【第19話】『地上調査隊』
「電子パッドは持った?」
「持ったよ」
「バッテリーはある?」
「あるよ」
「あっ、浄水器と精神緩和剤は入れた?」
「入れたって!うるせーな!」
リュックサックを背負いながら、レオは怒鳴った。
背後から執拗に確認してくるのはアメリアだ。
彼女には心から感謝しているが、今に限っては鬱陶しさが上回る。
いつまでも子供扱いは勘弁して欲しい。
「うるさいって何よ!確認は大事でしょ!」
「散々したっつーの!」
「もう一回ぐらいしたって良いじゃない!」
「あと五分で出発なんだよ!」
苛々しながら振り返ると、口を膨らませたアメリアと目が合う。
もう何度見たかわからない顔だが、ふと目線の高さに違和感を覚えた。
「……あれ、姉ちゃん縮んだ?」
「縮まないわよ!レオが大きくなったんでしょ!」
いつの間にアメリアの背丈を抜いていたらしい。
自分の頭に手を乗せて横にスライドさせると、彼女の頭上では拳一個分の空間が生まれた。
先程の些細な怒りなど忘れ、奇妙な感慨を覚える。
「へぇ、ヴィンもテレサも伸びてるから気付かなかったなぁ」
「成長して良かったじゃない。それより忘れ物は本当に無いのね?」
「ああ、心配すんな」
感慨に耽っていると、人の群れの中からヴィンがやって来た。
「レオ、出発だって」
「おお、わかった」
「それじゃあお姉さん、行ってきますね」
「またな姉ちゃん」
「ええ、気をつけてね」
いつもは強気なアメリアの顔が、今日は弱々しく見えた。
「大丈夫、ちゃんと帰ってきますよ」
そんな彼女を勇気づけるように、ヴィンはアメリアを抱きしめた。
彼の行動に少しばかり驚く。
今の自分にとっては照れ臭い行為だと感じたからだ。
「無茶しないでね……」
「うん」
二人の姿を見て考える。
これから何があるのかわからないし、自分もしておくべきなのだろうか。
その方がアメリアは嬉しいのだろうか。
恥ずかしいからやりたくないが、このまま別れるというのも落ち着かない。
などと迷っていたら、ヴィンと抱擁を終えたアメリアがこちらへやってきた。
先程よりも強気な顔で両手を広げてくる。
やれ、ということだろう。
「はぁ……」
半ば強制的な圧力を受け、レオは観念した。
両手を広げ、アメリアの背中に手を回す。
アメリアは満足そうに抱き返してきた。
「行ってきます」
「ん、行ってらっしゃい」
やはり恥ずかしい。
どうしてヴィンは気にせずにできるのだろうか。
まだ自分ほど精神年齢が高くないのだろうか。
そんな気がする。
きっとそうに違いない。
手早く抱擁を済ませると、ゲートが開いていく音が聞こえた。
出発の時間だ。
「気をつけてなー!」
「早く帰って来てくれよー!」
「よろしく頼んだぞー!」
ゲートの近くには地上調査隊と、それを取り囲むようにコロニーの住人達が集まっている。
外へ行かんとする自分達に向けて数々の声援が送られた。
彼らの言葉に見送られながら、コロニーの外に足を踏み出す。
「頑張ってねー!」
最後にアメリアの声が聞こえ、ゲートが閉じていく。
当分は戻ることはできないだろう。
自分達は地上調査隊としての役割を果たさなければならないのだから。
「行くか」
「うん」
それから地上に出る為に、長い迷路のような通路を歩いた。
ある時は上り、ある時は下り、右や左に曲がっては、ひたすら真っすぐ進んだりもする。
ここは地下の通路を改造して作った立体迷路のエリアで、コロニーの隠蔽と防衛の役割を兼ねているらしい。
迷路の構造は内部から遠隔操作できる隔壁で容易に形を変えることができるので、道順を憶えるということは不可能な仕組みになっている。
事前にルートを知らされていたギルバだけが、迷いのない足取りで皆を導いた。
最後の階段を上がった時、眩いばかりの光が漏れだしている。
そこは紛れもなく、外の世界であった。
「うおっ、空だ……」
「四年ぶりだね」
レオとヴィンは目を細めながらも感動していた。
青が二割の曇り空。
清々しく胸を冷やす空気。
周囲に立ち上る古代都市の建築物。
何もかも仮想世界で見慣れていた筈なのに、実際に立ってみれば明らかに存在感が違った。
隊列の前方で、テレサやニマがはしゃいでいるのも無理はない。
危険で、広大で、美しい。
『本物』の地上に戻ってきたのだ。
「ガキ共、久々の空に感動するのはわかるが、影から出るな。地上は監視されているんだ」
隊長のギルバに注意をされ、四人は名残惜しそうにしながらも道の端に寄った。
空には生物機械のプテポリプスが飛んでおり、宇宙にはノーマンの監視衛星が無数に浮かんでいる。
何も見えないからといって、見られていないと思ってはいけないのだ。
「これから長旅を行うわけだが、その前に地上拠点に立ち寄る。場所は定期的に変わるから注意しろ」
そういってギルバは、朽ちた高層ビルの一つを指した。
パッと見では他の廃墟と変わりがないが、中には地上調査隊が活動する上で重要な設備が整っているそうだ。
先日訪れた『ビッグツリー』の男も、同じような拠点の一つで話をしていたのだろう。
地上拠点の一室に辿り着き、メンバーはギルバの話に耳を傾けていた。
「任務についての最終確認を行うぞ。まず俺たちは三つの班に分かれる。『アロフ班』、『ギルバ班』、『ブライズ班』だ。アロフの班は今まで通り拠点近郊の警備を行ってもらうが、他二つの班は楽しい遠足をしに行く。最たる目的はミストゾーンの必需品を中立都市で手に入れて持ち帰ることと、道中にあるコロニーに危機を知らせることだ。班は中立都市で合流するが、それまでは別々のルートを行く。一つでも多くのコロニーを周る必要があるからな」
先日の対談を思い出す。
録画は何度も見返したし、ヴィンに至ってはメモまでして研究していた。
内容はしっかり頭に入っている。
迫り来るノーマンを退ける為に、自分達はこれから動くのだ。
「遠足チームは合計九名。俺の班にはスヴェン、レオ、ヴィンの四名。ブライズの班にはマテュー、エルヴィス、ニマ、テレサの五名だ。遠足の予定期間は一ヶ月。その間に全て終わらせる。何か質問は?」
ギルバが問うと、額に傷跡のある屈強な男が手を挙げた。
彼は『ブライズ』といい、地上調査隊では副隊長を務めている。
口を開けば、重厚で落ち着きのある声が響いた。
「班の振り分けに疑問がある。新人四人をなぜ長距離遠征の班に加えた?最初はコロニーに近い地上拠点で働かせるべきではないのか?」
暗に足手まといだと言われているが、役に立てるほど経験を積んでいないのは事実なので文句は言えない。
レオ達は緊張しながら話の行方を聞いた。
ギルバは答える。
「地上拠点は新米を優しく守りながら育てる場所じゃねぇ。コロニーの窓口であり、最前線であり、防衛の要だ。ノーマンが動いている以上、素人を置いてヘマをされるわけにはいかねぇんだよ」
「遠征部隊の方が安全だと言いたいのか?」
「どっちもクソだが、遠足してる方がマシだと俺は判断した。オースティンも同意見だ」
「そうか、ならば私から言うべきことはない」
説明に納得したのかは分からないが、彼がそれ以上食い下がる事はなかった。
「他に質問は?」
すかさずテレサが手を挙げる。
彼女の言いたいことを察したのか、ギルバの眉毛が不快げに歪んだ。
それでも、聞く前から拒絶するようなことはしないらしい。
顎を動かして喋るように促す。
「私はレオとヴィンと一緒の班がいいです!」
「駄目だ」
即座に切り捨てられ、テレサは憎しみのこもった視線を向けた。
「どうしてですか!」
「黙れ、他に質問のある奴は?」
取り合う価値が無いと判断すれば、ギルバは何の説明も配慮もしない。
ただ否定し、終わらせる。
そういう男だ。
「無いなら話は終わりだ。各員行動を開始しろッ!」
概ね全員の返事と共に、地上調査隊の任務は開始された。
歩行戦車が保管してある地下格納庫に向かう道すがら、レオやテレサ達はお互いの別れを惜しんだ。
「俺たち別々になっちまうんだな」
「レオ、ヴィン、気をつけてね。死んだら絶対駄目だからね。いざという時は隊長を盾にしてでも逃げてね。あの人がピンチになっても無理に助けなくていいからね」
先ほどへの恨み言を全開にしながら、テレサはレオの手を握る。
その後、ヴィンも握手を交わしながら彼女たちのことを思いやった。
「みんなで戻れるように頑張るよ。テレサとニマも気をつけてね」
「テレテレはニマちゃんが守るから大丈夫なのですっ!ビンビンこそ喧嘩弱いから気をつけるのですっ!」
四人は分かれ、それぞれの班として移動する。
レオとヴィンは『ギルバ班』へ、テレサとニマは『ブライズ班』だ。
長距離遠征用の歩行戦車に乗り込むと、駆動音が鳴り響いて巨大な機械が重い腰を上げた。
「うひょお!マジで動いた!」
「凄いね、本当に歩いてるよっ!」
六本の脚が律動的に動き、金属の箱が前へと進む。
人が四人入ってもまだゆとりのある歩行戦車は、紛れもなく巨体と言えるだろう。
見た目は、『四角い蜘蛛』という表現が近いかもしれないが、脚が太くてずんぐりした点は『亀』にも似ているかもしれない。
「おいあれ、テレサとニマが乗ってる機体だぜ!」
「本当だ、向こうもこっちのことは見えてるのかな」
装甲に覆われている為に窓はないが、外のカメラとリンクしているモニターに別の歩行戦車が映っていた。
分かれ道に差し掛かった時、二つの歩行戦車は別々の方角へと離れて行く。
「あ、行っちまう」
「何事もないといいね」
どんどん開く距離の向こうで、テレサやニマを載せた歩行戦車から青色の光が点滅した。
旅の無事を祈る、という意味を持つ友好的な合図だ。
こちらの機体も同様のサインを返したのだろう、周囲の景色が青い光を反射していた。
レオとヴィンも、モニター越しに彼らの無事を祈る。
お互いの姿が見えなくなってからも、歩行戦車は歩みを続けた。
影と光の差す悪路を踏み越えていき、その度に機体が揺れたり傾いたりする。
事前の訓練と酔い止めのおかげで気持ち悪くなることは無いが、完全な素人を乗せたら一時間と経たずに吐くかもしれない。
そんな想像をしながら座っていると、操縦席の方から声が聞こえてきた。
「皆さんどうも、スヴェン運送にようこそ!本機は大変揺れますので、セーフティーベルトはしっかりつけて下さいね。つけてない場合に起きた地震、雷、火事、親父などの損害については当社は一切の責任を負いかねますので、ご了承くださーい!なんちってー!」
「お、おう」
「よろしくお願いします」
彼は『スヴェン・ミスト・メイヤー』、歩行戦車の操縦士だ。
染められた金髪にいやらしい垂れ目、そして左耳に空いた銀色のピアスが、遊び人という様相を醸し出している。
見た目を一言で表すなら『チャラ男』だろう。
彼もれっきとした地上調査隊のメンバーだ。
「無駄口叩いてねぇでとっとと到着しろ。俺は帰って酒が飲みたいんだ」
ギルバがぶっきらぼうに難癖を付けるが、スヴェンは軽い調子を崩さないまま返す。
「わかってるっすよ大将。行け!かわいい俺っちのアラネアちゃん!今日も一緒にかっ飛ばしちゃうよぉ~!」
スヴェンは勝手に命名した歩行戦車の名を呼びながら、サイドレバーを倒した。
脚部に内蔵されたタイヤが飛び出してきて道路を軽やかに走行し始める。
『歩行』から『走行』に切り替わったことで揺れが収まり、乗り心地が幾分か改善された。
道の状況に応じて移動モードを切り替えられるのが、歩行戦車の素晴らしいところだ。
「流石アラネアちゃんは凄いでちゅね~!今日も絶好調だぁー!」
そう言ってスヴェンは、操作盤を優しく撫でてからモニターにキスをした。
どうやら無機物に対して、一般的ではない嗜好をお持ちの方のようだ。
知りたくもなかった彼の新しい一面を知ってしまい、レオとヴィンは顔を見合わせて苦笑する。
「思ってたよりヤベー人だな……」
「しっ、レオ、聞こえちゃうよ」
しばらく移動して、モニター越しに見える景色に空の映る面積が多くなってきた頃、スヴェンが声を上げた。
「大将ぉ、そろそろ丸見えなんで頼むっす!」
「わかった、偵察ドローンを展開しろ」
ギルバは操縦席の横に掛けられているゴーグルを二つ取ると、レオとヴィンに投げつけた。
それから更にもう一つ取り出して、自分の頭に装着する。
手渡されたものを見ながら、レオは尋ねた。
「なんすかこれ」
「外に展開した偵察ドローンとリンクしている。被って監視をしろ。デカイ図体を隠すのは大変なんだ」
その答えにレオもヴィンも合点が行ったが、ギルバは続けた。
「特殊装甲のおかげで、熱探知とレーダー探知は誤魔化せる。だが見た目と音は誤魔化せねぇ、開けた場所じゃデカい的だ。だから周囲を警戒しろ、特にプテポリプスだけは見逃すな」
返事をしてゴーグルをつけると、外の景色が見えた。
歩行戦車の速度に合わせて、自動で追尾している偵察ドローンのカメラだろう。
首を回すと、景色も回転して見えた。
「おお、おもしれぇな」
「廃墟だらけだね」
「前後左右の四箇所にドローンを飛ばしている。俺は前後を監視する、お前達は左右を監視しろ」
地上での初仕事に、二人は気を引き締めた。
レオは左側を、ヴィンは右側を担当している。
ギルバは前後二つを同時に監視しているらしいが、一体どんな風に見えているのだろうか。
「しっかしデケェ建物だなぁ。こんなんどうやって建てたんだよ」
「かなり年月が経ってる筈なのに、未だに形を保ってるのは凄いよね」
「今はもう造れないんだろ?惜しい話だよな」
「人間だけの世界になれば、また造れるようになるかもしれないけどね」
レオとヴィンの雑談を後方に残し、歩行戦車は古代都市を走っていく。
監視を始めて一時間、今の所怪しい影はない。
時折、見たことのないものを見つけては慌てて報告するが、大抵は無害なものばかりだった。
少しずつ周囲の景色が陰鬱になってきた頃合いで、操縦席からスヴェンが顔を覗かせる。
「この辺でいいっしょ。頼みますわ大将」
「よし、お前らゴーグルを外して降りろ。ガスマスクと手袋を忘れるな」
トンネルに少し入ったところで歩行戦車が停止し、後ろのハッチが開く。
暗がりに、ひび割れたアスファルトの道が見えた。
「今度は何するんだ隊長」
「ゴミを捨てる。ついでの仕事ってやつだ」
「ここでやるんですね」
ギルバの指示に従い、レオとヴィンは機体を降りた。
歩行戦車の脇には十数個のドラム缶が括り付けられている。
全てがミストゾーンの『廃棄物』だ。
コロニーで出たゴミは可能な限り再利用されるが、それが不可能な部分は濃縮して袋に詰め込み、蓋付きのドラム缶に入れられる。
そしてコロニーから離れた場所で取り出し、棄てることになっているという。
「ドラム缶は結構重いから、下ろすのは二人でやれ。それと手袋以外にゴミを付着させるなよ。二度と臭いが取れなくなるぞ」
そう言ってギルバはドラム缶を下ろし、中に入っていた袋を次々に道路の外へ放り投げた。
レオとヴィンも括り付けられているドラム缶の一つを外し、二人掛かりで地面に下ろす。
確かに重い、一個辺り五十キロはありそうだ。
硬い蓋を開けると、ガスマスク越しですら臭いを感じる黒色の袋が入っていた。
もし中身を直に浴びたりしたら……死んでもおかしくはない代物だ。
「やべぇなこれ!牛のフンで顔パックする方がまだ清潔だぜ!」
「フンは撒けば肥料になるけど、これを撒いたら雑草の一本も生えなくなりそうだねぇ」
二人は中の袋を取り出していき、身体に触れないよう慎重に運ぶ。
それらを道路際の欄干に乗せ上げ、押し出して落とす。
黒い塊が何度か跳ねながら転がっていった。
途中で突起に引っかかって中身をぶちまけているものもある。
「うはー、下は悲惨なことになってそうだな」
「誰も住んでないと思うから、まだいいけどね」
ドラム缶の中身を全て放出したら、元に戻して別のを下ろす。
硬い蓋を開け、手袋以外に触らないように注意をしながら袋を運んで捨てる。
それを何往復も繰り返していく。
「これって毒を撒き散らしてるみたいなもんだろ?いいのかねぇ、人として」
「燃やせば煙が出て見つかるし、溜め込めば病気が蔓延するって話だからね。しょうがないとは思うよ」
「それはわかるけどよぉ。コロニーでは散々綺麗にするように言われてきた訳だろ?その反面がこれだぜ?」
「ふふ、レオは真面目なんだね」
「真面目とか、ヴィンには言われたくねぇよ?!」
雑談をしながらも作業は続き、廃棄物の袋は数を減らしていった。
下の階層は地獄の廃墟と化しているだろうが、ここは至って普通の廃墟のままだ。
いよいよ最後の数個になった時、レオはゴミの散らばる底の方で何かが蠢いているのを見つけた。
「うわ、きっも!」
思わず声が出る。
白っぽくて、ゲル状の巨大な塊。
例えるなら溶けたウニか、触手の生えたアメーバだろうか。
彼らは這いずるようにやってきて、ゴミの袋に覆い被さった。
それからブルブルと不気味に震え出す。
まさかとは思うが、取り込んでいるのかもしれない。
「レオ、何を見て……うわっ!何あれ!」
「俺が聞きてぇよ、何だあれ」
到底まともな生き物には見えないし、絶対に近寄りたくない。
アレに近寄る位なら、屁をこいたばかりのカメムシを鼻に詰めた方が百倍はマシだろう。
二人は嫌悪感と危機感を覚えながらも、即座にギルバに報告した。
「おい隊長!キモいのがいるぞ!」
「隊長!白くてグネグネした生き物が下にいますっ!」
焦って安直な報告をする二人とは打って変わり、ギルバは冷静なまま欄干に近づいて底を見た。
それから、予想通りだったと言わんばかりに手をひらひらさせて教える。
「ありゃ変異生物の一種だ。ゴミを食って分解すんだよ。襲ってきたりはしねぇから心配すんな」
「マジかよ、あのゴミを食べるのかっ?!」
「そういう奴だからな。ここら辺は多く生息してるから良いゴミ捨て場なんだよ」
「そ、そうなんですか、すごいですね……」
濃縮された廃棄物を食べるゲル状の生き物。
あまりの異常さに、二人は驚愕する他なかった。
「体壊したりはしないのか?」
「知るか。ゴミがうまいってんなら食わせてやるだけだ。こんな風になッ!」
ギルバが最後の一袋を放り投げる。
黒い袋は放物線を描いて落ちていき、蠢く白い生き物に直撃する。
人に当たれば重傷は免れない質量と加速だったが、あの生き物にとってどの程度の意味があったのかはわからない。
一度大きく波打って揺れたが、すぐに取り込んでしまった。
ぶるぶると揺れている姿が、おいしそうに頬張っているようにも見える。
「うっわぁ、きっしょ」
「後で変異生物についても調べてみよう……」
「いつまで見てんだ、ずらかるぞ」
手袋をその場に捨てて、三人は歩行戦車へと戻った。
ギルバは装甲の一部に引っ掛けてある除菌スプレーを取ると、全員に吹き付ける。
丸々一本を使い切ってから、ようやく機体に乗り込むことができた。
操縦席では、スヴェンがガスマスク姿で出迎えた。
「おつかれっす。暫く換気は全開で行くっすよ」
「お前らは監視に戻れ。まだ先は長いぞ」
四人を乗せ、歩行戦車は再び動き出した。
*
出発をしてから五時間が経ち、ホロウォッチの時刻は昼の一時を指していた。
何事もない時間が長いと、もしや世界は平和なのでは無いかという錯覚を覚える。
しかし偶然の平穏は長くは続かない。
ここが紛れもない地上だということを、レオとヴィンは思い知ることになる。
『ピピピピピ』
操縦席から警戒音が聞こえ、ヴィンとスヴェンが同時に声を上げた。
「た、隊長!三時の方角の空に何かいます!」
「大将ぉ!レーダーに反応があるっす!」
ギルバは二人の報告を受け、即座に指示を出した。
「プテポリプスだ!退避しろ!急げ!」
レオも三時の方向を確認したが、確かに奇妙な影が浮いていた。
今は豆粒のように小さく見えるが、何度も見た経験があるので断言できる。
あれはプテポリプス、いや『死の天使』のものだ。
自然と苦虫を噛み潰した表情になる。
「クソっ、やっぱり飛んでやがるんだなッ」
堂々と漂う姿に腹が立つが、握り拳に力を入れて堪えた。
正面から挑んでも敵わない相手だというのは知っている。
自分達は、自分達にできる戦い方をするしかない。
「逃げるが勝ちっすよ!行くぜアラネアちゃん!」
スヴェンの掛け声と共に機体は急速に方向転換し、展開していた偵察ドローンは格納庫に戻された。
傾斜の強い坂を一気に駆け下り、側面の塀を六本の足で跳躍して飛び越える。
内臓が浮く感覚と縦揺れの衝撃を一身に受けながらも、歩行戦車は突き進んだ。
急加速し、横に曲がり、下に降り、穴を飛び越える。
走行モード、歩行モード、走行モードと慌ただしく切り替わり、広場なのか駐車場なのかわからない広い敷地を駆け抜けた。
暗い場所を通り、明るい場所を通り、また暗い場所を通り、巨大な建物の縁を突き破って中へと飛び込む。
機体は慣性を殺しながら半回転し、突入した方角へ頭首を向けた。
そのままバック移動で建物の奥深くへ潜り込み、外から見えない中央付近で停止する。
巻き上がった埃だけを残し、辺りは静寂に包まれた。
「ふぅ~、ここでやり過ごすっすよ」
「お前ら、精神緩和剤を飲んでおけ」
「うがぁああ目が回った」
「は、吐きそう……」
四人は錠剤を飲み込み、息を潜めて待った。
『サイコウェーブ』を放たれていない以上、見つかってないと思われるが、上空に差し掛かるとしたらそろそろだろう。
十秒、二十秒、三十秒。
ゴオオオオと腹に響く音が大きくなり、近づいてきた。
近づいて、近づいて、そして。
――――離れていった。
何も聞こえなくなり、数分が過ぎる。
スヴェンは安全を確認する為に、一機の偵察ドローンを飛ばした。
ドローンは周囲を飛び回り、怪しい反応がないかを慎重に確認する。
カメラには何も映らない、センサーにも反応はない。
外は出発時と変わらず、青が二割の曇り空が広がっているだけだ。
ドローンを格納庫に戻し、安堵のため息が機内に漏れる。
「ひゅー、エスケープ完了っすね」
「免許を与えてやりたい程の運転だったぞスヴェン」
ギルバは皮肉交じりの言葉でスヴェンを称えた。
レオとヴィンはというと、目を回しながらも彼の操縦技術に驚愕していた。
シミュレーターで歩行戦車を操縦をしたことはあったが、今さっきのような動きは決して真似できない。
本番でここまで機体を制御できる辺り、彼の技術は一級品に間違いなかった。
「スヴェンさん、ヤベー奴とか思っててすいませんでした!」
「僕も機械に話しかける変な人だと思ってました。ごめんなさい!」
「えっ!二人ともそんな風に思ってたの!?お兄さんショッキングなんだけど?!」
スヴェンが両手を上げて反応する。
その後、わざとらしく泣き真似をしながら操作盤に突っ伏した。
「アラネアちゃあああん、俺っちが君を愛しただけで変な奴呼ばわりだよぉ~世知辛いよぉ~ふぇえええ」
やっぱりヤバい人かもしれない。
ともあれ、当面の危機は凌いだと言っても良い。
プテポリプスは頻繁に遭遇するわけでは無く、この辺りであれば数日に一度程度しか上空を通過しない。
その為、目を付けられるようなことをしなければ、しばらくは順調な旅が続くだろう。
ギルバが全員の肩を叩いて労った。
「よくやった、だが油断は禁物だ。引き続き警戒を怠るな」
それから夕方まで何事もなく進み、最初の目的地に到着した。
ミストゾーンと交流があり、尚且つノーマンの手に落ちていないと思われるコロニーの近くだ。
これからギルバが赴き、彼らに危機を喧伝する。
『ビッグツリー』が『ミストゾーン』を助けたように、今度は『ミストゾーン』が『彼ら』を助ける番だ。
猛獣のような男は準備してあったリュックを背負い、外に出た。
「話をつけてくる、お前らはここで野営の準備を行え。わかってると思うが、光や音を外に漏らすなよ」
「本当に一人で大丈夫なのかよ」
「二人以上いる方が迷惑だ、お前は自分の心配をしてろ」
「……わーったよ」
「朝までには戻って来るが、戻って来なくても助けには来るな。代わりに、お前達は起きたことを確実に報告するんだ。いいな」
『戻って来ない場合』というのを想像し、場に沈黙が流れた。
しかし、スヴェンが返事をする。
「あいよ大将」
いつもの軽い調子に見えるが、言葉の響きには真剣さと、ギルバへの信頼が感じられた。
ヴィンとレオもスヴェンに続く。
「わかりました、隊長」
「気をつけろよ、隊長」
ギルバは一度頷き、荷物を背負ったまま外に出て行った。
*
ギルバを待つ間、雑談をしながら野営の準備が行われた。
周囲の安全を確認し、寝床や食事の準備をする。
歩行戦車の清掃を行い、近場で体を動かし、ヴィンが電子パッドで日記をつけ始めたところで、スヴェンが声をかけてきた。
「そろそろ定時連絡の時間だから、ヴィンくんにやって貰っちゃおっかなー!今日あったことを簡潔にまとめて、喋ってくれる?」
「あ、はい!」
「これに録音して俺っちに渡して頂戴。暗号化して送信するから」
「わかりました」
録音機を手渡され、ヴィンは何を言うべきか思考する。
程なくしてボタンが押され、録音が開始された。
「こちらギルバ班の定時連絡です。今日はプテポリプスと遭遇しましたが、無事に回避。それ以外は予定通り進行し、最初の目的地に到着しました。現在は隊長が単独で例の任務を遂行中です。僕たちはここで一晩を明かすための準備を行っています。現在時刻は17:50。日付はW.E.1509/12/10。以上です」
停止ボタンを押し、ヴィンが心配そうな顔でスヴェンやレオを見た。
「こ、こんな感じで良かったですか……?」
「お〜!初めてとは思えなかったよヴィンくん〜!『ザ・マニュアルマン!』って感じで最高だね!」
「えっと、褒められてるのかな」
「いいんじゃねぇか?情報は素早く、正確に、簡潔に伝えろ!って隊長も言ってたしな」
「そう?じゃあ……良かったのかな」
胸を張るとは行かないまでも、ヴィンは安心した様子で録音機をスヴェンに渡した。
彼はそれをコンピューターに取り込んで暗号化し、ドローンに送信する。
通信機能のある一体が放出され、建物の内部構造の隙間を縫って外へと飛び出していった。
ホロウォッチの時刻が『18:00』を示した時、上空で停止していたドローンが通信を開始する。
先ほどの録音を送信し、同時刻に送られる予定の仲間たちからのデータを受け取るのだ。
五分ほど経過してから、ドローンは自律制御で障害物を避けながら格納庫に帰還した。
スヴェンがデータの中身を確認する。
「おっ!来てる来てる!今から暗号化を解除するね〜!」
「みんな無事なんだな。良かった」
「向こうは誰が喋るのかなぁ」
スヴェンがコンピューターを操作して受け取ったデータを解読する。
ちなみに暗号・復号化プログラムはロビンが作ったものらしく、ミストゾーン以外が通信を拾っても解読は困難らしい。
とはいえ、筒抜けになった場合も想定して通信内容には注意を払うように言われているが。
「まずは『アロフ班』からの通信、愛すべき我が家からだね~」
スヴェンがボタンを押すと、送られてきた音声が機内のスピーカーから流れた。
『こちらアロフ班の定時連絡ダヨ。特に面白いことは無かったネ。靴下を脱ぎっぱなしにしてたらマイワイフに怒られたヨ。あとはトイレの掃除したからピカピカヨ。それじゃあ終わりネ。みんなミナサンの無事を祈ってるヨ。バイバイ』
通信はそこで終わった。
ツッコミたいことはあるものの、ミストゾーンは無事なようだ。
「……なんでカタコトなんだよ」
「不要な情報が多過ぎませんか」
スヴェンはゲラゲラ笑いながら、もう一つの報告を再生する。
今度はテレサの綺麗な声が聞こえてきた。
幼馴染の声がもたらす安心感に、二人は感動する。
『あっ!レオ、ヴィン!プテポリプス通ったよね?大丈夫だった?こっちは平気だったけど、運転の揺れが凄くて頭くらくらしちゃった。そっちはもう最初のコロニーについたかな?私達は明日の予定だよ。早く終わらせて帰りたいなぁ。また戻ったら皆で過ごそうね!……え、なに?あー、ニマも喋りたいらしいから替わるね~』
録音機を手渡したと思われるノイズが鳴り、すぐに元気な声が聞こえてきた。
時々耳が痛くなるが、これはこれで安心する声だ。
『やっほい!ニマちゃん参上なのですっ!レオちん!ビンビン!応答するのですっ!……あれ?もしもし?もっしもーし!え、これ通話じゃないのですかっ?むむむ!ならばニマちゃんの名曲をこの録音に残して聴かせてやるのですっ!あ~ば~ば~あんぽんた~んの五郎さん~♪わっ!兄ちゃん何をするのですっ!ニマちゃんのライブを邪魔するとは万死に値するのですっ!』
先ほどより激しいノイズが鳴り、今度はエルヴィスの声が聞こえてきた。
いつもは落ち着きがあって良い声なのだが、今は心なしか疲れを感じさせる響きになっている。
『えー、こちらは予定通り……こら、駄目だって!えー、進行中です。現在時刻は17:54で、いてて!遊びじゃないんだってば!えっと、日付?日付はW.E.1509/12/10。以上で、ちょ、やめなさ……グハッ!」
定時連絡はそこで途切れた。
何とも騒がしい内容だったが、無事だとわかって安心した。
スヴェンが先ほどにも増してゲラゲラと笑っている。
「楽しそうでいいな〜!俺っちも混ざりてぇ〜!」
彼とは対照的に、ヴィンは肩を落としていた。
「僕の報告、普通過ぎたかな……」
「いや、普通でいいだろ……」
それから携行食料の乾パンや缶詰のスープを食べ、装備の点検をしてから就寝の準備を整えた。
交代で見張りをしながら睡眠をとり、ギルバの帰りを待つ。
朝を過ぎても戻らなければ、何かあったとして離脱をしないといけない。
あの猛獣のような男が死ぬとは思えないが、それでも一抹の不安が胸に残った。
「隊長、大丈夫かなぁ」
「相手のコロニーとは交友関係があるし、事前の調査でも怪しいところはなかったから、大丈夫だと思うけどね」
「なはは、大将なら誰が相手でも大丈夫だよ~。人間やめちゃってるしあの人」
*
それから一時間が経ち、二時間が経ち、三時間が経った。
スヴェンが音楽を聴きながら漫画を読んだり、ヴィンが日記をつけて勉強をしたり、レオが筋トレをして本を読んだり、見張りを交代しながら時は流れていく。
四時間、五時間、六時間。
朝が近づいてきたことで不安になるヴィンやレオ、二人を仮眠させて静かに待つスヴェン。
七時間が経ち、早朝と言って良い時間になっても彼はまだ帰って来なかった。
万一のことも考えて準備を始め、何度も時計を確認しながら過ごすこと八時間目。
――――ギルバは帰って来た。
出発前と変わらず、全身からは威圧感のあるオーラが放たれ、両腕両足のサイボーグは健在だ。
「大将ぉ~!無事だったっすかぁ!」
「遅かったじゃんか!心配したぞ!」
「話は!話は上手く行ったんですか?!」
詰め寄る三人を見て、ギルバはやれやれと首を振った。
それから歩行戦車の中で腰を下ろし、猛獣の顔で笑う。
その表情に曇りは微塵もなかった。
「とっとと次のコロニーも助けに行くぞ」




