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新人類に支配されても  作者: ぷちくん
アデスの村編
12/28

【第11話】『村を棄てた日』

小高い北の森からは、村の景色が一望できた。

あちこちから火と煙が上がり、悲鳴の叫びがこちらまで届く。

何の抵抗もできず、村人たちは襲われていった。


四つの大きな影、“死の天使”が村の上空で留まって絶望の唄を奏でる。

数百とまき散らされた“小さな天使”達は、村人を探して飛び回っていた。


彼らは絶望の唄で動けなくなった者の元へ行き、触手を伸ばして連れ去っていく。

狙われるのは若者ばかりで、その中にはガバオやホアッタの姿もあった。

「ど、どうして……」

ヴィンの悲痛な声に返事を返す者はいない。

逃げ惑う者と、攫われる者がいるだけだ。


皮肉なことに、死の天使達が蹂躙に集中しているおかげでアメリア達への包囲網は解けていた。

今なら脱出も不可能ではない。

この機会を逃す訳にはいかないので、アメリア達は必死に北の森から村を抜けようとしている。

先の方には結界の札が見えてきた。


「結界に何の意味もないって、本当だったんだね……」

境界線を通り過ぎ、背中にいるヴィンが呟いた。

折れた足には添え木が巻き付けてあり、骨折の応急処置をしてある。

村の方では、今なお蹂躙が行われているのが見えた。


「姉ちゃん、なんで急に、死の天使は皆を攫ってるんだ……」

「ノーマン達にとって、これが最善と判断したってことよ」

小さな死の天使の触手に掴まれた村人が抵抗することもできないまま、南の彼方へと連れ去られていく。

一人、二人、三人、四人、五人。

物でも運ぶかのように淡々と村人達が連れ去られていく。


レオの瞳には怒りと絶望が滲んでいた。

ただ知らなかった、それだけで全てが奪われていくなんて間違っている。

棄てると決めた村であっても、自分の住んできた場所は踏み躙られて良いような場所じゃない。

どうしてこんなことになってしまったのか。

自分はどうすれば良かったのか。


「わかんねぇ!意味がわかんねぇよ!」


レオの叫びにアメリアは顔を顰める。

人間のアメリアには正しい説明なんてできない。

だから代わりに、残酷で本質的な真理を伝えた。


「強くなるしかないのよ。奪われない為に」


この世界は弱肉強食。

強者が弱者の命を握り、思いのまま振る舞える世界。

知らなかった、力がなかったでは許されない。

知らないが故に村人は攫われ、力がなかった故に両親は死んだのだ。

アメリアは弱い自分に怒り。

レオもまた、弱い自分を憎んだ。


「とにかく今は逃げるわよ、捕まったら本当に終わりだわ」

アメリア達は走る。

少しでも遠くへ、絶望から逃げるように。



一行は黙々と森を登って行く。

なるべく村から離れ、安全な場所まで行かなければいけない。

背負われたヴィンは、思考の渦を止められずにいた。


「テレサ大丈夫かな……」

応える者はいない。

村の中心にいた者達がどうなったかは、先程の地獄の様な光景が物語っている。

考えるのも愚かしい。

ヴィンは自分で言った言葉の結末を想像し、目頭が熱くなった。


「一回休みましょう、ここら辺なら木も多いし見つかり辛いわ」

三人は紅葉の生い茂る森の中で腰を下ろした。

精神的にも身体的にも休憩が必要だ。

坂を上り続けたせいで足腰が痛む。

喉もカラカラだし腹も減っていた。


「はぁ、村からは出られたけど、これじゃ姉ちゃんの家に着く前に死んじまうよ」

「僕も、喉が渇いてきた」

アメリアは二人の少年の言葉に頭を抱える。


「そうなのよ!見つかったせいで準備が全部無駄になったのよ!こんなことならもう少し早く出とくんだったわ!」

出発に向けて用意した食料や水、代えの履物や防寒着は何一つ無い。

何せ急に保安隊が押し寄せ、荷物を持ち出す暇なんて無かったからだ。

大人二人分が必要なくなったことを差し引いても、このままでは死活問題になる。


「はぁどうしたものかしら、今更村に戻るのも危険だし、私はサバイバルの知識そんなにないし……ギルバぁあぁぁ!」

アメリアが膝をついて崩れた。

少年達も暗い表情を浮かべる。


「ていうか姉ちゃん、ここ北の森だぞ!あの臭いスプレーしないとやばいんじゃねぇの!」

「あ、そうだったわね」


アメリアはリュックの中から忌避スプレーを取り出し、自分の身体に吹き付ける。


「うっわ、姉ちゃんくせぇ」

「うるさい!あんたたちも臭くなるのよ!」

鼻をつまむレオとヴィンにもくまなくスプレーをかける。

この辺り一帯は奇妙な刺激臭に満たされた。


「これで変異生物に襲われる心配は減ったけど、問題は水と食料よね……」

アメリアは再び頭を抱える。

問題は山積みだが、一先ずは喉の渇きを潤さないと死んでしまう。


「俺とヴィンなら、食える野草とか飲み水の場所くらいは見当つけれるけど……」

「本当に?!」

「森とは長い付き合いだからな」

「でも僕らだけじゃ、その場凌ぎくらいしかできないよ」

「それはそうだな……というか最低五日分の食料は必要なんだろ?入れ物も防寒着も何も無いし、ほとぼり冷めるまで待って用意したやつを取りに戻るしかねぇんじゃねぇの?」


三人は村の方に目を向けた。

声も何も聞こえないが、今でも悲劇は起きているのだろう。

「……村に戻るのは危険だわ、村の片づけにノーマンの手下が押し寄せる可能性は高いし、ほとぼりが冷めるまでかなり時間がかかるかもしれない」

「じゃあどうすんだよ、野垂れ死ぬ気か……?」

「そんなつもりは無いわ!でも動けないヴィンもいるし、迂闊なことはできないわよ」


二人の言い争いを聞いて、一人の少年が辛そうに口を開いた。

「……ごめんなさい、僕が足を引っ張ってるんだよね」

「ヴィンは悪くねぇよ」

レオがすぐにフォローを入れるが、ヴィンの足が折れていなければここまで悩むことは無かったのも事実だろう。

しかし、それを責めるのはあまりに酷だ。

折れたのはヴィンのせいではないのだから。


だからといっても、現状は変わってはくれない。

喉の渇きも、空腹の疼きも、口に入れなければ治りはしない。

危機的状況にいるのは変わらないのだ。


「とりあえず今は休みましょう、そして水を探して、他の事は後で解決するわよ」

「……わかったよ、一応すぐ近くを見回ってくる」

「気をつけてね、レオ」


身体は疲れ、喉は乾き、腹は減る。

窮地に陥り、三人は悩んだ。

どうすればいい。

どうすれば助かる?


煮詰まって焦った思考では、思いつくものも思いつかない。

考えども考えども思い浮かばず、時間だけが過ぎる。

焦りは怒りに、怒りは絶望に変わろうとしていた。


――――もしかして、助からないんじゃ。


最悪の言葉が脳裏をよぎり、それを必死で振り払う。

諦めるわけにはいかない。

諦めたら、そこで全てが終わってしまうのだから。





三人は休憩を終え、少ない体力で立ち上がる。


妙案は出なかった。

だから今は、目先の危機を乗り越える為に水を見つけなければならない。

力ない足取りで歩き始めると、遠くから声が聞こえた。

驚くことに、その声は自分達の名前を呼んでいる。


「レオー!ヴィンー!アメリアさーん!」

疲れを感じさせながらも、透き通った美しい声が響く。

この声を知らない人間はいない。


「「テレサ!」」


返事をすると、森の奥から一人の少女が現れた。

少女の笑顔は、煮詰まった空気を霧散させるのに十分だった。

急いで来たからか、髪は汗で束になり、服には草や土がついている。

荒い呼吸で上下する肩には太い紐が見え、背中に大きな袋を背負っているのがわかった。

中に何が入っているのかは気になるが、それよりも今は大事なことがある。


「無事だったかテレサ!」

レオが走って飛びつくと、テレサは頬を赤らめた。

ヴィンは動けないが、無事な彼女の姿を見て泣き出しそうな顔になる。

「よかった、無事で本当によかった…」

抱きしめ過ぎてテレサが苦しそうな声を上げたので、レオは慌てて力を緩めた。


「良かった、死んじまったかと思ったよ」

「勝手に殺さないで」

テレサが頬を膨らませる。

あんなことがあった後でも、彼女の仕草は心をむず痒くするようだ。


「でも一体どこに行ってたの?それによく僕達の居場所がわかったね」

ヴィンが問うと、少女は鼻をつまんで笑った。

「そんな変な臭いしてたらわかるよ」

三人は目を丸くして自分の臭いを嗅ぐ。

変異生物除けの忌避スプレーが、こんな風に役立つとは思っても見なかった。


「いやいやいや、どんだけ村が広いと思ってるんだ?鼻良すぎだろ」

納得しかけた頭を振り、レオは冷静に否定する。


「えへへ、ばれちゃった?元々見晴らしの良いところからずっと探してたの、この辺りに登っていくのが見えたから大体の位置がわかったし」

確かに標高が高くなっている北側にいれば、村の様子は広く見渡せる。

テレサは自分達を見つける為に、先回りをして見張っていたというのだ。


「すごいよテレサ!」

「ありがとうヴィン!あっ!足は大丈夫……?!」

テレサは笑顔から一転、心底心配そうな表情になって駆け寄る。

ヴィンは衣服をまくって、添え木で巻かれた足を見せた。


「凄く痛いけど、アメリアお姉さんに応急処置して貰ったし、治せるみたいだから大丈夫だよ」

脂汗を滲ませながら微笑むヴィンに、テレサは涙目で抱き着いた。


「そっか……!よかった……!」

「て、テレサ?!ち、近い、近いよっ?!」

ヴィンは動けない身体であたふたする。

それでもぎゅうっと強く抱きしめてから、テレサは優しくヴィンを放した。


「レオ、アメリアさん、ヴィンを助けてくれてありがとう」

天使のような笑顔を浮かべ、テレサは振り返った。


しかし、子供達は不穏な空気に気づく。

アメリアは警戒心を剥き出しにして様子を伺っていたのだ。

右手はいつでも引き抜けるよう、ハンドガンに添えられている。


「アメリアさん……?」

テレサが不安そうに首を傾げると、アメリアは冷たい声で突き放した。


「テレサちゃん、あなたが敵じゃないって証拠はある?神官に情報を流したのはあなたじゃないの?」

アメリアの表情には疑念が満ち、テレサという女の子を品定めしている。


するとレオが割って入り、アメリアを睨んだ。

「や、やめろよ姉ちゃん、テレサが裏切った訳ないだろ!」

「いいえ、はっきりさせないと駄目よ。アリストさんやマリーさんが死んだのは、彼女が密告したからかもしれないのよ?」


その言葉を聞き、レオとヴィン、そしてテレサも声を失う。


「ま、待って、アリストさんやマリーさんが、し、死んだって、本当なの?レオ?」

テレサはおどおどと声を震わせて聞いた。

レオは悲痛な面持ちで、目を逸らして答える。


「……ああ」


途中で抜け出したテレサは、広場で何があったのかを知らなかった。

だから、死んだという事実には心が掻き乱される。


そして、三人が自分に向ける視線を見てテレサは震えた。

自分は今、疑われている。

ヴィン達が捕まって足を折られ、アリストとマリーが殺され、村が滅ぼされるような事態になったのは、自分が原因だと疑われている。

嫌だ、怖い、そんな目で見ないで。


「……わたしじゃない」

少女はぼそりと呟く。

しかし、不信感の視線は向けられたままだ。


疑われる理由は重々理解できる。

テレサが真実を聞いた次の日に、情報は洩れて悲劇は起こった。

そして、罪人の柱にテレサは縛られていなかった。

無関係と言い切るのは無理がある。


しかし、テレサが裏切った訳ではない。

密告したのは十中八九、勝手に動いて偶然見つけてしまった父親のラウスだ。

ならばどうすれば誤解を解けるのか考える。

何をどう伝えれば、わかって貰えるのか考える。


テレサは不信感の視線に晒されながら、必死に頭を回した。

泣きながら否定する?駄目だ。

怒りながら否定する?駄目だ。

淡々と事実を告げる?駄目だ。

ただ否定するだけでは、何の根拠もない。

そこに確固たる証拠がなければ、裏切りの疑いを晴らせない。


テレサは考え、悩み、思考し続けた。

懊悩し、煩悶し、苦悩し、苦悶する。


――――そして、思いつく。

頭の中で思考が一点に集約し、動揺した表情から焦りが消えていく。

代わりに残ったのは、迷いのない冷厳な眼差し。

テレサは顔を上げ、警戒心を剥き出しにするアメリアの瞳を射抜いた。


「私の記憶を調べて下さい。アメリアさんならできますよね?」

「……なるほど、ミストゾーンに戻れば設備はあるわ」

「それで私が裏切っていないと証明できます。それまでは捕虜扱いで構いません」


嘘を見破り、真実を暴く。

神官は“神の目”という冠を用いて、それを容易に行っていた。

一見すると神の御業のような所業だが、あれが高度な科学技術によって作られた道具だと説明してくれたのはアメリアだった。

そんな彼女の住む場所であれば、“神の目”と同じものがあっても不思議ではない。

テレサの予想は当たり、無罪を証明する手段を得ることができた。


「論理的で非の打ち所のない弁明ね、覚悟はわかったわ。だけど調べてみて裏切りが事実だったら、わかってるわね?」

「その時は殺して良いですよ」

恐れもなく言い切られ、アメリアの瞳から敵意の色が薄れていく。

レオとヴィンは「殺しても良い」という言葉にたじろぐが、この場の敵愾心は収まったようだ。


場が静まり返ったのを見て、テレサが言葉を切り出す。

「証拠はありませんが、事実を伝えておきます。恐らく、アメリアさんを見つけて神官に告発したのは私の父です」

アメリアの眉がピクリと反応した。


「テレサのお父さんって、保安副隊長のラウスさんだよね」

ヴィンの確認に、テレサは声を出さずに頷く。

それを聞いたアメリアは、彼女への警戒心に罪悪感が覆い被さっていくのを感じた。

ラウスという男は、自分が撃ち殺した男だからだ。


「頭の堅い父は、私がレオやヴィンと会うのを快く思っていませんでした。だから二人の家を覗き見でもしたんだと思います」

「……そして偶然見つかってしまったと?」

確認するアメリアに、先ほどのような責め立てる口調はもうない。

どちらかというと、自分が責められるのを恐れているような喋り方だった。


「多分そうです、詮索が趣味みたいな人でしたから」

「そうか、ラウスさんは“最高の目”って言われてたもんな」


「……なるほど、テレサちゃんは隠してたけど、それとは関係なくラウスさんが動いていたということね?」

アメリアは念押しで確認をするが、もはやテレサを問い詰める気力は皆無だった。

冷静に考えれば自分は親の仇だ。

憎まれ、恨まれたとしても文句は言えない立場にいる。

自分は彼女に対し、取り返しのつかない罪を背負っているのだ。

引き金を引いた記憶が蘇り、言いようの無い罪悪感が心に針を刺してく。


「そうです。事実かどうかは後ほど調べて下さい」

アメリアは心が騒ぎ、嗚咽に似た感覚が込み上げる。


テレサは知っているのだろうか?

自分の父を殺した相手が、私だということを。

知らないのであれば、伝えなければならない。

そんな事実を、私はどうやって伝えればいいのだろう。

どこで伝えればいいのだろう。


平静を失いかけるアメリアを不思議そうに見ながら、テレサは更なる言葉を紡いだ。


「それと証拠にはなりませんが、これを持ってきました」

テレサはずっと背負っていた大きな袋を下し、中身を見せる。

レオとヴィンは驚愕と歓喜に目を丸くした。


「こ、これって保存食と革水筒?凄い!毛皮の毛布まであるよ!」

「テレサ、一体どうしたんだよこれ!」

袋の中にはぎっちりと“干し肉”や“乾燥させた野菜”、“川魚の干物”や“水の入った革水筒”、“代えの履物”や“防寒用の毛布”などが入っていた。

これだけあれば、数日は旅をすることが可能だろう。


二人の少年は歓喜に踊り、一人の女は呆然と立ち尽くした。

皆の反応を受け、テレサは気恥ずかしそうに鼻をこすりながら経緯を説明する。


「アメリアさんとレオが助けに来るってわかったから、私にもできることが無いか考えたの。私じゃ戦っても足を引っ張るだけだから、救出した後のことを考えて北の貯蔵庫から持ってきました」

三人は驚いた。

救出することばかりに集中していたせいで、助けた後まで考える余裕は無かった。

彼女は事前に準備していた食料などを持ち出せていないことに気づき、先回りして未来の落とし穴を埋めてくれたのだ。

「す、すげえよテレサ!うおおおおお助かったぜ!」

「感謝しますテレサ様!テレサ様ー!」

レオとヴィンは感涙に咽び狂乱している。


しかし、アメリアだけは重々しく膝をついて平伏した。

「すいませんでした!」

テレサは予想外の行動に驚き、おどおどしている。

感謝というよりは、心からの謝罪の姿に見えたからだ。


「テレサちゃん、いえ、テレサさん、本当にごめんなさい!」

「ど、どうしたんですか?やめてください」

「あなたは裏切っていないと信じます!その上であなたに伝えなきゃいけないことがあります!それを伝えずに分けてもらおうなんて、浅ましいことは絶対にできません!」

「そ、そうですか」


アメリアの身体は震えていた。

唇も震え、言わなければならない言葉を形にするのに四苦八苦している。

しかし、急かす者は誰もいない。

テレサという神に懺悔するように、アメリアは重々しく言葉を出した。


「私があなたのお父さんを殺しました」


レオとヴィンがびくりと震えた。

アメリアの顔からはポタポタと滴が垂れ、雑草を湿らせる。

それが汗なのか、涙なのかはわからない。

テレサは何の反応もしなかった。

ピクリとも動かなかった。


頭を下げたアメリアは、断罪を待つ罪人のようにじっとしている。

テレサは無表情でその姿を見下ろし、何事かを考えていた。

やがて整理がついたのか、しゃがんで目線の高さをアメリアに合わせ、告げる。


「アメリアさんが私の父親を殺したのは、知っていますよ」

怒ってもいない、悲しんでもいない。

ただ知っていると告げるだけの声に聞こえた。

アメリアにはそれが余計怖かった。


「……私を恨んでいますか?」

声には怯えが孕んでいた。

テレサは少し考えるそぶりを見せるが、微笑みの顔を浮かべてアメリアを見つめる。


「アメリアさんを憎いとは思いません」

恨まれてもおかしくない。

いや、恨まれない方がおかしいことをした筈だった。

だが、テレサの答えは予想していたものと全く違った。


当惑して何も言えないアメリアに助け舟を出すように、テレサは自分の思いを打ち明けた。


「上手く言えないんですけど、私の中にはいなかったんだと思います」

「いな、かった……?」


「はい、父も母も、村も神官も、私は嫌いでした。アメリアさんから真実を聞いた時、恐怖よりも喜びが大きかったんです。私の居場所が外の世界にはあるのだと思いましたから。だから村を棄てることに何の抵抗もありませんでした」

それ程までに、村が嫌いだったのだろうか。


「父が死んでも、村が焼かれても、恨みとか奪われたとかいう気持ちが湧かないのは、元々心の中に無かったものだからなのかもしれません」

アメリアは彼女の説明を理解し、悲しさに襲われた。


遠くの空で立ち上る煙が見える。

悲鳴の声は聞こえない、もう殆どが攫われたか、逃げ出したのだろう。


この出来事を語れば、人々は悲劇だと言うに違いない。

アメリアも、レオも、ヴィンも、この出来事でそれぞれ深く傷ついていた。

しかし、テレサは違った。

彼女にとっては、何一つ失ってはいなかったのだ。

それは彼女が真に孤独だったということでは無いだろうか。

それとも彼女が、真に冷たい人間ということなのだろうか。


アメリアには彼女の心はわからない。

レオにも、ヴィンにもわからない。

わからないからこそ、少しでもわかってもらおうと、人は言葉で伝えるのだろう。

彼女は慈愛に溢れた顔で言った。


「アメリアさんを憎んではいません。だから遠慮せず食べて、私達を新しい場所まで案内してください」

罪の意識を優しく包み込んだ少女の言葉に、アメリアは己を律することができなくなった。


「ごめんなざい、わだしが、ぜきにんをもっで、あんだいじまじゅ」

自分のしたことを思い出し、大粒の涙をボロボロと流す。


きっと未来では、大笑いされるような顔をしていたことだろう。

そんな未来へ辿り着くためにも、これから頑張らなければならない。

帰る場所の無い三人を、新しい家まで連れて行かなければならない。

それが、自分がしたことへの贖罪だと信じて。



村を棄てた日。

四人は文明人の集落、“ミストゾーン”へと向かった。


挿絵(By みてみん)


これにて「アデスの村編」は終了です。

読んでいただきありがとうございました。

感想や評価を頂けると大変励みになります。


次回からは新章に入っていきますので、引き続きお楽しみください。

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