【第14話】『帰還パーティー』
真っ白な部屋の中央には長机があり、一人の女性が面接官のように座っていた。
見るも美しい女性の髪の毛は金色に輝き、上下は品のいい白色の装いをしている。
もし彼女に翼が生えていたのなら、天使と名乗っても疑う者はいないだろう。
白い女性は神々しさすら感じる佇まいで部屋におり、何者かがやってくるのを静かに待っていた。
幾ばくかの時が流れ、向かいの扉が開く。
色褪せた茶色のコートを覗かせて、一人の老人が入った。
老人は美しき白い女性を見て目を丸くするが、すぐに顔をしかめる。
「呼び出したのはアンタか」
「ようこそおいで下さいました。どうぞおかけ下さい」
敵意すら感じさせる老人の声色に、白い女性は動じることなく応じる。
春の暖かい昼下がりのような笑顔を浮かべ、向かいの空席を手で示した。
老人は複雑そうに口を曲げながらも腰を下ろす。
「はるばるお疲れのことでしょう。まずはお茶でもいかがですか?」
「そんなことより!儂の仲間は?!無事なんじゃろうな!」
どうやら人質を取られているらしい。
老人がテーブルを叩いて声を荒げる。
「私達によって手厚く保護されていますので御心配なさらず」
白い女が優しく微笑み、手元で機械を操作した。
小さな半球状の物体を机に置くと、そこからホログラムで映像が映し出される。
画面の中には男、女、何人もの屈強そうな大人がいる。
全てが老人にとって見知った顔だった。
「通話も可能ですが、繋ぎましょうか?」
映像程度であればいくらでも偽造ができる。
そんな懸念を潰し、彼らが本当に生きていると証明する為の提案だろう。
老人が一つ頷くと、白い女は再び機器を操作する。
コール音が鳴り、口髭を生やした男が画面の前までやってきた。
『ボス、すまねぇ!俺のせいでこんなことに!』
「それより何があったんじゃ!皆は無事か!」
『地上を移動してる途中で見えない敵に襲われたんだ。俺ら全員気絶させられて、気づいたらここに……だけど皆は無事だ!今のところ何もされてねぇ!』
「そうか、待っとれ!今助けてやるからな!」
『ボス、ドジをした俺らのことは見捨ててもいい。だけどコロニーだけは守ってくれッ』
「馬鹿を言うな!見捨てんぞ!お主らも、皆も、儂が助け出す!」
映像が切れる。
白い女が電源を落としたようだ。
「さて、無事を確認したところで本題に入りましょう。言わずもがな、彼らの運命は貴方次第です」
「汚ない真似をしてくれるのう。お主らは何者じゃ、儂らみたいな小さなコロニーに一体何を求める!」
老人が憎々しく問うと、白い女の表情が変わった。
仮面の微笑、無機質な声、金属の双眸、人ならざる人へと。
「私はノーマンです、貴方のコロニーを買い取りたい」
*
レオ達は二年間に渡る勉強の末、遂に試験を終わらせた。
今日は結果発表を行うことになっている。
「はい皆、試験の結果が出たわよ」
いつも勉強をしている視聴覚室で、アメリアは三つの電子パッドを配った。
レオ、ヴィン、テレサの順番で受け取り、緊張を滲ませながら席へと戻る。
この中に、試験の合否や詳細が書かれているのだ。
「おお……」
「大丈夫だったかなぁ」
「どきどき」
高鳴る鼓動を抑え、レオは電子パッドの電源を入れる。
その中に目的のファイルが存在していた。
『基礎教養試験_結果表_レオ・ミスト・グレイフ』
試験中の緊張が蘇ってくる。
三人にとって初めての大きな目標、それがこの試験に合格するというものだった。
そして、結果は目の前にある。
期待と不安が入り混じり、自然と指先が震えた。
取り決めていたわけでもないが、レオたち三人は顔を見合わせる。
お互いの交差する視線が、不安な心を勇気づけた。
覚悟を決めてアイコンをタップすると、画面が切り替わる。
読み込み中のマークが一瞬だけ表示され、すぐに白背景の簡素な結果表が現れた。
「おお……おお!」
レオは思わず唸り声を上げる。
試験は1000点満点で、600点を越えれば合格ということになっている。
画面に視線を落とすと、名前、各教科の点数、そして一番大きい文字で、合計点数が表示されていた。
「受かった……」
電子パッドの白い画面には、『770/1000』と浮かんでいた。
レオは目標とされていた点数を超え、無事に合格を果たしたことになる。
「ヴィン、テレサ、どうだった?合格できた?」
「僕は大丈夫だったよ」
「私も!」
張り詰めた気持ちは解れ、次第に喜びへと昇華されていく。
誰も欠けることなく、勉強の日々は結果となって現れたのだった。
教壇の方から拍手の音が聞こえる。
「三人ともおめでとう。本当は三年のつもりだったんだけど、二年で合格しちゃうなんて凄いわ」
アメリアは凛々しい顔を綻ばせ、自分達の努力を称えてくれた。
ミストゾーンに来て以来の大きな目標を成し遂げて、胸が熱くなるのを感じる。
「な、なあ!比べっこしよーぜ!二人は何点だったんだ?」
「えー、私あまり良くないし」
「比べる必要はないんじゃないかな。みんな頑張ったし、この結果を喜ぼうよ」
どうにも乗り気じゃない二人だが、レオは素早い手つきでヴィンから電子パッドを奪い去る。
点数が出るとなれば、比べたくなるのは人間の性というものだろう。
「あっ!レオ!勝手に見ないでよ!」
「ふはは、油断大敵!どれどれご照覧!」
画面を覗き込むと、ヴィンのフルネームや点数が書かれている。
目を滑らせていき、総合得点の欄を見てレオは固まった。
『985/1000』
「は……?」
「もう、レオは何点だったの?」
ヴィンが脇に抱えた電子パッドを抜き取ろうとしてきたので、反射的に躱して距離をとった。
「や、やるじゃん、返すよほら」
雑な手つきでヴィンの電子パッドを返す。
「人のだけ見て自分だけ見せないってズルいよ!」
「いやぁ、いい勝負だったなぁ!はっはっは!」
飄々と室内を逃げ回るレオと、追いかけるヴィン。
テレサが笑って眺めていると、呆れたアメリアがプロジェクターに同期された自分の電子パッドを弄った。
次の瞬間、スクリーン一面にでかでかとレオの結果表が映し出される。
「はい、ズルいことする子の点数はこちらでーす」
「うわあああ!やめろ姉ちゃあああん!」
「あ、私の方が高い!やったー!」
「770点って……全然いい勝負じゃないじゃん。変な見栄張るの悪い癖だよ」
「う、うるせえええ!」
三人の試験は無事に終わったのだった。
*
ジュージューと音の鳴る食堂は、沢山の人で溢れている。
今日はパーティーの日。
普段は制限されている培養肉を、机の中央で遺憾なく焼いている。
「やあやあ皆さん、遠慮せずに食べてくれ」
コロニーの指導者である、オースティン・ミスト・フランツは食堂の中央でマイクを片手に喋りかける。
「本日は二つも良いニュースがある。一つはレオ、ヴィン、テレサの三人が、試験を無事に合格したということだ。三年のつもりが二年で成し遂げてくれた。彼らの並々ならぬ努力と、教育係を全うしたアメリアに拍手を!」
拍手が起こり、レオ達の意識はミストゾーンの人々へ向く。
オースティンやここの人たちは自分達の努力を労い、こうして集まってくれているのだ。
「がんばったな!」
「凄いじゃないか!」
「色々聞いてたぞー!」
認められていることに、喜びの感情が湧き上がってくる。
こうして大勢の前で拍手をされるのは、二年前の自己紹介以来だ。
あの時と違うのは、何を言われているのかわかるということだろう。
認めてくれる言葉の一つ一つが心に染みた。
意味を理解できるという事が、今までの努力の成果を実感させてくれる。
それは無上の喜びだった。
今や自分達は、ミストゾーンにいるどんな人たちとも会話をすることができるのだ。
「ありがとうございます……!」
レオもヴィンもテレサも、自然と頭が下がった。
ミストゾーンの人々は温かい笑顔で拍手を送ってくれる。
ひとしきり拍手の雨に打たれた後、オースティンは再び言葉を紡いだ。
「そして二つ目は、地上調査隊の面々が無事に帰還してくれたことだ!今回も彼らが命がけで仕事をしてくれたおかげで、我々はまた生活していくことができる。隊長のギルバと、その隊員達に拍手を!」
手を掲げた先には、屈強な男や女たちがいる。
その中で一際存在感のある、手足がサイボーグのおじさんが片手を上げて応えた。
彼が猛獣のような笑みを浮かべると、食堂中から惜しみない拍手が響き渡る。
それは、尊敬と労いの拍手だった。
「ありがとうギルバ隊長!」
「あんたら半端ねぇよ!」
「みんな無事で良かったわ!」
コロニーは水、食料、電気など、生存に必要なものを長期間供給できる作りになっている。
しかし、布、洗剤、薬品、酒、栄養剤、弾丸、精密機器、燃料など、内部で生産できない消耗品も沢山あり、それらは定期的に外で手に入れて持ち帰らなければならない。
その役目をこなすのが、ミストゾーンでも特別なチームである「地上調査隊」だ。
外がノーマンの支配する領域である以上、地上調査隊の仕事には危険がつきまとう。
危険な仕事をこなすからこそ、彼らの帰還は祝われるし、大きな感謝を捧げられるのだ。
「紳士淑女の諸君。主役の子供達と地上調査隊の面々を称え、楽しんでくれたまえ!当分は増殖細胞しか食えなくなるからな!ははは!」
苦笑いの混じった歓声が響き、食堂が盛り上がった。
「だけどすげぇよな、何度も外の世界に行って帰ってくるなんて」
パーティーの熱も収まり、各々が好きに雑談を交わすような頃合いになって、レオが口を開く。
憧憬の眼差しを向けた先には、地上調査隊の面々が映った。
誰も彼も逞しく、頼りになる雰囲気だ。
「アメリアさんって地上調査隊でしたよね」
「ええ、クビになっちゃったけどね」
テレサが尋ねると、アメリアは気まずそうに笑って答えた。
そう、アメリアも元々は彼らと仕事をしていたらしいのだ。
しかし、自分たちの教育係に専念する為に調査隊を退くことになったという。
「調査隊の仕事ってどんなことやるんですか?」
「そうねぇ、主に買い出しとか、廃都市でスクラップの物色、歩人組合の依頼で周辺の様子を調査したりするわね。あとは地上の検査所に駐在したり、他のコロニーとの連絡とかもやるかしら」
思っていたよりも仕事内容は多岐に渡るようだった。
「姉ちゃん、試験が終わったら興味のある事してもいいんだよな?」
「ええ、オースティンも三人には興味のある仕事をやって欲しいって言ってたから、好きにして良い筈よ」
あの日から比べて、体も頭も随分と成長したが、未だに外に放り出されれば生きていくことはできないだろう。
であれば、この世界で生きていくためにやることは一つだ。
「俺、もっと強くなりたい。ニマや姉ちゃんは格闘技とか教えてくれてるけど、銃の使い方とか外での生き方とか、もっと本格的なことを知りたい。だから、地上調査隊の仕事を教えてくれ」
「……入りたいってこと?」
「それが近道ならな」
アメリアは表情を曇らせる。
「地上調査隊は重要な仕事だし、沢山のことを学べると思うわ。だけど、最前線で戦う仕事でもある。つまり……」
「危険なのはわかってるよ。だけど、この場所だってずっと平和とは限らないだろ?いつか村みたいになるかもしれない。なら、多少危険を負ってでもやれることは全部したいんだ。生き延びて、強くなって、いつか父ちゃんと母ちゃんの無念を晴らす為にも」
「決意は今も変わらないのね」
「ああ」
レオはきっぱりと言った。
その瞳には確固たる信念が宿っている。
「ヴィンやテレサちゃんはどう考えてるの?」
「僕はノーマンのことを知りたいです。どんなことができて、どんなことができないのか。弱点がわかれば倒す方法も見つかるかもしれませんし、地上調査隊に入ることで調べることができるなら、入りたいと思ってます」
「私は二人のいる場所にいく」
レオも、ヴィンも、テレサも、選ぶ道は同じなようだ。
「じゃあ、三人とも次にしたいことは“地上調査隊としての仕事”、ってことね?」
「そうだな」
「そういうことになりますね」
「……わかった。おすすめはしないけど、リーダーに伝えてみるわね」
「ああ、ありがとう姉ちゃん」
オースティンへの申請権はレオ達も持っているが、アメリアが確認してくれるのであればそれが一番だろう。
「そうだ、せっかく調査隊が帰ってきてるんだから、この機会に色々聞いてきたらどう?すっかり言葉も喋れるようになったんだし」
「入隊前の挨拶ってとこか」
「僕たち変に思われたりしないですか?」
「きっと大丈夫よ。心配ならエルヴィスに聞いてみたら?彼なら気持ちもわかると思うし」
アメリアが指を差した先には、銀髪の男がいた。
「エルヴィスさん、か……」
「あの、むしろエルヴィスさんは……」
レオとヴィンが言い淀む。
調査隊と話ができる機会というのは貴重だが、それでも気持ちを重くするものがあった。
それが、アメリアの示したエルヴィスという男の存在だ。
彼のことは知っている。
真っ先に名前を覚えた一人でもある。
なぜなら、エルヴィスという男は自分達と同じ『元アデス教徒』なのだ。
その為、二年前には仲良くなれるかもしれないと思っていたのだが。
「どうしたの?彼なら話しやすいと思うけど」
「僕たち、多分嫌われてます」
「この前とかすげぇ睨まれたもんな」
「ええ?!」
そう、何故かはわからないが自分達は彼に嫌われている。
特に何もしていない筈なのに、近づくと睨まれたり避けられたり、話しかけても無視されたりするのだ。
彼がアデス教徒と無関係の男なら、子供嫌いの失礼な奴、で済んだかもしれない。
しかし、彼に冷たい態度を取られるのは、中々に堪えるものがある。
似た過去を持っているから変に気を遣ってしまうし、分かり合えないまま気まずくなるだけだ。
「だ、大丈夫よ!ちょっと怖い顔してるけど、根は良い奴だから!私が保証するわ!」
「で、でも……」
「いいからいいから!話せばきっと分かり合えるわよ!」
アメリアに連れられて、レオとヴィンとテレサは食堂を移動した。
目の前のテーブルには屈強な男が何人かで話をしている。
その中の一人、銀髪の男がエルヴィスだ。
「エルヴィス、無事で何よりだわ」
アメリアが声をかけると、エルヴィスは少し驚いた顔をして振り返った。
レオやヴィンやテレサを見て一瞬眉を潜めるが、すぐに表情を崩してアメリアの方へ向き直る。
「ああ、アメリア。君も元気そうで良かったよ」
エルヴィスは人間だが、どこか狼のような雰囲気をしている。
その常に警戒心を絶やさない顔で、彼はアメリアに笑いかけた。
普段笑わない者がするような、少し似合わない笑みだった。
「この子達のこと知ってるでしょ?レオとヴィンとテレサよ。調査隊に興味があるっていうから、色々と話を聞かせてあげてくれない?」
エルヴィスは一瞬沈黙するが、すぐに似合わない微笑みを作ってこちらに話しかけた。
「そうか、人気のない仕事なのに珍しいね。一体何を聞きたいんだい?」
胃がキリキリと痛む。
アメリアは、「ほらね、悪い奴じゃないでしょ?」と言わんばかりの顔をしているが、こんな態度をとるのは周囲の目があるからだろう。
仮に誰もいない場所で話しかけたら、どんな態度を取られるものやら。
「こ、今回はどんな感じだったんですか?」
それでもこれは彼と話すチャンスだ。
レオはエルヴィスを不快にしないよう、当たり障りのない質問で様子を見た。
あわよくば彼が自分たちに向ける嫌悪の原因を突き止め、解決したいところだ。
「今回は良かったよ、誰も死んでないし怪我もしてない。マーケットで栄養剤が安値で手に入ったし、新型のドローンも手に入ったからね」
エルヴィスは仕事の話を色々と聞かせてくれた。
淡々とした説明だが、順序立っていてわかりやすい。
質問をすれば、彼は知っていることを要領よく答えてくれた。
「ただ、不穏な噂も聞いたよ。『ホワイトスター』ってコロニーが、他のコロニーと揉めて地上部隊を襲ったらしい。彼らは温厚だった筈なのに、一体何があったのやら」
世界には『ミストゾーン』以外にも沢山のコロニーがある。
小規模のコロニーであれば数十から数百名、大規模のコロニーになれば数千から数万名規模にも及ぶ。
コロニーによって様々な特色があるが、大抵のコロニーにとってノーマンが共通の脅威であることに変わりはない。
本来であれば団結し、助け合うべき関係である。
にも拘らず、コロニーがコロニーを襲うのは不合理な話だ。
「どうして揉め事が起きたんですか?」
ヴィンが首を傾げた。
当然の疑問だろう、無益な争いはお互いの首を絞めるだけだ。
「さあね。色んな利害関係があるから衝突が生まれるのは珍しくないけど、今回のことはよく分かってない。何らかの意図があるのは間違いないだろうけど」
「ミストゾーンは大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと言いたいが、油断はできないね。他の地上部隊と会う時は、今までよりも警戒しないと」
自分達が勉強の日々を過ごしている間、外では物騒なことも起きているらしい。
エルヴィスの話に、一抹の不安を覚える。
「エルヴィスさんは、どうして地上調査隊に入ったんですか?」
テレサが聞いた。
それはレオとヴィンも気になっていたことだ。
地上の恐ろしさを知る彼が、どうして地上での仕事をしているのか。
エルヴィスはチラチラと視線を動かしてから、少し恥ずかしそうに言った。
「そうだね、臭いセリフだけど、“守りたい人がいるから”かな」
「誰ですか?」
「そこ突っ込んで来るんだね。普通、言い辛いからボカすんだけど」
「アメリアさんですか?」
「み、ミストゾーンのみんなだよ!」
ズカズカと切り込むテレサに、エルヴィスが動揺する。
彼女はミストゾーンに来てから、良く言えば素直に、悪く言えば遠慮が無くなった。
その結果、話し相手を困らせることもよくある光景だ。
「くすっ」と笑い声が聞こえる
隣を見れば、アメリアが嬉しそうに頬を緩ませていた。
「やっぱり杞憂だったみたいね」
「杞憂って、どういうことだアメリア?」
「ううん、気にしないでエルヴィス。私はお手洗い行ってくるから、四人で話してていいわよ」
彼女が鼻歌を歌いながら姿を消す。
エルヴィスと自分たちの関係が問題ないと思って安心したのだろう。
「じゃあ、調査隊に入るにはどうしたらいいんですか?」
しかし、アメリアがいなくなり、レオが質問をした時にエルヴィスの表情が変わった。
冷たい表情だった。
「なぁ、これは何かの嫌がらせか?」
「……は?」
「はっきり言わないと気付かないのか?僕はあまり君達と関わりたくないんだが」
以前から感じていたものは、気のせいなどではなかった。
彼は自分たちをあからさまに嫌っている。
それを初めて言葉にされ、たじろぐ。
「な、なんで」
「僕は君達が好きじゃない。だから関わらないで欲しい。それだけだよ」
周りの人はそれぞれの話に夢中で、こちらには気づいていない。
それでも、人目のある場所で堂々と言ってくる辺り、自分たちの嫌われ様は相当なもののようだ。
エルヴィスの冷徹な眼光が突き刺さる。
「……俺らが何かしたかよ」
「してないよ、何もしてない。君達は何もしちゃいない。だから話しかけないでくれ。調査隊にも入って欲しくないね。邪魔になるだけだ」
自分たちは嫌われている。
それははっきりとわかるが、どうして嫌われているのかがわからない。
だからこそ、向けられる態度の理不尽さに困惑するしかない。
身に覚えなど何もないのだ。
彼は最初に話した時から、自分たちに冷たい態度をとっていた。
こちらは同じような境遇を持つ彼と、仲良くしたいと思っているだけなのに。
「意味わかんねぇよ……!何もしてないなら何で……っ!」
「いいよレオ、行こう」
理不尽さに怒りを滲ませた時、テレサに手を引っ張られた。
そのままエルヴィスの場所を去る。
振り返ると、一度頭を下げてからこちらにやってくるヴィンが見えた。
あのまま揉めても良いことはなかっただろうし、止めてくれたテレサに感謝する。
「すまねぇ、止めてくれてありがとな」
「ううん」
自分たちの元いたテーブルに戻り、レオは深いため息をつく。
やはり今回も駄目だった。
理由はわからないが、自分達とエルヴィスの間に深い溝があるのは間違いないようだ。
「何なんだよ、俺らが何かしたか?」
「僕もわからない、何もしてないと思うんだけどね……」
「くそっ、せめて理由がわかればいいんだが」
周りは相変わらずのお祭りムードだが、この机だけお通夜の様相を呈している。
黙して悩んでいると、テレサが口を開いた。
「レオとヴィンは、あの人と仲良くしたいの?」
「そりゃな。俺らと同じ境遇の人でもあるわけだし」
「エルヴィスさんは地上調査隊のメンバーだし、今後の事を考えても険悪なのは良くないね」
二人の言葉を聞き、テレサは頷いた。
「わかった。上手くいくかわからないけど、やってみようか」
「何をする気だ?」
「大したことじゃないよ。二人とも考えすぎるから良くないの、私達は子供なんだから、子供らしくすればいい」
「子供らしくって、具体的に何を?」
「大人は子供に間違ってるって言われたくない生き物なの。私達が理論武装しても意味がない。そういう人を変えるのは、同じ立場の大人か、その人にとって大切な人。両方満たしていたら一番良い」
「つまり、代弁者を立てるのか?」
「そう、私達の味方をしてくれて、大人の人で、尚且つエルヴィスさんにとっての特別な人……」
すると、お手洗いから帰ってきたアメリアがこちらに気づいてやってきた。
テレサは任せろと言うようにウィンクを見せる。
「あれ?もう話終わったの?」
「アメリアさん、エルヴィスさんに二度と話しかけるなって言われました」
「あらそう、……っえ?」
不意を突かれたアメリアが目を丸くして聞き返す。
「私達、二度と話しかけるなって言われたから戻ってきたんです。何も心当たりはないのにすごく睨まれて、理由を聞いても教えてくれなくて……すごく怖くて……」
テレサは身体を震わせ、耳と頬が朱に染まっていく。
瞳は潤み、声は揺れ、徐々にか細く身を縮ませた。
「あはは、テレサちゃんのジョークは相変わらず鋭いわねぇ〜、ねぇレオ?」
「いや、ジョークでもねぇんだけどな」
「え?冗談よねヴィン?」
「……いや、まあ、本当ですよ。お姉さん」
「…………マジ?」
「はっきり言ってやる、僕はお前達が嫌いだ、邪魔だ、二度と話しかけるな。って怒られました。どうしたらよかったんでしょうか……私達はただ、エルヴィスさんと仲良くしたかっただけなのに……」
言葉の一つ一つに痛みがあり、遂にテレサの瞳から雫が落ちた。
ぎゅっと作られた拳は頼りなく両膝に乗っている。
隠しようのない程に身を震わせ、鼻をすする音が聞こえた。
――――少女は、泣き出してしまった。
「ちょ、テレサ、大丈夫かおい」
「は、ハンカチいる?そんなに汚れてないから」
レオとヴィンが慰めるが、決壊した心の堤防は涙を押しとどめることができない。
次から次に涙が流れていく。
そんな彼女を見て湧いてくる気持ちは、救えなかった罪悪感と、泣かせた原因への果てなき怒りだ。
アメリアは椅子を蹴って立ち上がる。
エルヴィスがしたであろう仕打ちを想像し、メラメラと表情を変えて振り返った。
「何考えてんのよアイツ、引きずり出してくるから待ってなさい」
「い、いいですアメリアさんっ!そんな、ことしたら、また裏で、何をされるか……」
「大丈夫、そうさせないようにガツンと言ってやるわ」
普段は温厚で柔軟な頭を持つアメリアだが、正しいと思うことに対しては頑固だ。
ずかずかと食堂の人を掻き分けて、先ほどの席へと突き進んでいく。
まるで喧嘩でもしにいくかのような威圧感を彼女の背中から感じた。
「……マジで大丈夫か?」
「テレサ?部屋に戻る?」
二人が心配で声をかけると、テレサの表情が豹変した。
涙の滲む両目には、もはや悲痛な感情はどこにもない。
スイッチを切り替えるように、けろっとしたテレサが戻ってきた。
「ありがとう二人とも、演技だから平気だよ。それより、これからエルヴィスさんが来て叱られるから、レオとヴィンは私みたいにしおらしくしてて」
「え、演技かよ。こえぇー」
「ほ、本当にこれで関係が良くなるの?」
「わかんないけど、多分アメリアさんに叱られれば変わると思う。少なくとも危害を加えられることは無くなるよ」
レオとヴィンは顔を見合わせて困惑する。
しかし、とやかく言っている時間はない。
アメリアが身長が頭半分高い男を連れて来たのだ。
凛々しく怒るアメリアと、困惑する狼のようなエルヴィスだった。
テレサは再び悲痛な様相を放つ。
助走のない切り替えに、二人は面食らうことしかできない。
この世に演技の仕事が存在するならば、正に彼女は天職だろう。
「な、なんだよアメリア、何もないって言ってるだろ」
「いいから座りなさい、エルヴィス」
「いや、待ってくれよ」
「座りなさい」
「……わかったよ」
有無を言わせずに座らされるエルヴィス。
絵面としては、妹に怒られる兄貴という感じだ。
テレサは再び俯いて涙を流し、レオとヴィンも、それに倣ってしおらしく俯く。
その状況を見て、エルヴィスは起こったことを察したようだ。
泣いているテレサを見てギリと歯ぎしりをする。
「ごめんなさい睨まないでください!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
すかさずテレサは恐怖に表情を歪め、ボロボロと泣きながら身を縮こませた。
エルヴィスは動揺し、アメリアの表情が更に怒りへと変わった。
「テレサちゃん達にもう話しかけるなって言ったって本当?」
「……それは」
「思考検出器、使うわよ」
「……言ったよ」
思考を読み取る装置を使えば嘘はつけない。
エルヴィスは観念したように吐いた。
「何でそんな酷いこと言ったの?」
「それは……」
「何で言ったの!」
「わ、悪かったって!」
「悪いのは当たり前でしょ!理由を言いなさい!」
「ぐっ……」
子供のように怒られるエルヴィスを見て、段々と不憫になってきた。
「羨ましかったんだ……」
「羨ましい?何が?」
「僕がここに来た時より、恵まれてる彼らが、羨ましかったんだ……」
その言葉に、怒っていたアメリアの顔が解けた。
あるのは彼の過去を思い返しての、同情と慈しみ。
「そうね、あなたは苦労したもの」
レオ達はその光景に、彼が冷たく接する理由の片鱗を見た気がした。
しかし、それはそれとアメリアは表情を結び直し、再び眉毛を尖らせる。
「でも、嫉妬してレオやヴィンやテレサちゃんに当たるのは間違ってるわ。謝りなさい」
「……」
エルヴィスは悔しそうに俯いて口を結んでいる。
男にはプライドというものがあるのだ。
アメリアに、しかも嫌っている子供の目の前で怒られて、彼の中の自尊心はズタズタに引き裂かれているのだろう。
レオはエルヴィスの心情を想像して、密かに彼を憐れんだ。
「謝らないなら、私はもう二度とあなたと話さないわ」
「……すまなかった」
「私じゃなくて、テレサちゃん達を見て謝るの!」
先程まで人を寄せ付けない狼のような怖さのある男が、今や悪いことをして惨めに叱られる仔犬のようになっている。
レオはこれ以上見ていられなくなった。
「ね、姉ちゃん、もういいよ」
「良くない!レオは黙ってて!」
「お、おう」
こうなってしまっては、もうアメリアを止める手立てはない。
レオは心の中で手を合わせ、打ち砕かれるエルヴィスの心に黙祷を捧げた。
「さあエルヴィス、テレサちゃん達にごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
静かに、掠れた声で、エルヴィスは謝罪した。
エルヴィスは俯き、レオ達も何故か落ち込んでしまう。
「ごめんねみんな、エルヴィスも色々あったのよ。許してあげて」
「あ、ああ、気にしてない、ぞ」
「こ、こちらこそ、ごめんなさい」
本来ならば、地上調査隊であるエルヴィスの仕事ぶりを讃える席の筈なのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
レオとヴィンは委縮しながらもエルヴィスの謝罪を受け入れる。
しかし、テレサは違った。
「で、でも、私がアメリアさんに言ったから、あとで報復されるかもしれない。一人の時に殴られたり、事故を装って殺されたり、わ、わたし、それが怖くて」
「大丈夫よテレサちゃん、大丈夫」
アメリアがテレサを抱きしめる。
そして、鋭い眼光をエルヴィスに向けた。
「もしこの子達に何かしたら、私はあなたを一生許さないわ。記憶を調べればわかるんだから。いいわねエルヴィス」
「わ、わかってるよ、そんな物騒なことしないって」
「そういうことだから、安心してねテレサちゃん。何かあったら今回みたいにすぐに言うのよ?」
「は、はいっ、ありがとう、ござい、ます」
か弱き少女のテレサはアメリアに抱きしめられ、安堵の息を零す。
こうしてエルヴィスは叱られ、ひとまず決着がついた。
彼のプライドと引き換えに。
「……もう、いいかな」
「ええ、いいわよ」
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ……」
「どこに行くの?」
「長旅の疲れが残ってるみたいなんだ。先に寝させてもらう……」
「そっか、無理しちゃだめよ。おやすみなさい」
「おやすみ……」
トボトボと去っていくエルヴィス。
少なくとも身の安全は保障されたと言えるが、これからどうやって良好な関係に繋げられるのか。
今のレオとヴィンには見当もつかない。
テレサがアメリアの胸元でニヤリと笑っていたので、狙い通りということなのだろうか。
色々と不安が残る。
「人間の心って難しいものね」
アメリアが物憂げな顔で言う。
エルヴィスの背中は段々と小さくなっていき、そのまま寝室へ向かうようだ。
願わくば彼の自尊心が治り、彼との関係も改善したら良いのだが。
*
「しょんぼり顔を発見っ!」
「グハッ!」
どこからともなく現れた赤髪の少女が、エルヴィスにカンチョーをお見舞いしていた。
ニマは今日も元気だった。




