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戻り猫

作者: 睦月いろは

こんなはずじゃなかったのに。

頭を抱え込んだ俺の後ろから、音が近づいてくる。




小・中学生のころは天才だなんだと散々チヤホヤされたものだ。

成績も良く、運動も得意。その上女子にもモテた。

当時の自分は愚かにも本気で

「世界は俺を中心に回っている」

なんて思ったものだ。


目つきこそ鋭いが親バカだった親父は毎日のように俺のことを自慢した。

頑固オヤジのような外見の親父の態度が、誇らしかった。


高校も県内トップの学校だ。

片田舎に住んでいる俺は通学時間の一時間半という長さに苦戦した。

でも天才だから。

なんてことはなかった。


高校に通い始めて一年が過ぎた頃だったか、

つい魔が差して、いや、ただ好奇心で大きな街に寄り道をした。

生まれも育ちも超のつくド田舎だった俺にとっては、新鮮なことばかりだった。

ゲーセン、電気屋、ビデオショップ。

どれも憧れ、焦がれた場所だった。


親に頼み込んで、コンビニでバイトさせてもらえることになった。

半年くらいは真面目に働き、遅くなる前に家に帰った。

だが、そんな俺も堕落し始めたら早かった。


ゲーセンに入り浸り、バイトで稼いだ金はあっという間になくなった。

成績も落ち、なにをやってもうまくいかないように思えた。

ただ、ゲームの腕はうなぎのぼりだった。

どんどんゲームに溺れていった。


そのまま高三になり、親の金で受験こそしたが失敗。

家から遠い三流の大学になんとか引っかかった。


大学に入ってからはさらにひどかった。

酒、タバコ、女。

留年しても、その生活は変わらなかった。


三年の時に二浪を迎えた俺はふと思った。

本当にこれでいいのか。

田舎で貧しい生活をしながらも自分のためにと学費や生活費を送ってくれている両親の姿が浮かんだ。

涙が止まらなかった。


その日はビールを飲まなかった。


次の日のことだった。

朝早くに電話がかかってきた。おふくろだった。

おふくろは一言、つぶやくように言った。


......父さんが、死んだ。


親孝行できなかった。

言葉では言い表せない哀しみが走った。

あの親父が死ぬなんて。

考えられなかった。


二日後、宅配便が届いた。

覚えはなかったので不審に思ったが、送り手をみて驚いた。

親父だった。

中身は新しいスーツ。

同封されていた手紙には、親父の字で、

体調を気遣う文や、励ましの言葉などが書かれていた。

そして最後に、

『もう長くはないかもしれないけれども、

 ずっとそばに居て、励ましてやるからな』

と書かれていた。

親父からの、最後の贈り物だった。



その日からの俺は、別人のように勉強し、働いた。

目標は某大企業。

天才と呼ばれた頃に戻れたような気がした。



だが。

現実は非情だった。

「我が社には縁がなかったということで」

殴りそうになった。


その次の企業も、その次の企業もダメだった。


結果を聞いた帰り道、俺は暗い気分で歩いていた。

突然、目の前に一匹の猫が飛び出してきた。

目つきの鋭い、なんとなく頑固そうな猫だった。

猫はこっちを一瞥して、にゃあと鳴いた。

嘲笑されたようだった。頭にきた。


蹴飛ばし、踏みつけた。

猫の悲鳴があたりに響いた。

スカッとした。気持ち良かった。


べったりと汚れた靴と猫を置き去りにし、

スーツのジャケットを脱ぎ捨てた。

ネクタイも投げ捨てる。


解放されたようだった。

なにが就職だ、十分今のバイトでも食っていける。

大卒だからなんとかなるさ。


家に帰った俺は、酔いつぶれるまでビールを飲んだ。


それから一週間もしないうちに、バイト先のコンビニが火事で焼けた。

焼け跡からは、仲の良かった店長と、猫の焼死体が出てきた。


店長の通夜の帰り、携帯に電話がかかってきた。

知らない番号だった。


「もしもし?」


相手は答えない。


「もしもし?イタヅラなら切りますから」


そう言って電話を切ろうとした時、

電話越しに、雑音混じりの猫の鳴き声が聞こえた気がした。

気味が悪かったが、イタヅラだと決めつけた。


また電話がかかってきた。

イタヅラだと思い、切ろうとしたが、

通知画面には「実家」とでていた。

嫌な予感がした。

一瞬ためらってから電話に出た。

電話の相手はお袋ではなかった。


次の日、俺は実家に帰った。

お袋の葬式のためだった。


準備を手伝ってくれたお隣のおじさんが、ふと変なことを言った。


「戻り猫さ知ってるか」

「戻り猫?」


知らない言葉だった。でも、薄々感ずいてはいた。


「ここらの村の言い伝えでさあ、

 んだ人の魂がなあ、

 猫にさ宿って戻ってくるんよ。

 何にもしなけりゃあただ付いてくるだけなんだがなあ、

 傷つけちまうと祟るんよ。

 そういやあ、まえ八百屋があったろ、

 あのうちは戻り猫さ殺しちまったけえ、

 焼けて灰になっぢまったなあ。

 おみゃあは、戻り猫さ殺しとらんだろうなあ?」


背筋を冷たいものが伝った。

鼓動が大きく聞こえる。

息が苦しくなる。


「まさかとは思ったんだがなあ。

 おみゃあさん、

 戻り猫っちまっだかあ。」




背後からペチャペチャと音が聞こえる。

これは足音なんかじゃない。

もっとおぞましい音だ。


逃げ出そうとしても、

力が入らない。

助けを求めようとしても、

恐怖で声が出ない。


おじさんはブツブツとなにか言っていた。


「こりゃあひでえことすんなあ。

 こいつぁあ、おみゃあの親父さんの背広でねえか。

 ひでえなあ。」


後ろに何がいるのかわかる。

僕が殺してしまったのはただの野良猫ではなかった。


親父は、近くに居た。

励ましてくれた。


あの目つき、表情。

自分がしてしまった行為を悔いた。

なんで俺は道を外れてしまったのだろう。

励ますための笑みは嘲笑などではないのに。


親父、ごめん


また背後から、ペチャリと音がした。

この小説は自分にとって初めてのホラー作品執筆でした。

ホラーの描写ってかなり難しいんですね。

考え直しているうちに午前1時を回ってしまいました。

先程から廊下を白い影のような何かが行ったり来たりしているような気がしますが......

なんとも怖いのが自室のドアが閉まっていることです。

あれは一体......

執筆中にも何度も背後を振り返ってしまいました。

ビビリがホラー。

おかしな話です。

それでは、おやすみなさい。


はて、いま猫の鳴き声が聞こえた気が。

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― 新着の感想 ―
[一言]  お隣のおじさんが全ての犯行を実行した可能性を考えたのですが、やはり猫の祟りのほうがホラーとしてしっくりきますよね。  でも私は猫が好きなので祟られても怖くないかもしれません……。  私もビ…
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