暗視装置すら誤魔化しているんです!博士の安全を確保できません!」
「生体を持って帰らなければ意味がないでしょうが!このままでは無駄な犠牲ですよ!」
「私の仕事はあなたを守ることです!命令には従えません!」
頑として譲らないフレッドに対しクリスティは歯ぎしりをするが、すぐに閃き命令を下した。
「でしたら私が操縦して安全圏まで避難します!あなたは降りて箱を回収し、後ほど合流しなさい!これなら私の安全性を確保した上で任務を続行できる筈ですね!」
「なっ、敵の姿も、数もわからないというのに、突っ込んで来いということですか……!」
「ええ!そうです!あなたの得意分野でしょう!」
「ッく……」
フレッドは苦渋を飲んだ表情を浮かべるが、やがて決意を固めたように顔を上げる。
「一つだけ、ハッチを開ける前に全方位に催涙ガスを撒いて下さい」
「はいはい、早く行って!」
フレッドがガスマスクを装着し、アサルトライフルを担いで機内後部へ移動する。
クリスティは操縦席に座り、彼の要望通りに操作盤を叩いた。
装甲の両側面の一部が開き、催涙弾が地面に向けて射出される。
「神よ!」
ハッチが開くと同時に、フレッドは機体の外へと飛び出して行った。
クリスティは歩行戦車を操縦しながら、別の歩行戦車で撤退を行っているアルファ班へ無線を繋ぐ。
「こちらクリスティ・ラックバーン!作戦変更!アルファ班は総員引き返してN-BOXを奪還して下さい!撤退はその後にするように!」
『何?!どういうことですか博士!』
「可視光と赤外線で捉えられない敵の妨害により、ブラボー班は全滅しました!このままでは生体の回収は失敗に終わります!」
『暗視装置でも見えない?!どうやって見れば良いんですか?!』
「超音波でもX線でも何でも使えばいいでしょう!とにかく生体を奪還して下さい!」
『そんな無茶な――――』
雑な手つきで無線を切り、操縦へ戻る。
しかし、クリスティは歩行戦車の操縦は慣れていなかった。
経験不足から操作を誤り、大きな亀裂に左側の脚部が全て滑り込んでしまった。
「ああもう!こんなところで止まってる場合じゃないのにっ!」
抜け出すには精密な操作とコツが求められるのだが、焦るクリスティにそこまでの高度な作業は行えない。
機体が全く動かないまま絶望していると、仲間の無線機から通信が入った。
『こ、こちらブラボー3……博士、応答して下さい』
「ええ、聞こえますよ!どうしました!生きているのですか!」
『歩行戦車を棄てて逃げて下さい……爆弾が、仕掛けられて、います』
「爆弾?!何を言ってるんです!いつどこにそんなものが!?」
『――――』
「ああ!もう!」
クリスティはガスマスクと工具箱を手に持ち、機体のハッチを開けて地面に降りる。
先ほどの通信に違和感を覚えていたが、無視できるほどの余裕も根拠もなかった。
ぐるりと回りながら爆弾を探す、つけられたとしたら脚部の可能性が高い。
亀裂に嵌った方の脚部についていた場合は除去するのも一苦労だが、何とかできるだろうか。
そう思って見回していると、再び一帯が眩く光った。
運悪くも、ここは空から見える位置。
そして地上は、彼らに監視されている。
「くそ!そういうことですか!」
全力でその場を逃げ出す。
歩行戦車は光の柱に包まれ、頑丈な装甲ごと燃え上がった。
中にいれば死んでいたが、自分は恐らく生かされたのだ。
「何がブラボー3ですか!何が爆弾ですか!本当にたまったもんじゃありませんね!」
効果的な嘘ほど恐ろしいものは無い。
そして、彼らは嘘をつくのが上手い。
クリスティは全力で走る。
しかし、どこまで逃げられるだろうか。
無線機は中に置いてきたし、食料も水もない。
あるのは工具箱とガスマスク、腰に身に着けている護身用のハンドガンだけだ。
助かる見込みがあるとしたら唯一残ったアルファ班と連絡を取ることだが、この状況じゃそれも厳しい。
考えれば考えるほど泥沼に堕ちていく。
そしてクリスティは、王手をかけられた。
――――ダッダッダッダッ。
姿が見えなくても、音は誤魔化せないようだ。
見えざる襲撃者が、逃げて来た道の向こうから迫って来ていた。
「あわあわあわわ、こ、こ、こうなったら死ぬしか……!」
震える手でハンドガンを取り出し、口に咥える。
それも仕方のない判断だろう。
捕まればありとあらゆる手段で利用され、最後には殺されるか殺されるより残虐な形で再利用されると知っている。
何せ自分は『ノーマン研究者』なのだ。
その後の結末については、凡百の誰よりも多くのことを知っている。
「ひ、人の夢と書いて儚いとは……よ、よく言ったものです、ね」
彼女は全てを諦め、引き金に指をかけた。
クリスティ・ラックバーンの人生はここで終わる。
それは、確実な未来だったのだろう。
一つの偶然さえ、起らなければ。
『大丈夫ですか!』
今まさに死のうとした時、若い男性の声が聞こえた。
見上げれば、眼前には所属不明のドローンが下りて来ていた。
クリスティは幾つもの可能性が脳裏をよぎったが、結論を一つに導けずに目を白黒させる。
理解が追い付かないままでいると、謎の若い男は続けた。
『あなたがノーマンじゃないなら、僕達が力になれるかもしれません!』
――――その日、クリスティ・ラックバーンは『ミストゾーン』と出会った。




