【第0話】『人間の国と、ノーマンの国』
これは、いつかの時代の誰かが作った。
一つの寓話です。
*
ある所に、「人間の村」と「ノーマンの村」がありました。
二つの村は大きな山を隔ててあったので、お互いのことを知りませんでした。
人間の村では日々、笑い声や喧嘩の声が聞こえてきます。
彼らは一人一人で違う考えや心を、言葉にすることで伝え合っていました。
ノーマンの村では、何も聞こえませんでした。
彼らも一人一人違いましたが、言葉を使わずともお互いの考えや心を知ることができる身体だったからです。
ある日、二つの村を飢饉が襲いました。
人間の村は、偉い人や力のある人だけが助かりました。
誰もが自分だけは助かりたいと考え、奪える者だけが助かったからです。
ノーマンの村は、老人や病気の人が自殺をしたので他の人は助かりました。
皆が皆の気持ちを理解できるので、一番役に立たない者が死ぬことを望んだからです。
人間の村は森を切り拓き、川を汚し、煙を出しながら大きくなりました。
ノーマンの村も同じようにしましたが、彼らの方が加減をわかっていました。
ある日、人間の村は汚れが酷くて住みづらくなりました。
そこで偉い人たちが集まって話し合い、汚れを減らす方法を考えました。
ノーマンの村も少しは汚れていましたが、常に気をつけていたので人間達のように慌てることはありませんでした。
二つの村は大きくなって、街になりました。
人間達は自分達を守るために壁を作り、喧嘩をしない為に法律を作り、欲しい物を簡単に交換できるよう通貨を作りました。
ノーマン達も自分達を守るために壁や武器を作りましたが、法律や通貨はどこにもありませんでした。
お互いの心を知ることができる彼らは、喧嘩する必要も、商売をする必要もなかったからです。
やがて、人間の街の指導者が死にました。
彼は素晴らしい人でしたが、老いには誰も勝てません。
人々は大いに悲しみ、やがて後継者を決める必要が出てきました。
そして出て来たのが、二人の候補者です。
一人は男で、一人は女。
二人は優秀でしたが、違う考えをしていた為に対立しました。
街の人達の考えも、二人の候補者と同じように真っ二つに割れました。
その為、どちらを指導者にするかで街は大いに揉めました。
人間の街の指導者を決める戦いは熾烈を極め、最終的には街を分けることにしました。
二つの街は別々に発展を続け、お互いに全く違う特色を持ちながらも大きくなっていきます。
やがて二つの街は、二つの国になりました。
王様が治めるのが「東の国」、女王様が治めるのが「西の国」です。
ノーマンの街も発展を続け、「ノーマンの国」になりました。
人間の国とノーマンの国が、山を越えてお互いの存在を初めて知りました。
東の国の王様と、西の国の女王様は、警戒しながらも「ノーマンの国」と仲良くなろうと笑顔で接しました。
ノーマンの国の人々は人間を危険だと考えながらも、争うのは益がないと思い不愛想な顔で仲良くしようとしました。
王様は不愛想なノーマンのことが少し不快でしたが、国の為に怒ったりはしませんでした。
人間とノーマンの間で交流が生まれるようになりました。
お互いの国で作ったものを、お互いの国に持ち寄って交換しました。
両方の国は、自分達が手に入り辛いものが手に入るようになったので得をしました。
ノーマンの一部が、人間の国に移り住みました。
ノーマン達は不愛想でしたが、決して仲間内で喧嘩をせず、文句も言わず、優秀な働き手だったので大好評になりました。
色んな場所で活躍したので、東の国の王様も、西の国の女王様も、ノーマンを雇ってお城で働かせました。
その逆に、人間はごく一部の変わり者を除いて、誰もノーマンの国に住もうとはしませんでした。
ノーマンの国は無駄がありませんが、どこも同じ感じなのですぐに飽きてしまうからです。
人間の国も、ノーマンの国も。
お互いに関わり合ってからますます発展していきました。
西の国の女王様は、ノーマンが段々と恐ろしくなりました。
彼らと接する内に、自分達とあまりにも違う存在だと気づいたのです。
東の国の王様は、ノーマンを積極的に招き入れました。
合理的で無駄のない彼らは、とても役に立つと思ったのです。
そして、ノーマン達は「人間のように」振る舞うのが上手くなりました。
ある日、西の国の女王様が殺されました。
政治は混乱しましたが、一番優秀だった大臣が王様になりました。
新しい王様は暗殺者を突き止めて捕らえると、暗殺者は東の国の者でした。
新しい王様は怒り、暗殺者を打ち首にし、東の国の王様を問い詰めました。
しかし、東の国の王様は知らないと言い張ったので、新しい西の国の王様は本気で怒ってしまいました。
こうして、二つの人間の国は戦争になりました。
戦争は激化し、沢山の血が流れました。
二つの国はすっかり疲弊しましたが、西の国が勝ちました。
東の国の王様は打ち首になり、二つの国は戦争を終わらせたのです。
ノーマンの国は、東の国と西の国が元に戻れるよう助けてあげました。
沢山の人を送り、沢山のものを送り、沢山の手伝いをしました。
そのおかげで、戦争で傷ついた二つの国はすっかり元気になったのです。
人々は自分達を助けてくれた、ノーマンの国を好きになりました。
東の国も、西の国も、優秀な人が治めるようになってから関係が良くなりました。
そして、仲の悪かった二つの国は一つの国になることができたのです。
人間の国と、ノーマンの国。
全ての国は仲良くなりました。
――――やがて、人間の国はとても楽しい場所になりました。
働きたい者が働き、働きたくない者は遊んで暮らせる社会になりました。
それが変だと思う人もいましたが、そういう人は気が付けば消えていました。
人間達は働くのが馬鹿らしくなり、難しいことや面倒臭いことは全部、優秀で意欲のある人達に任せました。
そして、人間は誰も働かなくなったのです。
国は上手く回っていますし、生活も困らないので誰も文句を言いません。
誰も難しいことを考えません。
誰も真実を知りません。
かつて西の女王様を暗殺した者が、人間のフリをしたノーマンだったということも。
女王様の死後、政治の混乱を終結させて新しい王様となった優秀な大臣の正体が、ノーマンだったということも。
東の王様が打ち首になり、新しく決まった王様の正体がノーマンだったということも。
人間から仕事を奪い、生きる力を奪っていたのがノーマンだったということも。
間違っていると声を上げた者が、悉くノーマンに消されていたということも。
何もかもが、ノーマンの都合の良いように変わっていったことも。
誰も知らない。
何も知らない。
人間はやがて家畜のように扱われ、必要な分だけを残して殺されました。
ノーマンの国は成長し、ノーマンは世界を手に入れました。
それほどノーマン達が巨大になっても、彼らは誰も争わず、自然は守られ、平穏な時代が続きました。
こうして世界は、
『平和』になりましたとさ。