【第1話】『裁く者、裁かれる者』
我が子らよ、聞いてくれ。
今の人類に救いは無い。
新しい人類が必要だ。
だから君達に託す。
どうか美しい世界を生み出してくれ。
私はそれを、見届けたい。
――――君達の父より。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夜、炎が揺らめき広場を照らす。
六本の柱が立つ広場には数百の人影が集まっていた。
その中央、横一列に並ぶ柱には三つの人影が縛り付けられている。
ここは、“裁きの広場”
罪を犯した者が、罰を告げられる場所だ。
「ち、違うんです神官様!わ、私は!」
「あなたは三禁則を犯した。違いますか?」
神官様と呼ばれた男は、白く立派なローブを着ている。
背は高く、表情は微笑を湛え、髪は無い。
頭には黒い冠をしており、冠の前面には三本の板が上に伸びている。
「私はただ、飢えの苦しみを無くしたかっただけです!村の幸せを願っただけです!本当です!アデス様に反逆しようなどと思っておりません!信じて下さい!」
「罪人ヒカソよ、重要なのは三禁則に反したということです。あなたの行いで結界が壊れたらどうするつもりだったのですか?」
神官に見下ろされた「ヒカソ」という男は、神官よりも小柄で質素な白いローブを着ている。
短い黒髪に太い眉毛を持ち、汗の浮かぶ表情は焦燥に歪んでいた。
見渡してみると、村人の誰もがヒカソと同じローブを着ているのがわかる。
「で、ですが神官様、聞いて下さい!」
「言葉はいりません、神は真実を見抜きます」
神官は胸元から神々しい装飾の施された冠を取り出すと、男や村人達に見せた。
群衆から思わず感嘆の声が上がる。
この村に於いて知らない者はいない。
――――神器、「神の目」だ。
「それはっ……!」
「誰でも知っていますね、真実を見抜く神器、アデス様の神の目です」
「お、お、お願いします!私には妻も子供もいます、どうか!どうか!」
「あなたが神の敵でないのならば、罰を与えたりはしません、さあ」
神官は縛られたヒカソの頭に“神の目”を載せる。
そして聞き取りやすく、感情の無い声で言った。
「あなたは三禁則を破りましたね?」
瞬間、神器の冠は強い緑色の光を発した。
「違うんです!聞いて下さい!」
「言葉はいりません、神の目たる冠は答えを示されました」
神官はヒカソの言葉を遮り、村人達が輝く神器を見えるよう横にずれた。
これが真実だと言わんばかりに両手を広げ、群衆を見渡す。
「見なさい村の者達よ!この男は三禁則を破り、アデス様を裏切った!神の敵です!」
ざわめきの中には様々な感情があった。
神の敵を許すなという者、男に同情の目を向ける者、祈りを捧げる者、何も言えずに固まる者。
しかし神器が答えを示した以上、縛られた男が罪を犯したのは間違いようのない事実だった。
「いやだ!いやだ!いやだ!誰か助けてくれ!」
その声に応えるものはいない。
怒る者も、同情する者も、ただ眺めるだけだ。
やがて神官が、ヒカソに罰を言い渡す。
三禁則という戒律に背いた者への、相応しい罰を。
「あなた達一家は、追放の刑に処します」
その宣言にヒカソだけではなく、隣で縛られている女も、子供も、群衆さえもビクリと震えた。
追放、この村に於いてその意味するところは一つしかない。
「お願いです!息子に罪はありません!お願いします!あの子の命だけは助けて下さい!」
神官はヒカソの懇願を聞いても微動だにしない、固められたような微笑を浮かべたままだ。
目の前に縛られた一家が追放される、その事実に群衆はざわめき、やがて一人の男が声を上げた。
「神官様!」
「なんですか神の子アリストよ」
アリストという名の男が群衆の前に出て跪き、神官に請願する。
「彼は三禁則を犯したかもしれませんが、彼のおかげで救われた者も大勢います。何卒ご慈悲を!」
アリストに追従するように、何人かの者達も前へ出て跪く。
「そうです神官様!ご慈悲を!」
「お願いします神官様!」
「何卒!何卒!」
村人たちの請願を受ける神官の表情に変化はない、鉄のように動かない微笑を湛えたままだ。
そして、慈悲に満ちた表情とは真逆の言葉を放つ。
「庇うのであれば、あなた達も神の敵として追放です」
「……っ!」
自分達にまで火の粉が降りかかるのは御免被るのだろう。
一人、また一人と群衆の中へ戻っていく。
「話は終わりです。保安隊長、この一家を追放しなさい」
「か、かしこまりました!」
保安隊長と呼ばれた男は岩のように屈強な肉体をしており、村では一番立派な鎧を纏っていた。
神官の命に従い、柱に括りつけられた縄を解いてヒカソ達を連行しようとする。
「神官様!」
彼の行動に水を差すように、一つの声が上がった。
まだ一人だけ跪いたまま、群衆に戻らない男がいたのだ。
彼こそ最初に声を上げて請願した男、アリストだ。
「なんですかアリスト、追放されたいのですか?」
「違います、ですがせめて!せめて彼の息子にはご慈悲を……!」
アリストの姿を見て、縄を解く保安隊長の心が揺れ動いた。
神官の言葉は神の言葉にも等しい。
それに異を唱えることは追放に値する行為だ。
それでも尚、彼は声を上げた。
「あの幼子には何の罪もありません!何卒!」
追放されるかもしれないと知りながら、彼は声を上げている。
死ぬかもしれないと知りながら、彼は他人の為に動いている。
そんな事、一体どれだけの人間ができるだろうか。
「アリストよ、ならばあなたは――」
「神官様!!」
咄嗟に保安隊長は叫んでいた。
何事かを言いかけた神官が止まり、鉄のような微笑でこちらを見る。
もしかしたら、自分は大変なことをしているのかもしれない。
それでも、己の魂が見過ごしてはならないと告げていた。
「神官様!彼の言うように、子供には罪が無いのではないでしょうか!」
「ゴードンよ、あなたまでもそう言うのですか……」
保安隊長の力強い訴えに、群衆は大きく騒めいた。
村の治安を守る保安隊、その責任者たる男までもが慈悲を請願したのだ。
彼の言葉であれば、他の村人とは重みが違う。
ゴードンの言葉を口火に、内心で慈悲を求めていた者達の声が次々に湧き上がる。
「そうです神官様!せめて子供だけでも!」
「神官様!ご慈悲を!」
「何卒!何卒!」
滝のように降り注ぐ請願を受け、神官はため息を一つついた。
「では審判の機会を設けましょう」
村人たちの目に希望の光が煌めく。
神官は何歩か歩き、縛られた六才にもならないであろう男の子の前に立った。
圧倒的な身長差があるが、神官は高い位置のまま見下ろして尋ねる。
「あなたはヒカソとアルトの息子、ヴィンですね」
「は、はい」
少年は弱々しい声で返事を返す。
「冠を被せます、じっとしていて下さい」
「はい……」
村人の誰もが注視した。
六つにもならない幼子が追放の刑に処されるか否か、今まさに決まろうとしているのだから。
「あなたは三禁則を破りましたか?」
神官が尋ねると、神器“神の目”は赤色の光を放った。
「あ、あの……」
「言葉はいりません、神の目たる冠は答えを示されました」
神官は振り返り、群衆に向かって告げる。
「この子に罪はありません」
それを聞いた村人達からは安堵と感謝の声が湧き立つ。
「アリスト、今後はあなたが引き取って育てるように」
「はっ!ご慈悲感謝いたします!」
アリストはこれ以上にないくらい平伏した。
保安隊長のゴードンも深いお辞儀を捧げる。
「それでは今度こそ話は終わりです。罪人ヒカソとアルトは追放。ただし息子のヴィンに罪はありません。対等な村人としてこれからも接するように。解散!」
神官が手を叩いて両腕を広げると、群衆の塊はほつれるように解けていき、最後には散り散りに霧散した。
裁きの時間は終わったのだ。
*
「保安隊長、後は任せましたよ」
「かしこまりました」
神官が保安隊長の肩を叩き、そのまま教会の方へ歩き去っていく。
「ま、ママ」
「ヴィン、幸せになりなさい」
アルトという女の両手は縄で縛られ、ヴィンという子供の両手は母を抱きしめた。
「ヒカソ、無力な俺を許してくれ」
「やめてくれアリスト、息子をよろしく頼むぞ」
「ああ、だけど絶対に諦めるなよ」
「わかってる、諦めないさ」
その横では、二人の男が別れを告げた。
「ヒカソ、アルト、来い」
低くて逞しい声が響き、二人の周りを保安隊長と何人かの部下が囲む。
引き連れられたヒカソとアルトを追う者はいない、追放者を追うことは禁じられている。
彼らの姿は小さくなり、やがて夜の闇に消えた。