表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春を待つ日々  作者: 苅野しのぶ
冬籠り
26/34

(4)

 いくら家事に勤しんだところで、働かずにいることを正当化はできない。どんな形であれ、いい加減動き出すべき頃合いだろう。

 なのにこうして手をこまねいているのは、「なんでも屋」稼業に足を踏み入れることに躊躇う気持ちがあるからだ。

 ナニをイマサラ、とは思う。ここで、こうして、彼らの世話になることに決めたときから、わかっていたことではないか。

 情けないことに体調は今も万全というにはほど遠く、体力的にも身体能力的にも、尾行や張り込みの手伝いは難しい。急に走り出したり飛びかかったりする可能性を考えると、犬の散歩すら無事にこなせるかどうか、自信がない。だがしかし、そんなのはすべて、言い訳だ。健康状態に問題があるのなら、帳簿付けだとかスケジュールの調整だとか、デスクワークを担当させてもらえばいいだけの話だろう。

 だから、ようは、逃げているのだ。

 「なんでも屋」の業務内容がどうこうというのではない。なんの記憶もないままに、「澤田くん」になりすますことへの罪悪感。これを如何ともしがたいのだ。

 長い長い療養生活に一刻も早くピリオドを打ちたいと願いながら、けっして急かそうとしない彼らの好意に甘え、踏ん切りをつけられずにズルズルと引き延ばしてしまっている。こんなのは、現実逃避以外のナニモノでもない。そう自覚しつつ、なおも目を背けているのだから始末に悪い。

 重い溜め息がこぼれたところで、玄関から物音が聞こえてきた。


「にゃあ!」

 なんだろうと思うまもなく、脱兎のごとく駆けてきた猫が、見事な跳躍を見せてすっぽり腕の中に飛び込んでくる。

「水無月!」

 気づいたのがほんの一呼吸早かったおかげで、よろめかずに踏みとどまることができた。

「これはまた、随分と早いお出ましだな」

 時計の針は、午前七時をまわったばかり。日の出の遅いこの季節、ようやく明るくなった窓の外を見遣ってから顔を戻すと、仏頂面の馨が空っぽのキャリーバッグを提げてあらわれた。

「ごめん。いくらなんでも早すぎだよね。迷惑だって言ったのに、みゃーみゃーみゃーみゃー鳴きっぱなしで、どうにもならなくってさ」

「迷惑なんてことはないけどな。馨を困らせたらダメだろう?」

「みゃあ!」

 だって、どうしてもお側に侍りたかったものですから。とでも訴えかけるような、切なげな眼差しをひたと向けられ、澤田は猫の首筋を撫でてやった。

「よしよし。そろそろ広瀬も降りてきて、朝飯にするところなんだ。お前たちもまだだろう?」

「水無月のカリカリは持ってきたけど、俺はまだ」

「パンでいいか? 時間がかかってもいいなら、和食も用意できるが」

「パンでいいよ」

「卵はどうする? オムレツか、目玉焼きか、スクランブルエッグか」

「二人といっしょでいいって」

「卵は広瀬だけだよ。俺たちは仲良く煮干しを食べような?」

「にゃあ!」

 猫を床におろして、キッチンに戻る。

 相変わらず食欲はないので、自分の分はシリアルとバナナとヨーグルト。カルシウム摂取のためにコーヒーには牛乳をたっぷりと入れ、小魚も食べるように心がけている。広瀬のためには具だくさんのスープを用意し、注文を聞いてから卵を調理。食パンはホームベーカリーがあるのを発見して以来、毎朝六時に焼き上がるようにセットしている。

「何かほかに、食べたいものはあるか? 冷蔵庫にハムとソーセージ、チーズとそれから……」

「今あるだけで充分だってば。急に押し掛けてきたんだから、そんなに気を使わないでよ」

「使ってないさ」

 もてなす側としては、たとえたいしたことはできなくても、精一杯のことをしたいと思うだけだ。なにしろ居候も同然な身の上なのだ、やれることならなんでもやりたい。

 網の上で冷ましていた食パンのあら熱が取れたのを確かめがてら、棚から豆とコーヒーミルを取り出すと、手を洗っていた馨が振り向いた。

「あ。それは俺がやるよ。コーヒーはちゃんと淹れられるんだ」

「いや、いい。これもリハビリみたいなものだから。それより、そこの引き出しから、水無月と俺の煮干しを出してくれないか」

「いいけどさ。どう考えても、澤田くんがやった方が喜ぶでしょ、水無月は」

「にゃ!」

 そうですとも、一分でも一秒でも多く、かまっていただきたいのです。とでも言いたげに足元にまとわりつく水無月に「うん」と頷きかけてから、澤田は左手でしっかりと支え、ミルの取っ手を慎重にまわす。杖なしで立っていられるようになったおかげで、こうして両手を使って作業ができるようになった。あまりにささやかではあるが、進歩ではある。

「澤田くんは、毎朝こんなに早く起きるの?」

「病院は消灯も起床も早いだろ。それがそのまま、習慣になった」

「そうなんだ」

「たまに早起きすると、一日が長いだろう。この後はどうするんだ?」

「いつもの高齢ご夫婦のご機嫌伺い。ちょっと早めだけど、これ食べたら行ってくる。このところ寒いから、心配だし」

「そうか」

 遠方に住む息子からの、離れて暮らす両親を定期的に訪ね、様子を知らせて欲しいという依頼なのだという。ついでに雑用をこなしつつ、しばらく茶飲み話をしてくるらしい。おっとりして穏やかな馨は、どうやらこの夫婦に気に入られているようだ。

「それにしても、『なんでも屋』っていうのは、ホントになんでもやるんだな」

 身辺調査やボディ・ガード、部屋の模様替えから大掃除、老人世帯の訪問、家庭教師、家出人の捜索。ペットの散歩代行を請け負っているほかに、ペットホテルの真似事までやることもあるということだ。愛犬家仲間の口コミでいつのまにやら広まって、急な出張や家庭の事情、突然ペットを預けなければならなくなったのにホテルの空きがないときなどに、オファーが来るようになったのだという。

「澤田くんが言ったんだよ。俺たちには、社会的な保証も後ろ盾もなんにもない。だから、来るもの拒まず、どんな依頼でも受けるんだって。そうやって、信頼を積み重ねていくんだって」

 馨は、澤田の知らない過去を淡々と語る。なんの気負いもない口振りで、ごく自然に。

「手間ヒマ惜しむな。選り好みなんてもってのほか。俺たちは、頼まれればどんなことでもやる『なんでも屋』。もちろん、モラルに反するようなのは断るけど、それ以外は『なんでも』やる」

 コーヒー豆を挽くゴリゴリという音が、ふっとやんだ。

「モラル、か。それはまた、随分と曖昧な話だな」

「まあね」

「いったい誰が判断するんだよ」

「澤田くんだよ」

 馨は器用に片眉をあげて、そっと笑う。

「澤田くんが、俺たちの『良心』なんだ」

 こういう依頼があった。どう思う? 澤田は必ず五人を集めてそう訊ねてくれていたが、イエスかノーか、澤田の中で結論が出ていることは明らかだった。五人が求められたのは、澤田の決定事項の確認だけ。

「……傲慢な男だったんだな、『澤田くん』は」

 自分自身の価値観を判断基準とするエゴイスト。なんて独善的なんだろう。「モラル」なんて、それこそ人の数だけあるだろうに。

「そうでもないよ」

 気難しげに眉を寄せた澤田の横顔をチラリと見遣り、馨は唇の端をクイッと上げて笑みを作る。

「間違ってると思ったことは、なかったから。俺たち全員が受け入れられる答えを、ちゃんと選んでくれてたんだ。ナニしろみんな、頑固だからね。ナットクいかない決定には、誰も従わないからさ」

 年齢も性格もてんでバラバラ、ここに至るまでの経緯もそれぞれマチマチ、だけど、彼ら六人に共通点があるとすれば、それはちょっと古風な「正義感」だ。

「……なるほど」

 ときに辛辣ながら、温厚かつ有能な広瀬。ムリにも明るく、道化を演じようとする津村。人懐こくて気遣い屋で、面倒見のいい和人。ぶっきら棒で無愛想で、そのくせ欲しいときに欲しいタイミングで助けの手を差し伸べる将。おとなしくて控え目で、なぜか放っておけない気にさせられる、この馨。

 ひとりひとりの顔を思い浮かべ、澤田が俯き加減にかすかに笑う。うるさいくらいに伸びた前髪が、さらりと揺れた。

「ねぇ、澤田くん」

「ん?」

 そんな、声とも言えない短い返事だけでもよくわかる。低くて、深くて、猫さえも虜にしてしまう豊かな響き。

「俺、今の澤田くんも、けっこう好きだよ」

「にゃー」

 同意を示すかのように、絶妙な間合いで水無月が鳴いた。

「なんだよ、急に」

 澤田は切れ長な眸をひとまわり大きく見開いて、それから、照れているのか困惑したのか、きゅーっと口をへの字にした。その子供じみた仕草がおかしくて、馨と猫がニヤリとする。

「急でもないんだけどさ」

 馨はそう断ってから、まっすぐ前に向きなおった。

 もしかしたら、自分が逢うべきだった「澤田智行」は、今のこの澤田だったのかもしれない。こうして澤田と並んでいると、そんな気分にさせられるのだ。


 ――「言わなくてもわかる」っていうのは言い訳だよ。本当に大切なことは、ちゃんと言葉で伝えなきゃ。


 それは和人の内に秘めたるモットーで、少なくとも半分は真実だと、馨も思う。

 言葉では伝えられないこともあるだろう。かつて、あえて言葉にしたためにニセモノになってしまった気持ちもいくつかあった。だから、余計なことは口にしない。言わなくても伝わることだって、確実にある。でも、それでも。言葉を惜しんでなくしたものがあるのも、事実だから。

「本当の澤田くんて、こういう人なのかもしれないなって、思ったんだ」

「……え?」

 愛想がないのに変わりはないが、纏う空気が優しくて、いい感じに肩の力が抜けている。

「今の澤田くんは、六人分の義務とか責任とかをひとりで背負い込もうなんて、ムチャなことはしてないもんね」

「してたのか? その、こうなる前の『澤田くん』は」

 馨が「うん」と大きく頷くと、澤田は「なるほどな」と苦笑した。

「広瀬を見ていて、思ったんだ。何もかも、ぜんぶ自分でやろうとしすぎだって。もう少し、ほかのヤツらに任せておけばいいのにな、ってさ」

「澤田くんはあんなもんじゃなかったよ。いい加減にしろ、もっと俺らを信頼しろって、よく広瀬くんにキレられてた。言っとくけど、あの人ぜんぜんそんなキャラじゃないんだよ? 広瀬くんを本気で怒らせられるのは、澤田くんだけだった」

 あの頃の自分にできることは、何もなかった。いつでも守られているだけの無力なコドモで、それに気づけないほど愚かだった。でも、今は違う。ほんの少しだけだとしても、成長したと思いたい。

 さあ、ここからが本番だ。一晩ぐずぐず考えた、「本当に大切なこと」。言葉はちゃんと、伝えてくれるだろうか。

「俺さ、思うんだ。澤田くんは、澤田くんだよ。そのままでいいんだ」

 隣りを見遣ると、澤田がすっと表情をなくして俯いた。

 わかっている。彼らの前では見せないようにしているだけで、澤田が苦しんでいないわけではない。

 「記憶」というのは、ないよりあった方がいいんだろう。何より澤田自身がこんなにつらそうにしているのだから、当然だ。

 でも、ないならないで、それでもいい。そんなことは、これっぽっちも問題じゃない。

「ほんとに間違いなく、澤田くんは澤田くんなんだから。もっと開き直っていいんだよ」

 よく似た他人が誤って連れてこられたとか、うっかり別人が入れ替わったとか、そんな可能性ははじめから存在しない。この現実を受け入れきれずにいるのは澤田ひとりで、澤田さえ納得できればそれでいいのに、澤田に澤田であることを認めさせることが一番難しい。なんて厄介で、なんて面倒で、でも。

「そもそも、そういうところが澤田くんそのものなんだよね。なんにも思い出せないくせにトモダチ面するなんて不謹慎だとか、申し訳ないとか、本気でそう思ってるんでしょ?」

 頑固で生真面目で不器用で、どこまでも誠実であろうとする。それが、彼が澤田である何よりの証だ。

「認めちゃいなよ、楽になるから。どんなに悪あがきしたって、澤田くんは俺たちの澤田くんだよ」

 澤田は、視線を落としたままかすかに首を横に振った。認めることが苦しいのか、認められないことが悲しいのか、ゆるゆると首を振ってから、「ごめんな」と掠れた声で囁いた。

「澤田くん……」

 どうしてこの人はこうなんだろう。そう思う一方で、ああやっぱり澤田くんだ、と深く頷く自分もいる。滑稽なまでの生真面目さ。愚直といってもいい誠実さ。喜ぶべきか、悲しむべきか。それが問題だ。

「にゃー」

 かまって欲しいと甘えているのか、それとも慰めているつもりなのか、水無月が澤田の長い足をよじ登ろうと立ち上がる。

 澤田は水無月を眼差しだけで制すると、再び豆を挽きはじめた。

 そういう気持ちになれないらしく、澤田は病院に出かけるほかは、ほとんど外出しようとしない。そうして自室で休息する以外の大半の時間を、こうしてキッチンで過ごしている。きちんと朝食を作り、昼食を用意して、夕飯を準備する。そうした合間に食材の下拵えをしていることもあるし、野菜を煮込んだり豆を茹でたり、少しもじっとせずに立ち働いている。のんびりしてなよ、休んでたら、といくら言っても、本人曰く、何をするにもゆっくりゆっくりとしか動けず時間がかかるから、ずっと働いているように見えるだけで、実際には大したことはしていないんだ、ということになる。半分は本当なのかもしれない。が、一度は空っぽになった冷凍庫のストックがだいぶ貯まってきたところを見ると、やはり、作りすぎ、つまりは働きすぎな部分もあるのだろう。

 こうなる前の澤田も、よくキッチンに立っていた。少しの時間を見つけては手際よく調理し、好きなときに食べるようにとあれこれ作り置いてくれていた。

 あの事故の知らせがあった日も、鍋いっぱいにカレーが作ってあったっけ。コンビーフとレーズン入りで、上に乗っけるように、人数分のゆで卵も用意されてた。


 やっぱり、ぜんぜんまったく変わってないんだ、この人は。

 馨はやかんに水を汲みがてら、背中を向けたまま、「あのさ」と小さく声をかけた。澤田も手元を見つめたまま、「うん」と頷く。

「まだまだぜんぜん足りないけど、今の澤田くんは、少しは俺たちを頼りにしてくれてる、よね?」

 やかんに向かって問いかけると、澤田がふっと、疲れたような笑みを浮かべた。

「何もかも、ぜんぶお前たちに頼りっきりだよ、今の俺は」

「どこがだよ。ちょっと油断すると、なんでも自分でやろうとするくせに」

「当たり前だろ。いつまでも甘えているわけにはいかないんだ」

「いいんだよ、もっと甘えて。みんなそうして欲しいんだから」

 こういってはなんだが、これまで世話を焼かれっぱなしだった澤田の世話をアレコレ焼けることを、それぞれ楽しんでいる節がある。もちろん、つい先日のように「元気ないね。大丈夫?」などと言ってるうちにどんどんどんどん顔色が悪くなり、あっという間にふらふらっと倒れてそのまま寝込んでしまわれたりすると、澤田はまだまだ本当には健康ではないのだということを思い知らされ、反省して後悔して心配したりもするのだが、それでも、わいわい好き勝手に言いながら、看病できるのは悪くなかった。以前の澤田だったら、自分の弱いところを決して他人に悟らせず、なんにもさせてくれなかったに違いないから。

「これでようやく、少しは対等になれたんだ、俺たち」

 そのためにあの事故が必要だったとは、思いたくないけれど。そんな風に考えるには、払った代償があまりに大きすぎる。

 馨はお湯が沸くのを待つ間に、コーヒーフィルターを用意し、サーバーをセットした。澤田が挽いた豆を移し入れ、食器棚からマグカップを三つ取りだす。

「今夜はカレーが食べたいな」

 深く考えたわけではない。なんとはなく口にしただけなのだが、しばらく押し黙っていた澤田が、低く掠れた声でボソリと言った。

「確か、どこかにコンビーフがしまってあったな」

「……もしかして、レーズンもあったりする?」

「ああ、あるはずだ」

 澤田は特に疑問に思う様子もなく頷いて、タマネギの保存袋の膨らみ具合をちらりと見遣り、冷蔵庫の扉を開けると、卵がいくつ残っているか、確認する。

 ほら。やっぱり、なんにも変わっていない。

 馨のために作るカレーは、たっぷりの飴色タマネギに、コンビーフとレーズン入り。ゆで卵を上に乗っけて、そして。

「昼に多めに米を炊いておこう。残りをバターライスにすればいい」

 そう。馨のためのカレーのときは、バターライスがお約束。

 なんにも覚えていないはずの人が、何も思い出せないと苦しむ人が、当たり前のようにさらりと告げる。

 もっとほかに、覚えておくべきことも、思い出してしかるべきことも、あるはずなのに。どうしてこの人はこうなのか。

 でも、だからこそこの人だともいえるわけで、馨は今の澤田が一番喜ぶはずの事実を言葉にした。

「知ってた? 津村くんのお気に入りでもあるんだよ、澤田くんのバターライスは」

 おかげでどんなに大量に作っても、いつもすぐになくなってしまう。あまったらドリアにする予定だったのに、お前らときたら、あったらあっただけ食っちまうんだからな。澤田はよくそうボヤいていた。

「そうか」

 澤田は疲れてきたのか、スツールに浅く腰を下ろしながら、俯きがちに薄く笑った。

「にゃあ」

 すかさず膝に飛び乗る水無月を、愛おしそうに優しく撫でる。

 澤田が水無月を抱いているということは、自分がやってもいいということだろう。

 馨はそう受け取って、やかんのお湯をコーヒー豆に注いでいく。澤田と猫の視線を浴びて緊張するものの、満遍なくお湯を行き渡らせ、うまく豆を膨らませることができた。

「いい香りだ」

 澤田に倣うように鼻をヒクつかせた水無月が、訝しげに首を傾げる。

「馨に淹れてもらうのは、はじめてだな」

「そういえば、そうだね」

 澤田はいつでも自分のコーヒーは自分で淹れた。澤田が馨の分も淹れてくれたことは何度もあったし、馨が自分のために淹れることも珍しくはなかったが、ついでに澤田の分も淹れたということはなかったはずだ。

 こうして、新しくはじめていけばいい。

 ひとつひとつ積み重ねて、新たな関係を築けばいいのだ。

「俺ね、コーヒーには自信があるんだ」

 馨が言うと、澤田がそっとうち笑んだ。

「楽しみだな、それは」

 コーヒーの香りがキッチンいっぱいに広がって、澤田にノドを擽られた水無月が、「にゃあ」と鳴いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ