(2)
車で送ろうという広瀬の申し出を断り、婦人はひとりで帰って行った。玄関先まで見送りに出た息子の腕をそっとさすって、「カラダに気をつけてね」と言うのが精一杯で、もうあと一言でも発したら涙声になってしまいそうな具合だったから、駅までは歩いて十分ほどだし、お店を覗いたりしながらのんびり帰るという心のうちには、ひとりになりたいという思いもあるのかもしれないと、広瀬もおとなしく引き下がった。
そうしてリビングに戻り、改めて顔を見合わせる。病室を見舞うときはてんでバラバラだったから、一堂に会するのは久し振りだ。
「なんか、照れるね」
ちょっとした緊張感が漂い、和人が擽ったそうに肩を竦める。
「メシにしようぜ。俺、腹減った」
「もう? 今まんじゅう食ったばっかだろ!」
居たたまれないといった様子で顔を背けながら将が言うと、和人がすかさず混ぜっ返す。
「実はさ、昼飯にって、ちらし寿司も持たされたんだよね。澄まし汁も入ってるから、素麺だけ茹でてくれって」
「なんか、至れり尽くせりで申し訳ないな。ちゃんとお礼言っておいてね」
馨と広瀬がキッチンに向かい、その場に取り残された津村が、視線を合わせないままテヘッと笑った。
「座って、待ってよっか」
「ああ」
本当は、もっと何か、言うべきことがあるはずだが、男は肯っただけで、津村のあとについてダイニングへと歩を進める。先程の椅子を引いてもらい、慎重に腰を下ろすと、テーブルの向こうで和人と将が笑いをかみ殺すような表情をして顔を俯けていた。いくら若いとはいえ、「箸が転がってもおかしい」という年頃でもなければそもそも乙女でもないはずだが、放っておくととにかく顔がニヤケてしまうらしい。
「そこ、遊んでないで手伝って」
「えー。手伝うことなんてないじゃーん」
「取り皿とお椀を持ってきて、箸を並べる。リビングの食器を下げて、テーブルを拭く。いくらでもあるだろ」
素麺を茹であげた広瀬からの指示に、将と和人が渋々といった体で動く。津村もダイニングテーブルの上を片付けだし、キッチンから顔を出した広瀬とちょうど目が合った男が声をかけようとした瞬間、「アンタはいい」と却下された。
「あとは運んでくるだけだから、おとなしく座ってろ」
「気にしなくていいよ、澤田くん。広瀬くんが澤田くんに素っ気ないのは、いつものことだから」
いかにも由緒ありそうな、漆塗りの重箱に詰められたちらし寿司をテーブルに置いて、馨が笑う。
「おもしろいよね。誰にでも優しい広瀬くんが、澤田くんにだけはつれないんだから」
「人聞きが悪いな。俺はちゃんと、平等にしてるよ」
広瀬は重箱の隣に素麺の盛られた大皿を並べ、津村が運んできた澄まし汁をお椀に注ぎわける。
「澤田くんも、少しだけなら食べられそう?」
手つかずのまま残っている水羊羹の皿に目をやりながら、箸の配膳係となった和人が尋ねた。
カラダを動かすようになって、さすがに多少の食欲は出てきたようだが、それでも求められる量の半分も消化できればいい方だ。本人の意志に反してカラダが受け付けようとしないのだから、無理強いするわけにもいかないし、かといって見過ごすこともできず、和人はヤキモキさせられっぱなしだ。
「そうだな。少しだけなら、もしかしたら」
男の言葉を受け、馨が小皿にちらし寿司を取り分けて、素麺と汁もほんのちょっぴりずつ装われて、並べられる。ほかの面々の前に置かれたものに比べれば、確かに少量であるといえようが、海老の赤に枝豆の緑、椎茸の黒と錦糸卵の黄色と、彩り鮮やかなちらし寿司と具だくさんの澄まし汁は、見ているだけで胃を食傷気味な状態にしてしまう。
全員が用意を終えて着席し、やはりどこか面映ゆそうな顔をしながら「いただきます」と声を揃え、昼食となった。
それぞれ一心に空腹を満たしているようでありながら、ちらりちらりと男に視線を向けてくる。
ああ、箸が使えるようになったんだな。やっぱり米はノドを通らないか。素麺なら少しはいけるかな。
「あのな。そう見られていると、食べにくいんだが」
男が手元に目を落としたまま苦笑すると、ささっと視線が離れていった。
「やっぱり清さんの手料理はうまいよな」
「出来合いのとはぜんぜん違うよね」
本心ながらも取って付けたような会話が開始され、皿と口との間をせっせと箸が行き来する。
男の動きは、そうはいかない。ゆっくりと慎重に、素麺を手繰る。左手に持った椀をひっくり返さないように気をつけながら、麺を浸し、口許に持って行く。少しでも油断すれば箸そのものを取り落としかねず、わずかにでも気が逸れた途端に汁椀を傾げてしまいそうだ。
隣りで津村が気を配っているのが感じられるし、向かいの和人もいつでも手を貸せるように身構えている。しかし、できることなら、彼らを煩わせずに済ませたい。だから余計に気を張って、無事に食べ終えることだけに専念する。料理を味わう余裕はなく、ただただ与えられた分を口まで運び、咀嚼して、飲み下す。
そうしてどうにか素麺を入れた器が空になり、箸を置いて顔を上げると、いつの間にか再びこちらに向いていた四人の視線が、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。平然と食事をつづけているのは、広瀬だけだ。
ここで暮らすと決めたからには、これからはこれが日常となる。
まずは、お互いがこの状況に慣れる必要があるだろう。
そして、その先は? 彼らは自分に何を求めているのだろうか。
もちろん、彼らの「澤田くん」を取り戻すことだ。
しかし、どうすればそれが可能になるのか、見当もつかない。こうしてこの場に来てみても、呼び覚まされる記憶はひとつもなかった。いったい何をどうしたらいいのか、それさえわかればどんな努力も厭わないのに、マニュアルもなければメソッドもなく、運を天に任せて手をこまねいているしかないのがやり切れない。
「疲れたんでしょ。部屋に行こう。休んだ方がいいよ」
「いや……」
大丈夫だ、と言おうとした男を、和人はまっすぐに睨んで黙らせる。
「自分ではわからないかもしれないけど、疲れた顔してるんだよ」
「そうだな。午後からは通常営業だし、俺たちもそろそろ準備に入ろう。誰でもいいから、澤田が残したちらし寿司食べちゃってよ。水羊羹は俺がもらう」
「俺、羊羹ねらってたんだけど!」
「まだ冷蔵庫にたくさん入ってるから、そっちをどうぞ。冷えてる方がおいしいよ」
広瀬は将の方にちらし寿司の小皿を押しやって、自分はパクッと水羊羹を頬張ると、空いた皿を積み重ねて後片付けをはじめた。将と馨は残り物の総ざらいに取りかかり、津村は自分の皿を重ねつつも、どうしたものかと男と和人の様子を窺っている。
「みんなが出かけるまでには、なんだかんだ、小一時間はあるから。それまでちょっと、横になってなって」
和人は男の宥め方もよく心得ていて、「わかった」と答えるしかないようにうまく話を持っていく。けっきょくは易きに流れてしまう自分に溜息をつき、席を立つ前に、せめて使った器を下げるのを手伝おうと伸ばしかけた男の指先から、すっと取り皿が奪い去られた。
「いつまでも甘やかす気はないからね。早いとこ健康体にならないと、それだけツケが貯まっていくよ」
広瀬は愛想のかけらもなく言って、手際よく食器を重ねて盆に乗せると、さっさとキッチンへ引っ込んでしまう。
「広瀬くんてさ、意外に照れ屋なのかもね」
「つまり、ツンデレってこと?」
「違うだろ、それは」
和人たち三人がヒソヒソやっている間に、津村の手を借り、男は静かに立ち上がった。杖を渡され、座っている間に強ばりはじめた筋肉を宥めながら、ゆっくりと足を運ぶ。
「悪いな」
何から何まで、世話になって。一から十まで、赤ん坊のように手を焼かせて。
リビングを立ち去り際、男は低くかすれた声で呟いた。何を言っても、言い訳になるし愚痴になる。それがわかっているから、言葉は一層、力を失う。
「俺たちが、帰ってこいって言ったんだよ」
ぜんぶ承知の上でのことなんだから、余計な遠慮はかえって迷惑。
ぶっきらぼうに告げる将の向こうで、馨も「うん」と頷いてみせる。
「性格的に、そうはできないってのはわかるんだけどさ。どんとかまえて、甘えてくれた方が楽なんだよ? 俺たちも」
こちらに歩み寄った和人に「ね?」と同意を求められ、津村もこくりと頷いた。男も無言で頷き返したものの、それはただ単にそうするしかないからのことであって、納得したわけでも受け入れたわけでもないことは、誰の目にも明らかだ。
それ以上その場に居たたまれず、男は杖と左足でカラダを支え、右足を運ぶ。脱臼した際に靱帯を伸ばしたせいか、引っかかるような違和感があってスムーズに膝を使えない。筋力が落ち、いきなりカクンと折れてしまうのも厄介だ。左の手足もまったくの無傷というわけではなく、痛みとそれに伴う恐怖感が抜き去りがたい。
わずか数メートルの廊下を歩くにも付き添い人が必要な有り様で、和人が開けてくれたドアから先ほど案内された六畳間に入り、津村に支えられながらベッドに腰掛けると、ゆっくりとカラダを横たえる。
「杖はどこに置いとこうか。倒れると危ないから、床に寝かせておく? でも、それだと取りにくいかな」
「いや、大丈夫だろう」
「そう? ベッドのリモコンはこれ。枕元に置いとくね。それから、澤田くんのケータイ。前のは壊れちゃってたから、機種変したんだ。データも取り出せなくて、俺たちの番号とアドレスしか登録してないけど。あ、お母さんに頼んで、実家のみなさんのも入れてあるんだ」
和人はサイドテーブルから真新しい携帯電話を取り上げると、電源を入れてから、リモコンの隣に並べて置いた。
「誰でもいいし、事務所の電話にでもかまわないから、何かあったらすぐかけて。どんなちっちゃいことでもだからね。遠慮はなし! わかった?」
ああ、と肯う男に、「本当だよ!」と釘を差してから、暑くないか、冷房は利きすぎていないか、やっぱり一枚、ブランケットをかけておいた方がいいかなぁと気を揉みつつ、和人は「じゃあね」と部屋をあとにし、津村も目を伏せたままニカッと笑って、それにつづいた。
ドアが閉まって、途端にしんと静まり返る。
自分の部屋に帰ってきた、という感慨は微塵もないし、モデルルームか何かのように無機質で生活感の感じられない部屋ではあるが、それでもやはり、病室とは違う。これもまたシンプルな照明のついた天井を一頻り眺め、目を閉じた。
自分では何もしていないのに、それでもなんとはなく気忙しいような一日だ。大勢のスタッフに見送られて退院し、このマンションに来た。内部を案内されて、「母」を送り出し、昼食をとった。冷静に考えればただそれだけのことなのだが、めまぐるしい変化であったともいえる。はじめて耳にする話もいくつかあった。この事務所のこと、仕事のこと、「澤田くん」のこと。尋ねなければならないことはいくらでもあるし、気になる点もいくつかある。記憶を取り戻せないのなら、ひとつひとつ学びなおしていくしかないだろう。
カラダの自由が利かない分、考える時間だけはありそうだ。
入院中にもいろいろな話をしてくれていたが、こちらに受け止める準備と覚悟がなかったから、どこまで正しく理解できているか、覚束ない。まずは、落ち着いて、聞かされた事実を振り返ろう。それから、確認事項の優先順位をつける。彼らの「澤田くん」にはなれなくても、今の自分にできるかぎりのことはやらねばならない。そのために必要な知識は何か。それを手に入れるには、どうすべきか。先程の広瀬の話を思い出せ。彼らがこの仕事をはじめたキッカケが、鍵になりそうだ。もう一度順番に思い返してみよう――。
「……起こしちゃった?」
ふっと目を開くと、細く開いたドアの隙間から、和人が顔を覗かせていた。
今さっき目を閉じたはずが、室内には夕方めいた気配が立ちこめている。
「ごめん。あんまりよく寝てたから、声かけなかったんだ」
「寝てた?」
驚いたような声を上げる男に、部屋に入ってきた和人の頬に笑みが浮かぶ。
「寝てたよ。すごく気持ちよさそうっていうか、いい睡眠なんだろうなぁって感じで。俺、あんな風に眠ってる澤田くん見るの、はじめてだよ」
なんだか嬉しそうにそう言って、ベッドの端に腰掛ける。
体調が悪くて昏睡状態に陥るのとは、ぜんぜん違う。目覚めるたびにどんどん元気になっていくような、健全な睡眠。眠るのにだって、体力はいる。ある程度まとまった時間眠ることができるというのは、それだけ健康になってきたという証拠だ。
「よかったね、澤田くん」
「本当に、たった今、目を閉じたとしか思えないんだけどな」
「それだけ眠りが深かったってことだよ」
まあ、そうなのだろう。
男が憮然とした表情をしているのがおかしくて、和人の笑みが深くなる。
嬉しいけれど、哀しくもあった。
掃除に洗濯、料理にゴミ出し、朝もはよから働いて、みんなが帰ってきてから提出された報告書に目を通し、新たにスケジュールを組み立てる。どう考えても睡眠に費やす時間はほとんどなく、澤田くんて、ナポレオン並みに眠らなくても大丈夫なのかなぁと思っていた。そういう体質の人なんだと思っていたから、それ以上はなんにも考えていなかった。
でも、あの小さなソファベッドを見て、気づかされた。
澤田くんは、自分に眠ることを許していなかったんだ。そうして、自分を罰していたんだ。
知っていたらなんとしてでもやめさせたのに、今まではソファとして使っているところしか見たことがなかったから、わからなかった。リビングに移動して、試しに広げてみて、驚いた。あれでは、まともに眠ることは不可能だ。小柄な和人でさえギリギリ収まるサイズだということは、長身の澤田なら足が飛び出してしまう。部屋に普通のベッドを置くだけのスペースがないわけではない。現に、多機能ベッドを問題なく置けている。なのにどうして、敢えてあんなものを使う必要がある。まっすぐに足を伸ばすことさえできない簡易ベッドで、辛うじて仮眠をとるだけのような生活を、自らに課す理由がどこにあるのだ。
もちろん、ない。あるはずがない。
でも、澤田には、あったのだ。本当はないのに、「ある」と信じた。そうしてひとりで罪を背負い込み、自分を痛めつけずにはいられなかったのだ。
「誰が悪いのでもない」ということは、ときに、「誰もが悪い」というのと非常によく似た様相を呈す。
二年前に彼らが導き出した結論が、ベストであったとは思わない。もっとほかの道はなかったのか。もっとほかに、できることはなかったのか。
和人自身、今でもそう問うことがある。ほかの四人も同じだろう。誰も何も口にはしないが、それぞれの胸のうちに、答えのない問いが燻ぶりつづけているに違いない。
彼女が彼らのもとからいなくなったのは、誰かひとりの責任などではない。彼女を救えなかったのは、みな同じ。誰かが悪いというのなら、みんなが悪い。
でも、どんなに言葉を尽くしたところで、澤田に受け入れさせることはできなかった。直接の原因となった自分ひとりに、すべての責任がある。そう信じて疑わない凝り固まった心を、解きほぐすことはできなかった。
それでも、立ち直ったのだと思っていた。ぜんぶがぜんぶではなくっても、ある程度は吹っ切れたのだろうと考えていた。いろいろなことがあって、はじめっから自分たち六人だけだったかのように仕事を再開して、新しくやり直すことができたのだと信じていた。
でも、違ったのだ。
罪の意識から解放され、安逸な眠りを手にするためには、ここまでの代償が必要とされた。死の瀬戸際まで自分を追い詰め、「自己」というものをすべて抹消しなければ、心穏やかに眠ることさえできなかったのだ。
知らなかったんだ、本当に。わかっているつもりだったのに、ぜんぜんわかっていなかった。
誰も澤田くんを責めたりしない。誰にも責められるはずがない。なのに、澤田くんだけが澤田くん自身を糾弾する。澤田くんはそういう人だ。そういう人なんだってことは知ってたのに、そこまで思い詰めてたなんて、ぜんぜん気づかなかった。
それが、彼の優しさだ。誰にも気づかせないようにして、自分ひとりを傷つける。
でもね、澤田くん。俺たちに向けるのの千分の一でいいから、自分に優しくしてあげてよ。その方が、俺はずっとずっと嬉しいよ。
ぎこちない動きでリモコンに手を伸ばす男を、和人は見守る。
ゆっくりとベッドの頭部が上昇し、上体を起こした男は、もどかしいくらい慎重に膝を曲げ、さらに時間をかけてカラダの向きを変えた。両足を床につけることに成功すると、今度はわずかに上半身を傾けて、床に寝せかせてあった杖を拾い上げる。
手を貸したいけど、じっとガマン。「転ばぬ先の杖」でありつつ、余計な手出しは差し控える。「急がばまわれ」じゃないけれど、早く元気になってもらいたいなら、自分でできることをひとつひとつ増やしてもらわなければならないのだ。
和人はいつでも支えられるように身構えながら、男が立ち上がるのを待ち受ける。もともと図抜けて運動神経のいい人なだけに、うまくコツを掴んだのか、最近ではほとんどぐらつかず、すっときれいに立てるようになった。それでも油断は禁物、無事に姿勢が安定するまでは安心できない。
「広瀬くんから電話があってね、なんか食べるもの買ってきてくれるって」
邪魔にならないよう、今回も成功したのを確認してから、話しはじめる。
「将と馨は直帰するっていうし、津村くんもどっか出掛けるって言ってたから、夕飯は三人だよ」
そうか、と男は静かに頷く。
「俺、今夜はここに泊まるから。澤田くんのソファベッド、貸してもらうね。言っとくけど、今日だけだよ? 明日の朝までは、そういうシフトを組んでもらったんだ。広瀬くんそろそろ帰ってくる頃だと思うけど、それまで、俺が作った『連絡帳』見てみてよ。散歩頼まれてる犬の飼い主さんに、気になったこととか気づいたこととか、書いて渡すようにしてるんだ。けっこう評判いいんだよ」
「大丈夫だから帰れ」とか言わせないように、口を挟む間を与えず話を進める。
広瀬と津村が二階にいるとはいえ、やっぱり心配ではないか。退院初日の今夜くらいは、誰かが傍にいた方がいいに決まってる。
ちらりと男の横顔を盗み見ると、困ったような、諦めたような、そんな笑みをうっすらと浮かべていた。
そうそう。いい加減、諦めるといいよ。
俺たちはゼッタイ澤田くんを放っておかないんだから、諦めて、受け入れて、世話を焼かれてればいいんだ。
そうして、幸せになってよ、澤田くん。
いつかまた、すてきな人と出逢って、すてきな恋をして。
一目で魂を奪われるような絶世の美女、とかじゃなくてさ。優しくて、あったかい人がいい。澤田くんのことが大好きで、澤田くんを何より大事に、大切にしてくれる人がいい。
そしたらきっと、俺たちも幸せになれるから。
澤田くんが幸せになってくれないと、俺たちも幸せになれないから。
ゆっくり休んで、たっぷり眠って、今度こそ、新しいスタートを切れるように。俺たちみんなが、正しい一歩を踏み出せるように。
――これが最後の、仕切り直しになりますように。
杖を突き、慎重に歩を進める痩せた背中を眺めながら、和人は祈った。




