【第12話】『ミストゾーンへようこそ』
「リーダー、失礼します」
扉が開かれ、一人の女性がしゃきとした足取りで部屋に入る。
黒い髪を持つ若い女性だ。
端正な顔立ちだが、目つきは彼女の芯の強さを感じさせる。
「アメリアか、報告でいいのかな?」
迎えるのは、肘をついて顔の前で手を組む男。
整えられた髪と髭は気品が漂い、深みのある目元も、顔に刻まれた皺も、全てが“威厳ある紳士”という印象を形作っている。
渋く、強く、優しい声音は、尊敬を得て人々を導く者に相応しいものだった。
「はい。今回行った地上活動の詳細報告と、レオ、ヴィン、テレサ、以上三名の検査結果を持ってきました」
「そうか、早速見せて貰おう」
アメリアは握っていた記録デバイスを、目の前に腰かける男、「オースティン」に手渡す。
彼はそれを机の横に置いてある電子機器に差し込み、周辺機器を動かして幾つかの操作を行う。
それから机の脇にあるヘッドギアを被り、可動式の椅子に深く腰掛けた。
起動音が鳴り、ヘッドギアから音声が流れる。
『データを人工脳に転送します。サイズは5テラバイト。推定時間は45秒』
ヘッドギアが青い光を点滅させ、電子機器が唸るような音を立てる。
一分もしない時間が過ぎると、ランプが消えて完了音が鳴った。
『データの整合性を確認。転送が正常に完了しました』
オースティンは深く呼吸をし、ヘッドギアを取り外す。
頭痛を抑えるような仕草で頭を抱え、それから閉じていた目をゆっくりと開いた。
「なるほど、珍しいケースだ」
オースティンは新しく入った記憶を思い出しながら、次々に自分の中へと落とし込んでいく。
収穫したものを一つ一つ確かめるように脳内を巡らせ、データという収穫物が全て記憶に変換された時、彼は指導者としての思考を行う。
ミストゾーンというコロニーを預かる者として、最も自分達に利する判断をしなくてはならない。
腕を組み、思考の海に身を委ねてから数分。
彼は導き出された結論に頬を緩ませ、告げた。
「三人を検査施設からコロニーに連れてきてくれ。ミストゾーンの新しい住人に迎え入れよう」
「ありがとうございます……!」
アメリアが恭しく頭を下げる。
彼の人柄を知るアメリアにとって、今回の判断は意外という訳では無い。
きっと大丈夫だという自信はあった。
それでも、最高責任者からの答えを聞いて心の底から安堵する。
約束したのだ。
必ず連れてきて、知ることを全て教えると。
力及ばずアリストやマリーを助けることはできなかったが、その上に子供達との約束まで果たせないとなれば、アメリアは自分を呪っただろう。
ともあれ、彼らの命は繋がった。
その代償はあまりにも大きかったが。
「それにしても興味深いデータだな。ロビンには見せたか?」
「はい、珍しく眠気が十五分も吹っ飛んだそうです」
「だろうな。検査結果は問題無いが、何らかの実験体の可能性はある」
「……それは、どういうことでしょうか?」
「人類基地連合の秘密計画か、ノーマンの深遠なる計画か、ただの偶然か……」
ミストゾーンに辿り着いてから、子供達には様々な検査を離れた施設で行ってもらった。
ノーマンではないか、追跡チップは埋め込まれていないか、病原菌を持っていないか、精神的に危険性のある異常者でないか。
要するに、「コロニーに入れて大丈夫か」ということを事細かに調べる検査だ。
それらの検査の一環で、知能指数を測るテストがある。
レオ、ヴィン、テレサ。
十一歳の彼らはいずれも、アデス教徒の子供とは思えない程の思考能力を持ち合わせていることが判明したのだ。
知識は教わる機会が無かったので優れない結果だったが、頭の回転力だけならばコロニーの主要メンバーにも匹敵する結果を叩き出した。
その異常性をミストゾーンの最高責任者はどう受け止めているのか、アメリアは一抹の不安を覚える。
「何にせよ、この子らは賢すぎる」
オースティンは息を呑むアメリアを横目にそう言い切った。
「どうするつもりですか、リーダー」
「言っただろう、住人に迎え入れると。少なくとも彼らは健康な人間であり、今はそれで十分だ」
判断が変わらなかったことに胸を撫で下ろしながらも、不穏な余韻を残したことに変わりはない。
オースティンは後ろ手を組んで立ち上がり、真剣な眼光でアメリアを見据えた。
それが重大な何かを宣言されると直感し、アメリアの背筋が伸びる。
「アメリア・ミスト・エリス、君に新しい任務を与える」
「はっ」
「例の三人にここでの生活と常識、そして教育を与えたまえ。まずは私達の言葉を教えるんだ。三年以内に不自由のないレベルまで引き上げて貰うぞ」
「かしこまりました」
「教育に必要な人選があれば申請するといい。都合をつけて貰うよう私から言っておこう。それと、夜にメンバーを集めて彼らを紹介する。できればそれまでに三人の登録資料を作っておいてくれ」
「お任せください」
はっきりと指示を伝えた後、オースティンはアメリアに険しい表情を向けた。
自然と全身が強張る。
ミストゾーンの指導者が次に告げる言葉は、間違いなく自分を非難するものだ。
「それと君は、地上調査隊をクビだ。個室も没収。理由はわかるか?」
「村と関わって崩壊を招いたことでしょうか」
「それもある。あの村が滅んだことで周辺にどういった影響が出るかわからないからな。だが私が咎めているのは、君がミストゾーンを危険に晒したことだ」
向けられた威圧感にアメリアは委縮する。
「君は仲間とはぐれ、記憶泥棒が可能なノーマンの支配するアデスの村へ転がり込んだ。その上、素性のわからない村人を信用して情報を洩らし、敵に勘付かれて脱出作戦を失敗した上に、情に流されて救出作戦を敢行。貴重な弾薬とオーバードラッグを使用した挙句に得たものは、村の崩壊と無知の孤児三人だ。助かったのは運が良かっただけであり、君の行いはリスクとリターンが見合わない愚行と言わざるを得ない」
「本当に申し訳ありませんでした!」
アメリアは盛大に土下座をかまし、身を震わせた。
実際に言葉にされると、自分がいかに無謀な行いをしたのか思い知らされる。
一つでも悪い方に転がっていれば、自分はノーマンに捕まっていただろう。
いざという時は自決をする覚悟があったが、自決をする間もなく自由を奪われないとも限らない。
本当に、ただ本当に運が良かっただけだ。
「私は君の行動がミストゾーンにとって最善だったとは思えない。君は身体が回復した時点で彼らを放って一人で逃げるべきだった。あるいは、仲間とはぐれて村に倒れ込むようなヘマをしなければ更に良かっただろう。君は優秀だが、地上調査隊としては未熟者だと言う他ない。何か反論はあるか?」
「私は未熟者で、そのせいで多くの犠牲を出し、危険を招きました。その点について返す言葉もありません!」
アメリアは深々と謝罪の意を示す。
しかし、彼の言葉を聞いて譲れない部分もあった。
唾を飲み込み、凛とした顔を上げて伝える。
「ですがッ、私は恩人であるアリストさん達を助けようとしたことに関しては、何も間違っていたとは思っていません!」
「その行動が原因で、ミストゾーンが滅びたとしても、か?」
「命の恩人を見捨てることは、私にとって同じくらい罪深いことです!」
「なるほど、君は数人の命の恩人を助ける為ならば、百の家族の命を危険に晒しても躊躇わないということだな?」
「どちらも助かる可能性があるならば、私は躊躇いません。故に、私は地上調査隊として不適格だと自認しました」
「そうか、よくわかった」
アメリアは唇を震わせ、再び頭を下げる。
その姿を見下ろしていたオースティンは、一つ溜息を吐いてから膝をついた。
ひれ伏す彼女の肩に手を乗せ、柔らかい声で語り掛ける。
「アメリア、恩義を仇で返さない君の心根は、人間としての美しい一面だ。私は君という人間を誇りに思っているよ」
恐る恐る顔を上げると、オースティンと視線が交差する。
先ほどまでの険しい目つきは柔和になっており、口元は僅かに微笑んでいた。
それは、厳しくも優しきミストゾーンの指導者の顔だ。
「助けた子供達を育て上げなさい。君は地上調査隊には向かなかったが、先生としてならば本当に大事なことを教えられるだろう」
「はっ!この度の失態を挽回できるよう、鋭意務めて参ります!」
「立ちたまえ、アメリア・ミスト・エリス。君が理解したのなら、この話はこれで終わりだ」
手を差し伸べ、彼は破顔した。
息も詰まる厳粛な空間は消え去り、気兼ねない友人のような男だけが目の前に残っている。
「ありがとうございます」
手を取って立ち上がる。
頭半分ほど背の高い男は人柄の良い表情で笑い、そして困り眉を作って言った。
「ところでアメリアちゃん、肩揉んでくれない?最近凝りが酷くって」
「……運動不足ですよ、リーダー」
「ホワイトカラーの宿敵だよ、全く」
オースティンはドカリと椅子に座って回転し、これ見よがしに背中を向けてくる。
アメリアは解けた緊張と安堵に微笑み、彼の肩を叩いた。
「あ~、きもちいなあ~」
「マッサージチェアを使ったらいいのでは?」
「機械じゃ心の凝りはほぐせないのよん」
「何ですかそれ」
朗らかな笑い声が二つ、部屋の中で響いた。
*
「三人とも、生年月日ってわかるかしら?」
広々とした会議室に、レオ、ヴィン、テレサ、アメリアの四人は集まっていた。
壁には大きな地図が張られており、中央の長机の周りには沢山の椅子が取り囲むように置かれている。
平時は誰も使わない部屋なので、三人の登録手続きはこの場で行うことになった。
「生まれた日のこと、だったけ」
「ええ、必要な情報なの。登録に生年月日と名前を記入したいんだけど……」
アメリアは三人にカレンダーを見せる。
そこには小さな四角い枠が並んでおり、中には沢山の数字が書かれていた。
アメリア達のような文明人は、一年は十二月あり、一月は約三十日で成っていると定めている。
しかし、アデス教徒にそのような概念はない。
ましてや使ったことのないカレンダーを見せられても、わかる筈がなかった。
「わかんねぇな、俺は夏に生まれて、ヴィンは冬、テレサはいつだっけ?」
「私は花が咲き始める頃くらいだったと思う」
「らしいぞ姉ちゃん、この場合どうなるんだ?」
「やっぱり正確な日付はわからないわよね……」
アメリアがどうしたものかと悩む。
コロニーの住人として登録するにあたり、生年月日は記入しなければならない事項だが、誰も三人の正確な出生日を知らないのだ。
「うーん、年齢は三人とも十一歳なのよね?」
「僕たちは一年に一度のお祭りの日に皆で繰り上がるんです。だから誕生日に繰り上がるって考え方は初めて知りました」
「それじゃあ生まれた日が曖昧なのも無理ないかぁ、どうしよ~」
ブツブツと悩むアメリアに、レオが呆れ気味に聞いた。
「生年月日って、決めなきゃいけないものなのか?」
「そうよ、文明人は色々と面倒臭くてね」
大雑把な季節感で生きてきた自分達にとっては、細かいことで悩んでいるアメリアが理解できない。
「困ったわねぇ、エルヴィスの時はどうしたのかしら……」
「今日じゃ駄目なんですか?」
テレサも呆れながら聞く。
どうでもいいことで悩まれても困るので、なるべく早く決めて欲しいと思っただけなのだろうが、予想以上にアメリアが困惑した。
「え?今日?今日を誕生日にするの?」
「え、駄目なんですか?」
「駄目って言うか、え、そんな適当でいいの?あなた達の誕生日よ?バースデイよ?」
慌ててきょろきょろと見てくるが、レオ達には意味がわからない。
どの季節に生まれたかなんて大した問題じゃないと思ってしまう。
「俺は別に今日でもいいけど」
「僕もいいですよ、年齢が繰り上がる日が変わるだけですし」
なぜかアメリアが愕然とした表情になる。
何となく申し訳ない気分になってくるが、共感できないので寄り添い様がない。
「あなた達がそれでいいならいいけど……カルチャーショックだわ」
こうして、三人の新しい誕生日は本日の日付である、「11/30」になった。
アメリアは電子パッドに生年月日を記入し、必然的に年齢も十二歳へと繰り上がる。
「じゃあ、えっと……お誕生日おめでとう!プレゼントとか何も無くてごめんね、お菓子ぐらいならあとで持ってくるから!」
「ああ、別に気にしなくていいぜ」
「僕たちまだ祝ってもらえるような立場じゃないですし」
「そんな寂しいこと言わないで……あっそうだ!歌うわね!ハッピバ~スデ~トゥ~ユ~♪ハッピバ~スデ~トゥ~ユ~♪」
何の前触れもなく、アメリアは聞いたことも無い歌を歌いだした。
手拍子をしながら嬉しそうに歌っている。
ここまで来ると本気でついていけない。
「は?姉ちゃん?」
「急にどうしたんですか?」
「怖い……」
「なんでよっ!お祝いの歌じゃない!」
その後、顔を真っ赤にしたアメリアに無理矢理「バースデーソング」なるものを覚えさせられた。
果たして新しい生活に馴染むことはできるのだろうか。
三人は誕生日の歌を歌いながら、心配を募らせていく。
*
「じゃあ次は、名前を決めるわよ」
アメリアは登録作業の続きを説明し始めた。
アデスの村人は基本的に一つしか名前を持たないが、ミストゾーンでは違う。
“名前”・“所属名”・“苗字”、の三つで構成されるのが普通だ。
その為、レオと、ヴィンと、テレサをミストゾーンに迎え入れる為には、“所属名”と“新しい苗字”が必要になるのだ。
「例えば、私の本名は“アメリア・ミスト・エリス”、っていうの。付き合いの浅い人は私を“エリスさん”って呼ぶわ。皆には“アメリア”の方で呼んで欲しいけどね」
「へぇ、なんかカッケーなそれ」
隠された真実を聞いたような気分になり、レオが興奮した。
アメリアは自分の名前を褒められて嬉しくなる。
「それはわかりましたけど、どうして三つもいるんですか?」
ヴィンが不思議そうに尋ねた。
確かに、名前を一つしか持たない彼らにとっては、疑問に思っても無理はない。
だからこそ、アメリアはなるべくわかりやすく、基本的なところから説明した。
「他の二つの名前は、家族であることを証明するものなのよ。私の場合“エリス”の部分が苗字で、私のお父さんもお母さんも名前の最後にはエリスが付くわ。“ミスト”は所属名ね。ここはミストゾーンというコロニーで、一緒に暮らす皆は家族のようなもの。だから、所属名として名前の真ん中に“ミスト”を入れるの」
説明をし終わると、レオは表情を曇らせて言った。
「じゃあ俺の場合は、レオ・ミスト……アリストって名前になるのか?それともマリー?」
アメリアは軽率なことを言ってしまった自分に後悔する。
彼らはつい最近、両親を失ったばかりなのだ。
もっと気を遣ってあげるべきだった。
「あっ、ごめんなさい……」
「いや、悪い、落ち込んでる場合じゃねぇよな」
落ち込むよりも、話を進める方が重要だと考えて気丈に振る舞う。
そんな彼の強さが、却ってアメリアの胸に刺さった。
「でもよ、実際どうすれば良いんだ?レオ・ミスト・アリストマリーとかにしてもいいのか?」
「それでも問題はないと思うけど……」
名前を一つしか持たないアデス教徒のレオにとっては、父親はただのアリストでしかなく、母親もまたマリーでしかない。
そんな両親の名を家族の証として取り入れるのであれば、アリストマリーという強引な苗字が生まれるのも仕方が無いのかもしれない。
「それじゃあ僕は、ヴィン・ミスト・アリストマリーヒカソアルト、ってことになるのかな……」
「さ、流石にそれは長いわね」
疑問に思ったのか、ヴィンも口を挟んだ。
初対面の人に、「アリストマリーヒカソアルトさん」と呼ばれるのは幾ら何でも不便すぎるだろう。
とはいえ、ヴィンにとってはどちらも大切な親なのだ。
どちらかを削れというのは気が咎めるし、変に略すのも侮辱のような気がして憚られる。
どうすれば彼らの苗字を決めることができるのだろうか。
アメリアが頭を悩ませていると、強い視線を感じて悪寒が走る。
目を向けるとテレサがおり、決然とした態度でアメリアを睨んでいた。
「ど、どうしたのかしら、テレサちゃん……?」
「私、親の名前なんて絶対に入れない。それならテレサのままでいい」
彼女の父親を思い出したアメリアは罪悪感を覚えるが、その感情とは別にテレサの心情を察する。
テレサにとって親は憎むべき存在であり、そんな名前を自分の苗字にするのは抵抗があるのだろう。
とはいえ、何かしらの苗字を付けて貰わないと、コロニーでの正式な登録ができないという問題が発生してしまう。
「テレサだけというのは難しいわね。親の名前を使う必要はないけど、名前は三つで登録しないといけない決まりだから」
「じゃあ花を名前にする。テレサ・ミスト・キレイナオハナ。それが私の名前」
いきなり理解に苦しむ命名を一切の迷いもなく言い切られ、アメリアは変な汗が出た。
テレサは初対面の人に「キレイナオハナさん」なんて呼ばれて良いのだろうか。
彼女がそれで良くても、間違いなく相手に気を遣わせてしまうだろう。
それならばせめて、「アマリリス」とか、「フリージア」とか、花の名前を使う方が無難ではないだろうか。
そこまで考えて、アメリアはハッとする。
アデスの村に住んでいたテレサは花の名前を知らない。
知識欲は三禁則に反する為、村人は草花の名前を知ることはおろか、勝手に命名することさえ許されてはいないのだ。
生活に必要な物になら名前もあるだろうが、食べるわけでもない花に名前は必要無いから存在しない。
テレサにとって、綺麗な花は綺麗な花でしかなく、「キレイナオハナ」と表現する他ないのだ。
同情の念が沸々と湧いてくるが、常識と知識を兼ね備えた一人の人間として、「キレイナオハナ」だけは何としても阻止しなければならない。
しかし、何と伝えればいいのだろう。
どんな代案を出せば、この迷いの無い少女に恥ずかしくない名前を付けてあげることができるのだろうか。
アメリアが悶々と悩んでいると、レオが引き攣った表情で言った。
「テレサ、それスゲェ変な名前だと思うぞ。呼ぶの気まずいし」
「そうかなぁ……」
「マジでやめとけって」
少年の忠言に、少女は意見を引っ込める。
アメリアは心から安堵した。
「みんなは状況が特殊だから、苗字は家系にこだわらなくても良いと思う。呼ばれたい名前をつけるとかでも大丈夫よ。最悪、名前は後で変更できるから」
親と根深い関係にある「苗字」を考え込むことは、今の三人にとっては良くないのかもしれない。
そう考え、アメリアは気兼ねなく苗字をつけるよう勧めた。
「うーん、じゃあ……」
テレサは再び考える。
アメリアも彼女が参考にできるよう、電子パッドの辞典ツールを開いて花の名前を検索した。
名前にするのであれば、響きのいいものが望ましいだろう。
テレサ・ミスト・アマリリス、悪くない。
テレサ・ミスト・フリージア、綺麗な響きだ。
色んな候補を考えつつ、どんな提案をしようか悩んでいると、テレサが斜め上の名前を閃いてしまう。
「レオヴィンって苗字にしようかな!テレサ・ミスト・レオヴィン!」
少女は手を叩き、嬉しそうに目を輝かせた。
「……テレサちゃんは、レオヴィンさんって呼ばれたいの?」
「うん!」
とても元気な返事が返ってきたが、それはそれで問題があるだろう。
「キレイナオハナ」よりも百倍マシだと思うが、名前にされた少年達が黙ってはいまい。
「待て!テレサ!それだけはやめてくれ!」
「ぼ、僕からもお願いするよ!恥ずかしいし、どんな関係だと思われるのやらっ!」
「えー!レオヴィンいいじゃん!」
案の定、三人は揉めた。
そりゃそうなるだろうとアメリアは思う。
レオヴィンなんて名前を付けたら、レオやヴィンと喧嘩した時に気まずくなるだろうし、彼らのどちらかと結婚するようなことになれば、想像を絶するくらい気まずいことになるだろう。
自己紹介する時も方々から色んな誤解を生みそうだ。
「やっぱり、私が考えないと駄目そうね……」
子供達がドタバタとやり取りを交わす中、アメリアは良い命名法が無いか頭を悩ませた。
過去の偉人を順番に読み上げて気に入ったものを名前にして貰う。
或いは名前生成アプリで気に入ったものが出るまで生成し直してもらう。
或いは好きなものを名前風に変えて使う。
あーでもない、こうでもないと悩みながら辺りを見回すと、脳裏を一つの発想が過った。
「親、三人、家族、苗字、繋がり……込められた意味」
アメリアは立ち上がり、壁に貼ってある大きな地図へと近づく。
地図には世界にある様々な場所と名前が書き込まれており、重要な場所には色とりどりのピンが刺されていた。
アメリアは地図を眺め、彼らの村のあった辺りを見つけた時に自分の発想が妙案だと確信した。
「そうだわ!皆の住んでた場所の名前を使うのはどうかしら?」
「「……場所の名前?」」
三人は口論を止め、揃って首を傾げる。
「そうよ!三人が生まれ、三人が出会い、三人をずっと繋いできたもの、それは三人が住んできたあの場所に他ならないわ」
「レオ・ミスト・アデスとかいう名前ならご免被るぞ」
「違うわよ!アデスの村が有ろうと無かろうと、あの土地には土地の名前がついているのよ!大昔の誰かさんが付けた名前が!」
「なるほど、北の大山脈をアルテノン大山脈って呼んでいたみたいに、僕達の住んでた地域にも名前があるんですね?」
「流石ヴィンは察しが良いわね、その名前がここに書いてありまーす!」
アメリアは鼻高々に、壁に貼られている巨大な地図を指さした。
親の名前は難しく、人の名前はややこしく、意味のない名前は味気ない。
しかし、故郷の土地の名であれば、そこには全ての思いが詰まっているだろう。
彼らにとって意味があり、名前として変じゃなく、名乗っても誤解を生まない。
いい思い出ばかりではないかもしれないが、彼らの生きてきた場所は、彼らの名前にするに相応しいものだと思う。
我ながら中々の案だという自信がある。
故に、子供達は感嘆の声を上げ、アメリアの提案を納得と共に受け入れる筈だ。
しかし、子供達の反応は感嘆どころか失望感が滲んでいた。
「地図か……なんかあれだな……」
「うん、あれだね」
「はぁ……」
「え、どうしたの皆?いいアイデアじゃない?」
予想とは正反対の反応を受けてアメリアは困惑する。
「あー、それは良いんだけど、なんか思い出しちまってよ」
「迷子になった記憶が蘇るね」
「アメリアさんがあんなに方向音痴だとは思わなかったよね」
彼らの言わんとすることを察して、アメリアはここへ来る道中でやらかした事を思い出して赤面した。
「や!やめなさい!あの時は緊張してて!道くらいわかるわよ!失礼ね!」
身振り手振りで必死に誤魔化そうとするが、子供達の冷めた視線は彼女を捉えて離さなかった。
何を隠そう、アデスの村とミストゾーンの間には徒歩五日程度の距離しか空いていない。
にも拘らず、廃都市や大森林に至るまでアメリアは何度も行先を間違え、到着まで十日近い時間を要したのだ。
最初は全幅の信頼を預けてくれていた子供達が、次第に不信感を抱き始めていく経過は今でもアメリアの心に刺さっている。
「結局、俺らが地図の読み方覚えて辿り着けた訳だしな」
「同じ場所に三回も戻ってきた時は終わったと思ったよ」
「役に立たない勘で動くから迷子になるのよね」
半ば愚痴に近い子供達の言葉は、事実なだけに耳が痛い。
苛立ちながらアメリアの地図を取り上げてきたレオの姿を思い出す。
あの時の彼は怖かった。
「わ、私が教えなければ地図の読み方わからなかったでしょ!」
「そこなんだよ!なんで地図が読めるのに道に迷うんだよ!わざとか!?魔法か!?」
「歩く度に頭の地図が描き変わっちゃうとしか思えないよ」
「アメリアさんに道案内頼んじゃ駄目だね」
「なによ!人を方向音痴みたいに言って!誤解よ!印象操作よ!撤回しなさい!」
アメリアは興奮するが、冷たい視線は無くならない。
散々連れまわしたことをかなり根に持たれているらしい。
「まぁいいや、で、俺らの住んでた場所の名前って何なの姉ちゃん?」
「そうだね、あの辺りにどんな名前が付いてるのか気になるし」
「道案内は信用に値しないけど、地図から決めるってアイデアは悪くないと思う」
何事もなかったかのように話を流される。
もはや子供達の中で、「アメリアは道案内に関しては役立たず」という印象が不動の地位を築いてしまったようだ。
「ううう、もういいわ、どうせ私は一人じゃどこにも行けない方向音痴の愚図女よ。逃げる方向が分からず村に迷い込んで力尽きるような間抜けよ。好きなだけ嘲笑うと良いわ。でもね、誰しも不得意なことはあるのよ。私だっていつかは」
「大丈夫だよ姉ちゃん。さっさと教えてくれよ」
「そうそう、僕達はアメリアお姉さんの大部分を信頼してますよ。だから名前を教えて下さい」
「早く教えてよ」
「うわあああん、慰める気をミジンコほども感じられないよぉぉぉ!」
――――そんなこんなで、三人の新しい名前が決まった。
レオは、『レオ・ミスト・グレイフ』。
ヴィンは、『ヴィン・ミスト・グレイフ』。
テレサは、『テレサ・ミスト・グレイフ』。
古代人がどんな意味を込めて、あの地に「グレイフ」と名付けたのかは知らない。
それでも、三人にとってあの場所を表すというだけで、「グレイフ」という単語には十分な意味があった。
レオと、ヴィンと、テレサ。
血の繋がりは無いが、名前という繋がりで三人は家族になったのだった。
*
「って、これじゃ三つ子みたいになるけど、大丈夫?」
生年月日が同じで、苗字も同じとなれば、そうとしか思えないだろう。
アメリアは送信ボタンを押す指を止めて、最後の確認を入れた。
「まあ、俺はいいぜ」
「みんな幼馴染だし、これからは家族みたいなものだからね」
「むしろ三つ子に生まれたかった!」
どうやら構わないようなので、止めていた指に力を入れる。
登録資料がオースティンへ向けて送信された。
遂に彼らの新しい人生が始まるのだ。
*
「ミストの名の下に家族となったミストゾーンの諸君、今夜この場に集まってくれたことに深い感謝を送る」
コロニーでも屈指の広さを持つ部屋の一つ、「会議場」には均等に並ぶ机と椅子があり、最奥には巨大なスクリーンが壁のように一面を構えている。
ミストゾーンの住人の大半が集まっている中、オースティン・ミスト・フランツが演説を行っていた。
知らない者がいれば知らせる為に、不安な者がいれば不安を解きほぐす為に。
新しい三人の子供を迎え入れる為に、オースティンはマイクを片手に説明を行っている。
レオと、ヴィンと、テレサは、アメリアと共に控室で待機して話を聞いていた。
紹介の時に呼び出される流れらしいので、それまでは温かい紅茶と菓子をつまみながら待つことになっている。
菓子は貴重品に入るので普段は少ししか食べられないらしいが、今日は三人の誕生日ということでかなりの量を貰った。
サクサクしたものや、ポリポリしたもの、甘いものや、しょっぱいものなど、実に表情豊かな品揃えだ。
「うめぇなこれ、アデスの下賜品みたいだ」
レオが頬にかすを付けながら、紅茶とクッキーを交互に貪っていた。
「下賜品ってノーマンの生産品よね?そういえば依存させるために支配地にばら撒いてるって聞いてたけど、本当なのね」
「アデスも村も嫌いだったけど、お菓子だけは悪くなかったなぁ。こっちにもあって安心しました」
アメリアは乾燥スルメを齧り、テレサもポリポリとスティック状のビスケットを楽しんでいる。
「テレサちゃんがそう言うってことは、下賜品のお菓子ってよっぽどおいしいのね。ちょっと興味あるわ」
「アメリアさんも機会があったら食べてみるといいですよ」
「う~ん、機会はなくてもいいかなぁなんて、あはは」
扉の窓からは、オースティンの堂々とした立ち振る舞いが見えた。
指導者に相応しい風格と威厳を感じさせ、会議場に集まる大勢の人にオースティンは説明を行う。
しかし、レオ達にはオースティンが何を喋っているのかわからない。
彼は自分達の知らない言葉を使っているのだ。
「アメリアお姉さん、どうしてオースティンさんは僕達と違う言葉を喋っているんですか?」
一口サイズのチョコレートを食べながら、ヴィンはアメリアに尋ねた。
「あの人の言葉が、本来の私達の言語なのよ。ヴィン達が使っているのはアデス語と言って、ノーマンが生み出した特殊な言語なの。ミストゾーンでアデス語を喋れるのは、せいぜい三割ってところかしらね」
ヴィンはその言葉にショックを隠せない。
言葉に種類があるというのはミストゾーンへ来る道すがらに聞いていたが、自分達の使う言葉がノーマンの作った言語というのは初めて知ったからだ。
「……どうして、ノーマンはそんなことを、アデス語なんてものを生み出したんですか?」
「私と会話できなかったら、ヴィンくんは今頃ここにいないでしょ?」
「ああ、なるほど……」
その一言にすんなり納得してしまった自分が嫌だった。
意思疎通を困難にして支配を容易にする。
そんなノーマンの策略とも知らずに、自分達は当たり前のようにアデス語を使っていたのだ。
慣れ親しんだ言葉が、段々と憎たらしく感じてきた。
その熱はレオやテレサにも湧き立ち、心なしか茶菓子を齧る音が大きくなる。
「クソっ、どこまでも狡猾な奴らだな、ノーマンっつうのは……!」
「ちょっとレオ、かす飛んできたよっ」
「あっ、悪いテレサ、すまん」
調子づいて噛み砕いたせいで、クッキーの破片が盛大にテレサの髪に潜り込んでいた。
アメリアはやれやれと表情を浮かべながら話をする。
「これから三人には、食事のマナーや私達の言葉とか常識を、いっぱい勉強してもらうからね。大変かもしれないけど、私も頑張るから皆で頑張って暮らしていきましょう」
アメリアの眼差しに、三人は静かに頷いた。
そうして暫く待ってから、一人の女性が控室の扉を開ける。
どうやら紹介の出番がやってきたらしい。
「ほらほらぁ三人とも出番よぉ。ったく、私はドアマンじゃないっつうの、あのオタンコナス」
悪態をつきながら扉を開けた女性は、村では見たことも無い次元の不健康さだった。
目の下に真っ黒なクマができており、気だるげで生気を感じさせない猫背姿、ボサボサのポニーテールは健康面と美容面でとても心配になる。
「ボサ姉、大丈夫か……」
「だぁれがボサ姉よ、変な呼び方すんじゃないわよ坊や」
あっ、この人はアデス語が喋れるんだ。
などと益体もない考えが脳裏に浮かんで消える。
ともあれ、レオの言葉は温かい気遣いとして伝わることはなかったようだ。
「相変わらずねロビン、不元気そうで何よりだわ」
「それ煽られてる気もするけどぉ?まぁ、アーちゃんも生きてたみたいで良かったわぁ。絶対死んだと思ってたしぃ」
アメリアが呆れと懐かしさを滲ませて語り掛けると、ロビンも気だるそうに手をひらひらと振って応えた。
どうやら、アメリアとロビンは軽口を叩く程度には仲が良いらしい。
「それじゃぁアタシは寝るからぁ、あとは勝手にやってねぇ」
そういってロビンは頭をボリボリ掻きながら、廊下の彼方へと消えていった。
反対の扉の向こうでは、オースティンが三人に手招きをしている。
大きな会議場は静まり返っており、新たな住人を今か今かと待ち構えているようだ。
「レオ、ヴィン、テレサちゃん、行くわよ」
「ぼ、僕達何すればいいんですか」
「難しいことは何もしないわ、コロニーの皆に顔を見せてあげるの」
レオとテレサが控室から会議場のスクリーンを横切ってオースティンの前まで進んでいく。
それに続いて、アメリアがヴィンの乗った車椅子を押して歩いた。
「紹介しよう、未来を担う三人の子供達だ!」
オースティンの紹介に会議場はざわめき、様々な感情の波が雑音となって押し寄せてくる。
こんな大勢の視線に晒される機会はそうそう無かったので、三人の肩に力が入った。
特にヴィンは大勢の視線に酷く怯えていた為、アメリアが後ろから優しく頭を撫でている。
裁きの広場でのトラウマが蘇ってしまったのかもしれない。
オースティンは不安げな子供達の前に立ち、恐怖を和らげる為に優しく微笑んだ。
「よく来てくれたね。皆に名前を教えてあげてくれないかな?」
ずっと知らない言葉で話していた男が、急に自分達にもわかる言葉で話しかけてくる。
その切り替えに面食らっていると、レオは肩を叩かれてマイクを渡された。
口に近づけると、自分の声が大きくなって聞こえて不思議だ。
これに向かって喋れ、ということなのだろう。
「あー、レオ・ミスト・グレイフ……です」
しんと静まり返った会場、目のやり場に困っていると、オースティンがマイクを取り上げた。
「ありがとうレオくん。この理性的で大胆不敵な少年こそ、ミストゾーンに新たな風を吹き込んでくれるだろう。知能も見た目も将来有望、私よりイケメンになってしまいそうなのが唯一の不安だが、そうなったらコロニーを追い出すとしよう」
オースティンがおどけて喋ると、会場からは小さく笑い声がこぼれた。
そのままマイクをヴィンに手渡し、同じように名前を求める。
「ぼ、僕は、えっと、ヴィン・ミスト・グレイフ、でしゅ、でし、です」
噛んでしまったヴィンは羞恥と恐怖に悶え、逃げるようにマイクをオースティンへ渡した。
視線は俯き、今にも泣き出しそうになっている。
「ありがとうヴィンくん。見ての通り彼は治療中の身だ、あまり無理はさせられないからトークショーはまた今度としよう。だが彼も聡明な少年であり、修羅場を生き延びた凄い男だ。彼は両足を折られてなお、生きる為に抗ってここまで来たんだ。彼はとても強い。ミストゾーンには必要な力になると私は確信しているよ」
オースティンがマイクを片手に拍手をすると、会場からも拍手の音が聞こえてきた。
存在感を消そうと縮こまっていたヴィンは、自分を肯定的に受け止めている空気に顔を上げる。
「大丈夫よヴィン、あの時とは違うわ。ミストゾーンの人達は良い人たちだもの」
アメリアの優しい声と撫ぜる指先に、ヴィンは呻くように頷いた。
オースティンはそれを見届けてから、テレサにマイクを手渡す。
少女は会場を見回してから呼吸を整え、透き通る声で皆に名乗った。
「私はテレサ・ミスト・グレイフです、よろしくお願いします!」
言い終わると丁寧に頭を下げ、屈託のない笑顔を浮かべる。
可憐な少女の挨拶に、会場は今までとは違う意味でざわついた。
真っすぐで穢れのない少女、誰もが手を差し伸べて守りたくなる少女がそこにはいたのだ。
「ありがとうテレサちゃん。あ~紳士諸君に言っておくが、彼女に変な真似をしたら電気ショックで心停止と蘇生を十回は繰り返す刑に処すから覚悟しておけよ。恋愛は相思相愛が基本だ、痴漢セクハラは去勢して死ぬまで人権を剥奪するから注意しておくように」
オースティンの過激な警告を受け、元気に騒いでいた筈の男達から力が無くなっていった。
「ありがとう三人とも。後は何もしなくていいから、私の後ろの方に立っていて貰っていいかな」
オースティンがアデス語で話しかけ、三人は頷いて後ろに立った。
それから再び、オースティンのスピーチは続く。
「良い子達だろう?だがこの子達は悲惨な出来事を経験しすぎた。親を失い、家を失い、友達を失い、信じて来たものを全て失った。それは悲しいことだ」
「にも拘らず、世界はこの子達に優しく手を差し伸べたりはしない。獣はこの子達を殺し、怪我はこの子達を殺し、寒さはこの子達を殺し、ノーマンはこの子達を殺す」
「ここを追い出せば、この子達に帰る場所は無い。生き方を知らない彼らでは、一カ月と経たず悲惨な結末が待っているだろう。私は、そんな結末を歩んで欲しくない」
「だから私が、私達が手を差し伸べるんだ。生きる機会を、学ぶ機会を、人生を選ぶ機会を、この子達に与えるんだ」
「この子達がアデスの村で生まれ、今まで与えられることの無かった権利の数々を、自由の数々を知る機会を与えるんだ」
「温かい寝床、美味しいごはん、面白い本、楽しいゲーム、そんなものがあると知って欲しい。生きる方法、強くなる方法、戦う方法、逃げる方法、色んな手段を学んで欲しい」
「私はミストゾーンのリーダーだ。時には冷酷な決断をし、全体を守るために少数を切り捨てなくてはならない時もある。だがそれは、今では無い」
「不確定要素があるというだけで、私はこの子達を見殺しにはしない。私は人間として、この子達を助けたいと思っている」
「私をリーダーとして選び続けてくれた、皆にお願いする」
「これまで何とかやってきた私を信じて、この子達に機会を与える手伝いをして欲しい」
「異論があれば、この場で申し出てくれ。決定を変えることはできないが、意見を最大限尊重した対応をしよう」
静寂の時間が流れ、席に着いている一人の男が口を開いた。
「俺はリーダーの判断に従うぜ。リーダーが間違える時は俺だって間違える時だ」
別の女が口を開く。
「確かに不安はあるけんどね、助けちまったもんは仕方ないべさ!」
男が口を開く。
「別に良いけどよー!そんな甘いことじゃ、いつか痛い目みるぜー!」
笑い声と共に、返ってきた反応は肯定的なものばかりだった。
「ありがとう、皆」
オースティンは百人余りのメンバーに頭を下げる。
そして、次の言葉を誰も聞き逃さないように、腹に力を込めた。
「それでは、オースティン・ミスト・フランツの名において宣言する。この三人の子供達を、正式にミストゾーンへ迎え入れる!」
歓声が沸き上がる。
「よろしくなー!坊主共ー!」
「うちのガキとも仲良くしてくれよー!」
「テレサちゃんかわいいー!」
言葉はわからないが、悪い空気じゃないと感じた三人は緊張がほぐれた。
「おい、俺達歓迎されてるみたいだぜ」
「よ、よかったぁ……」
「どんな生活になるのか楽しみだねっ」
アメリアが三人を順番に抱きしめる。
「よかったねっ、本当に良かったねっ……!」
声は震え、ギュッと閉じた目尻には涙の粒が浮かんでいる。
沢山の責任感を感じながら、三人をここまで連れてきたのだ。
三人は苦しそうにしながらも、嫌がる様子は見せなかった。
オースティンは微笑み、観衆におどけた声で喋りかける。
「あっと、もう一人期待の新人を紹介するぞ~、迷子にさせたら右に出るものはいない、アメリア・ミスト・エリスだ~!」
「ちょっ、えっ?私!?り、リーダー!やめて下さい!」
「新しい四人の家族に万歳ー!」
「「万歳ー!」」
こうして三人と一人は文明人のコロニー、「ミストゾーン」へと受け入れられたのだった。
*
「ミストゾーン新規住民登録」
『レオ・ミスト・グレイフ』
|男性|生年月日:W.E.1505/11/30|
『ヴィン・ミスト・グレイフ』
|男性|生年月日:W.E.1505/11/30|
『テレサ・ミスト・グレイフ』
|女性|生年月日:W.E.1505/11/30|
以上三名を「ミストゾーン」の正式な住民として登録する。
日時:W.E.1517/11/30/23:00_承認者:オースティン・ミスト・フランツ。




