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新人類に支配されても  作者: ぷちくん
文明人のコロニー編
17/28

【第16話】『訓練の日々』

アメリアが頼んでくれたことで、最高責任者のオースティンから許可が降り、地上調査隊の訓練を受かられることになった。のは良いのだが。


「なんでお前もいるんだよ」

「えへへ!よろぴくっ!」


本人からの激しい希望により、ニマも参加することになった。


「そういうわけでギルバ。休み中悪いんだけど、この子達を特訓して欲しいの」

「あー、オースティンが言ってきた件か」


挿絵(By みてみん)


踏ん反り返って座る男がおり、その前にはアメリアとレオ、ヴィン、テレサ、ニマが立っていた。

目の前にいるのはミストゾーン地上調査隊の隊長である、『ギルバ・ミスト・ダグラス』だ。


オールバックで眼光は鋭く、ライオンに似た雰囲気の顔立ちは、本能的に強者に対する危機感を覚える。

ミストゾーンに行く前に、アメリアが何度か名前を口にしたこの男は、彼女曰く「偏屈な隊長」らしい。

体格は保安隊長のゴードンより一回り細いが、屈強な肉体に変わりはなく、特に目立つのはギルバの“手足”だろう。

この男の手足は生身の人間のものではなく、合成強化素材による義手であり義足、有り体に言えばサイボーグである。

生身より遥かに頑丈で強化された手足は、容易く建物の屋根まで跳躍し、大男の頭を握り潰すこともできるという。


「お願いします!ギルバさん!」

「お願いします!師匠っ!」


レオとニマは勢いよく頭を下げた。

それに続けて、テレサとヴィンも頭を下げる。

ギルバはサイボーグの指で耳クソをほじりながら四人の姿を眺める。


「調査隊に入りたいんだったか?」

「はいッ!強くなりたいですッ!」

「ニマは世界を救うのですっ!」


真剣な二人の言葉、しかしギルバにとっては取り合うに値しない決意だった。


「はん、くだらねぇ、お前らごときが頑張ったって何もできやしねぇよ」


師としての期待を寄せていた人物に容赦なく切り捨てられ、二人は愕然とした。

こんなにも素気無く、あっさりと否定されるとは思ってもいなかった。

二の句が継げずにいると、代わりに申し立ててくれたのはアメリアだ。


「そんなこと言わないでギルバ、みんな辛い思いをして決心したことなの。あなたにもわかるでしょ?」

「知るかボケ、戦い方なんざ教えてやるつもりはねぇ。半端に自信つけた奴が真っ先に死ぬんだよ」


それでもギルバは取り付く島もなかったが、冷静さを取り戻したレオが再び頭を下げて切願した。


「頼むよギルバさん!どんな特訓だってやる!俺は強くなりたいんだ!」

「駄目だ。特にお前は一番駄目だ」


またもばっさりと切り捨てられ、再度レオの心が揺れる。

何がいけないのか、どうして話を聞いてもらえないのか、どうして自分が一番駄目なのかわからない。


「ど、どうしてだよ……」

「強くなりたい強くなりたいってバカの一つ覚えみたいに連呼しやがって。坊主がどんな復讐心漲らせてるか知らねぇがな、はっきり言ってやる。お前程度が多少強くなったところでノーマンにゃ勝てねぇよ」


その言葉に、無意識に血が上った。

勝つために努力しようとしているのに、勝てないと断言されるのはレオの意志の否定に他ならない。


「そんなことっ、やってみなきゃ!」

「勝てねぇんだよ。勝てねぇからコロニーなんかに住んでんだ。俺らにできるのはコソコソ隠れて鼠みたいに生きることだけなんだよ。戦い方なんざ知るか、俺が教わりてぇくらいだ」


こんな情けない言葉を言う男が、隊長だというのか。


「……でも、あんた、強いんだろ」

「俺は強くねぇよ。ちっとばかし運が良かったのと、逃げる練習をしただけだ。変な幻想抱くな」


レオは言葉を失い、膝をつく。

強くなりたいと願ったこと自体が、愚かな事だったのだろうか。

そんな情けない姿を見たからか、アメリアが睨みつけていたからかはわからないが、ギルバは溜息を吐いてつまらなそうに言った。


「でもまぁ、逃げ方なら教えてやってもいい。知ってて損はねぇからな」


それが助け船だとわかり、レオは頭を下げた。

「……それでいいです、お願いします!」


敵は遥かに大きいのかもしれない。

もしかしたら、自分達がいくら足掻いても届かないところにいるのかもしれない。

それでも、今より強くなれるなら縋りたいと思う。

自分は弱い。弱いと知っているからこそ、少しでも変わりたい。

それが微々たる変化だとしても、弱いまま奪われるのを待つのだけは御免だ。


「ごめんね、この人ちょっと偏屈だから。何するにもケチ付けずにはいられないの」

「ああ?!クビになった癖に偉そうだぞ、ドジっ子」

「うるさいわね!なんで今その話が出てくるのよ!関係ないでしょ!」


アメリアとギルバは唾を飛ばして言い合っていた。

父親と娘だと言われても、違和感が無いほどに二人の年齢差はある。

しかし、その距離感に関しては親子でも、上官と部下でもなく、生意気な先輩後輩という感じがした。


「年上に向かってなんだその態度はァ?敬語使えアメリア!」

「はいはいこれは失礼致しましたぁ~、偏屈で心の狭いギルバ様に事実を申し上げて矮小なプライドを傷つけてしまったこと大変お詫び申し上げますぅ~」

「ぶっ殺してやろうかッ!」


アメリアは肩を竦め、レオやヴィンの肩を叩いて言った。


「じゃあこの子達をよろしくね」

「お前は出入り禁止だ!俺のいる部屋には絶対に入れん!帰れ!」

「本当器が小さいわねぇ、オースティンがリーダーになったのも納得だわ」

「出てけえええ!」


ギルバの剣幕に呆れた顔を浮かべ、アメリアがやれやれと部屋から出ていく。

静かになった部屋で、ギルバはソファに腰を掛けて溜息をついた。


「はぁ、ひでぇ女だと思わねぇか?お前ら」


オールバックに逆らうようにぴょんと飛び出た前髪を弄りながら、ギルバはレオ達に同意を求める。

しかし正直なところ、今のやり取りを見た感じではどっちもどっちという印象だった。

寧ろアメリアには恩があるし、色々感謝することも多い分、同意するのは難しい。

だからといって、否定してせっかく教えて貰える機会を失っても堪らないので、レオとヴィンは限りなく否定に近い同意をして誤魔化した。


「ああ、まあ、姉ちゃんは、寝相が酷いからな」

「いびきも時々うるさいです」

「だろうなぁ、全然女らしくねぇよ。ありゃ一生独身だな」


ギルバは怒りも冷めたのかこちらに向き直して話をしてきた。


「まぁいいや、早速しごいてやるからついてこい」



「というわけで、ここは仮想現実(VR)を用いたトレーニングルームだ」

「すげぇ……!」

「わっほーいっ!」


レオとニマは感嘆の声を上げた。

ヴィンとテレサも控えめに騒ぎながら驚いている。

この部屋はコロニーの中でもかなり広い部屋だ。

武道場よりも広い空間には、巨大なガラスのシリンダーが九本ほど柱のように生えている。

大人三人が縦に寝転がっても収まるであろう筒の内部は、黒い床以外何も無い。

それが何なのか、全く知らないほどレオ達は無知では無い。


「これが噂の、仮想現実運動装置(VRTM)か!」

「ニマも使ったことないよーっ!」


二人が興奮に目を光らせてシリンダーに触れる。

通常、仮想世界に入っても自分本体の身体が動くことは無い。

狭い部屋で歩き回っても壁にぶつかるだけので、やれるのはせいぜい首の動きに合わせて景色が動くくらいだろう。

仮想世界内で歩きたいなら、コントローラーなどの機械を操作して動かすしかない。


しかし、このマシンであれば実際に身体を動かしながら仮想世界の自分を操作することが出来るのだ。

北に歩けば南に床が動き、走ればそれに合わせた速さで動く。

早い話、全方位に対応したランニングマシーンのようなものだ。

中の人が常に真ん中に来るように床が動くことで、どこまでも走れる室内空間という矛盾を実現している。

そしてシリンダー内部で風や匂いを出すこともでき、専用のスーツを着ることで仮想世界内で起こった接触や衝撃を再現することも可能だ。

つまり外へ行かずに、外に近い環境で訓練ができる設備だと言える。


「これを使って、遂に……!」

「ふふふ、ニマも地上調査隊に……!」

「何を喜んでるのか知らねぇが、今日お前達が使うのはこっちだ」


喜ぶ二人に水を差してギルバは進んでいく。

シリンダーの間を抜けて、隣の部屋へ移動した。

そこは先ほどより少し手狭なトレーニングルームがあった。

中には様々な器具が置かれている。


「普通のランニングマシン……か」

「しょげぽよ……」

仮想現実運動装置(VRTM)は訓練の後半で使う。最初はこっちで十分だ」


巨大なシリンダーのマシンを見てしまった後では、ただのランニングマシンにはガッカリ感が凄い。

ただのランニングマシンといっても、村にいた頃では想像もつかない代物の筈なのだが、慣れとは厄介なものだ。


「外でとにかく必要なのは持久力だ。どこに行くにも、何から逃げるにも、走れなきゃ話にならん。大分衰えてる筈だから、取り戻してもらう」


そう言ってギルバはランニングマシンをバシバシと叩いた。

確かに、村にいた頃と比べたら走り回る機会はかなり減っているだろう。

最初にすることは、持久力の訓練になった。


「準備運動をしたら、青いボタンを押して画面の指示通りに走れ。ランニングマシンの人工知能がお前たちの最適メニューを算出するから、それに従って鍛えていく」


四人が意気揚々と準備運動をしていると、中心にいたギルバが問いかけてきた。


「最後に確認するぞ。俺の訓練は優しくないし、実力が無ければ地上調査隊には入れてやらねぇ。だがやり始めたからには、途中で辞めますは聞かん。才能があろうが無かろうが、俺が辞めろと言うまではやってもらう。降りるなら今の内だが、どうする?」


先程までの淡々と説明する声とは全く異質のもの、静かな迫力が響きの中にはあった。

その迫力に不安を覚えなかったと言えば嘘になるが、レオは胸に抱いた決意を思い出して気を引き締める。

地上調査隊の訓練が生易しいだなんて思っていないし、寧ろ厳しいものでなければ困るのだ。

故に答えは変わらない。


「誰が辞めるかよ。厳しかろうがやってやる」

「僕も頑張ります!勉強だって大変だったけど、やり遂げました!」

「レオとヴィンがやるのなら、私もやります」

「いいぞ皆の衆っ!ニマちゃんについてくるのだっ!」


やる気は他の皆も同じなようだ。

ギルバは四人の意志を聞き届け、一つ頷いた。


「地上調査隊の訓練に関して俺は全ての権限を与えられている。つまりアメリアやオースティンに泣きついても無駄だ。それを理解した上で覚悟を決めたなら、各自ランニングマシンのボタンを押せ」


この瞬間から、地上調査隊への訓練が始まった。


四人がそれぞれのマシンに乗ってボタンを押し、走り出す。

格闘技や筋力トレーニングは自主的にやっていたが、走るという行為は久しぶりだ。

蹴り進んでいく感覚が懐かしさを生むとともに、自分の遅筋の衰えを感じる。

走る四人を順番に見やりながらギルバは言う。


「いいか、慣れるまではとにかく毎日走れ。慣れたら他の訓練と並行しながらやって貰う。当面の目標はそうだな、フルマラソン(42.195km)を四時間以内で走れるようになれば及第点だ」


「ギルバさんはどのくらいで走れるんですか?」

「テレサ、訓練中は俺のことを“教官”と呼べ」

「……教官、はどのくらいで走れるんですか?」

「俺はサイボーグ化しているし一時間で走れるが、普通は三時間切れるならそこそこだ」


さらりと言われたので流しそうになったが、レオは気になって計算してみた。

アメリアから教わった計算の授業はすっかり頭に入っている。

フルマラソン(42.195km)を一時間で走るとはどういうことか。


「って、毎秒11.7mも走り続けるのかよ!?あんた人間か?!」

「どうだかな、だが俺のことは目標にするな。事情が色々違うんだ」


マシンの画面に色んな数値が表示されている。

速さ、走行距離、歩幅、一秒間の平均タイム、ペース、姿勢、心拍数。

その一つ一つを加味して計算し、走行者の最適なメニューを構築してくれるらしい。

人工知能とは凄い技術だと思う。


息も切れて足が棒のようになってきた頃、ランニングマシンが減速していき、完全に停止する。

そして無機質な女性の合成音声が聞こえてきた。


<計測が終了しました。個人データと最適化メニューを「ユーザー2」に登録しました>

「ぐはぁああ、つかれたぁああ」


這いつくばるようにランニングマシンからずり落ちる。

周りを見ればヴィンとテレサもダウンしており、ニマだけが続けていた。


「この程度でへたばるとはしょうがない奴だ」


ギルバは悪態をつきながら先ほどまで走っていたランニングマシンを操作している。

何度かの操作を経て、再びマシンから女性の合成音声が聞こえてきた。


<「ユーザー2」、を、「口だけ雑魚のレオ」、に変更しました>


「く、口だけ雑魚って、なんだよ」

「今のお前にはピッタリな二つ名だろう。これでも飲んで少し休め。休憩が終わったら次の訓練を教えてやる」


そういってギルバは水筒を投げて寄こした。

飲んでみると、あまりのおいしさに涙が出そうになる。

喉を通り抜ける清涼感に、塩分と糖分が絶妙な割合で混ざっている。

ただの水ではなく、運動用の清涼飲料水のようだ。


「う゛ま゛い゛ッ、生き゛返る゛!」


液体がごくごくと身体中を流れていく。

この一口の為に走っていたのだと言われても、納得してしまいそうな爽快感だった。

すると、ニマのランニングマシンから合成音声が聞こえてくる。

どうやら彼女も計測が終わったようだ。


「ひいい、もう、限界なのですっ」


そう言ってゴロリと倒れ、地面に這いつくばって荒い呼吸に身体を上下させていた。

ギルバはレオの時と同じように、彼女のランニングマシンを弄って名前を付ける。


<ユーザー1、を、へたれ馬鹿のニマ、に変更しました>


ちなみにヴィンの二つ名は「臆病ウジ虫」、テレサの二つ名は「メス豚根性なし」だった。

四人が清涼飲料水を片手に集まって休憩していると、猛獣のような顔のギルバが立ちはだかる。

疲れて座り込んでいる自分達を見下すように、彼は冷厳な眼差しをぶつけ、そして。


――――悪辣な笑みを浮かべた。


「いいか、今のお前達はゴミだ!外に出ても何もできないクソ以下の存在だ!」


唐突の罵声に面食らうが、疲れが大きすぎて文句を言う気力もない。

それに付け入るように、彼は好き放題の暴言を並べる。


「俺が与えた不名誉な二つ名は正しくお前達を表している!今後お前達が訓練を積み、聡明さと強靭な精神、そして頑強な肉体を手にしたと俺が認めた時、お前達の名を改めてやろう!だがそれまでは、ウジ虫以下のゴミクズとしての自覚を持ち、せいぜい鍛錬に励むことだ!俺が教官になった以上甘えは許さん!口答えも妥協も一切許さん!俺の言うことには絶対服従だ!わかったなゴミクズども!」


怒涛に捲し立てられて、言葉を詰まらせる。

抵抗する気も無くなるほどの圧倒的な空気。

ギルバの放つ圧力の大きさに押し潰されそうだった。


「わかったら返事ッ!」

「「は、はい教官!」」


こうして、突如本性を現した“鬼”教官との訓練の日々が始まった。



「千メートル走タイムスコア」


1位:0分59秒「ギルバ・ミスト・ダグラス」

2位:2分23秒「ブライズ・ミスト・コニー」

3位:2分50秒「アロフ・ミスト・スプリング」

4位:2分51秒「マテュー・ミスト・マーケル」

5位:2分56秒「スヴェン・ミスト・メイヤー」

6位:2分59秒「エルヴィス・ミスト・フェリクス」

7位:3分7秒「アメリア・ミスト・エリス」

8位:3分10秒「ハレン・ミスト・エッカート」


#中略#


10位:3分13秒「へたれ馬鹿のニマ」

19位:3分43秒「口だけ雑魚のレオ」

49位:4分57秒「臆病ウジ虫のヴィン」

54位:5分10秒「メス豚根性なしのテレサ」


#中略#


110位:リタイア「寝るなロビン」



「いいか、お前達が学ぶべき考え方は二つだ」


鋭い眼光をギラギラと光らせ、ライオンのような雰囲気の男は正座する四人を見下ろして語る。


「一つは“何が最善か”を常に考えること。見たこと、知ったこと、考えたことはどんなことでも報告し、チームの安全に貢献する必要がある。頭のない奴はいらん、強く、賢くなれ」

「「はい!」」


「そしてもう一つッ!“命令へは絶対服従”だッ!勝手な行動は許さん!お前達の考えや報告を聞いた上で、俺はお前達に命令を下すッ!それが例え意に反していようとも、逆らうことは絶対に許さないッ!歩けと言われたら歩き、死ねと言われたら死ねッ!それができない奴は俺がぶち殺してやるッ!わかったら返事ッ!」

「「はいっ!」」


「その二つを、これから貴様らに叩き込んでやる!常に最善を考えろッ!だが命令には従えッ!自分の考えを言えない奴は殴るッ!命令を聞けない奴も殴るッ!泣き言を言う奴も殴るッ!無能な奴も殴るッ!貴様らがゴミクズ以下の存在を卒業できるまで、俺は貴様らに鞭を振るい続けるッ!わかったかクズ共ッ!」

「「は、はいっ!」」



それから毎日、走り込み、筋力鍛錬、壁登り、姿勢制御などの訓練を行った。


「のろいぞメス豚!呼吸はリズムだッ!リズムを乱すなッ!根性なしは飯抜きだッ!あと十キロッ!」

ある日は、ランニングマシーンの上でテレサが。


「起きろウジ虫!限界だと思ってからが筋トレだッ!あと十回ッ!いや、五十回やれッ!」

ある日は、マットの上でヴィンが。


「やるじゃないか馬鹿めッ!次は俺の蹴りを避けながら登ってみろッ!落ちたら腕立て百回だッ!」

ある日は、クライミングウォールに張り付いたニマが。


「どうした雑魚ッ!片足で立つことすらできんのかッ!体幹筋まで雑魚なんて救いがないなッ!」

またある日は、ボールの上での片足立ちに失敗したレオが、ギルバから叱責を浴びせられた。



日々授業が行われたが、そのどれもが厳しいものだった。


「言っておくが、俺は平和主義者だ!しかし、チームの為に無能と馬鹿は叩き直さなければならない!無能を晒して俺に暴力を振るわせるな!俺は暴力が嫌いなんだ!わかったかゴミクズどもッ!」

「「はいっ!」」


一列に並べられたレオとヴィンとテレサとニマが声を張り上げる。

声が小さければそれだけでギルバを怒らせるからだ。


「ではウジ虫ッ!地上で最も危険な敵は何だか答えろッ!」

「ノーマンでしょうか!」

「違うッ!貴様のような無能な味方だッ!」


紙で束ねられたハリセンがヴィンの頭を叩く。

ハリセンとはいえ、サイボーグの腕から振り下ろされる一撃はかなりの痛みを伴う。

ヴィンは頭を抱えて呻き声を上げた。


「無能な味方は有能な味方まで殺すッ!お前が無能な限りミストゾーンは危険に曝され続けているんだッ!」

「も、申し訳ありませんっ!」

「謝罪をしている暇があったらチームの為になること考えろッ!」

「ははあっ!」


ヴィンはその場で腕立て伏せを始めたが、ギルバは脇腹を蹴り飛ばした。


「勝手な行動をするなッ!なぜ腕立て伏せを始めたッ!」

「じ、自分は軟弱な為、チームの為に鍛えるべきだと思ったからですっ!」

「ならばそれを報告しろッ!勝手な行動は許さんッ!」

「僕は腕立て伏せをするべきだと思いますが、よろしいでしょうか教官!」

「一理あるなッ!貴様には腕立て伏せを命じる!止めろというまで手を止めることは許さんッ!」

「は、はいっ!」


再びヴィンは腕立て伏せを始め、ギルバはハリセンをバシバシと手で叩きながら、行ったり来たりする。

そしてテレサの前で立ち止まり、彼女の顔を正面から睨みつけた。


「では貴様らのような無能が地上で生き延びるためには何が必要かッ!答えろメス豚ッ!」

「た、弛まぬ訓練と、最善を考える思考、そして命令に従うことですっ……!」


教官として振る舞うギルバの威圧感は尋常ではない。

だからと言って泣き出しても一切の優しさは見せない。

さらに厳しい命令が下されて終わりだ。

テレサは必死に恐怖を押し殺しながら答えた。


「その通りだメス豚!では貴様は今何をするべきだと思うッ!」

「私は運動神経が一番劣っているので、それを鍛えるべきだと愚考しますっ!」

「素晴らしいぞメス豚ッ!貴様の考えを取り入れ、腹筋を命じるッ!止めろというまで続けろッ!」

「かしこまりましたっ!」


テレサも即座にその場に倒れ、腹筋を始めた。

訓練中は常にこんな調子だ。


「口だけ雑魚ッ!何やら不満そうな顔だな!言いたいことがあるなら言ってみろッ!」

「このやり方には疑問がありますッ!」

「では聞こう!貴様の崇高なやり方とやらをッ!さあ話せッ!」

「暴力や暴言を吐く必要性を見出せませんッ!寧ろ精神的に悪影響で、成長を阻害していると思いますッ!」

「貴様の考えはよく分かった!だが却下だ!止めろと言うまで片手腕立て伏せを命じるッ!」

「ひ、ひでぇぜアンタ!」

「命令に従えッ!」


ギルバのハリセンがレオの頬を撃ち抜き、けたたましい音が鳴った。

右の頬が真っ赤に腫れている。

戦っても勝てず、勝てても意味はなく、逃げることもできず、残された道は従う事だけだ。


「くそッ、なんだよこれ」


口の中で小さく呟き、片手腕立て伏せを始める。


「さあッ!へたれ馬鹿!貴様の考えを聞こうッ!」


視界の端で、ニマが震えながら何かを叫んでいる様子が見えた。



「……きっつ」


就寝前の部屋で、ぼそりとレオが呟く。

ヴィンとテレサも悲痛な面持ちで毛布を被った。

訓練を願ったのは自分だが、その内容は想像以上に堪えるものだった。


ギルバの訓練は比喩でも何でもなく、まさに“限界”まで身体をいじめ抜く。

足の訓練をした次の日には足が動かないし、腕の訓練をした次の日は腕が動かない、毎日どこかしらが機能不全に陥っている状態だ。


その上、最善を考えることを求める割に、命令へ服従しなければ罵声と暴力が飛んでくる。

背かなくても結果が悪ければ責められる。

全てを完璧にこなした時は褒めてくれるが、そんなことは当然少ない。

飴が一なら鞭は九の割合だ。


とにかく、肉体的にも精神的にもきつい日々が続いていた。


「お疲れ様、今日もしごかれたみたいね」

アメリアが戻ってきて言った。


「姉ちゃんも、あんな訓練受けたのか……?」

「受けたわねぇ、懐かしいわ」

「凄いですね。僕、もう駄目かもしれないです……」

「はぁ……やめたい。私には無理だよ」


ヴィンとテレサはかなり打ちのめされた様子で答えた。

二人の運動能力はあまり良くないので、ギルバに甚振られる機会も多い。

特にテレサは軽い覚悟で始めてしまった為に、精神的にかなり来ている。


「あなた達ならできるわよ。確かに辛い訓練だけど、やり遂げれば大きな自信になる筈だわ!」


アメリアは励ますが、この調子で行けばどこで心が折れてもおかしくない。

少なくとも自分達にとっては、経験したことの無い厳しい訓練なのだ。

明日も訓練、明後日も訓練、その次も訓練。

終わりの見えない暗闇の未来に、残るのは絶望感だけだった。


「……ごめんね、私もギルバのやり方は少し過激だと思ってる。でも彼の訓練に口を出す権限はないの」


その話は最初の頃に聞いていた。

ミストゾーンの最高権力者は「オースティン・ミスト・フランツ」であり、彼はギルバの訓練方法に関して全面的な許可を出している。

その為、オースティンかギルバの考えが変わらない限り、誰もあの訓練を変えさせることはできないという。


「いつまで続くんだろう……私、つらい」


テレサの静かな悲鳴が部屋に木霊した。

それに呼応するように、ヴィンのベッドからもすすり泣く声が聞こえてくる。

同じ苦しみを知る者として、レオには二人を責めることも、笑うこともできはしない。

共感する以外に、慰める方法もわからなかった。


「ニマは今頃どうしてるんだろうな……」


ふと、彼女のことが頭に浮かんだ。

部屋の違う彼女は、この場所にはいない。

今はどんな気持ちで過ごしているのだろうか。

彼女も静かに泣いたりするのだろうか。


「みんな、苦しいのに頑張ってるのね……」


切ないアメリアの声が聞こえ、温かい手が頭を撫ぜた。

アメリアはいつでも自分達の味方をしてくれる。

それは、決して小さくない心の救いとなっていた。


「……姉ちゃん」

「私に大したことできないと思うけど、何とかできるよう頑張ってみるわ。だから今は、ゆっくり休んで」


毛布を掛け直され、全身が温かさで覆われた。

一日の疲れと、アメリアの優しさと、そして寝床の温もりで、意識が徐々に薄れていく。


「それとギルバを恨まないであげて。彼は偏屈で厳しい人だけど、誰よりも皆の命を守ろうって考えてる人だから」


そうなのだろうか、今の自分にはわからない。

だけど、アメリアは優しい人だと思う。


「おやすみ、皆」


やがて思考の糸は途切れ、意識は微睡へと落ちていった。



それから数日後、訓練に転機が訪れた。


「よく聞けお前らッ!俺は明日から仕事で地上に行ってくる。その間の教官は他の奴に任せることになったッ!」


四人の死んだ目に光が差す。

その言葉が意味することは、ギルバの訓練を受けなくて済むという事ではないだろうか。

彼が呼び出すと、部屋の外からエルヴィスが入って来た。


「エルヴィス、さん」


目が合うと、彼は申し訳なさそうに笑った。

アメリアに怒られたパーティーの日からちゃんと話したことは無かったが、まさかこんな形で再び関わることになるとは思っていなかった。

もしかしたら、アメリアの計らいだろうか。


「あの、この間はごめん。色々嫌な思いをさせちゃったかもしれないけど、僕は君達と仲良く、ぐほぉおお!」


ギルバの強烈な蹴りがめり込んだ。

サイボーグ化されている割と容赦のない蹴りだ、大丈夫だろうか。


「そんな腰の低い教官がいるかッ!やり直せエルヴィスッ!」

「は、はッ!これより、君達をしごき倒す!覚悟しろ!」

「違ーうッ!これより貴様らウジ虫以下のゴミクズ野郎共をぶちのめし、千日放置されて腐ったスクランブルエッグみたいな脳味噌と身体に、泥より汚い血を巡らせて鍛え直してやるから覚悟しろッ!だッ!わかったかッ!」

「はッ!これより貴様らウジ虫以下のゴミクズ野郎共をぶちのめし、千日放置されて腐った脳味噌と身体とスクランブルエッグに泥水を流して鍛えて直すから覚悟しろッ!」

「お前は何を聞いていたァーッ!もう一度やり直せッ!」

「はッ!これより貴様らウジ虫以下のゴミクズ野郎共をぶちのめし」


厳しく当たる対象を間違えている気がするが、次の日からギルバはいなくなり、代わりにエルヴィスが教官役となった。

彼が教官になって、大きく変わったことがある。

一つは彼との関係だ。


「僕たちがすぐに受け入れてもらえたのは、エルヴィスさんのおかげだったんですよね。……あの、ありがとうございます」

「いや、いいんだよ。君達の役に立てて良かった。みっともない所を見せてしまってすまなかったね」

「エルヴィスさんもギルバ、さんの訓練を受けたのか?」

「ああ、酷い訓練だよね。僕の時なんて怖すぎておしっこちびったら金玉蹴られたよ」

「うわぁ……ひでぇ……」


訓練の中で色々と話すことで、以前あったわだかまりがなくなった。

そして。


「すごいよレオくん、ニマちゃん!また自己ベストを更新したね!体力もかなりついてきてる!」

「やったぜ!ありがとな兄ちゃん!」

「兄ちゃんっ!なのですっ!」

「に、兄ちゃん?」


彼は努力を認め、褒めてくれる。

訓練は厳しいものの、理不尽な暴力や暴言がないので精神的にも楽だ。

エルヴィスがいなければ、心が折れていただろう。


「その調子だよヴィンくん!テレサちゃん!タイムが最初の時より一分も縮んでる!これならフルマラソン(42.195km)を四時間以内って目標も見えてくるよ!」

「やった、僕も頑張ればできるんだ!」

「私も、もう少し頑張ってみようかな」


身体能力に優れなかったヴィンとテレサも、エルヴィスが色々と褒めてくれるので徐々に自信をつけていった。

彼のやり方は、飴が七、鞭が三くらいの割合だ。

厳しくもあるが、基本的には褒めて伸ばしてくれる。

訓練一つとっても、人の性格がでるというのを実感した。


「やっぱり兄ちゃんが教官の代理になったのって、姉ちゃんの働きかけなのか?」

「さあね、だけどアメリアにはちゃんと感謝するんだぞ?」

「わかってるって」


彼が教官の訓練は充実していた。

できれば、このまま変わらないで欲しいと心から願っていた。


しかし、彼はあくまでギルバの代理。

――――優しい時間は終わるのだ。


「多分、明日からギルバさんが戻ると思う。でも代理になれそうな時は僕が入るから、みんな心折れずに頑張ってね」

「いやだあああ兄ちゃあああん!」

「行かないで下さいいい!僕はエルヴィスお兄さんがいいですううう!」

「あの時は泣いたふりしてごめんなさいいい!」

「ニマからもっ!ニマからもっ!お願いするのですっ!お願いするのですっ!」



次の日、地上調査隊が帰還し、“奴”は戻って来た。

猛獣のような笑みを浮かべ、悪辣なオーラを放ちながらやってくる。

両腕両足がサイボーグの悪魔、「ギルバ・ミスト・ダグラス」だ。


「ただいまだァッ!俺と会えて嬉しいだろぉ?早速始めてやるぞッ!」

「ひいい!」

「どこへ行くんだ臆病ウジ虫?エルヴィスタイムは満喫しただろう?今日から教官は俺だッ!」

「わ、わたしやめます!」

「却下だッ!メス豚には最高の訓練を用意してやるッ!」


再び地獄の日々が始まった。



「千メートル走タイムスコア」


1位:0分59秒「ギルバ・ミスト・ダグラス」

2位:2分23秒「ブライズ・ミスト・コニー」

3位:2分50秒「アロフ・ミスト・スプリング」

4位:2分51秒「マテュー・ミスト・マーケル」

5位:2分56秒「スヴェン・ミスト・メイヤー」

6位:2分57秒「エルヴィス・ミスト・フェリクス」

7位:3分1秒「へたれ馬鹿のニマ」

8位:3分3秒「口だけ雑魚のレオ」

9位:3分7秒「アメリア・ミスト・エリス」


#中略#


33位:4分15秒「臆病ウジ虫のヴィン」

36位:4分31秒「メス豚根性なしのテレサ」


#中略#


110位:リタイア「寝るなロビン」

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