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名のない二人の物語

Dancing in the rain

作者: quark hound

 雷鳴が聞こえる。薄暗い部屋に光が飛び込んできてはすぐに去っていく。そのたびに上がる小さな悲鳴は、いつもの彼女からは想像もできないほど気弱なものだ。ベッドの上で掛け布団にくるまっている愛しい人の手が、僕の服の(すそ)を掴んで離さない。



 休日の雨は僕らにとって特別なものだ。いつもより気持ち遅めに目を覚まし、雨が降っていると知ると、僕は着替えを済まして手提げ鞄にタオルを数枚詰め込む。遅れて目覚めた彼女は喜びを歌うと、パジャマ代わりのジャージのまま上下セットの雨合羽(あまがっぱ)と長靴を装備して近くの公園へ突撃していく。そして僕は傘を差してその後を追うのだ。そうやって僕らの雨の休日が始まる。


 公園は雨足が激しいほどに人気がなくなり、彼女のテンションは上がってゆく。静かな小雨には無重力を感じさせるバレエを、彼女の嬉笑がほとんど搔き消されるほどの豪雨のなかではスコールを表すようなジャズダンスを繰り広げる。

 彼女の踊りの激しさと雨のそれはだいたい比例するのだが、そうとも限らないようだ。霧吹きのようなソフトな雨のなかでかなり荒々しくも鋭いブレイクダンスを披露したこともあれば、暴風雨のなかでゆったりしたベリーダンスを舞ったこともあった。

 僕はといえば、いつも目の前の奇跡をひとり()めしている幸運に溺れているだけだ。傘を叩く音が音楽性を帯び、彼女の演舞を彩る。雲間から伸びる天使の梯子がスポットライトのように彼女を照らした光景は、この宇宙に眠る神秘を体現しているようだった。



 そんな彼女が今は雷におののいている。少しゴロゴロと鳴るだけで電気をすべて消してベッドに潜り込むほどの雷嫌いだ。雷が苦手でなければ雷雨でも駆け出していきそうだから、これで良かったと思うけど。

 僕が布団から出て立ち上がろうとした瞬間に裾を掴まれたので、それからずっとベッドに腰かけたまま動けないでいる。お腹すいたんだけどなぁ。いつもなら彼女に捕まる前にベッドから抜け出すのだが、数時間前の夜ふかしがそうさせてくれなかったのだ。

 こうなったら雷が収まるまで待つしかない。なんの気なしに部屋を見まわしていると、ふとベッドの下に仕舞ってあるアコースティックギターの存在を思い出した。チューニングをして、じゃらんとダウンストロークをひとつ。弦が少し錆びていてどこか音が変な気がするが僕は気にしない。

「音符が浮かんでる」

 アルペジオでぽろぽろ弾いていると、ふいに背後から声がした。振り返ると彼女がひょっこりと目もとだけを布団から覗かせていた。その無垢な瞳が愛らしい。

「ひゃっ!」

 僕が口を開こうとした瞬間、外がちらりと光ったかと思うと、彼女はまた布団に深く隠れてしまった。そんなに怖い? と訊くと、服をぐっと引っ張られた。「おへそを取られるよ!」……って、なにそれ、かわいい。

2017/08/07 のことです。Twitter の相互さんの提案に乗って書いたものが我ながら良い出来だったので、改稿してここに投稿することにしました。その元が以下のものです。


糸白澪子(@mioco_cocoa)『雨の日で憂鬱になっているそこの貴方!突然ですが「雨の日」をテーマに140字小説を募集します!』


雨音が雷鳴にかき消された瞬間、彼女が僕の服の袖を掴んだ。雨の日にはよく長靴とカッパを装備して家の前の小さな公園に飛び出していくのに、今日はベッドの上で毛布を頭からかぶって震えている。そんなに怖い?と訊くと、ぐっと引っ張られた。「おへそを取られるよ!」……って、なにそれ、かわいい。

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