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新人類に支配されても  作者: ぷちくん
アデスの村編
10/28

【第9話】『救出作戦・上』

「レオくん、静かに!」

「どうしたのお姉ちゃん」

アメリアは耳を澄ませる、遠くから近づいてくる足音の数が多いことに気づく。


「まずい逃げるわよ!」


家の奥、南の森を控える茂みの中から二人は様子を伺っていた。

今までいた家の中に、十数人の屈強な男たちが入っていく。

レオは彼らに見覚えがあった。


「あ、あいつら村の保安隊だ、保安隊長までいる……!」

「つまり私は、裏切られたってこと?」

「俺の家族はそんなことしない!」

「信じたいけどそれ以外に、いやまさか、あの時の視線は気のせいじゃなかった?!」

「どういうこと?」


アメリアは昨日感じた違和感を思い出した。

誰もいないのに、誰かに見られているような気持ち悪さだ。


「この村に隠密に長けた人っている?」

その問いを受け、レオの表情が固まる。

信じていたものが壊れてしまったのではないか、という怯えが透けて見えた。

レオは開かない喉をこじ開けて通したような苦々しい声を出す。

「……テレサの父親で、保安隊副隊長のラウスって人がいる」


テレサ、その名前はアメリアも知っている。

レオやヴィンの友達の女の子だ。

「……あの子が裏切ったってこと?」

「テレサはそんな奴じゃない!」

裏切ったという言葉に反応し、レオが声を荒げる。

家族以外に初めて心を開けた友達、彼女が裏切ったなんて信じない。信じたくない。

そんな声が届いてしまったのか、一人の保安隊がこちらを見た。


「まずい、一度離れるわよ」

アメリアはレオの手を引いて走り出す。

土を踏む音、枝の折れる音が響き、木々の隙間から隙間へ二つの影が動いていく。

森の奥、南の結界の外へと。


「テレサが裏切ったなんて嘘だ、嘘だ、嘘に決まってる!」

先ほど冷静さを欠いたことを後悔しながらも、レオは自分達が直面している事実に目を向けることができない。


「どちらにせよ情報が洩れたのは事実よ、一回引いて立て直しましょう」

テレサが裏切った可能性は皆無ではない。

とはいえ彼女くらい賢ければ、裏切る危険が大き過ぎると気づけた筈だ。


ならば、生活の中でボロが出て神官に調べられてしまった可能性。

これはあってもおかしくは無い。

娘の変化に気づいた父親に調べられてしまったという線でも納得が行く。

可能性は色々と考えられるが、断定が出来ない以上は情報を少しでも集めるしかない。


「とりあえず、ラウスって人のことを教えて、さっきの奴らにはいた?」

「いや、ラウスさんは長いボサボサの黒髪で――」


レオが一生懸命に説明をする。

今起きているのが最悪の事態なら、アリスト達三人は捕まっている可能性が高い。

ならば最善の手を打てるよう、策を練らなければ。


「レオくん落ち着いて聞いて、アリストさん達が捕まっている可能性がある」

「そんな……」

「記憶を調べられたら厄介、一先ず結界の外へ出ましょう」

「見捨てて逃げる気なのかよ!」


レオは子供としては迫力のある眼光で睨みつけてきた。


「いいえ、アリストさん達には恩があるし約束も守らなきゃいけない」

「じゃ、じゃあ」

「ええ、可能な限り助けに動く、捕まった人がどこに行くか知ってる?」

「わかった、多分、裁きの広場だと思う」





六本の柱が立つ広場は騒然としている。

ここは“裁きの広場”。

三禁則に反したり、アデスに仇なす村人を審判し、裁きを言い渡す場所だ。


「彼らを縛り付けなさい」

神官の声に従い、屈強な保安隊の男達が縄を持ってきた。

取り押さえられた三人は縄でぐるぐる巻きにされ、柱に縛り付けられる。


「クソッ、どうしてこうなった!」

神官と話したのがまずかったのか?あれでバレたというのか?

それともテレサが裏切ったのか?誰かが勘付いた?

わからない、だが何としてもマリーとヴィンは助けないと……!


アリストは焦燥に駆られる。

突然、保安隊に囲まれたと思えばこの様だ。

何を間違ったのか、どこから情報が漏れたのか。

考えても全くわからない。


「聞きなさい神の子達よ、この者らは悪魔に取り憑かれた疑いがある」

広場には徐々に人が集まってきている。

その中には仲の良かった者もいた。


「アリストさんじゃないかい!どういうことですか神官様!」

時々一緒に酒を飲む男が声を上げた。


「この者らは神の敵を匿いました。神印を持たない外から来た女です」

広場がざわつく。

ざわめきは噂を広げ、気づけば数百人の村人が広場に押し寄せている。





「そんな……ヴィン、まさかレオも?」

村一番の美少女は、柱に縛られる友人と友人の家族を見て驚愕する。

自分は何も喋っていない、今日まで普段通りを演じてきた筈だ。

それなのに、神官の知っていることは詳しすぎる。

誰も裏切っていないなら、誰かにアメリアの存在を目撃されたとしか思えない。


「もしかして、父さんが何かしたの……?!」

少女は動揺を隠すように口を手で覆う。

誰にも勘付かれずに監視できる者など、自分の父くらいしか知らない。

そう考えると、先日した父親とのつまらない会話の記憶が蘇った。


「テレサ、最近元気がないじゃないか」

「何かあったのか?」

「最近元気が無いのは、レオやヴィンが原因か?」


まさかあの時の僅かな動揺を見抜いて、父は二人の様子を調べたというのだろうか。

そして、アリスト家で外から来た神印の無い女「アメリア」を見つけ、神官に伝えた。

信じられない。

でもそれ以外には考えられない。


テレサは大切な友人を縛る父親を、憎しみのこもった眼光で睨みつけた。

幸い自分は縛られていない、ということはバレていないのだろうか。

あるいは娘である自分だけは庇っているのかも知れないが。

どちらにしろ、動ける自分がなんとかして助けなければ。





「その女を連れて来る前に、まずは罪を明らかにしましょう」

神官は懐から神々しい装飾が施された冠を取り出す。

あらゆる嘘を見抜く、神器“神の目”だ。

アリストは神の目を被せられる。


「神の子よ、あなたは外から来た人間を罪と知りながら匿っていましたね?」

何と答えても真実を見抜かれてしまう、それでも出てきたのは否定の言葉だ。

「ち、違います!」


神の目は緑色の光を放った。

「答える必要はありません、神はあなたの嘘を見破りました」

広場は驚愕の声で溢れる。


挿絵(By みてみん)


まずいまずいまずい。

心を読み取る道具相手にどうやって対抗すれば良いんだ。


冠は続けてマリーの頭に載せられる。

「神の子よ、あなたも罪と知りながら匿いましたね?」

「わ、私は、神官様!」


神の目は緑色の光を放った。

「言葉はいりません、この者もやはり同罪のようです」

幾人かの婦人が嘆き悲しんで崩れ落ちた。


神官は最後にヴィンの前に立つ。

「残念ですよ、せっかく改心する機会を与えたというのに、あなたは何も変われなかった」

ヴィンが震える。


「やめてくれ!妻も子供も私に巻き込まれただけなんだ!何の罪もない!」

「巻き込まれたのならば同罪です」

そう言い放ち、神官はヴィンの頭に冠を乗せる。


「神の子よ、あなたも罪に加担しましたね?」

ヴィンは何も答えない、だが冠の輝きは肯定の緑色を示した。

一際強い失望感が広場から沸き起こる。


「結論は出ました。女をここに連れて来たら、彼らを死刑に処します」

その宣言に、広場は今までに無い程のどよめきが起こった。

「つ、追放ではなく死刑ですか?!」

「神官様!ここで殺すんですか!」

「ど、どうしてですか!」


「ここで死刑に処します。彼らは神の敵を結界の中に招き入れた結果、魂を支配されました。幸い結界はまだ壊れていませんが、外に放てば村に再び災いを振り撒くかもしれません。だからここで裁きます。他の者が彼らと同じ過ちを絶対に起こさないように」


今までは追放が最も重い罰だった。

今この瞬間、村の歴史で初めての極刑に広場は騒然とする。

恐怖、興味、絶望、期待。

死刑という罰をどうやって与えるのか、村中の注目を集めている。

アリストはただただ焦った。


予想外の答えだ。

どうすればいい、どうすればみんなを助けられる!

考えろ考えろ考えろ。





南の森、結界を抜けた先で二人は救出の策を練っていた。

「ありがとうレオくん、村の構造と人数はわかったわ」

「でもどうするの姉ちゃん、神官が敵に回ったなら保安隊も村人も全員敵になるんだよ?」

「飛び込んで助けたりは成功率が低いからやりたくないわ、勝負は追放された直後よ。一時間もしないうちにプテポリプスが来てしまうから、それまでに見つけ出して逃げるしかないわね」


知る限りの歴史を振り返っても、村で最も重い罰は追放だった。

それを踏まえ、二人は作戦を練っている。


「でも村の外回りってかなり広いよ、どこに追放されるかなんてわかるの?」

「わからないけど、今まではどうだったの?」

「知らないよ、追放は保安隊の仕事で見送ったりしないから」

「追跡チップを渡しとくべきだったわね……とにかく見つける方法を考えましょう」



息を切らし、汗を浮かべた保安隊の男が戻ってくる。

「神官様!女は家におりませんでした!」

「逃げられたのですか?」

「そのようです!今周辺を捜索しています!」

「ふむ、では彼らに聞いてみましょう」


神官は焦る様子もなく、再びアリストに“神の目”を被せて質問する。


「女が今どこにいるか知っていますか?」

冠は赤い光を放つ。


「なるほど、知らないようですね。では別の質問です、女はあなたを助けに来ますか?」

冠は薄い緑色の光を放つ。


「やや肯定ですか、ならばそうですね……」


「神官様、どう致しますか?」

「保安隊を使い、村中の者をここに集めなさい、老人も幼子も全てです」

「捜索はどうされるのですか?」

「中断して集めなさい。それが終わったら私が神眼を使って探し出します」


神官は目を瞑り、両手を広げて天を仰ぐ。

大仰なポーズは天から神の力を授かろうとしている姿に見えた。

暫しの時間が経つと、神官は目を開いて普段通りに戻る。

そして響く大きな声で広場に語りかけた。


「傾聴しなさい!これより許可なく広場から出た者は、神の敵と見做します!いたら取り押さえてここに連れてきなさい!」

神官の命令に広場がざわつく。

一体何のためにそんなことをするのか、察した者は一人しかいなかった。


「……っ!協力者を警戒しているの?完全に動きが封じられた」

テレサは苦渋を飲んだような表情になった。

封鎖されてしまった以上、行方不明のレオやアメリアを助けに行くことはできなくなった。


「皆さんには改めて神の教えを説きます。己に罪はないか今一度問い、心当たりがあれば過ちを繰り返さないよう、悔いて肝に銘じなさい。今日裁かれるのは彼らですが、弱き心ではいずれ皆さんが罪を犯すやもしれないのです。神の為に、家族の為に、村の為に、真剣に話を聞くように!」


村人の背筋が伸び、真剣な表情へと変わる。

しかし神官には、村人を集める目的が他にもあった。





「まずい!レオくん私の下に隠れて!」


挿絵(By みてみん)


アメリアはレオに覆いかぶさるように倒れる。

身体を少しでも出すまいと外套で隠す。

上から見れば、黒い塊が落ちているように見えたろう。

隙間から覗くと、遠い空には三つの巨大な影があった。

死の天使だ。


影は途中バラバラに分かれ、一つは東、一つは西へ高速で飛んでいく。

そして最後の一つは速度を落とし、アメリア達のいる南の森をゆっくりと飛び、結界に向かって進んでいく。

ぶら下がる足はゆらゆらと蠢き、まるで何かを慎重に探しているような動きだ。


「まさか、村を包囲するようにプテポリプスを配置したというの!?逃げられない為に?」

そしてプテポリプスは奇妙な音を大音量で発する。

その音を聞いた途端、二人は恐怖、困惑、絶望感に襲われ体が言うことを利かなくなった。


「こ、こ、怖い、怖いよ姉ちゃん」

「さ、サイコウェーブよ!レオくん、この薬をすぐに飲んで耳を塞いで!」

アメリアは震える手でリュックから白い粒の入った瓶を取り出し、レオに手渡して自分も飲み込む。

薬を飲んで耳を塞ぐと、時間と共に意識がぼやけて恐怖が薄れてくる。

軽い睡魔のような感覚が続くが、体は動かせるようになっていた。


「参ったな、完全に仕留めに来てるわね」


すると死の天使が新たな動きを見せる。

タコのような足の内側、全ての足の付け根となる部分から何かが大量に落ちてくる。

それは一つ一つが別の動きをし、広がるように飛んでいく。

その数、百体はいるだろう。

中にはこちらに向かってくるものもあった。

外套の隙間から覗いていたアメリアは絶望する。


「ポリプ!?それもあんなに大量に!まさか村を滅ぼす気?いや、包囲して閉じ込める気かしら」

「どういう意味なのお姉ちゃん!」

「簡単に言うと、死の天使は子供天使を大量に呼び出して、私たちを探させる気よ。ここにいたらまずいわ」

「どうすりゃいいの!」

「中に入るわよ。村ごと滅ぼす気がなければ、結界の中にまでは入らない筈だから」


アメリアは外套でレオを覆いながら、村の中へ向かって走る。


「だけど包囲したら追放できないじゃない、まさか私をおびき寄せる為の人質?」




裁きの広場、そこには千人の村人が集まっている。

これはこの村の全ての人が集まっていることを意味する。

皆が真剣に説教を聞き、誰一人として処刑に異を唱える雰囲気は無かった。

ただアリスト達という愚か者と、同じ轍を踏まないよう反省しているようにしか見えない。


「ちくしょうが」


横を見れば怯えたマリーと目が合った。

頬からは雫が落ち、恐怖と憎悪を宿した両目には涙が浮かんでいる。


ヴィンは目を閉じて下を向いていた。

離れていても小さな身体は震えているのがわかる。


レオは逃げられただろうか、アメリアはどうだろうか。

あんな話を聞かなければ、いや、助けなければこんなことにはならなかった。


なぜ自分達なんだ、なぜこんなことになったんだ。

テレサが裏切ったのか?

その可能性は高い、彼女は子供だし怖くなって言ってしまったのかもしれない。


そういえば昨日、アメリアの様子がおかしかった。

あれは気のせいじゃなく、本当に誰かに見られていたのか?

くそ、私がもっと探していれば……


このままでは助かる見込みはない。

愛する家族もろとも殺されてしまう。


ならば、真実を話して僅かでも皆の心を動かすしか希望はないのか。

信じてもらえるだろうか。

間違いなく信じてもらえないだろう。

しかし他に何ができる。


アメリアの話が本当なら、ノーマンである神官に命乞いをしても意味はないだろう。

ならばやはり、狂言だと思われても真実を話し、少しでも不信感を植え付けるしかない。

覚悟を決める。


神官の説教が佳境に入ろうとした時、一人の男が大声で口を挟んだ。


「皆聞いてくれ!俺たちは騙されてるんだ!神官が死の天使を操って、村の外にいる奴らを殺してるんだ!そいつは人間じゃない!俺たちを支配している化け物だ!」


広場がざわつく。

信じたからではなく、理解できない狂言を聞いたからこそのざわつきだ。

アリストは今、狂言を喚き散らす哀れな男にしか見えない。

それでもアリストは続ける。


「なぜ飢饉を救ったヒカソやアルトが追放されたかわかるか!彼らのような賢い者に見破られるのを恐れたんだ!自分達の行いを!結界にはなんの意味もない!こいつはその気になれば死の天使を操って村を皆殺しにできるんだぞ!」


村人の何人かが声を上げた。

その中にはアリストと仲の良かった村人もいる。

「アリスト、お前、何言っとるんだ?」

「やはり神の敵と関わっておかしくなったんだ」

「ああ、なんてことだ、神よ」


神官がおもむろに立ちはだかり、鉄仮面のような微笑を浮かべて群衆に語る。

「皆さん神の敵に魅入られた者の言葉を聞いてはいけません!保安隊長、すぐに彼らの口を縛りなさい!」


「図星だから口をふさぐのか卑怯者が!皆信じてくれ!俺が嘘を言っているように見えるのか!お前らはアデスに死ねと言われたら死ぬのか!少しは自分の頭で考えろ!じゃなきゃ必ず――――」

アリストの口は縄で縛られ、何の言葉も出せなくなる。

マリーやヴィンも同様に口を縛られる。


先ほどの言葉を聞き、村人達の困惑は怒りに変わっていった。

「アデス様を愚弄するとは!あいつは間違いなく神の敵だ!」

「神官様!早くそいつを殺して!」

「殺せ!殺せ!」


群衆の中から石が飛び、アリストの顔に血が流れる。

一か八かの賭けは失敗だ。

アリストの言葉では誰の心も動かすことはできない。


「保安隊長、罪人たちの足を折っておきなさい、絶対に逃げられないように」

「ははあ!」


保安隊長のゴードンが仲間から棍棒を借り受け、それをアリストの足めがけて横薙ぎする。

剛腕から繰り出される一撃は、風を巻き込んでアリストの両膝を粉砕した。

「っ!!!」

激痛が走り、叫ぼうとするが縛られた口では何も言えない。

痛みに耐えかねて、鼻と目から汁が出るだけだ。


広場の村人達から歓声の声が上がる。

保安隊長は悶絶するアリストに同情と軽蔑の目を向けながら、次はマリーの前に立ち、同じように横薙ぎを振るう。

アリストより細いマリーの両膝が容易く粉砕される。

「っぅぅう……っ!!!」

ゴードンが罪悪感で下唇を噛みしめながら、神官の元へ戻ってくる。


「罪人の足を折りました、神官様」

「子供もやりなさい、罪人は全て罪人です」

公平無慈悲な神の代行者の命令に、村最強の男も当惑する。


「し、しかし彼は大人しくしておりますし」

「やるのです」

「……か、かしこまりました」

神命とあらばやる他ない。

ゴードンはヴィンの前に立ち額に汗を浮かべる。

棍棒を握り直し、呼吸を整えて足を見据える。

顔は見ない。

見てしまったらできないような気がしたからだ。


ブンと風音を立てて棍棒が振り抜かれる。

「うぐぅ……っ!ぅう……」

ヴィンが痛みのあまり涙を流す。

しかし、ゴードンだけは知っていた。

今の感触は足を折るまでには至っていなかった。

迷いが一撃を軽くしてしまったのだ。


もう一度やるべきか、しかし……

ゴードンは神官の方を伺う。


「随分軽い一撃でしたね、ちゃんと足は折れたのですか?」

神官は微笑を浮かべたまま、何の感情も無く問いかける。

ゴードンは迷った。

神への信仰心か、己の正義感か、どちらを優先するべきか。

数秒迷った後、血を飲み込むような表情をして棍棒を握り直した。


「無用に苦しめてすまない、次は確実にやる」

ヴィンは絶望の表情を浮かべ、次に来る痛みに耐える為に身体を強張らせた。

ゴウ、と音を立て、ゴードンの一撃はヴィンの両膝を間違いなく粉砕した。

少年の声にならない絶叫は耳を覆いたくなるものだ。


保安隊長の肩書を背負う男は目を閉じ、必死に言い聞かせた。

自分は間違っていない。

神を信じる心こそが全て、それ以外は未熟さ故の過ちなのだ、と。


「それでは説教の続きをします、傾聴するように」

村人達は怒りを収め、神官の話に耳を傾ける。

一人の少女だけが、湧き上がる怒りと絶望を押し殺していた。

「ヴィン達は足を折られた……もう皆で逃げるのは難しそうね……」





茂みから村の様子を伺う。

数人の保安隊の男達が走り回っていた。


「くそ、まだ俺たちを探してるのか」

「いえ、様子が変だわ」


保安隊の男が家の中へ入って少し経つと、

一組の夫婦が出てきて、それを丁寧に案内して中央へ連れて行く。

また別の家からは、老夫婦が二人の保安隊に背負われて中央へ連れて行かれる。

やがてここら辺一帯は無人と化した。


「村人を中央に集めている?どうして?」

「姉ちゃん、とにかくあの家に入ろう」


二人は先ほどの夫婦がいた家の中に入り込む。


「レオくん、作戦会議をするわよ」

今は誰もいない家の中で、レオとアメリアは向かい合う。


「はぁ、こんな時にギルバがいてくれたら心強いのに」

「ギルバって誰?」

「私の仲間よ。無い物ねだりしてる暇は無いわね、状況は絶望的だけど打破する方法を考えましょう」


アメリアは棒を使って、地面に村の見取り図を描く。

「確かこれが、この村の構造よね。」

「だいたいそんな感じだったと思う」

「それで、アリストさん達は中央のここ、裁きの広場にいるのね」

「多分」

「恐らくだけど、相手は私達を見つける為と、逃がさない為にプテポリプスで村を包囲した。そして村人を中央に集めてる筈よ」

「なんで中央に集める必要があるの?」

「集めて何かする為か、パニックを防ぐ為か、防衛の為か、死の天使を操っていると思われない為か、はっきりとした理由はわからないけど、人が散らばっていると都合が悪いからこそ移動させたはずだわ」

「確かに、年寄りまで連れて行くのは変だよな」

「そう、現状は村から逃げられないけど、中心部以外は無人になっている、それが私たちのアドバンテージよ」

「アドバンテージ?」

「相手より上回ってる部分よ、そこをうまく使って、この状況をひっくり返す方法を考えるべきだと思うの」


とはいえ、こちらは人手も装備も無さすぎる。

そんな方法あるのだろうか。


「あー、相手は集まった村人千人で、ヴィン達を助けるには、それをどうにかしないといけない……」

「そうね、私の武器があるけど正面突破は流石に無理だわ。それに罪のない人間は極力傷つけたくない」


言い終わってから自分自身を嘲笑した。

こんな状況下でなんて甘いことを言っているんだ。

ギルバに聞かれれば説教されてしまうだろう。

しかし、目の前の少年にアメリアを咎める様子はない。


「要するに、そいつらがいなきゃいいんだよね?」

「そうだけど、この人数と装備じゃ難しいわね……」


幾つかの案が浮かび、脳内で却下される。

浮かんでは却下され、浮かんでは却下され、沈黙の時間が流れる。

煮詰まった沈黙を切り裂いたのは十一歳の少年、レオだった。


「――――村を燃やすとかは?」

「え、も、燃やす?」


自分の半分程度しか生きてないような子供が、あまりにも物騒な提案をするものだから面食らってしまう。


「火事の時は大勢で周りの建物を解体して消火するんだ。だから村中に火を放てば、消火の為に動かないといけないんじゃないかな」

「レオくんってすごい事考えるんだなぁ……」

「ほ、他に良い案があんのかよ」


確かに物騒な作戦ではある。

だがそれ以上に、アメリアはレオの機転に驚いた。

人が中央に集まっている今なら、火を放って周ることくらいはできる。

火程度なら村にある物で十分起こせるし、少ない労力だが効果は絶大だ。

彼の提案は、この状況下で実行できる最善手かもしれない。


「いえ、悪くないと思うわ、いや、悪いことだとは思うんだけどね……」

「そうと決まれば早く行こう、ヴィン達は捕まってるんだろ?」

「行きましょう、それで松明とか保管している場所はあるの?」

「ここから少し離れた場所に松明とか油とか保管してる蔵があったよ」

「ありがとう、助かるわ」





神官の説教が終わったところだった。

「保安隊長、敵の居場所がわかりました、すぐに捕まえてきて下さい。ただし絶対に殺してはいけません」

「い、居場所がわかったのですか?!」

保安隊長のゴードンは厳つい声で驚きを露にする。


「敵は東と西の二手に分かれています。西にいるのが外から来た女で危険です、あなた自身と優秀な部下で捕まえに行きなさい。東は単なる少年なので数人を向かわせれば十分です」

「畏れながら神官様、現在は村中の者がここに集まっており誰一人として彼らを捜索しておりません。それなのに見つけたというのはどういうことなのでしょうか?」

「神眼を使うと言ったでしょう」


あまりにもあっさりと言われ、ゴードンは息を呑んだ。

神眼が何かはわからないが、まさに神の御業ではないか。

やはり自分が信じる道は間違っていなかった。


保安隊の男たちが鎧を着直し、自分の武器を確認する。

相手は外から来た人間、神の敵。

油断は大敵だ。


「お前は俺と西に行くぞラウス」

「おいおいどういうことだゴードン、神官様はずっと説教していただけだよな?なんで敵の居場所が?」

「神眼を使ったと仰っていたが、アデス様から授かった力か何かではないか?」

「嘘だろ、じゃあ神官様は説教しながら村中を探してたってのか?」

「そういうことだろうな、神の御業という奴だろう、やはり神官様はすごい」

「俺は二つ名を変えた方が良さそうだな」

“最高の目”と呼ばれている男は、自嘲気味に肩を竦めた。


「隊長!弓はどうしますか!」

保安隊の一人がゴードンに質問する。

「神官様は絶対に殺すなと仰った、弓は置いていけ」

「は!」


弓では当たり所が悪いと殺してしまう可能性がある。

生け捕りならば近接戦闘で片を付けるのが一番だ。

ゴードンは保安隊長だけが持つことを許されている村で最高の剣を握りしめ、決意を漲らせた。

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