リア充ライフ
咄嗟な思いつきで書いた拙作です。
それでも宜しければ、通読していただけると幸いです。
別作品の異世界温泉道中紀は随時投稿していくつもりです。
影の転移者は……ボチボチです。
動物は心を持たない。
彼らは、本能だけで行動する野生的な生き物だ。
とすると、生き物というカテゴリーにおける人間との決定的相違点はそこであろう。
素晴らしいものには感動し、悲しいことには落胆し、嬉しい時は笑う。
人間はそれらの多様で、高度な感情を備えているのだ。
対して、動物は単純だ。
本能のままに動き、本能のままに過ごす。
そこに人間のような感情的動機は一切関与していない。
そういった意味では、彼らは非常に合理的な生き物なのかもしれない。
突然だが、動物の例え話をしよう。
とある理由で仲間が死んだ。
理由は何でもいい。
気候、気温、捕食者
それによって、更に次々と死んでいく。
しかし、その原因を対処するために個体が徐々に成長、或いは突然変異する。
仲間の死など顧みない。
それは如何に生存確率を上げ、そして子孫を残すかという非常にシビアで利益的な動機だけが適応進化の理由だ。
だから、動物は感情などあるはずが無い。
彼らは本能だけで生きる合理的な生物。
俺はずっとそう思っていた。
しかし、それは大きな間違いだった。
埼玉県越谷市の某駅にて俺はとある人を待っていた。
ここは数年前に出来た駅だ。
落ち着きと快適を齎してくれるこの場所は当時は日本1位と謳われた巨大なショッピングモールとその畔には街の景観の1つとなっている大きな湖がある。
そして、この駅もその巨大ショッピングモールの建設に追従するようにして、そのマンモスモールへの更なるカスタマーを目指して建てられたものである。
ショッピングモールのオープン当初は県外や地方からの人々で賑わいを見せていたこの街も、やがて来客者は減り、住宅地やマンション等の居住地の建設によりモールへの来客者というよりも、付近への居住者が増えた。
今日では、ここは穏やかで、長閑な雰囲気となっている。
そんな景色を俺は思い深げに眺めていた。
去年、俺は高校を卒業した。
そして今や、俺は晴れて大学生となり華々しいキャンパスライフを送っている。
何もかもが順風満帆。
流石に言い過ぎかって?
フッフッフ
諸君はどうやら、何も分かっていないようだ。
なぜなら……
「ごめん。待たせちゃったかな?」
「大丈夫。ちょうど、俺も来たところだから」
「それ、何十分か前に来た男の人が彼女に言うセリフだよね?」
「ごめん。こんなセリフを1度は言ってみたかったから」
俺はギャルゲーのデートシーンでありそうな定型化されたやり取りを済ませていた。
皆さんお気づきだろう。
デートと来れば、
やはり、それは恋愛。
そう、俺があそこまで誇張した理由。
それは、19年間生きてきた俺に初めて彼女が出来たという事だ。
長年の夢だった20歳までに童貞を卒業したいという願いも、これでようやく叶うことになるのだ。
そう考えると、浮かれずにはいられないのだ。
「でも、本当に待たせちゃったんでしょ?」
「うん、5時間ぐらい待ってた」
「5時間!?
幾ら何でも早過ぎない?
11時の待ち合わせだよね?」
「今日が楽しみ過ぎて眠らなかったから。
それで朝4時に支度を済ませて、5時半ぐらいにチャリで飛ばして20分かけてここに着いたんだ。」
「それで、ここで5時間も待ってたってわけ?」
「越谷住みの俺が、真っ先に早く来ないというのもどうかと思って……」
と言っても、俺はこの辺りに住んでいる訳では無い。
むしろ、自宅からここまで自転車なら40分以上はかかる決して近いとは言えない道のりだ。
そこを爆走して20分。
辛くないと言えば、嘘になる。
だが、今日の為ならいくらでも身体を酷使しても構わない。
「それじゃあ、行こっか。」
俺は彼女の手をさり気なく握り、軽快な歩調でショッピングモールの入口へと歩いていく。
「ちょっと待って!」
「えっ?」
「汗ダクダクじゃない。
拭いてあげるから、少しじっとしてて。」
そう言って、彼女は猫のワンポイントが付いたポーチからピンク色のハンカチを取り出し、そのまま俺の頬にそれをあてる。
頬に伝わるシルクのような滑らかな肌触りと柔軟剤の馨しい匂いが俺の鼻孔を擽る。
これが彼女の匂い。
何だか、凄く落ち着く。
変態的な事を想像しながら、俺は彼女に優しく汗を拭いてもらう。
「それにしても、凄い汗ね。
背中は、ちゃんと拭かないと汗疹になっちゃうわね。
帰ったら、直ぐに汗を流しなさいよ」
流れ落ちる大量の汗。
今日は今年の記録史上最も気温と湿気が高いらしい。
朝から超爆走してきた俺の汗腺を刺激するには十分すぎる程の猛暑だった。
それにしても、この光景はかなり恥ずかしい。
付き合って初めてのデートで彼氏が流した体液を彼女に拭いてもらう。
何て情けなく恥辱的な光景なのだろうか。
更には汗疹の心配までされてしまった。
そこまで思われると、恥ずかしさより嬉しさの方が強くなってしまう。
というのも普段、親以外にこんなに気遣われた事が無かった俺には正に女神の慈悲のように思えたからだ。
思えば、俺が彼女を好きになったのも、彼女のその優しさと母親並みの世話焼きなところに惚れてしまったからだ。
大学の中でも1位2位を争う程の美人で、成績も良い。
それに彼女は慈愛の権化とでも言えるほど、優しさに恵まれた女性だ。
そんな彼女と俺が彼氏彼女の関係になるとは誰も、ましてや俺でさえ想像出来ない。
夢ではないかと疑うほどの僥倖だった。
「よし、とりあえずはこれで大丈夫ね
先も言った通り、帰ったらちゃんと汗を流すのよ!
いいわね?」
「あ、ありがう。」
「お礼なんて要らないわよ。
だって、私の為に5時間も待ってたんでしょ?
そんなにこの日を嬉しそうにしてくれてたなんて、彼女の私としても本望だわ」
何て、出来た娘何でしょう。
本当に俺なんかには勿体ないぐらい。
とはいえ、この状況ではそんな感情も直ぐに打ち消されてしまった。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、皆が見てるから早く行かない?」
すると、周りが凄く微笑ましそうな目で俺達を見つめている。
それに気づいた彼女は一気に頬を赤らめた。
かわいい。
だが若干数名は舌打ちをして、嫌悪感に満ちた視線を向けているが。
俺も少し前まではあの立場にいた。
しかし、俺はもうそんな矮小な役回りは卒業したのだよ。
君たちも早く彼女を作りたまえ。
最高の彼女に出会えたワイ、高みの見物。
「何だい。何だい。
朝からいちゃつきやがって、オイラは魚の1匹も取れないで誰にも振り向いてもらえないっていうのに。
あぁー、どっかに良いメスいないかなー」
俺は眉間に皺を寄せる。
「ささっ、お嬢様。
真夏の外はお体に障ります。
お早めに中へ」
「なぁにぃ?それぇ。」
彼女は俺のおかしな言動にクスクスと笑う。
「いやー」
汗で少し濡れてしまった髪を撫でながら苦笑する。
俺は聞くだけで陰鬱になりそうな奴の不平を避けるようにして、中へと彼女と共に急ぎ早に向かった。
感謝します。