機動力野球とか掲げちゃって
野球に限った話でもないが、これしか縋るもんがないからってこと
「なんでこんな走らされるんだよ……」
「筋トレの一環だろ」
愚痴る奴もいれば、練習であるため黙々と続けるもの。
「はい、ダッシューーー!走れ、走れーー」
「俺達、野球選手だぞ!サッカー選手やバスケ選手じゃねぇーんだよ!!シャトルランばっかって!」
「うるせー!走れーー!荒野は、少し体重落とせーー!」
野球独立リーグに所属する、徳島インディーズ。
昨シーズン途中から監督に就任することになった野際監督による、秋季キャンプ。
その内容はとにかく、走らされる毎日であった。
これはプロになれない野球選手達による野球である。
「野際監督。選手達をすごく走らせまくって、不満続出なんですけど……」
「まずは体力、それと瞬発力。あと金ねぇし……」
野際監督。
チーム内にいる選手達と混じれるような、若い監督。理由があって、このチームからプロ野球選手を輩出するため、監督に就任した。
そして、野際がこのチームでプロになれそうで、なれていない人材が何人か所属している事を知っている。
「ダッシュなんか嫌いだーー!機動力野球なんか、ただの苦し紛れだろーが!」
三塁手、荒野静流
チームの4番。スイングスピード、打球の弾道はパワー系外国人と遜色ない、豪快な打撃が持ち味。チームの本塁打王。生まれ持つ体躯も素晴らしく、技術も含めてすでに打撃は完成されている選手。
「痩せろってのは事実だろ」
一塁手、菊田克則
総合力のある野手。打撃は中距離打者タイプ、走塁技術の巧さ、守備範囲の広さと固さ。一塁手に置くのは勿体ないほど、野球センスのある選手。プロ注目ではあるが虚弱体質で、長いシーズンを戦い抜くのには難がある。
「走るのホントに嫌いなんだな」
「好き嫌いはあるものだよね。譲れないことも」
投手、大鳥宗司
左の技巧派エース。抜群のコントロールと、3種類スライダーとシンカー。140前半のストレートで相手打者を手玉にとる投球を得意とする。捕手には必ず、幼馴染の名神の起用を求む。かつて大学時代にドラフト7位で指名されるも、拒否をした経験あり。
二塁手、大隣健二
チームの韋駄天。走塁技術と盗塁技術も素晴らしいが、打撃に難があるスイッチヒッター。
あと少しでプロに入れそうであるが、まだまだ力不足だったり、訳あり人間といった連中ばかり。そして、野際も同じだ。このチームからなんとしても、プロ野球選手を輩出しなければならないのだ。
◇ ◇
コポポポポポ
お茶を淹れ、チームのデータを精査する野際。
キャンプ中。ずーっと、ダッシュを中心とした走塁練習ばかり。まるで高校野球のノリである。とはいえ、ここは独立リーグ。チームのコーチも不安になって尋ねる
「あの、失礼ですが。キャンプなのに走塁練習ばかりで良いんですか?選手達それぞれ、昨シーズンの課題があるかと思いますが」
「まず、金がないしな。練習場の確保でも大変なのは知ってるだろ?」
ケチな監督かな?って思うが、キャンプなんかで金を余計に使いたくないだけである。独立リーグの人達は仕事をしながら、野球に励んでいる事は珍しい事でもない。
「全体の課題としては体力不足だな。下半身の強化も合わせて、ダッシュが単純で良い。ランニングじゃなくて、ダッシュな。全力疾走の連続」
「体力作りですか…………」
「それと、このチームを一年で優勝させるとしたら、機動力と守備が中心になるのは仕方ねぇ。荒野や菊田レベルの打者をたった4か月で、最低でも5人。育成できると思うか?来シーズン、荒野達が無事に活躍できるか?」
「それはそうですね」
「足だけ速い奴は結構いたし、大隣に至っては技術もほぼ揃ってる。投手だって良いのがいるし、さらに守備を固くし、相手に得点を与えない野球で勝つ。俺がしたい野球でもあるし、インディーズが優勝するにはこの野球がベスト」
とにかく、得点を与えなければ負けない。守りの野球ではこれが最大のメリット。
そして、相手の攻撃時間を短くすることで守りながらも攻められている意識を与えやすい。打撃重視、投手重視の、個人プレイ中心の野球はプロでは通じない。
野際がこの野球をチームに浸透させたい理由はいくらでもあるが、
「機動力野球に不安があるのは分かる。ぶっちゃけ、機動力しか”ない”野球と思われても仕方ない」
そもそも出塁できなきゃ、機動力もクソもないし。守備も上手くなければ、足が速くても意味がない。
そーいう選手はいくらでもいて。
それ以前の選手達。人間達がいる。
「そーいう戦略的な事以前に、選手1人1人がチームに対しても、意識を持ってくれること。このチームに限った話じゃないけど、選手という意識が薄い。その意識を濃く、固めるために機動力野球を掲げているだけに過ぎない。得点パターンはいくらでもあった方が良いに決まってる。どんな得点パターンも作れない状況であると、選手は把握すること」
キャンプって、ただの体力作りや技術を学ぶだけでなく、意識改革もしなければならない時なのだ。それを練習中に選手に告げては、意味にならない。練習を続ける中で気付くべきこと。
「別にチームが打てないとかで俺はやっているわけではない。心配しなくても、その意識がちゃんとできたらメニューを変えるさ」
もっとキツイ練習にな…………。