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新人類に支配されても  作者: ぷちくん
アデスの村編
2/28

【第1話】『裁く者、裁かれる者』

我が子らよ、聞いてくれ。


今の人類に救いは無い。


新しい人類が必要だ。


だから君達に託す。


どうか美しい世界を生み出してくれ。


私はそれを、見届けたい。


――――君達の父より。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


挿絵(By みてみん)


夜、炎が揺らめき広場を照らす。

六本の柱が立つ広場には数百の人影が集まっていた。

その中央、横一列に並ぶ柱には三つの人影が縛り付けられている。


ここは、“裁きの広場”

罪を犯した者が、罰を告げられる場所だ。



「ち、違うんです神官様!わ、私は!」

「あなたは三禁則を犯した。違いますか?」


神官様と呼ばれた男は、白く立派なローブを着ている。

背は高く、表情は微笑を湛え、髪は無い。

頭には黒い冠をしており、冠の前面には三本の板が上に伸びている。


「私はただ、飢えの苦しみを無くしたかっただけです!村の幸せを願っただけです!本当です!アデス様に反逆しようなどと思っておりません!信じて下さい!」

「罪人ヒカソよ、重要なのは三禁則に反したということです。あなたの行いで結界が壊れたらどうするつもりだったのですか?」


神官に見下ろされた「ヒカソ」という男は、神官よりも小柄で質素な白いローブを着ている。

短い黒髪に太い眉毛を持ち、汗の浮かぶ表情は焦燥に歪んでいた。

見渡してみると、村人の誰もがヒカソと同じローブを着ているのがわかる。


「で、ですが神官様、聞いて下さい!」

「言葉はいりません、神は真実を見抜きます」


神官は胸元から神々しい装飾の施された冠を取り出すと、男や村人達に見せた。

群衆から思わず感嘆の声が上がる。

この村に於いて知らない者はいない。


――――神器、「神の目」だ。


「それはっ……!」


「誰でも知っていますね、真実を見抜く神器、アデス様の神の目です」

「お、お、お願いします!私には妻も子供もいます、どうか!どうか!」

「あなたが神の敵でないのならば、罰を与えたりはしません、さあ」


神官は縛られたヒカソの頭に“神の目”を載せる。

そして聞き取りやすく、感情の無い声で言った。


「あなたは三禁則を破りましたね?」


瞬間、神器の冠は強い緑色の光を発した。


「違うんです!聞いて下さい!」

「言葉はいりません、神の目たる冠は答えを示されました」


神官はヒカソの言葉を遮り、村人達が輝く神器を見えるよう横にずれた。

これが真実だと言わんばかりに両手を広げ、群衆を見渡す。


「見なさい村の者達よ!この男は三禁則を破り、アデス様を裏切った!神の敵です!」


ざわめきの中には様々な感情があった。

神の敵を許すなという者、男に同情の目を向ける者、祈りを捧げる者、何も言えずに固まる者。

しかし神器が答えを示した以上、縛られた男が罪を犯したのは間違いようのない事実だった。


「いやだ!いやだ!いやだ!誰か助けてくれ!」


その声に応えるものはいない。

怒る者も、同情する者も、ただ眺めるだけだ。


やがて神官が、ヒカソに罰を言い渡す。

三禁則という戒律に背いた者への、相応しい罰を。


「あなた達一家は、追放の刑に処します」


その宣言にヒカソだけではなく、隣で縛られている女も、子供も、群衆さえもビクリと震えた。

追放、この村に於いてその意味するところは一つしかない。


「お願いです!息子に罪はありません!お願いします!あの子の命だけは助けて下さい!」

神官はヒカソの懇願を聞いても微動だにしない、固められたような微笑を浮かべたままだ。

目の前に縛られた一家が追放される、その事実に群衆はざわめき、やがて一人の男が声を上げた。


「神官様!」

「なんですか神の子アリストよ」


アリストという名の男が群衆の前に出て跪き、神官に請願する。


「彼は三禁則を犯したかもしれませんが、彼のおかげで救われた者も大勢います。何卒ご慈悲を!」

アリストに追従するように、何人かの者達も前へ出て跪く。


「そうです神官様!ご慈悲を!」

「お願いします神官様!」

「何卒!何卒!」


村人たちの請願を受ける神官の表情に変化はない、鉄のように動かない微笑を湛えたままだ。

そして、慈悲に満ちた表情とは真逆の言葉を放つ。


「庇うのであれば、あなた達も神の敵として追放です」

「……っ!」


自分達にまで火の粉が降りかかるのは御免被るのだろう。

一人、また一人と群衆の中へ戻っていく。


「話は終わりです。保安隊長、この一家を追放しなさい」

「か、かしこまりました!」


保安隊長と呼ばれた男は岩のように屈強な肉体をしており、村では一番立派な鎧を纏っていた。

神官の命に従い、柱に括りつけられた縄を解いてヒカソ達を連行しようとする。


「神官様!」


彼の行動に水を差すように、一つの声が上がった。

まだ一人だけ跪いたまま、群衆に戻らない男がいたのだ。

彼こそ最初に声を上げて請願した男、アリストだ。


「なんですかアリスト、追放されたいのですか?」

「違います、ですがせめて!せめて彼の息子にはご慈悲を……!」


アリストの姿を見て、縄を解く保安隊長の心が揺れ動いた。

神官の言葉は神の言葉にも等しい。

それに異を唱えることは追放に値する行為だ。

それでも尚、彼は声を上げた。


「あの幼子には何の罪もありません!何卒!」


追放されるかもしれないと知りながら、彼は声を上げている。

死ぬかもしれないと知りながら、彼は他人の為に動いている。

そんな事、一体どれだけの人間ができるだろうか。


「アリストよ、ならばあなたは――」

「神官様!!」


咄嗟に保安隊長は叫んでいた。


何事かを言いかけた神官が止まり、鉄のような微笑でこちらを見る。

もしかしたら、自分は大変なことをしているのかもしれない。

それでも、己の魂が見過ごしてはならないと告げていた。


「神官様!彼の言うように、子供には罪が無いのではないでしょうか!」

「ゴードンよ、あなたまでもそう言うのですか……」


保安隊長の力強い訴えに、群衆は大きく騒めいた。

村の治安を守る保安隊、その責任者たる男までもが慈悲を請願したのだ。

彼の言葉であれば、他の村人とは重みが違う。

ゴードンの言葉を口火に、内心で慈悲を求めていた者達の声が次々に湧き上がる。


「そうです神官様!せめて子供だけでも!」

「神官様!ご慈悲を!」

「何卒!何卒!」


滝のように降り注ぐ請願を受け、神官はため息を一つついた。


「では審判の機会を設けましょう」


村人たちの目に希望の光が煌めく。

神官は何歩か歩き、縛られた六才にもならないであろう男の子の前に立った。

圧倒的な身長差があるが、神官は高い位置のまま見下ろして尋ねる。


「あなたはヒカソとアルトの息子、ヴィンですね」

「は、はい」


少年は弱々しい声で返事を返す。


「冠を被せます、じっとしていて下さい」

「はい……」


村人の誰もが注視した。

六つにもならない幼子が追放の刑に処されるか否か、今まさに決まろうとしているのだから。


「あなたは三禁則を破りましたか?」

神官が尋ねると、神器“神の目”は赤色の光を放った。


「あ、あの……」

「言葉はいりません、神の目たる冠は答えを示されました」

神官は振り返り、群衆に向かって告げる。


「この子に罪はありません」

それを聞いた村人達からは安堵と感謝の声が湧き立つ。


「アリスト、今後はあなたが引き取って育てるように」

「はっ!ご慈悲感謝いたします!」


アリストはこれ以上にないくらい平伏した。

保安隊長のゴードンも深いお辞儀を捧げる。


「それでは今度こそ話は終わりです。罪人ヒカソとアルトは追放。ただし息子のヴィンに罪はありません。対等な村人としてこれからも接するように。解散!」

神官が手を叩いて両腕を広げると、群衆の塊はほつれるように解けていき、最後には散り散りに霧散した。

裁きの時間は終わったのだ。





「保安隊長、後は任せましたよ」

「かしこまりました」


神官が保安隊長の肩を叩き、そのまま教会の方へ歩き去っていく。


「ま、ママ」

「ヴィン、幸せになりなさい」


アルトという女の両手は縄で縛られ、ヴィンという子供の両手は母を抱きしめた。


「ヒカソ、無力な俺を許してくれ」

「やめてくれアリスト、息子をよろしく頼むぞ」

「ああ、だけど絶対に諦めるなよ」

「わかってる、諦めないさ」


その横では、二人の男が別れを告げた。


「ヒカソ、アルト、来い」


低くて逞しい声が響き、二人の周りを保安隊長と何人かの部下が囲む。

引き連れられたヒカソとアルトを追う者はいない、追放者を追うことは禁じられている。


彼らの姿は小さくなり、やがて夜の闇に消えた。

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