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新人類に支配されても  作者: ぷちくん
アデスの村編
11/28

【第10話】『救出作戦・下』

レオは燃える松明を片手に、無人となった村の東側へ走る。

風に乗って僅かに“絶望の唄”が聞こえてくる。

アメリアの予想通り東側の結界付近にも死の天使がおり、村が包囲されているのは間違いないだろう。


「くそっ、俺がもっと強ければ……」

レオは走りながら蔵でした会話を思い出す。





「作戦を纏めるわよ」

「ああ」


村の中心には石造りの教会があり、その少し南に裁きの広場がある。

理由は定かでないが、村人達は全て裁きの広場周辺に集められており、ヴィン達も恐らくはそこにいる。

その為、村の東西南北は殆ど無人になっていると見ていい。

広場と教会の外側には建物が囲むように密集していて、その中には村の命とも言える貯蔵庫が四つある。

一つは北、一つは東、一つは南、一つは西だ。


今回は二手に分かれ、東西の貯蔵庫周辺を燃やしてまわる。

広場からは少し離れているが、火事が起きていることは十分にわかる距離だ。

それを同時に二箇所から起こし、尚且つ貯蔵庫の近くとなれば村人たちは動かざるを得ない。

村人が東西に集まってきたら、北へ回り込んで教会に行く。

レオは戦えないので北の森まで逃走。

アメリアは手薄になった裁きの広場の背後を取り、邪魔者を排除して捕まっているヴィン、アリスト、マリーを救出する。

もし広場にいなければ、教会に戻り地下室を含めて捜索する。

それでもいなければ救出は困難と判断して撤退、自分たちの命を優先する。


「何かわからないところはある?」

「ねぇよ、でも俺だけ逃げるなんて嫌だ」

「駄目よ、戦えないレオくんがいると成功率が下がる、だからレオくんは逃げて」

「俺だって姉ちゃんの武器を貸してくれたら戦える」

「無理よ、練習もなしに使いこなせるような物じゃないもの、いいから逃げて、お願い」

「だけど!」

「感情じゃなく理性で考えて!レオくんはそれができる筈よ!」


アメリアは断固たる眼差しでレオを見つめた。

短い期間ではあるが、彼女にそんな眼ができるとは想像もつかなかった。

有無を言わせない、我が子を守る母親のような眼だ。


「くそ、わかったよ、燃やしたら北の森に行けばいいんだな!」

「ありがとう、さっき渡した追跡チップを無くさないでね、合流に必要になるから」





「グス、父さん行ってくるからお母さん達を頼んだぞ」

「わかってるよ親父、気をつけろよ」

「勿論だ!皆行くぞ!」

気合いを入れ、鎧を着た男達が武器を掲げる。


保安隊。

村を愛し、治安を守るべく走り回る者たち。

日々訓練を積み、村内で最も屈強な者たち。

三十五人いる保安隊の内、三十人が西へ、五人が東へと向かった。

敵は女と少年、任務は生け捕り。

力強い足音が地面を打ち鳴らした。





「テレサちゃん大丈夫?」

「保安隊の人達が向かったからもう大丈夫だよ」

「私達がついてるからね」


テレサの周りには、村の子供達が群がっていた。

大勢から好かれるように演技してきたのが裏目に出ていた。

これでは余計に何もできない。


「みんなありがとう」

ヴィンは大人しくしていたのに、二回も足を殴られた。

きっと追放された両親の息子だからだろう。

やっとできた友達に酷いことをするなんて許せない。

足を折ったゴードンも、神官に告げ口した父親も、神の代行者を気取る神官も、みんな許せない。


まとめて死んじゃえば良いのに。

死んじゃえばいいのに。

死んじゃえ、死んじゃえ。

死ね、死ね、死ね、死ね。


「テレサちゃん、私も不安なのわかるよ」

一人の女の子が自分の表情を見て抱きしめた。

違う、こいつは何もわかっちゃいない。

何も知らない、何も知ろうとしない子供だ。

そんな奴が、私を理解したような口ぶりで腹が立つ。

許せない、許せない、許せない。

私に群がる奴らが全員許せない。

私の邪魔をする奴らが全員許せない。


「心配させちゃってごめんね」

「ううん!テレサちゃんは何も悪くないよ!悪いのは神の敵なんだから!」

演技を演技とも気付かず、間抜けな笑顔を見せる。


もうダメだこの村は。

レオとアメリアは行方不明だが、恐らく村を棄てて逃げたのだろう。

たった二人でどうにかできる状況じゃないから、仕方がない。

その選択が間違っているとは思わないし、自分がレオでもそうするしかない。


だからせめて、レオだけは逃げ延びて新しい人生を歩んで欲しい。

あのアメリアという女が一緒ならば、きっと逃げられる。

だけど、ヴィンはもう助からない。

私の力では、大人相手に勝つことはできないのだから。


彼が処刑されたら、私も死のう。

独りじゃ寂しいだろうから。




挿絵(By みてみん)


屋根、柱、棚、ベッド、机、藁束、薪、畑、木、燃えそうなものに片っ端から火を放つ。

風向きと密度を意識して、なるべく燃え広がるように燃やす。

燃やす、燃やす、燃やす。


炎の光が増えていく。

走れば辿り着く距離に皆が捕まっているというのに、助けに行けない自分が腹立たしい。


「ヴィン、父ちゃん、母ちゃん……ちくしょう」

レオは戦闘になれば役に立てない。

その為、追っ手を見かけたら全力で北の森まで逃走する。

緊張で痛む胃を抑え、作戦を何度も反芻する。

そこそこの家を燃やした時、耳には男の声が入ってきた。


「いたぞ!捕まえろ!」

「やっべ、もう来たのか!」

松明を放り投げ、全力で駆け出す。

鬼ごっことは訳が違う、捕まれば終わり、本当に終わってしまう。

だから必死に走る。走る。走る。


相手は複数、筋力は上、しかし革鎧と武器の重さというハンデがある。

対してこちらは一人だが、装備は身軽。

グスには及ばないが、足の速さは子供ではトップクラスだ。


「ガキなめんなよ!うおおおお!」


もしここにゴードンやラウスといった優秀な保安隊がいれば、すぐに捕まえることができただろう。

あるいは鎧や武器を捨てて追いかける、などの工夫があれば違ったかもしれない。

しかし、ここに来た五人は到底優秀とは言えない者たちだった。


保安隊でも落ちこぼれの部類で、練度も低く意識も低い。

普通の村人よりは強いというだけの男達だ。

外から来た女を警戒しすぎたばかりに、子供であるレオを過小評価してしまった。

必要な人選を見誤ったのが、この結果を生み出したのだろう。


「ぜえ、ぜえ、底なしかあの子供!」

「はぁ、はぁ、真面目に、訓練、しないから、そうなるんだ、お前は」

「お前だって、腹じゃなくて、足を出せよ」

「うるせぇ、広がって追え、振り切られるぞ」

「俺、もう腹が、痛い、限界っす」

「ど、どこいったあいつ!」


レオは走る、走る、走る。

もう後ろから声は聞こえない、足音も聞こえない。

それでも止まることはできない、止まったら捕まってしまうような気がして。

呼吸が苦しい、体が熱い。

それでも走る、家や岩や木で死角を作りながら走る。

とにかく北へ北へ向かう、振り返ってる暇はない、足を動かす、一歩でも前に、一歩でも早く。


「ぐわ!」


足がもつれて転ぶ、体がガクガクして起き上がれない。

焦って振り返ると、誰の姿もなかった。

追っ手を振り切った。


レオはそこで初めて緊張が解け、安堵する。


「はぁはぁ、逃げ切れたか」

戦うなんて偉そうなこと言ったが、アメリアが正しかったと実感する。

追われた時、物凄く怖かった。

一人でも勝ち目のない男が、五人で襲ってくる。

あんなのに戦いを挑むなんて到底無理だった。

「情けねぇな俺……姉ちゃんは、あんなのに一人で立ち向かうつもりなのか……」





「来たわね」

松明を投げ捨て、振り返る。

相手は鍛えられた男が三十人程度、全員が近接武器に革鎧を着用。

村の保安隊だ。


燃える家を見て驚き、一人が横に抜けて広場の方へ戻っていく。

報告でもしにいったのだろう。

しかし残りは変わらずに向かってくる。

どれも鍛えられた肉体の男達だ。

近寄られたら終わりと思っていい。


「それにしてもこの人数って、村の保安隊員の殆どじゃないの?嫌になっちゃうな、こっちは一人で、しかも戦闘員じゃないんですけど……」


アメリアはベルトからハンドガンを取り出し、素早くセーフティを解除する。

両手でしっかり構え、先頭を走る男の胴体に一撃。


パン!


挿絵(By みてみん)


乾いた音が周囲に響き渡り、男達は驚いて身構える。


「ぐああああああ!ああ!痛ぇ!痛ぇよおお!」

先頭を走っていた男が、腹部を抱えて倒れている。

地面には紅い色が広がり、染み込んでいく。


「な、何が起きたんだ?!」

「おい!ジニー!どうしたんだよ!」


アメリアは構えの姿勢のまま男達を睨み、ドスの利いた声で警告する。


「聞け人間!我は死の天使すら凌ぎ、地上を闊歩する悪魔。我の魔法により男は死んだ!向かってくるならば貴様らは皆殺しだ!」


十代後半の女がやったところで、大した迫力がある訳でもない。

正体を知る者からすれば、滑稽な姿に見えただろう。

それでも男達は明らかに動揺し、慌てふためいている。


「死の天使を凌ぐだと!」

「あ、悪魔だ!あいつは悪魔ですよ隊長!」

「あれを生け捕りなんてむむむ無理です!」

「神官様に報告しましょう!我々に勝ち目はありません!」

「おいおいゴードンやばいぞ、俺の目でも攻撃が見えなかった」


ふふ。

恥ずかしいくらいの大嘘だけど、かなり効いてるわね。

無知は嘘すら真に見せてしまう、だから知らないというのは罪なのよ。

悪いけど、今回は付け入らせてもらうわ。


しかし、一番立派な鎧を着た男が前へ出てきた。

「落ち着け!そして臆するな!神官様が勝算のない戦いに俺たちを向かわせる筈はない!つまり勝ち目があるということ!総員散開して全員であの女を捕らえるぞ!」


っち、とアメリアは舌打ちをする。


あいつがリーダーか。

戦い慣れてないアデス教徒の戦士なんて大したことはないけど、あいつは別物のようね。

士気を取り戻させるわけにはいかない。

これ以上犠牲を出したくないけど、やむを得ないか。


パンパンパンパンパン


乾いた音が五回響き、二つの土埃が舞い、三人の男が倒れる。

その中には先程の男、岩のような肉体を持つ隊長の姿もあった。


「愚かな人間共よ、我の親切を無下にするとは余程死にたいようだな!貴様らの死後に楽園はない!魂を我に喰われ、地獄の苦しみを永遠に味わうのだ!」


回り込んでいた男達の足がすくむ。

倒れた仲間達を見て恐怖が伝染していた。

「ひ、ひいいいい!」

「いやだ!死にたくないいい!」

何人かの男達が脱兎の如く逃走する。

腰を抜かして倒れる者、神に祈りを捧げる者、戦意の大半を挫いたのは間違いなかった。


「ゴードン!しっかりしろゴードン!」

「ラ、ウス、こんなのは擦り、傷だ」


言葉とは裏腹に胸からは血が止まらず、仰向けの身体は言うことを利かない。


「ラウス?まさかテレサちゃんのお父さんの?」

「この悪魔があああ!よくもゴードンを!生け捕りなんて糞食らえだ、ぶっ殺してやる!!!」


他の男達は戦意を喪失している中、その男だけはこちらへ向かって走ってきた。

アメリアは度肝を抜かれる。

生身の人間が出せる速度じゃない。


「まずいっ!近寄らせるわけには」


パンパンパンパン


目の前の男は予知していたように横に飛び退く。

弾丸は全て外れ、後ろで四つの土埃を舞い上げた。


アメリアの周りを円を描くように走り、距離を詰めてくる。

突如、男の気配が消えて完全に見失う。


「消え……?!」

背中に衝撃が走り、前方に飛ばされる。

受け身を取ってすぐに振り返る。

傷は受けていない。

その代わり、防護ベストに傷がついた。


「お前の攻撃がわかったぜ、石飛礫を高速で飛ばすんだろう?だが動いてる相手に当てるのは難しいみたいだな」


気配を操り、異常な素早さを持つ男は両手のナイフを握り直し。


「その首、跳ね飛ばしてやる」

「っく、殺らなきゃ殺られるわね……」

再び人間離れした速さでアメリアに近づく。


この距離じゃ銃は使えない、かくなる上は


アメリアは素早く胸から“何か”を引き抜くと、それを真上に投げた。

迫ってきた男は飛び退き、投げられたそれを警戒しながら距離をとってアメリアの周りを走る。

アメリアは目を閉じて耳を塞いだ。


「テメェ何して―――」

閃光。

投げられたそれを見ていた誰もが強烈な光を浴び、視界は白一色で埋め尽くされる。

少し遅れて耳鳴りが響き、視力と聴力を同時に奪われていることに気づく。


「ぐあああ!目が!くそ!くそ!何しやがった!」

男は転び、すぐに起き上がりデタラメに刃を振り回す。

何も見えない、聞こえない。

あるのは混乱のみ。

こんな状態で、まともに動ける者はいない。

ただ一人を除いては。


「スタングレネードよ、悪いわね」


パンパン


二つの発砲音が響き、一人の男が崩れ落ちる。

倒れた体からは血が流れ、動く気配は無い。

急所に当たったのだろう。

アメリアは立ちすくむ男達の方を向き、邪悪な笑みを作る。


「次はお前達だ」


「うわああああああ」

残された男達は、金縛りから解き放たれたように慌てて逃げ出した。


空になった弾倉をしまい、予備の弾倉を装填する。

カチリと鳴る接続音を聞き、アメリアは安堵の息を深くこぼす。


「はぁ、無知に救われたわね。捨て身で来られたら絶対に勝てなかったわ」


アメリアが視線を動かすと、周りには男が五人倒れている。

テレサの父親であり、神官に密告したと思われる保安隊副隊長のラウス。

保安隊長のゴードンという屈強な男。

そして三人の保安隊の男達。


ラウス以外は息があり、ミストゾーンであれば助けることができる。

しかし、村の医療技術では最終的に命を落としてしまうだろう。


「……私の、手で」

罪悪と後悔が心を刺す。

アメリアは今日、何も知らない五人を殺したのだ。


体の動きを鈍くしようとする感情を、頭を振って必死に追い払った。

代わりにアリスト達と交わした約束を思い出す。

弱い自分では、誰も彼も救うことはできない。

それでも、約束した一家だけは助けなければならない。

そうやって自分に言い聞かせ、立ち止りそうな心を奮い立たせる。

迷っている暇はない。


「……ごめんなさい」

歯を食いしばり、倒れた男達の横を通り過ぎた。

アリスト達を救い出す為、アメリアは北へ走る。





「神官様!火事です!東と西の貯蔵庫近辺が燃え広がっています!」

保安隊の一人が息を切らして戻ってくる。

神官は微笑を浮かべたまま男を一瞥すると、西の空に立ち上る煙を眺める。


「敵の仕業ですか、貯蔵庫はまだ無事ですか?」

「恐らくは!ですがこのままだと飛び火する可能性も……!」


神官は目を閉じて考える仕草をする。

数秒が経ち、張り付けたような微笑を湛えたまま命令を告げる。

「村の男たちを動員して消火作業に当たりなさい、無理であれば中身を持ち出して避難です。急ぎなさい」

「はっ!周囲の建物を解体しますがよろしいでしょうか!」

「構いません、こういった場合を想定し、今後は貯蔵庫付近に建物を作らないようにするべきですね」


保安隊の男が広場に集まる人々に声を上げて指示を出す。

神官に焦る様子は全くない、ただゆっくりと縛られたアリストたちの近くへ行き、群衆を見渡す。

残っているのは老人と女子供が数百人だ。

皆は不安そうに神官の言葉を待っている。


「皆さん安心してください、これより保安隊長らが神の敵を連れてきます。その者らに浄化の儀式を行い、すぐに処刑すれば村には平穏な日常が戻るでしょう」

「おおありがたい!」

「これで助かるわ!」

村の者達が口々に安堵の声を漏らす。

手を合わせる者、平伏する者もいる。


そんな空間を打ち砕いたのは、神の敵を捕まえに行った筈の保安隊の男達だった。

男達は死に物狂いで走り、何かから逃げ出すように後ろをちらちらと見ながら、神官の元へ駆け寄ってへたり込む。

表情は恐怖に歪み、とても村最強の男達とは思えない有様だ。


「何事です、女はどうしました?」

「し、し、神官様!あいつは悪魔です!仲間が一瞬で殺されました!俺達じゃ勝てません!」

「全員でかかれば勝てた筈です」

「あ、あ、あり得ません!ゴードン隊長とラウス副隊長もやられました!あんなのどうしようもないです!」


耳を疑う報告を聞き、群衆が恐怖にざわめく。

喧嘩も勝負も負け知らず、人喰らいの化け物から子供たちを救い出した“最強の男”、ゴードン。

気配を自在に操り、驚異的な身のこなしと瞬発力を誇る“最高の目”、ラウス。

その二人を屠る存在、死の天使のような絶望的強者が村の中に入ってきている。

子供は震え、老人は縮こまり、女は悲鳴を上げている。

恐怖が恐怖を膨らませ、パニックを引き起こす。


「お、親父……親父が……っ」

子供とは思えない体格の少年が、震えながら膝をついた。

母親が隣で彼を抱きしめる。


「お父さん、そんな……」

村一番の美少女は涙を流し、悲しげな瞳で西の空を見た。

周りの子供達が寄り添い、慰める。


「お願い、しばらく一人にさせて……」

村一番の美少女は、皆の優しさを振り払って人混みの中へと姿を消した。

その場にいた誰もが彼女の心情を察し、追うことなどできなかった。

彼女の全てが演技だとも知らずに。


混乱と恐怖の中、落ち着きのある声が広場に響く。

「村の者よ静まりなさい!この村にはアデス様より力を授かりし神の代行者、私がいます!怯えれば敵の思う壺、神の教えを思い出し、冷静さを保つのです!」

恐怖心は拭われない。

それでも皆は祈りの手を組み、何事かを唱える。

パニックは幾分か落ち着いたようだ。


「それで、相手は何を持っていたのですか?」

神官が平伏する保安隊の男に質問する。


「な、なにを?わかりません、手には黒い歪な石のようなものを……それと何か投げたかと思えば視力と聴力が一瞬で奪われました」

「ふむ、他には?」

「えっと、副隊長が一撃だけ喰らわせたのですが、無傷でした。他にはその、死の天使を凌駕し、我々の魂を喰らうと言ってました」

先ほどの惨劇を思い出し、男の身体が震える。


「なるほど、保安隊で生け捕りは難しいですか、それならば……」

神官は数秒目を閉じ、そして教会の方へ歩いていく。


「私は教会の地下より神器を持ってきます、それを以て神の敵を無力化しましょう」

「神器……!おお!“神の目”の他にも神器があるのですか!」

「あります、このような戦いに備え神より賜れし神器が」

「おお!」


感嘆の声が保安隊や群衆から上がる。


「あなた達の半分は私を護衛、もう半分は罪人を見張りなさい」

「かしこまりました!」


「もし女が来たら降伏を要求しなさい、従わなければ罪人を殺した上で捕えるように」

「で、ですが神官様!あの残虐な悪魔に人質など無意味ではないでしょうか!全員でかかっても一瞬で殺されて終わりです!生け捕りなんて最早不可能です!」


「その女の攻撃は動いていれば当たりません、全員でかかれば捕縛は可能です。絶対に殺してはいけません、いいですね?」

「なぜ、なぜあの悪魔を殺してはいけないのですか!?」


「浄化の儀式を行わずに殺せば、村に深刻な災いが起きてしまいます。だから絶対に殺してはいけません」

「さ、左様ですか、それならば、かしこまりました」


十三人の保安隊の男が神官に続き、残りの十二人は縛られた三人の罪人を囲むように移動する。





皆から離れた少女は火事のどさくさに紛れ、中心から遠のくように走った。

涙の跡を拭い、口元に笑みを浮かべる。

父を失った悲しみよりも、大きい喜びに打ちひしがれていたのだ。


「レオ達は助けに来る……!」


東西で起こった火事は、ヴィン達を助ける為にアメリアとレオが考えた作戦の一つだろう。

村人を分散させることで、中心を手薄にして救出の成功率を上げる算段だ。

嬉しいことに、神官は村の最大戦力とも言える保安隊を向かわせたが、アメリアはそれを撃退した。


つまり、アメリアという女は保安隊を凌駕する力を持っている。

それならば、ヴィンが助かる道もあるかもしれない。

テレサは必死に頭を回転させる。

自分にできることは何か。

どうしたらこの状況を打開できるのか。


「そういえばお父さん、本当に死んじゃったのかな」


思考の最中に保安隊の報告を思い出す。

報告では保安隊副隊長のラウス、つまりテレサの父親が殺されたと言っていた。

父のことは好きではないが、死んだというのは実感が湧かない。

あの強い父は、殺すことはできても殺される想像などできなかった。

悲しむべきなのか、怒るべきなのか、恨むべきなのか。

何かを感じるには、まだ時間が足りないのだろうか。


テレサは自分でも驚くほど冷静だった。

「はぁ、とりあえず今は私にできることを考えないと」


慌ただしい場所を避け、少女は人気のいない村の北側へと走る。





大山脈を奥に控える村の北側は、標高が他の場所よりも高くなっている。

そんな北側にある建物の屋根に、一人の女性が乗っていた。


「あれが裁きの広場ね、いち、に、さん、良かった全員いるわ」

アメリアの右手には手のひらサイズの望遠鏡が握られており、レンズは広場の景色を二十倍に拡大して映している。

「広場には沢山の村人、殆どが女性や老人と子供ね。アリストさん達は柱に縄で拘束され、周囲には二十六人の見張り、保安隊の生き残りね」

確認しながら、アリストたちの周辺に配置された一人に目が留まる。


「黒い冠をした背の高いハゲ男がいる、あれが神官かしら?」

神官らしき男は村人たちに向かって何かを見せている。

「あれは銃?見たこと無いしエネルギーライフルってやつかしら?まずいなぁ、こんなのどうやって助けろっていうのよ……」

一人でブツブツ言っているが、当然返事をする者はいない。

そして本人も全く気にする様子はない、ただの癖だ。


「でもさっきの戦闘で保安隊は相当ビビってる筈、そこに付け込めばあるいは……とにかく最優先は謎の武器を持つ神官ね」


ストラップを外し、蓋を閉めて望遠鏡を防護ベストのポケットの中に仕舞う。

木材の骨組みを足場にして下に降り、教会の近くへ走る。


教会の壁際に寄って周囲を確認する、こちら側には誰もいないようだ。

向かいの広場から、神官が教えを説いている声が聞こえた。

アメリアは腰を下ろし、リュックから二つの筒状の物体を取り出して腰に留める。

今回の救出作戦の肝要となる道具だ。

筒のボディには、「SMOKE」と書いてある。


次に弾倉を取り出して調べる。

予備も含む全ての弾倉に、最大の十五発分まで弾が込められていることを確認し、すぐに取り出せるよう準備する。


「仕上げにこれね、貴重品だし使いたくないけど……」


アメリアの手には赤い錠剤が握られている。

水筒から水を少し飲み、錠剤ごと飲み干す。

強烈な苦味が広がり、一瞬触れた舌は焼けるように熱い。

すぐに身体中の体温が上がり、鼓動が速くなるのを感じる。


――――“オーバードラッグ”

人間の限界以上の身体能力を引き出す覚醒剤だ。

質の良いオーバードラッグは効能が高く中毒性が無い、しかし非常に入手は難しい。

アメリアが使ったのはその一つ、まさに切り札である。

「受けた恩は返します」


視界が薄赤くなり、音が間延びし、時間が引き伸ばされたように遅く感じる。

身体能力も、思考能力も限界を超えて高められている。

その足で教会の横から飛び出し、広場の背面へ接近する。

ここからは身を隠すことはできない。

救出は時間との勝負だ。


アメリアは限界を突破した身体能力で広場に向かって走る。

目的との距離は百メートル、腰に下げた二つの筒を取り外し、ピンを抜く。


目的との距離は七十メートル。

神官が気づき、手に構える武器をこちらに向ける。


目的との距離は四十メートル。

アメリアは両手に握られた筒を投擲して、斜め前に前転する。

神官の武器から光の槍のようなものが放出され、先程までいた地面を焼く。

保安隊の多数もこちらに気づいた。


目的との距離は二十メートル。

素早く拳銃を引き抜き、横にズレながら神官に照準を合わせる。

神官の武器から再び光の槍が放出され、アメリアの右大腿を掠める。

焼けるように熱いが薬のおかげで痛みは感じない。

投げられた筒が飛んでいき、アリスト達が縛られた付近へ転がり落ちる。

同時に大量の煙が吹き出し、辺りを真っ白な霧のように変えていく。

“スモークグレネード”だ。

保安隊の何人かが慌てて逃げ出した。


目的との距離は十メートル。

神官が銃口をこちらに向けながら横に走る。

普段であれば当てることは難しいだろう。

しかし、覚醒状態の今であれば狙うのは不可能じゃない。

引き金を三回引き、二発が神官の胸に当たる。

神官は体勢を崩して転ぶが、弾丸は着こんである防護ベストに弾かれたようだ。

「小癪ね!」

神官の手を離れた武器が、出鱈目な方角へ光の槍を放ちながら転がる。


目的地に到達。

神官は倒れ、保安隊の殆どが謎の煙幕から逃げるべく駆け出す。

アメリアは神官の使っていた武器に二発撃ち込む。

武器は破損し、穴の一つから火を噴き上げた。

すぐに神官の頭に照準を合わせ、三回引き金を引く。

神官は顔をずらしたが、一発が首の左側を抉り取った。

血がどくどくと流れ出る、致命傷だ。

残った二人の保安隊が何事かを叫びながらヴィンとアリストに刃を突きつけている。


「こ、こいつらの命が、ど、どど、どうなっても」

二人を一瞥し、アリストに刃を向ける男に照準を合わせて発砲。

男の腰が砕ける。

即座に反転し、ヴィンに凶器を当てがう男に照準を合わせる。

ヴィンはまだ生きている、男は切るのを躊躇っているようだった。

誤射をしないよう息を整えて発砲。

男の腕と肩に穴が空き、握られた凶器ごと倒れる。


二つの筒から煙幕がもくもくと吹き上がり、辺り一帯が何も見えなくなる。

アメリアは拳銃とナイフを交換するように持ち出し、アリストの柱まで行って縄を切る。

倒れそうになったアリストをアメリアが支え、大人の重みが全身にのしかかった。

アリストはまるで足に力が入らないようだった。


「アリストさん大丈夫ですか?!」

オーバードラッグを使用した影響で、向こうにとっては早口に聞こえるだろう。

「アメリアさん、あ、足を折られました、私が逃げるのは無理です」

「足を?!そんな!」


見れば両足が変な方向に曲がっている。

「それよりレオは、レオは無事なんですか?!」

「ここにいないということは、無事に逃げた筈です」

アリストは苦痛に表情を歪めながらも、ほっと息をついた。


「それではヴィンを、ヴィンだけでも連れて逃げて下さい」

煙幕で見えないが少し向こうには、ヴィンとマリーが縛られたままだ。

アリストは立つことすらできず、アメリアでは背負って逃げることはできない。


どうする、どうするのが正解なの?


アメリアは思考を回転させるが、全員が助かる方法が思いつかない。

このまま煙幕が晴れ、もし村人の一部でも戦意を持って突撃してきたら勝ち目は無い。

或いは弓で射られても終わりだ。

煙幕は少しづつ薄くなっていく。

アメリアは覚悟を決めた。


「ヴィンくん!逃げるわよ!」

ヴィンの縄を切り、倒れそうになる体を支える。

顔は涙と鼻水でぐずぐずになり、身体からは物凄い量の汗が噴き出している。


「あめ、アメリアお姉さん、ぼ、ぼぐは走、れないです、お、折れて、足が」

「抱えてあげるからしっかり掴まってなさい!」

子供とはいえ十一歳の体は、女のアメリアには重い。

しかし、薬の効果も得ている今なら何とか動けるだろう。


「アリストさん、マリーさん、ごめんなさい」

「アメリアさん、あなたに託します」


白い煙幕の中で、上体だけ起こしてこちらを向く男性と、未だ縛られた女性の影が見えた。

アメリアは二人を置いて走り出す。


だが突然、腕を掴まれて殴りかかられた。


ぎゃふんと言ってアメリアとヴィンが転がる。

何が起きたのかわからない。

倒れたまま辺りを見回すと、そこには神官の姿があった。


「さあ、あなたの記憶を見せてもらいましょう」

神官は怒りと微笑を混ぜたような表情を浮かべ、アメリアを見下ろす。


「首に当たったはず、どうしてっ?!」

見上げれば、神官の首に空いたはずの穴が塞がり、皮膚が蠢いていた。

人間の自然治癒力を数百倍に高めたような光景だった。


「再生能力?!こんなに早く回復できるというの?!」

アメリアが銃を取り出そうとすると、神官は腕を踏みつけ銃を拾い上げた。


「よくもやってくれましたねヒューマン、覚悟はいいですか?」

神官はアメリアの頭を蹴り飛ばし、足に銃口を向ける。

アメリアが行動不能になれば終わりだ。

三人は足を折られて動けず、レオも一人で逃げることなんてできない。

誰も助からない。


「まずい!」

――――引き金が、引かれた。


パンという乾いた音が響き、その弾丸はアメリアの脚、その横の地面を抉って巻き上げた。


アメリアは目を丸くする。

「そんな!どうして来たの!」

神官がよろめき、後ろには一人の少年、レオがいた。


「姉ちゃん、こ、この後どうしよう」

レオの手には包丁が握られている。

後ろから神官を突き刺したのだろう。


しかし、防護ベストを着た神官には刺さらず、よろけただけですぐに体勢を立て直してレオの方を向く。

「レオ!止まっちゃダメ!とにかく走って!」

「あ、ああ!」

神官の発砲が煙幕の一部に穴を開ける。

アメリアに対しては殺さないよう注意を払っていたのに対し、レオには必殺を狙った一撃ばかりを繰り出す。

レオはとにかく走り、神官に弾を撃たせ続けている。

――――二発、三発、四発、五発。


この機会を逃す手はないわ、行くわよ私!


ガンガンする頭を堪え、アメリアは立ち上がると一直線に走った。

手にはナイフを、狙うは神官を。

神官が気配に気づき、すぐに振り返って下半身を狙い引き金を引く。

アメリアは渾身の一撃を喉元目掛けて突き立てる。


聞こえたのは刃物が肌に沈む音、そしてカチンという無機質な音のみだった。

「十五発しか入らなくて、ごめんなさいね」

「き、さま、ヒュー、マン、が」

ナイフを捻ると、神官の喉から血が吹き出す。

アメリアは血に濡れていくナイフを握ったまま、戦いの終わりに安堵する。


――――だが、神官は倒れない。

両手でナイフを握るアメリアの腕を掴み、引き離そうとする。

出血は少なくなっていき、皮膚と皮膚が蠢き合って傷を塞ごとする。


「ちょっと!どうやったら死ぬのよあなた!」

アメリアは神官を蹴り飛ばし、ナイフが引き抜かれる。

後ろへヨロヨロと倒れたので、上に飛び乗って頭を切り離さんばかりに突き立てる。

血がどくどくと流れ出し、地面を赤く染める。

それでも神官は動き、アメリアの首を掴んだ。


「ほ、本当に化け物ね」

「もう私は死ぬ、ならばせめて……」

「じゃあ、早く死んでよ!」

「“神の雷”、を」

ごふっ、ぴゅーぴゅー

刺した喉元からはそんな音がして、口には血が滲んでいる。

にも拘らずギリギリと締め上げられ、呼吸ができない。

神官の顔に余裕は無いが、口元だけは微笑を浮かべていた。

「っく、このままじゃ私も意識を持ってかれる……」


――――しかし、首を絞める力は急激に抜けていき、腕はどさりと地に垂れる。

致死量以上の血を流したからか、神官の傷を治そうとする細胞の蠢きが止まっていた。

「や、やったの?」


神官に動く気配はない。

アメリアは立ち上がる。

ずっと微笑を浮かべていた神官の顔が、最期には苦痛に歪んで固まっていた。


死んだ。

いや、殺したのだ。


アメリアはこの日初めて、人ならざる人。

“ノーマン”を殺した。




白い煙幕が晴れていく、ここにいるのはまずい。

アメリアは倒れたヴィンを起こして抱える。


すると突然、周囲が明るくなった。

それは刹那と言えるくらい急激な変化で、目が対応できずに眩む。


「アメリアお姉さん、な、なにこれ!」

「スタングレネード?!いや、違う!とにかく離れるわよ!」


太陽がもう一つ現れたような明るさだ。

身体は暑く視界は眩しい。

アメリア達には何が起きているのかわからなかった。

しかし走り、光の外に出ることでその正体を知る。

神官が死に際に言っていた言葉、“神の雷”だ。


「こ、これはまさか、衛星兵器!?」

アメリアが見たもの、それは言うなれば光の柱だ。

天と地の間にある広大な空間を何本もの光の柱が貫き、教会や裁きの広場を照らしている。

青白い光は神々しさすらあり、神々が地上へ降り立つ為の道だと言われても不思議では無いだろう。

だがアメリアは恐怖し、叫ぶ。


「レオくん!はやく逃げて!」

光の柱が徐々に細くなり、色を濃くしていく。


返事はすぐに帰ってきた。

「姉ちゃん手伝ってくれ!父ちゃんと母ちゃんが動けないんだ!」

レオは包丁を使って縄を切り、足の折れた母親を何とか持ち上げようとしている。

「ヴィン、ここで待ってて」

アメリアはヴィンを外に置き、急いで光の中へと走る。


熱い、熱い、熱い。

これからどうなるか予想がつく。

だからこそ一秒でも早くここから出なければならない。


レオはまだ出てこない。

光の柱はどんどん細くなっていく。

その度に熱を帯びているようだ。

「母ちゃん今助ける!くっそ、熱いし何も見えねぇ!」

「レオ!離れないと死ぬわ!」

「良いから手伝ってくれよ!」


レオは必死に母親を引きずる。

光の柱はさらに細くなり、青白い光は眩いばかりに光っている。

マリーは苦しそうに、しかし力強くレオに言い放つ。

「母さんはもう動けない、レオだけでも逃げて、お願い」

「いやだ!皆んなで引っ越すって約束しただろ!歩けないなら俺が連れて行く!」


無理だ、あと数秒ここにいれば死ぬ。

身体能力のリミッターを外しているアメリアでも、数秒で大人二人を運ぶことはできない。

一人でも恐らく間に合わないだろう。

ならば、子供のレオが親を運び出すなんて不可能だ。


「お願いじます、レオを助けて……っ!」

母親の悲痛な声がアメリアに向けられた。


「アメリアさん、あなたに託します、レオを、ヴィンを!」

父親の呻き声がアメリアに向けられた。


自分は弱い人間だ。

全員を助けようとすれば、全員が死んでしまうだろう。

助けられる命にも限界がある。

だから決めなければならない。

助ける命と、見捨てる命を。


「姉ちゃん!?何すんだよ!?」

アメリアはレオを抱えて走り出す。

身体は汗だくで真っ赤になり、目はもはや開けていられない。

「母ちゃんが、父ちゃんが……!」


アメリアはレオを抱えるように転がり、何度も地面に身体を打ちながら光の外へ出る。

服は焦げ臭く、身体からは湯気が出ていた。


直後、光の柱は極限まで細くなり、直視できない輝きを放つ。

――――そして、一帯は燃え上がった。


「やめろおおおぉぉぉ!!!」

「二人とも離れて!」

アメリアは二人を掴んで後ろへと引っ張る。


挿絵(By みてみん)


何本もの光の柱がアリスト達のいた場所を撃ち抜き、地面は赤くなり、煙を吹き上げ、燃え上がる。

天から落ちる光という意味では雷のようだが、全くの別物。

あまりにも直線な光は、雷ではあり得ないほどの長い時間その場を焼き続けている。

草は炭化し、石は真っ赤になり、それでも光の柱は大地を溶かし続ける。


そして、全てを焼き尽くす光の束は滑るように移動し――――


教会へ直撃する。

石造りであるにも関わらず教会は燃え上がり、ボロボロと崩れていく。

ボウ、と一度大きな火が立ち上り。


「二人とも伏せて!」


大爆発、そして衝撃波が巻き起こる。

教会が粉々に瓦解し、破片が致命的な速度を以て一帯に散らばる。

伏せていたとはいえ、当たらなかったのは正に豪運としか言いようがない。

光の柱と燃えた破片は、辺り一帯を火の海に変えた。

破片は地面を抉り、火の玉は民家の屋根を焼いて炎へと姿を変える。

劫火の中で、ある者は逃げ、ある者は祈り、ある者は泣く。

村の中心は一瞬の内に、地獄と化してしまった。


「ワシの家が、村が燃えておる」

「誰か!誰か来てくれ!下敷きになってるんだ!」

「ママー!」


そして絶望する暇さえ、“彼ら”は与えてはくれなかった。


「死の天使が!死の天使が入ってきたぞ!」

遠くの空、東西南北の四つの空には小さな影が見えた。

影はどんどん大きくなり、その正体が巨大な身体を持つ絶望、“死の天使”であることを告げる。


「この世の終わりだ……」

「結界が壊れたのか、ああ、アデス様!」

「あの悪魔だ!あの女が全部呼び寄せたんだ!」


炎と煙の向こうからそんな声が聞こえる。

「っく、私だってこんなつもりで……」

アメリアは言いかけた言葉を噛み殺す。


レオとヴィンが、呆然とした姿で両親のいた場所を見つめていたのだ。

もうそこに両親はいない、溶けて曲がった罪人の柱と、焦土と化した地面があるのみだ。

どうなったかなんて考えるまでもない。

“消えた”のだ。


天から降り注ぎ、圧倒的な熱量を持つ光線を浴び続けた両親は、焼けて炭化しボロボロに崩れ落ちた。

その結果、何も残らなかった。

レオとヴィンは誰もいない場所を見つめ、両親の幻影を必死に探している。


アメリアには何もできない。

死んだ彼らを生き返らせる術など持っていない。

だから悔やみ、敵を恨み、自分を責め、それでも生きるしかないのだ。

「レオ、ヴィン、私は弱いから皆んなを守れなかった」


返事は返ってこない。

小さな背中が、へたり込んで焼け野原を見つめているだけだ。

それでもアメリアは続ける。

「私にこの村を救える力はない、それでもノーマンと戦う為に生きて帰る」

小さな背中は動かない。

アメリアは憂いの目を浮かべ、二人の前に立つ。

「来るなら来て、私は行く」


少年の声がした。

「姉ちゃんが来なけりゃ、こんなことにならなかったんだ」

女はぐっと下唇を噛む。

言い返せる事はいくらでもある。

だけど、自分に言う権利なんてあるのだろうか。

目の前で両親を失った子に対して。


「……くそがああああ!!」

少年は魂を絞り出すような絶叫を上げて、己の頭を地面に叩きつけた。

止めるべきかと思う程に何度も叩きつけ、額の皮膚が切れて血が滲んでいる。

それからアメリアを睨み、敵意を剥き出しにして叫んだ。


「なんでだよおおお!なんでなんだよおおおお!」

アメリアは何も答えられない。

何を言ったところで今の彼には届かないだろうし、やり場のない激情を逆撫でするだけだとわかっているから。


黙っていると、別の少年が代わりに返事をした。

「レオ、恨む相手が違うよ」

言われた少年は荒々しく立ち上がる。

「じゃあどうすんだよ!父ちゃんも母ちゃんも死んじまったんだぞ!村だってめちゃくちゃだ!」


それでも動けない少年は、静かな声で返事を返す。

「僕はお姉さんと一緒に行く、戦い方を学んでノーマンに復讐する。二度も両親を奪ったノーマンを絶対に許さない」

静かな怒りがそこにはあった。

「……ヴィン」


女は何も言えない。

復讐が何を生むかなんて説教する資格はない。

自分だって彼らと同じなのだから。


「姉ちゃん、俺にも教えてくれるのか?」

「ええ、私の知る全てを教えるわ」


レオは顔を上げ、アメリアを見据える。

その瞳には復讐の決意と、涙の跡が滲んでいた。

「俺も行く、知らない事を全部知って、ノーマンを一人残らずぶっ殺してやる」

「わかった、行きましょう」


村には死の天使が飛来し、絶望の唄を奏でる。

動けない者、動けなくなった者、動こうとする者、動く者。

逃げられない者は村に、逃げられた者は散り散りに走っていく。

一つの村が終わった日、三つの影が北の森へと消えた。

支配されていない、人間の住む場所へ向かって――――

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