とりあえずカシスオレンジ
「とりあえずカシスオレンジ」
三人のうち一番若い男が言い放った言葉で空気が凍った。冷え切った空気を横目に私は洗剤がついたグラスをそっと洗面台におき、空調の設定温度を一度上げた。
ここは『バーぼんてん』木目調のカウンターと橙色の照明。バックミュージックのジャズがお客様の気持ちを落ち着かせる。私がここを初めて十年。何より大切にしていたのが居心地の良さだ。ぼんてんとは耳かきの白いフワフワのことだ。お客様が帰る時は気持ちのいい笑顔で帰って頂けるように願って名付けたのだが、今夜はそれができそうにないと予感した。
「そこはビールと言うところだよ」
真ん中に座る女性が気まずい声で注意した。なんとなくだが、周りの空気にあわせながら仕事をしている彼女の姿が想像できた。
「そう、きみの教育係がいうとおり。こういう場では目上の人にあわせるものだよ。」
白髪交じりの男性が言った。少し苛立った口調だった。
「だけど、部長さっき好きな物頼めっていったじゃないですか」
凍りついた空気がパキッと大きな音を立てて割れた。
「いつまで学生気分でいるつもりだ」
部長が大声を出して男性を叱った。やめてくれ幾ら店に三人しかいなくてもこれ以上落ち着いた雰囲気を壊さないでくれ。
「全く、これだから最近の若い奴は。君はどうする?カルーアミルクにしておくかね?」
「ハイ。私はそれで」
教育係の女性が引きつった顔で答えた。三人の注文が決まり私は作業にとりかかる。その間も部長は私の若い頃はと武勇伝を語っている。
ビールがはいって相当気分が良くなったのか、カウンターは部長が永遠と話し出す独壇場となっていた。
あとの二人に至っては「はぁ」と返事なのか、ため息なのかわからなかった。
結局、部長は三十分でビールを三杯呑んだが、二人に至っては最初の注文以外何も頼んでいない。三人が出ていって久々にジャズの音を聴く。
時計は十二時を回ったころ、他にお客様の来店はなさそうだ。閉店の準備をしようとした矢先扉が開いた。
そこにはさっきのが立っていた。何か忘れ物ですかと尋ねるより前に、彼女はカウンターに乱暴に座って
「とりあえずビール」
思わず面をくらった。
「なにがカルーアミルクにしておくかね、だつまらん武勇伝語りながらうまそうにビール呑んじゃって、うちに帰って飲み直そうと考えたけどもう我慢の限界」
咳を切ったように彼女は喋り出す。ジャズの音が聴こえない。今夜は雰囲気を守ることできそうにないな。
「ちなみにあとの二人ははどちらへ」
「道路向かいのラーメン屋にはいって行きましたよ。こんな時間にラーメン食べたら太っちゃうって言って私は断りましたけど」
どうやら、まだ語り足りないらしい。新卒くんこれが社会人だよ
出したビールを彼女は一気に飲み干す。その顔は満面の笑みだった。店の雰囲気は壊されたが、居心地は最高だろう。なぜなら、バーぼんてんの外に耳クソが掻き出されたのだから。
初めまして、ぽんと申します。このたびは私の稚拙な文章を読んで頂きありがとうございました。
初投稿なので自分のまわりにおきたこと、頭の中の想像を表現してみたい。その衝動だけで書き上げた作品です。勢いだけで書いたので書いた時間以上に推敲をしてしまいました。
ただ、何度振り返ってももっといい表現はないだろうか もっと読みやすくならないだろうかと考えてしまい。最終的には「とりあえず投稿してしまえ」と教育係のお姉さんの如く自分の中のウズウズが押さえ切れず、後書きを書いています。なので勢いばかりが先行した初めての作品になりました。
いいえ、初めての一杯というべきでしょう。呑んでみなければ自分の力量も限界もわかりませんから…
最後に私の経験ですが勢いで呑んだお酒ほど失敗と後悔が多いものです。こんな私ですが優しい読者の皆様介抱していただけるととても嬉しいです。