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チートスレイヤーシリーズ

チートスレイヤー

作者: 8D

 チート系転生モノを二、三作読むと誰もが一度は思いつきそうな話。


 ある世界。

 ミンシア国の王城。


 その城内で、一人の男の子が殴られて倒れこんだ。


 男の子の服装は、この世界にはない素材で作られたものだった。

 紺色の上着と白いシャツ、紺色のズボン。


 彼の生まれた世界では学校指定制服と呼ばれる衣服だった。

 その首には、金属製の首輪が着けられていた。


 彼の名は、八雲やくも高志たかし


 地球という世界の日本という国からこの世界へと召喚された異世界人である。


 そして、そんな彼を殴り飛ばし、容赦なく蹴りつけたのは八雲と同じ制服を着た三人の男達だった。

 彼らもまた、八雲と同じ世界から召喚された生徒達だった。

 ただし、八雲とは違って彼らは制服を着崩していた。

 所々にシルバーアクセサリーを着け、髪も染めている。


 見るからに、不良という風体の男子達だった。

 彼らの首にも、同じく首輪があった。


 その中の一人。

 金髪をオールバックにした男。

 川崎かわさき雄二ゆうじは倒れこんだ八雲の髪を掴み、顔を強引に上げさせた。


 彼がこの不良達のリーダー格である。

 他の二人は取り巻きだ。


「本当、お前はおちこぼれだな。向こうの世界でも、こっちの世界でも。何もできやしないんだからよ」


 八雲は怯えながらも、川崎に口を開く。


「お前だって、そうじゃないか。クラス委員長に逆らえなくて、こうしてこっそり僕を殴る事しかできないくせに……」

「……何もできないってのは、間違いだな。俺達のサンドバッグにはなれるんだから」


 言って、上げさせた顔に拳を叩き込む。


「うっ」

「その上、小生意気な事言って殴る意欲も上げてくれるんだから。上等だよ。サンドバッグとしては」

「うう……」


 八雲は、痛みと悔しさで呻く。

 そんな彼の目の前に、川崎は手の平を差し出した。

 手の平の上に、炎が燃え上がる。


「能力に目覚めなかったお前よりはマシだ。他の奴らも、みんな使えるのに。なんでお前ら三人だけ使えないんだろうな?」


 言いながら、掴んだ髪を引っ張る。

 八雲が苦悶の表情を作った。


「そこまでにしておけよ」


 声が掛かる。

 川崎は振り返った。

 すると、そこには誰かが立っていた。


 体格に恵まれた長身の男子だ。


周防すおう……」


 川崎が八雲の髪から手を放し、周防と呼ばれた男子生徒へ向き直る。


「他人に当たって憂さ晴らしてんじゃねぇぞ、クズが」

「俺らがクズならなんだ? お前らはゴミか?」


 言いながら、川崎は周防の方へ歩いていく。


「ここじゃあ、能力が全てだろうが」


 川崎の右拳が炎に包まれた。


「だから何だ?」


 周防は言葉を返す。


「強がってんじゃねぇよ。この世界に来ても能力が目覚めなかったお前じゃ、もう俺には勝てねぇって事だよ!」


 川崎が燃える拳で殴りかかった。

 その拳を周防は左手で掴む。


 ジュウッ! と周防の左手から肉の焼ける音が聞こえた。


「何っ!」


 驚きの声を上げる川崎の頬を、周防は殴りつけた。

 川崎は殴り倒される。


「川崎さん!」


 取り巻きが心配して川崎へ近寄る。

 川崎は殴られた頬を手で押さえた。


「てめぇ……」


 川崎は周防を睨み上げた。


「関係ねぇな。お前程度なら、能力があろうがなかろうが変わらねぇよ」

「くそ……」


 川崎は取り巻き二人の肩を借り、立ち上がる。

 小さく悪態を吐いて、取り巻きと共にその場から去って行った。


 周防はその背中を睨みつけ、振り返る。

 壁を背に座り込んだ八雲に手を伸ばした。


「大丈夫か? 高志」

仁志ひとし……。ありがとう」

「気にするな。友達だろ?」


 八雲は差し出された手を取った。


「あ、見つけた」


 八雲が起き上がらせてもらった時、そんな声が聞こえた。

 見ると、声のした方には一人の女生徒がいた。


 彼女の名は、蓮見はすみ彩子あやこ


 八雲と周防の幼馴染である。

 そしてこの三人は、揃って能力に開花していなかった。


「あ、どうしたのその手? すごい火傷じゃない」


 彩子は周防の手を見て言う。


「川崎と喧嘩した」

「また?」


 彩子が呆れたように返す。


「あ、それは僕を助けようとしてくれたからで……」

「そうなんだ……。まなちゃんに治してもらいに行こっか」




 三人は、居住区の広間へ向かった。

 広間は休憩施設になっており、長椅子ベンチやテーブルが置かれていた。


 そこには人の姿が多く見られた。

 八雲達と同じく、この世界へ召喚されたクラスメイト達。

 そして、その時一緒に召喚された教師の姿もそこにあった。


 彼らがこの世界に召喚されたのは、一週間ほど前の事だった。

 召喚したのは、ミンシア国の神官である。


 この世界では、異世界より召喚された人間に特殊な能力が宿る。

 他国との戦時であるミンシアは、その特性を利用して大規模な多人数召喚を行い、早急な戦力の拡大を図った。


 その召喚に選ばれたのが、八雲達の在籍するクラスだった。

 八雲はクラスメイト27名、教師一名と共にこの世界へ召喚されたのである。


 召喚された彼らは皆、首に魔法の首輪を着けられていた。

 これは着けられた者がミンシアに逆らった際、術者によって任意に爆発する仕組みとなっていた。


 今住んでいる居住区は、クラスメイト達を閉じ込めるための施設でもある。


 彼らはミンシアに逆らう事もできず、日々を能力の開花と軍事訓練に費やしていた。


 休憩所の中央で話し合いをしているのは、教師とクラス委員長を中心としたクラスメイト達だ。

 彼らは現状を打破しようと目論み、日々話し合いを続けているのだ。


「王が言うには、僕達の活躍で戦争に勝った暁には全員を元の世界に帰してくれるという話だ」

「だったら、大人しく従った方がいいんじゃないの?」

「それはダメだ。わかっているのか? 戦争に行くという事は、人を殺しに行くという事なんだぞ」

「でも、今の僕達なら簡単に人だって殺せるんじゃないのか?」

「できるとしても、人の命を奪うなんて事は許されない。罪深い事なんだぞ」

「そうだけど……。でも、だったら俺達帰れないじゃないか。それに、逆らったら首輪を爆発させられるかもしれない」

「だからと言って、自分達の命よりも他人の命を軽んじるような考え方はよくない」


 そんな話し合いが続いている。


「三橋さん」


 蓮見は集まっていた人の中にいる一人の少女に声をかけた。

 肉付きのいいぽっちゃりとした少女である。


 三橋みはしまな

 クラスの保健係を担っていた少女だ。


「何? 彩子ちゃん」


 振り返った三橋は、優しげな笑みを返してくれる。


「仁志が怪我しちゃって」

「え? 周防くんが? 大変! 見せて?」


 三橋は慌てた様子で周防に言った。

 手の火傷を見る。


「っ……酷い火傷……。すぐ治すね」

「すまないな。頼む」


 三橋が周防の手に、自分の手をかざした。

 すると、火傷でただれていた手がみるみる内に治っていった。

 そして瞬く間に、火傷があった事すら信じられないほど手が綺麗に治っていた。


 三橋がこの世界で目覚めたのは「修復」の能力だった。

 人や物に関わらず、三橋は壊れた物や傷ついた物を瞬く間に修復する能力である。


「ありがとう」

「ううん、私は保健係だから」


 周防と三橋がそんなやり取りを交わしている時、八雲はふと視界に入った一団に目をやった。


 向こうもこちらに気付く。

 そして、すぐに顔をそらした。


 四人からなるその一団は、内向的な生徒の集まりだ。


学校のクラスという物は、一枚岩のグループというわけではない。

 スクールカーストというもので、自分に似合う集まりが自然と形成されていく。


 みんなオタク趣味があって、仲間内以外の人間と話す事が苦手で他の生徒からは気持ち悪がられていた。


 八雲は彼らと行動を共にしていた。

 この世界に飛ばされてきてからも、そうだった。


 彼らは八雲にとって仲間だった。

 異世界に呼び出されてしまった不安の中でも、彼らといれば少しは気持ちが紛れたものだ。


 けれど、彼らに能力が目覚めていくと次第にその目には自分を見下す色が見え始めた。

 普段から下に見られて虐げられてきた人間ほど、自分より下の立場の人間と見なせば見下すものである。

 そう、八雲は実感した。

 結局、八雲は彼らから距離を置くようになった。


 城の人間達の態度も能力のあるなしで大きく違う。

 高圧的な態度には違いないが、少なくとも能力のある者をゴミを見るような目で見たりはしない。


 ただでさえ特異な環境の中、この疎外感は彼の心をさらに蝕んでいた。


 そんな彼の心を守っているのは、二人の幼馴染の存在だろう。

 周防と蓮見。

 二人は八雲と同じで能力に目覚めなかった。

 気心の知れた仲間である事もあり、二人と一緒にいる事が今の八雲にとっての唯一の安らぎだった。

 二人のいる場所だけが、彼の居場所だった。


 八雲達に、誰かが近付いてくる。

 生真面目そうな印象の男子生徒だ。


 彼はクラス委員長の尾上おのえ雅彦まさひこである。


「また、喧嘩したのか?」


 周防を睨みつけ、咎めるような強い口調で尾上は問う。


「こんな時に、仲間内で何を考えているんだ!」


 怒鳴ると、尾上の体からバチバチと電流が放出された。

 電流を操る事が彼の目覚めた能力である。


「川崎に言え。あいつが突っかかってくるんだ」

「君だって、尖った対応をしたんじゃないのか?」

「俺からふっかけた事はないんだ。別にそれくらいいいだろう」


 周防は否定しない。


 本当は、八雲を庇ったのにその事を言わない。


 きっと、自分を思いやっての事だろうと八雲は思う。

 虐められているという事は、あまり人に言いふらされたい事では無い。

 まして男の子だ。

 そんな事が周知されれば、プライドが傷ついてしまう。


 周防が否定しないのは、それを思っての事だ。


 周防に庇われている。

 そう思うと、八雲は辛い気持ちになった。

 守られている自分というのも、男としてはプライドの傷つく事だった。




 その夜。

 八雲は自分に割り当てられた部屋から出た。

 誰もが寝静まった時間。


 彼は、一人休憩施設へ向かう。

 わかっていた事だが、誰もいない。


 彼は長椅子ベンチに座った。


 胸の中がぐちゃぐちゃする……。

 お腹もちくちくと痛い。


 ベッドに入ると、昼間の事が思い出されて寝付けなかった。

 屈辱的な事柄は、忘れてしまおうと思っても中々忘れられない。

 眠る前などは、特に考えてしまう。

 嫌な事が反芻されて、頭から離れないのだ。


 けれど、ベッドから離れて一人になっても同じ事だった。

 つい、嫌な事を考えてしまう。


 頭が良いわけでもなく、運動ができるわけでもない。

 何もできない自分。

 おちこぼれだ。


 いつも何かあれば、周防や蓮見に助けてもらう。


 そんな自分が嫌いだった。

 惨めだった。


 幼馴染二人と釣り合っていない気がした。

 それが嫌だった。


 何より、蓮見に情けない姿ばかりを見られてしまう事が辛かった。

 八雲は、蓮見に恋心を懐いているのだ。


 その上、この世界に来てからは能力が目覚めない事でさらに蔑まれるようになった。

 おちこぼれである事には違いないが、それでもこちらの世界の方が如実に自分の無力感を際立たせた。

 これならば、前の世界の方がまだよかった。


 幼馴染の二人は、能力が目覚めなくても前と変わらないように見える。

 周防は能力がなくても川崎と渡り合えるくらいの腕っ節がある。

 蓮見も、能力のある無しに関わらず人当たりの良さで誰とでも仲良くできる。


 でも、自分だけは何も持っていない。

 何もできやしない。


 人生は自分にだけ何故こんなに厳しいのだろう?


 世の中を呪うように、八雲はそんな事を考えた。


「帰りたい……」


 そんな時だ。


「高志」


 声に顔をあげる。

 そこには、周防がいた。


「仁志……」

「隣、いいか?」

「うん」

「眠れないのか?」


 隣に座り、周防は訊ねた。


「うん。仁志も?」

「ああ。家族が心配でな」


 周防には母親と妹がいる。

 父親は、とうの昔に亡くなっている。

 唯一の男である自分が居ない事で、二人が心細い思いをしていないか心配なのだ。


「そうだね。僕も父さんと母さんが心配だ」

「早く、帰りたいもんだな」


 今さっき、八雲が思った事だ。


 いつも強いイメージの周防だが、それでも心の中は弱っているのかもしれない。

 そう思うと、八雲は不安が和らいだ。


「僕もだよ。早く、帰りたいね」

「ああ」

「……仁志はすごいなぁ」

「何の事だ?」

「こんな状況でも、他人を思いやれるんだから」

「だったら、すごいのはお前だよ」

「どうして?」


 不思議そうに顔を向けると、周防はばつの悪そうな顔をそらす。

 照れているようだ。


「昔、俺が小学生の頃。近所の悪ガキに囲まれてボコボコにやられた事があっただろう? あの時、お前は俺を庇ってくれたよな」


 そういえば、そんな事もあった。


「お前は喧嘩が強いわけでもないのに、俺を守るために立ち塞がったんだ。

 俺の代わりに殴られて、ボロボロになってもお前は逃げなかった。

それを見て俺は、すげぇと思った。

他人のために自分の身を挺するなんて、強い奴にしかできない事だろ。

だから俺は、お前みたいな強い人間になりたくて人を思いやれるようになりたい。そう思って行動しているだけさ」


 確かに、すごい事だ。

今の自分では信じられないくらいだ。


 もしかしたら、幼い頃の自分の方が今の自分よりも強かったのかもしれない。


「だからな。お前は、俺の目標なんだよ。俺は、誰よりも強い人間になりたいからな」


 面と向かい、周防に言われると少し恥ずかしくなった。

 八雲は顔を赤くして、照れ笑いを返した。


「ありがとう」


 二人はしばらく話し合い、部屋に戻る事にした。

 廊下の途中で別れる。


 周防と話して、少し気分が落ち着いた。

 これなら、眠れそうだ。

 八雲がそう思った時だった。


「何だ、一人か?」


 声をかけてくる人間がいた。

 その声に、八雲は体を硬直させた。


 顔をあげると、そこには川崎がいた。

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、八雲を見下ろしている。

 その後ろには、取り巻きの二人もいた。


「あっ……」


 立ち上がり、逃げようとする八雲。

 しかし、その腕を掴まれてしまう。


「まぁ、そう急ぐなよ。こっちは周防にやられて鬱憤が溜まってるんだ」

「放してよ!」


 川崎は八雲の頬を殴る。

 八雲は痛みで言葉を失う。

 殴られた頬を手で押さえ、怯えた目で川崎を見た。


「いいからついてこい。遊んでやるからよ」


 抵抗もできないまま、八雲は連れて行かれる。

 廊下の片隅。

 そこで、殴る蹴るの暴行を受けた。


 ただただ、憂さを晴らすための暴力。

 抗う事もできない八雲は、痛みに耐える事しかできない。


 痛みに耐えながら、考える。


 どうして、こんな目に合うのだろう。

 前の世界でも、今の世界でも、どうして僕だけがこうなってしまうんだろうか?


 ずっと自分はこうなのだろうか?

 誰かに見下されて、ずっと耐えていく事しかできないのだろうか?


 そう思うと嫌で仕方がなかった。


 そして……。


「やめてよ!」


 八雲は抗った。

 川崎を殴りつける。


 その瞬間、彼の中で何かがハマる感覚があった。

 今までしっかりとはめ込まれていなかったパーツが、しっかりと組み込まれたかのような感覚だ。


「何っ!」


 胸を殴られた川崎が、驚いて後ずさる。

 川崎を殴った八雲の拳が、炎を纏っていた。


「俺と同じ能力だと!?」


 八雲は、川崎の言葉を聞いて初めて自分の拳が炎を纏っている事に気付いた。


 僕の能力が、目覚めた?


「野郎! 舐めんなよ!」


 取り巻きの一人が、八雲に殴りかかる。

 その腕が、瞬時に鋼鉄へ変わった。


「ひっ」


 八雲は怯えた声を上げながら、腕でそれを防ぐ。

 その腕もまた、鋼鉄に変わる。

 拳が八雲の腕に防がれると、金属同士のぶつかる音が辺りに響いた。


「こいつ、俺の能力も持ってるだと!?」


 八雲は目を見開き、その光景に驚いた。


 どういう事だ?

 僕の能力は、一つだけじゃない?

 いや……もしかして……。


「このっ!」


 残った一人が、手をかざす。

 すると、手から植物のつたが伸びる。

 対して八雲も手をかざす。

 同じように手から蔦が伸びた。


 蔦同士が絡まりあう。


 やっぱりだ。

 多分、僕の能力は相手の能力をコピーする能力。


 いや、もっと凄いかもしれない。


 八雲は、クラス委員長の事を思い出す。

 そして、能力を使う。


 絡まりあった蔦を通し、電流が相手へ走った。


「あばばばばばばっ!」


 奇妙な悲鳴と共に、植物を使う取り巻きが倒れた。


「どうやら、僕の能力は……。一度見た事のある能力を自分のものにできるものみたいだ」

「何だと?」


 八雲が言うと、川崎は警戒して身構える。


「だから、どうしたってんだよ!」


 そして、八雲に殴りかかった。

 しかし、能力に目覚めた八雲の相手にならなかった。


 川崎の能力をコピーした八雲に炎は利かず、拳も鋼鉄化の能力で完全に防がれる。

 その上で八雲は今まで見てきた能力を駆使し、川崎と取り巻きを瞬く間に倒した。


 まさに、手も足も出ないという有様であった。


 川崎達が気を失って倒れる中、一人立っている八雲。

 彼は自分の両手を見る。


 いつも無抵抗に殴られる事しかできない自分が、あの川崎達を倒した。

 信じられない事だった。


 八雲は自分の力を実感する。

 自分はもう、無力じゃない。


 もう、誰からも蔑まれる事はない、と。


それどころか、他の誰よりも強い力を手にしたのだ。


 八雲は自分に与えられた力に歓喜した。


「うおおおおおっ!」


 そして叫びを上げた。




 翌日。

 休憩施設。


「仁志。僕、能力に目覚めたんだ」


 八雲が言うと、周防と蓮見は驚いた様子を見せた。


「よかったじゃないか」

「おめでとう」


 二人は祝福してくれる。


「ありがとう」


 八雲は礼を言った。

 そんな時である。


 休憩施設に川崎達が入って来た。

 八雲はそれに気づき、緊張した面持ちで睨んだ。


 川崎達も八雲に気付いて睨みつけてくる。

 互いに視線を混じり合わせた。


 体が震えた。

 昨日、彼らに勝ったとはいえ、今まで怯えていたものを相手に平然としていられるわけはない。


 また、昨日みたいな戦いになるかもしれない。

 あの時は必死に戦ったけれど、もう一度やって勝てるかわからなかった。

 いくら能力で強くなったとしても、心が負けてはおしまいだ。

だから、自信がなかった。


 が、そうはならなかった。


 川崎は八雲から目をそらす。


「行くぜ」


 川崎が言って、そのまま八雲達から離れていく。

 完全に姿が見えなくなり、八雲は大きく息を吐いた。


 不思議な感覚だった。


 今まで自分の事を憂さ晴らしのサンドバッグとしか思っていなかった相手が、自分から逃げるように去って行く。

 実際、恐れたのだろう。

 自分の能力を……。


 そう思うと、今まで欠片もなかった自信という物が八雲の中に芽生えた。

 気分がよかった。

 一種の快感がある。


 振り返って、周防を見た。

 周防は驚いていた。


「昨日、僕は自分の能力で川崎をやっつけたんだ」

「そうなのか。すごいな」

「もう、川崎には好きなようにさせない。二人共、僕が守るから」

「それは頼もしいな」


 八雲が言うと、周防は笑顔で答えた。


「へぇ、言うじゃない。じゃあ、お願いね。私の事、守ってね」


 蓮見も笑いながら言った。


 好きな人から頼りにされている。

 そう思うと、八雲は嬉しくなった。


「もちろん!」


 答える声も知らず弾んだ。




 能力に目覚めると、八雲の世界は一変した。


 訓練で力を示すと誰もが彼に一目置いた。

 それほどに八雲の能力は強力で、クラスメイト全員の能力をコピーした彼に勝てる者はいなかった。


 今まで話した事もないクラスメイトが馴れ馴れしく話しかけてくる。

 女子にもモテるようになり、色んな女の子が話しかけてくる。


 王様にも呼び出され、期待していると言われた。

 贔屓され、生活の待遇も他より格段に良くなった。


 能力に開花した彼にとって、この世界はまさに天国のようだった。


 そしてそれから、数週間が過ぎた。




 廊下。


 八雲に殴られた川崎が、壁に背中を打ちつけて倒れた。

 そばには、彼だけでなく彼の取巻き達も同じく倒れていた。


 倒れた川崎の襟首を掴み、八雲は無理やり立たせる。

 川崎の顔は、何度も殴られて腫れ上がっていた。

 口からは血が伝っている。


 そのまま、八雲は自分よりも大柄な川崎を片手で高く持ち上げる。


 八雲は非力だ。

 本来なら、彼を持ち上げるような事などできない。

 それでもこんな事ができるのは、一重に特殊能力の賜物である。


 クラスメイトの一人が持っていた、肉体強化の能力である。


「これでおしまいなのか?」


 八雲は訊ねる。


「サンドバッグにもならないな」

「てめ……このやろ……」


 呻く様に言う川崎。

 そんな彼を八雲は床に投げつけた。

 倒れた川崎の腹を踏みつける。


「いつまでも自分が上だと思ってるんだよ? ええ?」


 踏みつけた足に力を込める。

 その足が、鋼鉄化して重みを増した。


「ぐあぁっ!」

「僕を下に見るんじゃない!」


 八雲は踏みつけた足を捻りこむ。


「おい、何してるんだ!」


 強い口調がかけられ、八雲は振り返った。

 そこには、周防がいた。

 咎めるような目つきで、八雲を睨んでいる。


「仁志」


 その視線から逃れるように、八雲は目をそらした。

 八雲は改めて周防を見る。


「何って……。仁志を守るためだよ。もう二度と、僕達に突っかかってこないように痛い目にあってもらおうと思ってさ。仁志だって嫌だろ? 喧嘩売られるの」


 軽い調子で答えた。


「だからと言ってやりすぎだ。それじゃあ、ただの弱い者イジメだ」

「こいつらにされた事をやり返しただけだよ。でも、これでもうこいつらは手を出してこないはずさ。身の程はよくわかっただろうから」


 そう言って、八雲はその場を離れた。

 そんな彼の背中を周防は黙って見送った。


 その場から離れて、八雲は広間へ向かう。

 広間に行くと、そこにいたみんなが顔を顰めて彼から距離を取った。


 八雲は舌打ちして、手頃な長椅子に座る。


 力を手に入れた彼は、性格が豹変した。

 今まで力を持たないために虐げられてきた鬱憤。

 それを晴らすためか、事あるごとに力を見せびらかすようになった。

 力に、溺れたのだ。


 それからの彼の行動は目に余るもので、一時は彼に寄って来た人間も一部を残して離れていった。

 残った一部の人間も、自分の力を当てにしての事だ。

 心の通わない関係ばかりが絡み付いている。


 彼にはそれが面白くなく、心が荒み始めていた。


 彼は前以上の孤独に陥っていたのだ。


 僕は前と違う。

 強くなったんだ!

 何で、また嫌われなきゃならないんだ!


 彼の中で鬱積が溜まっていく。


「何だよ、仁志の奴……。僕が守ってやってるのに。もう、僕の方が断然に強いのに。今でも自分の方が上にいるつもりなのか。いつまでも僕を下にみやがって……。くそっ! 能力にだって目覚めていないくせに」


 それに彼女も……。


 彼女……?

 誰だっけ?

 仁志の他に、誰かいたっけ?


 ……まぁいいさ。

 女なんて、僕の力でどうとでもない。

 今だって、僕の力に擦り寄って媚を売る女もいるんだ。

 どうでもいい話だ。


 そう、どうでもいいじゃないか。

 他の奴も仁志も……。


 どんなに嫌われたって、僕が最強である事には違いがない。

 どんなに嫌われたって、力でねじ伏せてそばに置けばいい。

 支配してやればいいんだ。


 八雲はそう思った。

 そしてその考えは、とても良い物のように思えた。

 これ以上ないほどの名案。


 その考えは次第に大きく膨らみ、それを実行に移そうと思うようになった。




 周防は、八雲の事を心配していた。

 仲の良い幼馴染だ。


 それがこうも変わってしまった事に、戸惑っていた。


 力は、努力しながら得る事で心と共に強くなっていくものだ。

 それが、思いがけない形で力を手にしたために心が追いついていないのだろう、と周防は思った。


 今までの事もある。

 鬱屈した反動もあるだろう。


 できるなら、また元の彼に戻って欲しい。

 けれど、今までの彼を知る身としてはあまり強く言う気にもなれなかった。


 それでも、どうにか以前の彼に戻って欲しいと思っていた。

 このまま、見放してしまいたくなかった。


 そんな事を思いながら、彼は広間へ向かった。

 すると、そこには思いがけない光景が広がっていた。


 広間には、何人ものクラスメイトが倒れていた。

 皆、何かと戦った後のように服が汚れ、怪我をしている様子だった。

 無事なクラスメイトもいたが、皆部屋の端で怯えている。


 そんな広間の中央には、二人の男子生徒がいた。

 一人はクラス委員長の尾上。

 そしてもう一人は――


「高志」


 気を失い、全身から力を無くした尾上の襟首を掴みながら、八雲は周防の呟きに反応して振り返った。


「仁志か」


 八雲は気を失った尾上を無造作に放った。

 周防は八雲に近づき、目の前に立つ。


「これは、どういう事なんだ?」

「僕に従えって言ったんだけど……。みんな、僕が上になるのは嫌だったんだろうね。逆らってきたから、返り討ちにしたんだ」

「何故、そんな事を?」

「僕ね、この国に忠誠を誓ったんだ」

「何だと?」

「王様に、家臣になりたいってお願いしたんだ。能力に目覚めてから、王様ともよく会ってたんだけど……。気に入られちゃってさ。だから、今ならお願いを聞いてもらえるんじゃないかと思って、話を持ちかけたんだ。そしたら……」


 八雲は辺りを見回した。

 彼が視線でなぞると、視線を向けられた何人かの生徒が怯えた表情になった。


「クラスの全員が僕の言う事を聞くように掌握しろってさ。そうしたら、僕は晴れてこの国の一員になれるんだ。首輪だって外してもらえる」

「だからって……。こんな事はやめろ!」

「命令するな!」


 八雲は叫び、周防を殴りつけた。

 身体強化と鋼鉄化を合わせた強烈な一撃が、周防の腹部に刺さった。

 あまりの痛みに、周防は膝を折った。


「今の僕は仁志よりも強いんだ。前の世界と同じように接するんじゃない! 能力にも目覚めてないくせに! 僕は君の下じゃない。今は君より上なんだよ!」

「……う、上か下かなんて……そんな事で、言ってる、んじゃ、な、い。俺は、ただ……」


 周防は痛みに耐えながら答える。

 そんな周防を八雲は蹴りつけた。

 周防は腕でガードしたが、その上からも衝撃は体を抜けた。

 床に倒れこむ。


「言い訳なんていらない。結局の所、君は僕が上に立つ事が許せないだけなんだろう? 自分よりダメな奴を見下して、優越感に浸っていただけなんだろう! 違うか!」

「違う!」


 周防は起き上がって叫ぶ。


「嘘だ!」


 八雲が鋼鉄化した拳で殴りかかる。

 周防はガードする。

 腕からメキリと音がして、激痛が腕に走る。

 その上、接触した腕から電流が流された。


「ぐああっ……!」


 電流を体に流された周防は背を仰け反らせ、悲鳴をあげる。

 筋肉が一斉に緊張を余儀なくされ、体中を痙攣させた。

 電流が止まると、その場で跪いた。


 そんな彼を八雲は見下した。


「ほら、僕が上だ。もう、仁志が僕の上になる事なんて二度とないんだ」


 息を切らせる周防に向けて、八雲は言い放った。

 周防は顔を上げる。


「戻るんだろ? 元の世界に……。なら、そんな力に意味なんてないじゃないか」


 静かに、周防は問い掛けた。


「何で戻らなくちゃいけないのさ?」


 けれど、八雲は平然と聞き返す。


「元の世界に戻ったって、おちこぼれに逆戻りだ。良い事なんてこれっぽっちもない。そんな世界に戻るくらいなら、こっちで一生暮らした方が良いに決まってるじゃないか」

「家族はどうするんだ? お前だって心配していたじゃないか」

「どうだっていいよ、そんなもの。ここは僕にとって楽園だ。前の世界に帰る? 馬鹿じゃないの? こっちなら僕は最強で、誰も僕に敵わないのに!」


 その答えに、周防は目を見開いて愕然とする。

 そして、顔を俯けた。


「すごいだろ? 僕、お姫様と結婚する事になったんだよ。前の世界じゃ、考えられない事だ。ほら、断然にこっちの方がいいじゃないか」

「彩子は? お前は、あいつの事が好きだっただろ?」

「彩子? 誰? それ?」


 彩子は、もう高志を見放したみたいだな。


 そうか……。

 もうこいつは、俺の知っている高志じゃないんだな。


 他人を思いやれないこいつは、きっと高志とは別の人間なんだ。

 彩子が見放すのも理解できる。


 それでも周防は八雲を見放す踏ん切りがつかなかった。


 けれど、その踏ん切りも今ついた。

 もう、元に戻そうとは思わない。

 何せ、こいつはあの高志じゃないんだから。


「それが答えか?」


 問いかけつつ、周防は立ち上がる。


「立つんじゃないよ! 僕が上だって言ってるだろ!」


 八雲は周防へ殴りかかる。

 彼が放ったのは、何の能力も使用していないただの拳だった。

 何の変哲もない拳が、周防の頬にぺちりと当たる。


「え? どうして?」


 八雲が戸惑いを含んだ声を上げる。


「言いたい事はそれだけか? まぁ、これ以上何も言わなくっても、お前に見切りをつけるには十分だけどな」


 睨み付ける周防に、八雲は怯んで後ずさる。


「最強の能力ねぇ。夢みたいな話だよな。そんな力に目覚めるなんて。……現実に――俺達の世界に、そんなものなんてあるわけねぇだろ?」


 言って、周防は八雲を殴りつけた。

 咄嗟に鋼鉄化を使って防ごうとする。

 が、能力は発動しなかった。

 固い拳が、八雲の頬を抉り抜く。


「あうっ」


 八雲は倒れこむ。

 殴られた頬が尋常でなく痛んだ。

 頬に手をやる。


 どういう事だ?

 どうして、能力が発動できないんだ?


 痛みと動揺、八雲は混乱した。

 その間にも、周防が倒れた八雲に近付いた。


 八雲の表情に怯えが混じる。


「どうして能力が使えないのかって顔だな? 当然だろ。今も言ったが、現実にそんな物は存在しないからさ。炎を出したり、電気を出したり、人間にそんな事ができるわけがないだろう」


 淡々と周防は続ける。


「そんな夢みたいな力。あるわけがないんだ。だからよう、高志」


 周防は、倒れた八雲の襟首を掴んで立たせた。

 そして、顔を近づける。


「夢から覚める時間だぜ」


 言って、周防は八雲に頭突きをかました。

 強烈な一撃を受けた八雲は気を失い、動かなくなった。


 クラスメイト達の見守る中、周防は小さな溜息を吐いた。


「周防くん」


 クラス委員長、尾上が近付いてくる。


「これは、どういう事なんだ? 周防」

「本当は、俺も目覚めてたんだよ。能力に。

前の世界と同じことわりを適用したフィールドを作り出せるってものらしいな。

俺の作るフィールドの中では、前の世界に存在しなかった物は存在できない。

つまり、魔法も能力も使えなくなるって事だ。

そして、これを使えば魔法で動くこの首輪も外せる。

自由になれる」

「何故、今まで黙っていた?」


 尾上が強い口調で訊ねる。


 当然だ。

 この能力があれば、この城からも逃げ出せるのだから。


「それは……」


 周防は八雲を見る。


「高志を一人にしたくなかったんだよ」


 小さく答えた。




 深夜。

 ミンシア王城前。


 旅支度を整えた周防は、門番のいる城門から堂々と外へ出た。

 門番は、そんな彼を見咎める事無く通す。


「一人で行くの?」


 声がかかる。

 見ると、そこには蓮見がいた。


「他の連中は、外に出るのが不安らしいからな」

「少し待てばいいのに」

「俺は、早く帰って家族を安心させたいんだ。ここの王は、召喚する方法は知っていても帰す方法は知らないんだろう?」

「うん。私が聞き出した話はそうだったよ。私に、嘘を吐ける人間はいないからね」

「言葉で相手の精神を操る能力か……。えげつないもんだ」


 それが蓮見の能力だ。

 言語の伝わる知的生命体に対して、声によって相手の精神を操るものだ。

 蓮見はその力を使って、すでに王城の人間を掌握していた。

 それは、王すらも例外ではない。


 彼女は王の精神を操って、彼の知る事を聞きだしていた。

 真っ先に聞いたのは、元の世界へ帰る方法だ。


 けれど、王はその方法を知らなかった。

 知っていれば、クラスメイト達はすぐにでも帰る事ができただろう。


「高志の記憶も、それで消したんだろう?」

「能力のせいで、仁志には利かないけれどね」


 蓮見は苦笑する。


「変なポーズを取りながら「蓮見彩子が命じる。俺に、惚れろ!」とか言い放った時は衝撃的だったな」

「それは忘れて」


 照れた様子もなく、楽しげに蓮見は言った。


「だが、あれがあったからこそ俺はお前が能力に目覚めていた事を知った」

「そうだね」


 二人は、互いに能力を隠していた。

 それは、八雲を一人にさせないためだ。


 そのため、すぐにでも自由になれる事を伝えなかった。

 帰れない事を伝えても、混乱するだけだとも思えた。


 だから二人は、能力を使えないフリをした。


「そろそろ行くぜ」

「うん。いってらっしゃい。私は待ってるよ。外の世界は、危険がいっぱいだろうから。獣とか、言葉を理解できない相手に私の能力は通じないからね。私も君への気持ちだけで、そんな危険な所へ一緒に行けない。愛じゃ、大根だって買えないもの」

「それでいい。……みんな、帰る方法がわからない事に混乱しているみたいだ。もうしばらく、ここから動けないだろう」

「そう」

「だが、お前さえいればこの国でもあいつらは安全だ。王を操って守ってやれるからな」


 周防がニヤリと笑うと、蓮見は苦笑した。


「悪いが、みんなを頼む。……高志の事も」

「まだ、気にかけてるの?」

「お前はあっさりとし過ぎだ。あいつも根は悪い奴じゃない」

「どうだろう。変わってからの方が、今まで出せなかった本音だったのかもしれないよ」

「かもな」


 苦笑して、周防は背を向けた。

 そして一人、王城から離れて行った。

 仁志という名前がかっこ良くない?

 苗字を小沢にしてみてください。

 ね? かっこ良いでしょう?


 あと、続きそうですが続きません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 言葉で操る能力持ってたのになんで虐めを止めさせなかったの?
[良い点] あるある [気になる点] あるある [一言] 人は中二病を恥じ、高二病を患い、そして高二病を恥じるのだ的な そして、仲良しのはずが仲間外れにされてた彼にお祈りを
[一言] 今更投稿されているのに気付いて読みました・・・ なんというか高志の本音?は正論だったと思います。 仁志も彩子も高志を一人にしない為ならどうとでもやりようはあったし、イジメさせないようにも出…
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